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第2章 第1異世界人発見

第10話

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 ……私は夢でも見ているのでしょうか?

「悪いな…、もう少しだけ我慢していてくれ 」
「え…っ!? 」




 私はラーナ、ダークエルフにして武家の名門キサラギ家の姫様、セイリア様にお仕えする護衛兼侍女です。

 幼い頃、両親と共に魔獣の餌食となる処を、先代の御当主様に救い出され、以来、キサラギ家にお仕えさせて頂いています。

 両親を失くし、行く宛も無かった私は、初めは歳の近い姫様の遊び相手として、暫くしてからは剣術等の手解きを受け、今では遠く離れた王都の高等魔術学院で学んでおられる姫様の、専属の護衛兼侍女としてお仕えさせて頂いていました。

 久しぶりの姫様の帰郷に同行し、紆余曲折はあったものの、穏やかなひと時を過ごし、また学院へと戻る途中の事でした。

 卑劣な男達の罠に嵌り、護衛のお二人は疎か、家令のレイナルド様までもが矢傷を受け、姫様と共に必死に抵抗を試みましたが、窮地に追い込まれてしまったのです。

 男達は、ニヤニヤととても嫌らしい目をして姫様を見てきます。絶対絶命の中、私は男達の首魁らしき頬傷の男に交換条件を持ちかけました。

 私の身はどうなっても構わないから、どうか姫様は見逃して欲しい、と。

 お優しいセイリア様。高貴なダークエルフ族であるにも関わらず、天涯孤独だった私を逆に護り、妹のように可愛いがって下さいました。そのセイリア様の為ならば、私のこの身如きでセイリア様が助かるのなら安いもの、今こそ長年の御恩をお返しする時です。

 据えた厭な匂いのする下卑た顔の男に押し倒され、周りの男達に身体を押さえ付けられ、無理やり着物を引き裂かれました。

 少しだけ悔しい気持ちはありましたが、姫様のお役に立てた……、そう思えば、全く後悔はありませんでした。…………なのに!

 頬傷の男は、あっさりと私との約束を反故にして姫様に近づき、捕らえてしまったのです!

 約束が違うと叫んでも、お前は馬鹿だと痣笑れる始末。悔しさに歯噛みし、姫様の元へ行こうと必死にもがきましたが、男達の力は強くビクともしません。

 怒りと悔しさに視界が真っ赤に染まり、次いで両親を失った時以上の絶望感に、目の前が真っ暗になっていきます。

「あ…ああ……あ… 」

 
「なンだぁ?テメェは!どっから現れやがった!? 」

 その時でした。私に覆い被さり、穢そうとしていた男が急に私から離れたのです。ふと見れば、男の視線の直ぐ先には、黒髪に黒い瞳という冒険者風の男性が、いつの間にか立っていました。

 どうやら、男達の仲間ではないようですが……?

 激昂し、更に男が詰め寄った瞬間、

ーーパンッ!ゴギンッ!ーー

 何かを叩いた軽い音、何かが砕けるような鈍い音?

 いつの間にか下卑た男がこちらに向き直って……いえ、違う!? ”顔だけ”がこちらに向いている!!

「あぇ? 」

 男はそう一言だけ発すると、ぐりんっと白目を剥いて崩折れ、こと切れてしまいました。

 その後は、信じられない様な出来事の連続でした。どんなに男達が斬りかかろうと、どんなに矢が飛んでこようとも、黒髪の男性にはまるで当たらない。
 まさか、剣や矢が自分から避けている!? そんなバカな……!

 男性は腰の後ろにつけた鞘から、黒い、金属製らしき小さなハンマーのような物を取り出しました。彼の武器なのでしょうか?でも、頬傷の男が持っている大剣などに比べて、余りにも小さく頼り無さ過ぎます。

 そう思った瞬間でした。

ーータタタッ!タタタッ!タタタタタッ!ーー

 彼の持つ、黒い金属の塊の先端で魔力が急速に高まり、小さく空気の破裂する音が連続したかと思うと、頬傷の男一人を除いた全ての男達が討ち倒されていました。

 状況に理解が追い付かず、私が呆然としていると、

「悪いな…、もう少しだけ我慢していてくれ 」

 ーーパサッーー

 その行状、その鋭過ぎるほどの視線とは裏腹に、とても温かくて優しい声……。視線はただ一点、頬傷の男に定めたまま、驚き見上げた私と交わる事はありませんでしたが、彼はそう一言私に告げた後、着物を破かれ、殆んど半裸の状態だった私に自分の外套をかけてくれたのです。

