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パン屋の娘

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「ええー!」
 私の左手をロザリーは見逃さなかった。
「じゃあ、エデン様に見初められたってこと?」
 送り主を聞くや否やそばかすだらけの頬をくいっと持ち上げる。
「いいな、いいな。ナタリアは町娘にしたら美人な方だものね」
 あけすけに羨ましがるロザリーに私は曖昧な返事をした。
「王様が認めて下さったわけじゃないのよ」
「でもでも! 結婚したら一気に大金持ちよ。お母さんやおばあちゃんにいい暮らしさせてあげられるじゃない」
 その言葉に胸が痛んだ。
「だったら、いいんだけどね」
 クインの実を摘み取る手がふいに止まる。
「え?」
「ごめん」
「え! ちょっと」
 気が付いた時には森の方へ走り出していた。
「ナタリア!」
 ロザリーの声が段々と遠ざかっていく。いつの間にか、鬱蒼と茂る森の中に入ってしまっていた。クインの実が入った小瓶に水滴がついている。その蓋を開けると、甘酸っぱい香りが漂った。

「え? エデン様が行方不明に?」
 ロザリーが帰宅するとパン屋を営む両親が張り紙を張っていた。
「見つけた者には百万ベリン?!」
「そう、うちの店にも協力要請が来たんだ」
「でも、ここはお城から遠いわ。どうしてこの辺りを?」
「それが昨日ここらへんで目撃情報があってね」
 ロザリーは視線を下に落として少し考えこんだ。
「ちょっと、ナタリアの家に行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
 ナタリアの家はこの町の中でも外れの方にある。木々に囲まれた道を歩いていると、しとしと雨が降り出した。ロザリーは小走りで彼女の家へ向かう。ドアを叩くと勢いよく人が飛び出してきた。
「あ、ナタリアのお母さん」
「え、あ、ロザリーちゃん」
「ナタリアはいますか?」
「それが、まだ帰ってこないの。フォリンも見当たらないし」
「ちょっと上がらせてください!」
「いいけれど……」
 ロザリーは急いで階段を上がり、彼女の部屋の扉を開けた。
「ナタリアのお母さん!」
 その声にナタリアの母も部屋に入る。
「ナタリアの物が色々なくなってません?」
「本当だわ。でもどうして」
「今日のナタリア様子が変だったんです。これを言ったら彼女に怒られちゃうけれど……」
「教えて」
「クインの実を摘んでいるとき、シルバーリングをしていたんです」
 母親は目を瞠った。
「誰からの、なの……?」
「エデン様です」
「本当に?」
「ええ、本人が言っていました」
 膝から崩れ落ちた母親を支えて、ロザリーも地面に座り込む。
「そして、私の両親の店にエデン様の行方がわからないという情報が入ったんです」
「じゃあ、まさか」
「考えすぎかもしれないですけど」
「いいえ、教えてくれてありがとう」
 そういうとナタリアの母は出かける準備を始めた。
「私はこれからナタリアの祖母の家に行こうと思うわ」
「わかりました。私の方でもナタリアを探してみます」
「ありがとう」
 そうして二人は別れた。
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