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第25章 対決‼︎ 元祖ゴーレム研究会
第215話
しおりを挟む「あなた達は私の親友に暴力を振るおうとした。その行いは万死に値する。ルクス、コイツ等の首を刎ねなさいっ!」
「御意に御座いまス、姫様 」
怒りの為か、逆にその顔から表情を無くしたクローレシアの背後から進み出たのは、彼女が心血を注いで創り上げた"ミスリルゴーレム"【ルクスヴィータ】。だが、その姿は大きく変わっていた。
以前の全身鎧の騎士の外観ではなく、登頂から赤いラインが裾まで通り、胸の辺りでもう一本のラインと交差する、真っ白なフード付きのローブで全身を覆ったその姿は、騎士というよりも魔法使い、もしくは死刑執行人のようにも見える。
淀みない足取りで、スッと音もなくクローレシアの前に進み出たルクスヴィータは、両腕を前に差し出して掲げる。すると………、
ーーー バシャッ!ガシュンッ‼︎ ーーー
以前ヒロト達に対して構えた両腕に装着された刃が、手首を基点にジャックナイフのように起き上がる。
それはまるで本当の死刑執行人が構える"首狩りの大鎌の如く、ギラリと光を跳ね返す。
「ひっ⁉︎ ひぃぃぃ…っ‼︎ 」
横暴だった振る舞いとは裏腹に、情け無い悲鳴を上げて尻餅をつく上級生。先程一回生に暴力を振るった上級生はセイリアの怒りの魔力波動に怖じけ、無意識にその視線から逃れようとしたのか最後尾まで下がっていた為、返って後ろから現れたクローレシアやルクスヴィータの正面に来てしまっていたのだ。
改修され、今やルクスヴィータの体高は二メートル近い。更に見上げる形となった上級生を見下ろすルクスヴィータの頭部はフードに隠れて全貌は見えないが、その奥でボゥッと燃え盛る鬼火のように二つの光が灯る。
「あぁ…、あ、あ………っ!」
もはや言葉にもならぬ呻きを漏らすとイヤイヤと被りを振り、涙や鼻水で顔をグチャグチャにした上級生は、湯気の立つ水跡を引きながらズリズリと後退る。
その姿には、先程自慢気に語っていた高貴さも尊厳も存在し無い。そこに居るのはただただ生まれだけを背景に背伸びし、傲慢さだけを覚えただけで、一皮剥けば自らの勇気も矜持も何も無い、無様なガキがひとり居るだけであった。
もはやこの少年達の運命は風前の灯。ルクスヴィータが両腕を広げた時、その場の生徒達がいくつもの無残な首が転がると息を呑んだその時だった。
「お待ちなさい…っ‼︎ 」
厳しくはあるが、それ程の大声ではない。だが、聞く者全てが思わず呼吸すら止めてしまうほどの存在感ある声が廊下に響き渡る。
ーーー コツコツコツコツ………!
「これはいったい、何の騒ぎなのかしら?」
「イラ叔母さ…、いや、イラヤ学院長…⁉︎ 」
比喩ではなく、実際にヒヤリとその場の空気が温度を下げた事を感じた生徒達は、たったひとつの靴音に合わせて自然と左右に分かれていく。その生徒達の列の向こうから現れたのは、この王立高等魔術学院学院長であり、【氷結地獄】の二つ名を持つ"救国の英雄"のひとり、「イラヤ・マスコーニ」であった。
「クローレシアさん、ゴーレムを下げなさい 」
コツコツと靴音を鳴らしゼルド達の前で止まったイラヤの顔には、学院長室を訪ねた時に見せる、いつものニコニコとした表情は無い。オーヘィンや上級生、クローレシア達の方を凛とした表情で見詰めたまま、拒否を許さない声音でクローレシアに命令を出した。
「イラ叔母さん、これは…っ!」
「黙りなさい。いくら身内同然とはいえ、ここは学院、公共の場です。貴女も王族ならば一般の生徒達以上に公私は弁えなさい。それよりも早くゴーレムを下げるのです 」
「…っ⁉︎ ……はい。申し訳ありませんでした学院長。下がりなさい、ルクス 」
『…御意 』
ルクスヴィータは出していた刃を折りたたみ、悔し気に唇を噛むクローレシアの背後へと下がる。冷たく温度の感じられないままの視線でルクスヴィータが下がった事を確認すると、今度はゼルドへとその視線を移す。
「…ゼルド統制会長、状況を報告なさい 」
「ここででしょうか? 後程詳細を纏め、改めて学院長室に御報告に上がりますが?」