 その後も、瞬く間に姫様を救い出し、あろう事か、この事件の黒幕までアッサリと白状させ、首魁である頬傷の男を始末してしまいました……。

 凄い……、何て強さなんでしょう……。でも、それだけじゃない。私に外套をかけてくれた時の、あの温かな優しい声……。思わず彼の外套をぎゅっと引き寄せてしまいました。彼の外套からは、さっきの男達のような厭な匂いなんて一切しません。何だか優しくて清々しい、良い匂いがします。……何でしょう?すごくドキドキして、顔が熱い…………。

 …………はっ!?  こんなボーっとしている場合ではありませんでした!

「姫様!レイナルド様!」

 私は大切な主人の元へと駆け出しました。「彼」のかけてくれた外套を握り締めながら…………。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「姫様!レイナルド様!」

 さっき助けた獣人の少女が駆け寄って来る。

「姫様、ご無事ですか!? 」
「ラーナ!良かった!もしもあのまま、お前が穢されてしまっていたら、私は……、私は!! 」

 主従の二人が、涙を流して抱き合い、互いの無事を喜びあう。美しい光景だ。
 
 良かった!様子見とかしてなくて、ホンッとーに良かった!マジで手遅れになる前に助けられて、本当に良かったよ……。

「あっ!そうです!姫様、レイナルド様は大丈夫なんですか!? 」
「はっ!? そうだ!爺!大丈夫かっ! 」

 そういえば、居たな、もう一人……、しかも結構重症だったはずの……。すまん!さっき姫さんが捕まった時に突き飛ばされて倒れたのは知っていたんだが、女の子達を助ける事に集中し過ぎて、俺もすっかり忘れてたよ!

 抱き合う女の子二人の後方で、ひそかに倒れて(死にかけて)いるダークエルフの男性の元へと、慌てて駆け寄る二人。

「爺っ!しっかりしろ!死ぬな、死んでは為らぬ!」
「ふふっ…、「爺」とは……懐かしい……。呼び方が…昔に戻ってしまっていますぞ?姫様…… 」

 お姫様が、涙をポロポロと零しながら、「爺」と呼んだ男性を抱え込む。さっきまでは、肩を支えられていた時も、突き飛ばされて倒れた時も、その長髪が邪魔になって顔まではよく見えなかったが……、切れ長の涼しい目元、高く通った鼻梁……苦しさにやや曇っているものの、エルフ族らしい非常に整った面差しの………「爺」?このイケメンが?

 俺の内心の混乱を余所に、会話を続ける主従?達。

「姫様……無事で本当に…良うございました……。これで、この爺めも安心して…… ゴフッ!? 」
「レイナルド様!? 姫様!姫様は回復魔法が使えないのですか!?」
「ダメなのだ!まだ呪文を覚えたばかり…、まだ私の力では実用に足る回復魔法は使えない!  だが、里まで帰れば回復魔法の使い手がおる!……だから、爺よ、苦しいだろうが里まで頑張ってくれ…。待っていろ!今、この矢を抜いて! 」

 あっ!?いかん!

「待て!矢を抜くんじゃない!! 」

 側に寄り、矢を抜こうとする腕を掴んで止める。すると、非難した眼差しでお姫様が声を荒げる。

「何故だ!?爺が苦しんでおるではないか!このままでは、爺が!爺が!! 」
「慌てるな。さっき飛んで来ていた矢の中に”返し”が付いているモノが含まれていた。もしこの矢の鏃に返しが付いていれば、引き抜いた時に、大事な血管を傷付けてしまうかもしれない 」
「ならば、どうすればいいのだ!? 」

 ポロポロと涙を流すお姫様。さっきの少女の時と同様に、大切な存在の危機にパニック寸前のようだ。一旦、ほっとした後だっただけに、余計に焦ってしまっているんだろう。

「だから、慌てるな。少し落ち着けよ。俺は経験上、人体の造りには少し詳しいんだ、少し診てみるから待ってな 」
「…………(コクン)」

 涙をいっぱいに浮かべながら、縋るような目で見つめて来るお姫様が、小さく頷く。こちらも笑顔を浮かべて安心させてやると、口には出さずにアイに話しかける。

『アイ、サーチしてみてくれ。傷の具合はどんな感じだ?』
『イエス、マスター。やはり、この鏃には”返し”が付いているようです。しかも心臓の直ぐ近くに刺さっている為、無理に引き抜けば大動脈を傷付けてしまう怖れがあります 』
『やっぱりか……。アイ、アフィーから貰ったプログラムの中に、回復魔法は含まれていたか? 』
『いいえ、申し訳ありません。含まれていませんでした 』

