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✾ Episode.1 ✾ 『呪われた身体』
しおりを挟む――どうか、お願い。
未生は自分の顔よりも大きな拳で顎を強く殴られる衝撃に耐えながら、神仏に強く、強く、希っていた。
――どうか私をお助けください。
~・~ ◇◇◇ ~・~
ときは江戸。
木造の建築物が所狭しと立ち並ぶこの城下町は、さすが都を栄えさせるだけあって、多くの人が往来していた。
大八車に米俵を積んで押し歩く人。天秤棒に野菜を乗せて運ぶ人。女性を町駕籠に乗せて走る男たちや、自分の店に客を招く女たち――。
そうした彼らの営みは決して幸せなことばかりではなかったが、それでも最低限の暮らしを噛み締めるくらいの豊かさは少なからずあった。
毎日飯をかきこめる幸せ。友人と他愛もない話ができる幸せ。結ばれて子どもを授かれる幸せ。仲間と切磋琢磨して己の仕事に励める幸せ――……。
活気づいたこの町に流れているのは、そうした誰かの何気ない日常。
武士や貴族に比べれば貧しい生活を送っているのだろうが、それでも〝ふつう〟の生き方ができているだけまだマシかもしれない。
底辺の基準をそこに置いたとき、彼女の場合は圧倒的にそれを下回る。
名を未生といった。
歳は十一ほどの少女に見えるが、年齢は不詳。
陽に透けるような白い髪や白い肌が特徴的で、その瞳は奥深い黄金の色に染まっていた。
言うまでもなく、彼女の神々しさは半端でないほど駄々洩れて、とりわけ髪の隙間からその目が覗くと、噓を吐いても本心を見透かされてしまいそうな不思議な引力を感じさせた。
その様相は神か、仏か、妖か。
他とは明らかに違う身体の作りをしているので、そうした分野に彼女を置き、「なにか良いことがありますように」と誰かが手を合わせ、崇め奉られてもおかしくない。
それくらいの品格や気高さが未生には備わっていた。
しかし不運にも、彼女を拾った人間の気質があまりにも悪く、狡猾で、己の利益にばかり目を向ける人だったので、彼女の神々しさは一瞬で幕を閉じることとなった。
彼女は死なない。
いや、死ねない――と言った方が正しいか。
今の武家屋敷に迎えられて十六年。〝なにをされても壊れない頑丈な身体〟をもっているという秘密を知られてからは、〝節約〟と称して、ご飯や水を一切与えられなくなった。
「お前に飯をやるのは勿体ない」
とのことだそうだ。
まぁ、永遠の命を持たない彼らにとっては、食料ひとつをとっても生死に関わる。首を切られても、内臓を貫かれても、目をほじくり出されても――決して死ぬことのない未生の命は風前の灯にすらならなかった。
ただ未生も一応は生きている。感情だって人並みに持ち併せているし、生理的な現象だってちゃんとある。
だから、たとえこの身体が飲まず食わずで生きていけるような仕組みであったとしても、未生は空腹を凌ぐために地面で干からびている虫の死骸を齧ったり、小石を舐めたりして、自分の胃袋を誤魔化さなければならなかった。
けれどその味わいはどれも吐き気をもよおすものばかり。空っぽの胃を酷使して胃液を吐き出すたびに、ひどく疲れを感じた。
未生は白い髪にくっ付いた虫を手で払いながら、スイカやトマトなどがゴロゴロ入った藁カゴを背負いこむ。
さすがに十六年もの間、同じ空気を吸っていれば、この化け物じみた性質も見慣れてくるのだろう。
最初のうちは気味悪がっても、彼女が誰かに牙を剥くことなく従っているおかげで、彼らは鼻を高くして、誰もやりたがらない仕事――たとえば汚れ仕事や、掃除、体力を消耗する仕事など――を好んで未生に押し付けてくるようになった。
そのうえ面立ちの良さが災いしたのか、いたずらに顔や身体を弄ばれ、〝実験〟や〝毒見〟と称したアソビも頻繁に行われるようになった。
その頃からだろうか。周りの人間たちが口を揃えて、自分のことを〝白い猫〟と呼ぶようになったのは――。
未生はふと足を止めた。額から伝い落ちる汗を腕で拭い、空を見上げて、浅い呼吸を繰り返す。
(ホントにバカげてる)
未生は心の底から嘲り笑った。もうとっくに身体も、ココロも悲鳴を上げている。それなのに、今もこうして誰かの言いなりになって、自ら仕事を請け負っている。
この身体が死なないことに甘えてしまっている。
