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ORDER-1.レモン炭酸水
9.篠原side-深月への想い- -1-
しおりを挟むーーーガチャ……パタン
「……お邪魔します。」
静かに呟き玄関から廊下へ上がった深月は、振り返りしゃがみ込むと脱いだ靴を揃える。
ついでに、慌てた様子で脱ぎ散らかされていた篠原のスニーカーを手に取ると、横に揃えて置いた。
「…………」
深月のその行動、手慣れた所作を目にした篠原は、部屋に招いた側にも関わらずつい、ほうっ…と見惚れて廊下に立ち尽くしていた。
淑やかさを重んじる母に幼少期から教え込まれた行儀、作法。
たとえ性別が男であっても、礼儀を知る人間は一見しただけで他者から“スマート”で“有能”と捉えられる。
全て知っていて、身に付けていて損はないのよ、と言い聞かせ育てられた深月。
意識しなくとも当たり前のようにやってしまえる小さな心遣い、細かで丁寧な仕草・動作。
深月本人も知らずのうちに、それらは居酒屋・福々での接客アルバイトにも生かされていた。
笑顔での接客をはじめ、足音を立てない歩き方、通路ですれ違う際の行き手を譲る綺麗な身のこなし。
たとえアルバイトという立場でも。
目上の先輩スタッフへ対する敬意を含んだ言葉遣いや決してでしゃばらない態度。
すべてが好印象だった。
福々にアルバイトとして雇われ、すぐに馴染み、先輩スタッフからは可愛がられ、常連客からも人気のあるーー…そんな深月を。
篠原は、いつも見ていた。
篠原 蒼太。
真面目だけが取り柄と自分でもわかるほどに、寡黙で温和、悪く言えば……地味。
平和主義で争い事とは無縁だが、取り分け仲の良い友人もおらず、所謂陰キャ。
恋愛経験などあるはずも無く、勿論、童貞。
目の前のリアルよりも、未来のビジョンを大切に。
建築士を志し、建築大学へ進学。
大学に通いはじめて数ヶ月。
自分への親の仕送りの負担を少しでも軽減できないかと考えていた当時。
住むアパートのすぐ裏の居酒屋がアルバイトを募集していると知り飛びついた。
経験はなかったが、真面目な様子を評価され採用。
“じゃあーーー今日から遅番バイトで入ってもらうことになった、篠原くん。
それから、もう一人ーーー…”
自己紹介もそこそこに。
周りにいる先輩スタッフの視線を完全に集めていたのはーー…
“真野 深月です。よろしくお願いします”
同時期に雇用され、アルバイト仲間となった深月の存在。
初めは、すごく綺麗な顔立ちの男だな、と思った。
要領の良くない自分とは違い、仕事の覚えも早く、バイトに入ってわずか数日で店のメニューを全て暗記しているほどの有能さに尊敬の念を抱き……さらに気になる。
“真野、お前xx年生まれ?若いなぁ~~!”
“いやいや、2コしか変わらないじゃないですか”
休憩室でほかの先輩スタッフと話しているのを盗み聞きして、同級生なのだ、ということを知る。
“篠原くん、あ、俺たち同級生だよね?
“くん”要らないな、……篠原。休憩お先もらうね。”
同じシフトに入る度、気になって仕方なくて、つい目で追ってしまう。
“あ、篠原。休憩?ここ座っていいよ。
俺、もう上がりだから”
“ーー篠原、お疲れさま。
明日も出勤?俺も明日遅番なんだ、よろしく”
その綺麗な仕草や、流れるような優しい言葉遣い、声色。
控えめに、はにかむような笑顔を。
大した会話もしたことがなくて、互いのことなんて、名前くらいしか知らない、というレベルのはずなのに。
“ーー篠原!そのドリンク3番テーブルと交換。オーダーミスだって。”
“ーーあ、篠原。あの常連のお客さん、酔うと絡んでくるから気をつけて。”
“ーー俺それ下げとくから、上がりなよ?篠原、もう時間だろ?”
一緒に仕事をしているだけで、同じ空間にいるだけで。
視界に入っていないと気が済まないほどに。
“お疲れ様でーす、あっ……篠原。
ーーーまた明日。”
気付いた時にはもう完全に。
めちゃくちゃに好きだった。
初めは見ているだけで満足だった。
そのうち、もっと声を聞きたいと思うようになり、
もっと色んな姿を見たいと思うようになる。
どんどん欲深くなっていき、
自分へ向けられた言葉を、表情を、その、柔らかな笑顔を。
もっともっとたくさん、欲しい。
くれないだろうか?
俺だけを見てくれないだろうか、なんて考えてしまう。
シフトがかぶるたびに心の中でガッツポーズをして。
何か、共通の話題は無いか…少しでも、歩み寄れないか、仲良くなれないか、考えてみる。
ーーー思いつかない。
臆病な心を叱咤して…話しかけようとするが他のスタッフと仲良くしているのを見て結局諦める。へこむ。
そんな時……やたらとシフトがかぶるようなり、気づく。
……最近、週5のフル勤務してる?
なんだか、あまり、いや。すごく……
元気がないな、と感じる。
接客態度も仕事ぶりもいつも通りスマートで変わったようには見えなかった。
だけど、どことなく。ふとした時……
とても悲しそうで、つらそうで。
誰もいない休憩室。
静かなスマホ画面を眺めて、いまにも泣き出しそうな顔をしているのを目にしてしまい、
“………………。”
とてつもなく気になる。
聞きたい。
“何かあったの?”
そのひと言すら聞けない。
情けない。
想いを知られるのが怖くて。
もし少しでも話をすれば、仕事以外の会話をしてしまえば。
きっとどんどん欲が出て、もう、黙っていられないだろうと謎の自信があった。
『君のことが好きで仕方ない』と、伝わってしまう、黙ってはいられないと。
男の自分からそんなふうに思われているだなんて知られるわけにはいかない。
きっと引かれる。怖い。
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