「必要ありません。もはやここまで大事になったのです。周りの生徒達も納得するよう、私は極力この場での問題解決を望みます 」
「分かりました。統制会会長ゼルド・リグロス・ロードベルク四回生、イラヤ学院長に御報告致します。事の起こりは……… 」
生徒達が注目する中で、ゼルドは先程からの顛末をイラヤに報告し始めた……。
「………なるほど、よく分かりました 」
ゼルドからの報告を聞き終えたイラヤは暫し黙考すると、まず悔しそうな表情で佇むクローレシアに向けて口を開いた。
「クローレシアさん。友人を傷付けられかけたことで怒りを覚えたことは分かります。ですが、身分を盾にいきなり武力を以って制裁を加えようとするとは何事ですか 」
「だ、だけど…!」
「黙りなさい。その行為が校則を破る、ということばかりではなく、教育によってやがては国を、相互理解による「和と対話」によって高みに至らせたいという崇高な理念を掲げたジークランス王の願い、何より貴女自身の祖を裏切り、その名を汚す事だと分かってますか?」
「………っ⁉︎ 」
「やっと理解したようですね。なぜジークランス王がこのような校則を定めたのかをよく考え、噛み締め、反省なさい 」
「………はい。申し訳…ありませんでした… 」
シュンとなるクローレシアから目を切り、今度はオーヘィンへと口を開くイラヤ。
「オーヘィン・ボージャックさん。あなた方は度々こうした事件を起こしているようですが、まだ懲りませんか?」
「何を仰います学院長、先程ゼルド様にも申し上げましたが、これは単によくある思想の相違に対する意見の打つけ合い。ですが、確かに手を出してしまったのはいけません。彼には私からも厳しく指導し、あの少年には後程改めて謝罪をしておきましょう 」
「なるほど。あくまで生徒間に認められた権利の主張であると?」
「いかにも、その通りです 」
イラヤの厳しい目線にも何処吹く風、しゃあしゃあと、何処か小馬鹿にしたようにも見える態度で答えるオーヘィン。しかし、その慇懃無礼なオーヘィンの態度に、返ってイラヤは固く引き結んでいた唇をフッと緩めた。
「やはりあなたは愚かですね? 」
「…なっ⁉︎ 学院長、あなたは私を愚弄なされるのかっ‼︎ 」
イラヤの言葉に、今までの態度を一変させて激昂するオーヘィン。だが、イラヤは静かに首を振ると、そのまま話し始めた。
「そうではありません。気付いていますか、ボージャックさん?あなたの主張、その言葉の矛盾を 」
「矛盾?」
「その通りです。あなたは仰いましたね?『生徒間に認められた権利』であると。では、その"権利"を認め、定められたのはどなたなのでしょうね?」
「………っ⁉︎ 」
何かに気付き、途端に顔色を悪くするオーヘィン。その顔には、既に人を小馬鹿にした表情を保つ余裕は見えなかった。
「気が付いたようですね?そう、あなた方が声高に主張する事、または"自由に語る権利"とは、身分の垣根を取り払い、自由闊達な交流が出来るように、とジークランス王が定められたもの。それを否定しながら、自らの旗色が悪くなれば"それ"を盾に言い訳をする。その言い訳すらも、認められるのはこの校則があってこそ、だと分かっていますか?」
「ぐ…っ⁉︎ 」
自らの言い分として言った言葉の"権利の意味"を突き付けられ、返す言葉に詰まるオーヘィン。こう言われてしまっては何も言い返すことなど出来はしない。
オーヘィンは屈辱に顔を赤くして歯を食い縛って俯くが、そんなオーヘィンから一旦目を離して、周りの生徒達へとイラヤは声をかけた。
「周りの皆さんもよく聞いておいて下さい。ジークランス王は私達の未来を、幸せを願い、教育に力を注がれました。それが正しかったのかどうか?は、問わずとも今日のロードベルク王国の繁栄を見れば誰の目にも自ずと判るでしょう。身分などという垣根を越えてひとりの人間同士の心の触れ合い、時にはこうして意見が打つかる事もあるでしょう。ですが、我を押し通すばかりではいけません。大切なのは他の意見にも耳を傾け、認め合い、間違いがあれば素直に訂正する。互いを尊重し合う相互理解こそが最も重要なのです。だからこその"身分の別無し"の校則が定められているのです。その事を今一度深く理解して、今後の学院生活を送って下さい。分かりましたね?」
