盆に帰らず

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盆に帰らず

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 ガタロはひとりぼっち
 ガタロはひとりぼっち
 ガタロは小鳥に言った。
「遊ぼう」
 小鳥は答えた。
「いやよ。私の翼をもぐんでしょう?」
 ガタロは小鳥の翼をもいだ。
 ガタロはひとりぼっち
 ガタロはひとりぼっち
 ガタロは蛇に言った。
「遊ぼう」
 蛇は答えた。
「いやよ。私の皮を剥ぐんでしょう?」
 ガタロは蛇の皮を剥いだ。
 ガタロはひとりぼっち
 ガタロはひとりぼっち
 ガタロは蛙に言った。
「遊ぼう」
 蛙は答えた。
「いやよ。私を食べるんでしょう?」
 ガタロは蛙を食べた。

「婆ちゃん、なんで川に行っちゃダメなの?」
 青空の下、元気に蝉が鳴いている。
 夏休みも半分を過ぎた頃、少年は田舎の祖母宅に泊まりがけで遊びに来ていた。
 祖母の家は山の麓で、近くに川もある。
 毎年、川遊びが楽しみで祖母宅に来ていると言っても過言ではない。
 だけれど、8月の13日から15日の間は、絶対に川には近寄ってはいけないとキツく言い渡されていた。
 今年は親の仕事の都合で滞在が短い事もあり、だる暑さに孫が不満を洩らす。
「そりゃあ川には河童ガタロがおるで」
 何を当たり前の事をと言いたげな祖母に、孫が頬を膨らませる。
 大人達は集まって酒を飲んで話をしている。
 「初盆」やら「迎え火」やら聞こえてくる。
 今年は特に「かわいそうに」「かわいそうにね」と聞こえてくるが、子供には関係ない話なので全く気にならない。
 せめて大好きな従姉が来ていれば少しは楽しかっただろうが、今年は姿が見えなかった。
 高校生にもなると忙しいのだろうと勝手に結論付ける。
 明日はお坊さんが来ると言われたが、楽しくもなんともない。
 正座して経を聞くのは子供には苦行である。
「ガタロなんかいないもん」
 絵本を横目に見、おもむろにひっくり返した。そこには『ガタロはひとりぼっち』と書かれている。
「んにゃ、水で溺れた者は河童ガタロになる。したら川から離れられねぇから盆にも帰れねぇ。だから、近付いちゃなんねぇ」
「わっかんないよう」
「これっ!」
 何を言っているのかわからなかった。
「ガタロがいるなら、一年中ダメじゃん! うそつき!」
 まだ小3の子には難しいのか、呑んでいる大人達の所へ走る。
「お母さん、川で遊んでくる!」
「1人じゃダメよ」
「わかった」
 サンダルを履き川の方へと進んだ。
 照り付ける太陽は、ビームのように木の葉の隙間を縫って肌を攻撃してくる。
 15分ほど歩くと川原が見えた。
 が、人がいない。
 いや、1人だけいた。
 長い黒髪、白い肌。
 従姉だった。
「姉ちゃん」
 声を掛けると従姉は振り返り、微笑む。
 いつ来たのかと思った。
 ドキドキした。
 従姉は、自分の知っている女性の中で一番綺麗だった。
 その従姉が、川に入って水に濡れている。
 イケナイ場面を見てしまったような、そんな気がして思わず目をそらす。
「どうしたの? 川はダメって言われたでしょ?」
 声も綺麗だ。
 ドキドキして顔が熱い。
「1人じゃなきゃ大丈夫!」
 母が言った言葉を思い出す。
 従姉がいるのだから、一人ではない。
「お友達と遊んで来たら?」
 従姉が柔らかく優しく、歌うように言う。
「こんなお姉さんと一緒でも楽しくないでしょう?」
「姉ちゃんと一緒なら、どこにいても楽しいよ!」
「そう」
「どこだって天国だよ!」
 腰から下を川に浸けた従姉は控えめに微笑んだ。
「じゃあ、おいで」
 差し出された手には水掻きがあった。
「一緒に逝こう」

 夕焼けの朱色に世界が染まる。
「高校に入ったばかりでしょう」
「義姉さん、まだ塞ぎこんだままだって」
「将来の夢とか楽しそうに話していたものね」
「ね、ユウちゃん、遅くない?」
「あら、そういえば……もう、誰と遊んでいるのかしら」

 ガタロはひとりぼっち
 ガタロはひとりぼっち
 ガタロは人間の子供に言った。
「遊ぼう」
 人間の子供は答えた。
「良いよ。何して遊ぶ?」
 ガタロは嬉しくて嬉しくて
 人間の子供の
 腕をもいで
 皮を剥いで
 食べた。
 ガタロはまた
 ひとりぼっちになった。
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