そんな自分がホントに馬鹿らしかった。
「よぉ、嬢ちゃん。そんなところに突っ立ってどうしたんだい」
急に背後から腕を回されて、驚きに目を見開く未生。恐る恐る振り返ってみると、そこには顔見知りですらない男がいて、手には酒の入った瓢箪が紐で括り付けられていた。
「そんな日陰におらんでさぁ、俺とこっちで遊ぼうよ」
男は覚束ない足取りで未生に体重を乗せると、慣れ慣れしい態度で「なぁー」と言って、顔に息を吹きかけてくる。
口から漂う臭気は言うまでもなく、頬と頰が触れ合った時には、男の剛毛なひげがチクリと刺さって、痛かった。
「放してください」
「そんなツレナイこと言うなよぉ。俺ってばさっき、女房に家を追い出されたばかりなんだ。ヒック! だからさぁ、胸が痛むんだよぉ。慰めてくれよぉ……ヒック!」
ひどく酒に酔っている。
未生が嫌がっても、彼は腕を軽々と掴み上げ、何度も胸元に顔を寄せてきた。
「やめてください!」
未生が男の腕を乱暴に振りほどく。
その拍子に自分の爪が男の頰を引っ搔いた。
しまった――と思う瞬間には時すでに遅く、男は「チッ」と舌打ちをして、未生の柔らかな髪を掴みあげていた。
「いきなり何すんだ、テメェ。女のくせに俺にたてついてんじゃねぇぞ‼」
男は不細工な顔をさらに歪めると、眉間に皺を寄せて剛毛なひげを逆立てた。
厳つい顔立ちは怖かったが、大して未生には響かない。髪を掴まれながらも男を下から睨めつけると、彼は意外にもあっさりとした顔で、まじまじと未生の顔を覗き込んでいた。
「その白い髪――俺は聞いたことがあるぞ。たしか巷では〝猫〟と呼ばれているんじゃなかったか? このあたりじゃ滅多に見ない髪色だもんな。それに大きな金色の丸い瞳と、陽にも焼かれない白い肌――ああ、そうだ。ある知人からは〝歳を取らない不死身の猫〟だとも聞いたなぁ。」
男は太い指で剛毛なひげを撫で下ろすと、「俺も噂で聞いたときには信じなかったんだ。所詮は疲れて幻覚でも見始めた年寄りの戯言だろうってなぁ」と言った。
未生は極力男と目を合わせないよう下を向いたが、ススで汚れた男の指で顎を持ち上げられてしまったので、嫌でも目を合わせる羽目になった。
「いいか、正直に答えろ」
男の酒臭い匂いが強く充満する。
「〝白い猫〟を抱くと幸運が舞い込んでくるって話は本当か?」
「――知らない」
未生は引き攣ったように表情を強張らせた。
「私はなにも知らない! 放してってば‼」
そう言いながら、彼女は引っ張られている髪を手で掴み、力任せに男から距離を取ろうとする。
だが少女の力では非力も甚だしい。逃げるどころか逆に男の方へ引き戻されてしまった。
未生は異常事態の発生を周りに知らせようと口を開ける。
「誰か! たすけ――」
ところが、ごつごつとした男の手で口を塞がれてしまい、言葉の続きを言うことが出来なかった。おまけに首を軽く絞められて、思うように息も継げない。
「そう喚きたてるな。」
甘い囁きが耳を掠めた。
「人が嘘を吐くとき、目が泳いで早口になる。ん? 自分の胸に手を当てて、よく問いかけてみるんだな。俺はこの噂、〝当たり〟と踏んだぜ。博打を嗜む男の勘ってやつさ。
それに俺の知り合いも実のところ証人の一人でね。〝白い猫〟を抱いたことがあるらしい。
そいつの話では抱いた直後、不思議と腹の底から力が漲ってきて、力仕事も休みなくやれるって言うんだ。そんでもって人より長く働けるんで、もらえる金も跳ね上がったんだとさ」
そう言いながら男は、未生の身体のラインに沿って人差し指を伝わせていく。
「なぁに、べつに悪いようにはしないさ。噂が本当かどうかを確かめるだけだ。女を抱いて男が得をするなんざ、これほど極上の蜜はない。お互いちょっぴり気持ちよくなってしまいだ。な? そう思うだろう」
そう言って男は不気味な笑顔を近づける。下品に舌なめずりをする様は、まるで狙った獲物を逃がさない獣そのものだった。
未生もここにきてようやく、怯えの色をあらわにする。
「やめて! はなしてったら‼」
藁カゴの中からスイカが落ちる。収穫したときには、今にも爆ぜそうなほどパンパンに実っていたのに、地面に触れた瞬間ぱっくりと割れて、潤った断面が砂に塗れた。
その惨状にも気づかないほど、未生は声をあげて暴れ回る。力の全てを振り絞り、むちゃくちゃになって喚き散らした。
「ここじゃ目立つな 」
