君に心を

河嶋 亜津希

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志津希は読み終えた文庫本をパタリと閉じた。薄紫の表紙が自分を責めるように志津希を見つめている。志津希は思わずため息を吐いた。心臓が痛い。凪都は普段読まないジャンルを読めば面白いと志津希に手渡した。確かに志津希は普段こんなの読まない。優しい恋の物語。べたべたの恋愛ものなんかじゃなくて男女の親友という微妙な距離感のふたりが成長しながらゆっくりと恋に落ちていく。問題は物語の内容じゃなく今の志津希に凪都がこれを勧めたことが問題だ。

「…好き、?」

ぽつんと呟いた声は開けた窓の空気に溶ける。好きとはなにか。そんなの勉強する方法はない。でも春のことは確かに恋心であったと確信している。焦がれて欲して胸が苦しくなる。だけどこの本の主人公は一緒にいれば優しく暖かくて安心すると捉えている。そんな思いを抱いた相手なんて凪都しかいない。

「…もう、やだ……」

志津希は机に突っ伏してジタバタと足を動かした。認めて言えばいい。言ってしまえば楽になる。なにを躊躇しているのか自分でもわからない。志津希はぎゅっと目を閉じて二日前のことを思い出していた。待つと凪都は優しく言った。志津希に無理はして欲しくないと。どこまでも凪都に甘えてずるい自分が嫌になる。

「志津希。」

いきなり飛び込んできた声に志津希はびくっと体を震わせた。ゆっくり振り向くと凪都は優しく志津希の頭を撫でた。

「それ、もう読んだの?」

「あー、うん。」

凪都は机に置かれた文庫本を持ち上げる。心臓が跳ね上がったのをばれないように志津希は平然を装う。

「どうだった?」

わかっているくせににやりと笑った凪都が憎い。凪都はわざと志津希にこの物語を読ませたのだ。志津希は少しだけ凪都を睨んでぱっと前を向いた。

「いい、話だったよ?青春って感じで…」

「そ?よかったね。」

「…うん」

凪都になんと声をかけたらいいかわからない。気にしてないふうに装うのが志津希には精一杯だ。手に取った文庫本をパラパラとめくる凪都を盗み見る。相変わらず綺麗な顔。顔も良くて身長も高くておまけに家はお金持ち完璧でなんの欠点もない凪都がなぜ志津希に惹かれるのか疑問でしかない。志津希は凪都の持っているものをなにも持っていない。志津希はそっと凪都に手を伸ばした。

「ん?なに、志津希。」

なんの躊躇もなく受け入れる凪都は志津希に全てを与えてくれそうに思えてしまう。志津希はゆっくりと立ち上がって凪都の首に腕を回した。自分からこんなことをするなんて思いもしない。これは小説の余韻に誘われているだけだと志津希は言い訳をした。心臓は心地よく脈を打っている。

「…志津希、それは誘ってる?」

「さ、さそってないっ!」

顔に熱が回る。凪都から離れようとしても腰を抱き寄せられて叶わなかった。凪都は赤くなった志津希に頬を寄せる。

「可愛い。」

「なぎ、とっ…」

「志津希も早く俺を好きになって?」

「……待つって言った…」

優しい手が志津希の頭を撫でる。暖かくて落ち着く気持ち。凪都のそばにいればそれを感じることができる。ちゃんと凪都を好きになれていると言うことなのだろうか。凪都は志津希の言葉に応えることなくぎゅっと志津希を抱き寄せた。
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