 何だよアフィー!片手落ちだなぁ……。待てよ?さっき、「私の回復魔法では実用に足らない」って言ってたよな?アイは【全属性魔法適性】のスキルを持っている。つまり、呪文さえ分かれば回復魔法も使えるということだ。そこに、只の《火弾》ファイヤーボールを、大砲並みに変えてしまう俺の魔力が加わったら!?
イケるかもしれない!

「なあ、お姫様? アンタ回復魔法の呪文は知ってるんだよな? 」
「知っている!だが、今の私の実力では、爺を助ける事は! 」
「……分かった。一か八かなんだが…、俺に呪文を教えてくれないか? 」
「…っ!?まさか、あなたには適正が!?  いや、だが、付け焼き刃では……!? 」

「だから、一か八か、だ。だが、このままでは、確実に爺さん?は死んでしまうぞ? 」
「…っ!? 」

 「死」という言葉を聞いて、逆に冷静さを取り戻したのだろうか?不安に顔を青ざめているものの、さっきより力の込もった目で俺を見つめてくる。

「あなたに呪文を教えれば、爺は助かるのか? 」
「確実…とは言えない。だが、可能性はある 」
「……分かった。このまま直ぐに詠唱しても? 」

 俺は彼女をしっかりと見つめながら頷く。すると、お姫様はゆっくりと、しかし、一言一言を噛み締めるように詠唱を始めた。

「いと優しき慈愛に満ちた光の女神、その温情を以て、彼の者の傷を癒さん《治癒》ヒール

 ちょっと待て!?「慈愛に満ちた光の女神」だと!! あンの駄女神!自分の一番得意属性を、忘れてたな!!

「あの…、何かマズかっただろうか? 」

 俺が内心で憤慨しているのを感じたのか、お姫様がおずおずと質問してきた。

 …やべっ!駄女神アフィーのせいだからな?後で覚えてろよ!

 《そんなぁーーーっ!?》

 …………何か聞こえた気がしたが、無視だ、無視!

「い、いや!何でもない。全然問題無いよ 」

『大丈夫だよな?アイ 』
『イエス、マイマスター。問題ありません。聴覚デバイスより「呪文」の取得をしました。高速・効率化のカスタマイズも終了しています。実行しますか? 』
『ああ、俺はまず矢の処理をする。矢と同径の《魔弾》を、9ミリより弱めた威力に落として、指先から発動できるよう設定してくれ。それから、不審に思われたくない、《治癒》ヒールを使用する時には俺の音声コピーで、ダミーの詠唱をしてくれ 』
『了解しました。ーー詠唱準備完了ーー  マスター、いつでもいけます 』

 「よし。……爺さん、ちょっとばかり痛いかもしれないが、我慢してくれよ? 」

 荒い息を吐く爺さん?の傍らに跪いて、声をかける。

かたじけない……宜しく…、お頼み申す…… 」

 苦しく、体は弱っているだろうに、覚悟の決まった良い目だ。じゃあ、やるか!

「さっき診てみたが、この矢の鏃には”返し”が付いているようだ。無理に引き抜けば、大事な血管を傷付けかねん。だから、逆に背中側に貫通させてから魔法をかける。……覚悟はいいか? 」

 驚きに目を瞠るも、それも一瞬のこと。しっかりと頷く爺さん。
 右腕でその身体をしっかりと支え、左手の指先からほんの少しだけ「糸」を出し、氣を纏わせると、胸に刺さった矢を根元から切断する。そしてそのまま、矢の切断面に人差し指を当てると…、

「《魔弾》!」

「ぐうっっ…!?」

 爺さん?が、体内を抉る痛みに歯を食い縛る。
 
「「…っ!? 」」

 傍で見ていた二人が、背中側から突き抜けた矢が飛び出すというショッキングな光景に息を呑むのが分かった。

『アイっ!! 』
「『いと優しき慈愛に満ちた光の女神、その温情を以て、彼の者の傷を癒さん!《治癒》ヒール!! 』」

 その瞬間、俺の掌から光が溢れ出し、この場の全てを白く染め上げていった…………。







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