『『『『『 はいっ‼︎‼︎‼︎ 』』』』』
イラヤの言葉に、声を揃えて一斉に返事を返す生徒達。そんな生徒達の様子に満足そうにひとつ頷いてから、もう一度視線を戻せば、今だ変わらぬ表情のオーヘィンが居た。
(「やはり分かりませんか………。残念です……… 」)
届かぬ想いに、周りがそれと気付かない程度に肩を落とし、フッと苦笑を浮かべたイラヤは、もう一度オーヘィン達に声をかけた。
「さて、クローレシアさん、それからボージャックさん。お二人に提案があります 」
「「提案…?」」
思いも寄らぬイラヤからの言葉に、この時ばかりは揃って怪訝な表情を浮かべるクローレシアとオーヘィン。
「あなた方の行動に対して、叱りはしましたが恥をかかせたかった訳ではありません。普段ならこういった場合、喧嘩両成敗で同じような罰則を与えて痛み分けとするところですが、ただ罰則だけを与えたとしても互いに禍根が残ることを私は望みません。そこでどうでしょう、今日の思いを、互いに切磋琢磨し、競い合い闘志に変える事で昇華させてみませんか?」
「ええっと……、仰ってる意味がよく分からないんですが………?」
困惑した表情でクローレシアが意味を問い返すと、イラヤはニッコリと笑みをこぼしながら話を続ける。
「あなた方は、共にゴーレム術に関係した研究会を設立しています。そこで、選出した数名の代表同士で戦い、磨いた技を競い合う"競技会"をしてはいかがかと思うのです。ゴーレム術とは、我が国を守る為に重要な役割を果たすもの。その重要なゴーレム術で競い合い、互いに切磋琢磨する姿を大勢の生徒達の前で披露しては如何か?と思うのですが…?」
始めはキョトンとした顔の二人だったが、まずオーヘィンがニタリ、と、暗い笑みを浮かべる。
「フ…、フフフフ………ッ!正気ですか、学院長?」
「ええ、私は本気ですよ?」
「クハ…ッ!ククク………。いいでしょう、私に異存はありません。逆に望むところです。が、クローレシア様…さんが何と仰るかですねぇ…?」
厭らしい笑みを浮かべ、窺うようにクローレシアを見るオーヘィン。その顔には、先程まで浮かべていた、他人を見下しす傲慢さが戻っていた。
「当然、問題ない。私達が辿り着いた"新しいゴーレム術"で、その鼻っ柱をヘシ折ってあげる 」
腕を組み、フンス、とばかりに胸を張って、挑戦的な瞳でオーヘィンをに睨み返すクローレシア。
その予想外の態度に多少の驚きを感じて鼻白むが、すぐに表情を取り戻して自信たっぷりの笑みを浮かべるオーヘィン。
「フン…。"新しいゴーレム術"ですか?大した自信ですが、過去数百年、偉大なる先人達が挑戦し、遂に成し得なかった事を成した、とでも?いいでしょう、その成果とやらを見せて頂きましょう。まあ、"結果は変わらない"と思いますがね?ククククク………ッ!」
「そうやって、調子に乗っていればいい。勝つのは私達。終わってから泣きを見るのはあなたの方 」
「く……っ⁉︎ 」
どれほど挑発しようと、まるで怯んだ様子を見せないクローレシアを、忌々しげな目で睨むオーヘィン。
「二人共、"決闘"ではなく、あくまで"競技会"だということを忘れてはいけませんよ?…では、日時、詳細は職員会議で正式に決定して、後日改めて連絡します。互いに持てる技術の全てを駆使して、正々堂々、生徒達の規範となる闘いを期待しています。さあ皆さん、お昼休みが終わってしまいますよ!解散なさい! 」
どうなる事かと固唾を飲んで見守っていた生徒達だったが、イラヤの一言に皆があっ⁉︎という顔をしてそれぞれに散り出した。
「フン…、精々きちんとした"競技会"になるよう、無駄な努力をなさる事ですね。それでは。…おいっ!早くそこの恥晒しを連れて行け‼︎ 」
捨て台詞を残して立ち去っていくオーヘィン等上級生達。
振り返る事なく生徒達を押し退けて歩み去って行くオーヘィン達は、その背後でニンマリと口許に笑みを浮かべるクローレシア達の表情には気付かないのだった。
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