男は「チッ」と舌打ちすると、その場で強引に未生の藁カゴとねこだ[藁や縄で編んだ大型の〝むしろ〟のことで、重たい物を背負って運ぶときに背中に当てて使う緩衝材]を外すと、低い声で彼女を脅し、人通りの少ない路地裏に引き連れた。
地面に落ちた汚い縄を拾い上げ、暴れる未生の手をきつく縛り上げる。
男の呼吸は荒かった。
「そう暴れなさんな」
妙に優しげな甘い囁き。男は汗ばんだ衣を脱ぎ捨てると、未生の身体に覆い被さった。抵抗する彼女の股を無理矢理開かせ、その白い首筋に思い切り牙を食い込ませる。
彼は本能のままに未生の中へと侵入を繰り返し、彼女もまた本能のままに腰を踊らせた。
「――やめてぇ」
未生は泣いた顔を腕で隠す。交わりが長く続けば続くほど、彼女の思考回路はだんだんと麻痺してきて、あまり理性も保てなくなる。
未生は男に激しく突かれながら――そのたびに、喘ぎに混じって笑い声をあげていた。
「もうタガを外したのか。つまらねぇな」
男は身体の奥まで自分のそれを突き入れながら、未生の首を軽く締める。
「もっと〝刺激〟がほしいか?」
未生は顔を赤らめながら、首を横に振った。けれど男は未生の頰を今度は叩いて、もう一度同じ質問を繰り返す。
「もっと〝刺激〟がほしいかって聞いてんだよ。〝ほしい〟って言え」
未生は涙目になって、薄っすらと目を開けた。
「はやく欲しいって言え」
「ほ、ほしい――です」
「よし、わかった。それならたっぷりと中に出してやるよ」
男はにんまり笑うと、さっきよりも更に腰を動かした。奥へ、奥へと侵入し、その間、両手で未生の細い首を強く握り締める。
より深く。より高みへ。
そうしてすぐに身体の中に温かいものが入ってくると、未生はぐったりとして身体の力を抜いた。股の辺りがジンジンして、余韻が身体全体を駆け巡っていく。
未生は呼吸を荒げながら男を見た。しかし彼は疲れているというよりもかえって、力が漲っているようだった。
「噂は本当らしいな」
男は自分の身体を見つめながら言った。
「これなら何発でも楽しめそうだぜ」
そう言って男はもう一度、未生の身体に跨る。今度は指の骨を鳴らして、その拳を未生の目の前に突き出した。
「俺は対等な関係で遊ぶのが好きじゃない。上に立ち、相手をねじ伏せ、支配しながら遊ぶ〝刺激〟が好きなんだ。俺の経験上、痛みと快楽は紙一重だ」
「なにが、いいたいの」
「次の瞬間には、身をもって分かるさ」
そう言うと男は、ひと回り大きな拳を未生の顎に食らわせた。
彼女は軽い脳震盪を起こし、その場に崩れ落ちる。崩れ落ちても、男は腰を振ることを止めなかった。
生き地獄というのは――。
もしかすると、こういうことを言うのかもしれない。
〝死にたい〟という願いをなかなか叶えてくれない神仏は、いつ命を落としてもおかしくない環境下に私を置く。
この身体はどうやら呪われているようで、あるところまで成長すると、途端に歳を取らなくなった。
それどころか死ぬことすらできなくなって、空腹に耐え凌ぐことや、毎日のように課せられる重労働に耐えること――なんていうのが、これっぽっちのことのように思えてしまう。
この呪われた身体のせいで――。
野蛮な男たちの餌食となる日々。毎日味わう生き地獄というのは生易しいものではない。
未生は仰向けになったまま、青い空を見た。口から唾液交じりの血が伝い、顎からうなじのところまで、ねっとりと流れる。
「おいおい、もう遊びはしめぇか? 本番はこれからだろうよ」
男は余裕の笑みでこちらを見下す。未生は耳鳴りの向こうで、男がせせら笑うのを聞いた。
~・~ ◇◇◇ ~・~
一頻り行為が済んで、男が満足げに立ち去って行くと、未生はまた独りぼっちになった。
虫の息――とまではいかないが、相当なダメージが溜まったことには違いない。
未生はふらついた足で尖った石を拾い上げると、不自由な両手で、塀に繋がれた縄を切り落とした。
汚れた服はそのままになるが、仕方ない。なんとか身なりを整えると、未生は表通りへ足を伸ばした。
そこでは相も変わらず、多くの人たちが往来していた。
これだけ沢山の目があってなお、私は野蛮な男たちの餌食となった。
誰もみすぼらしい私のことなんて視界に入っていない。そんな風に見えないフリをしている。
いや、逆にこちらを見ないように意識している――と言った方が正しいか。
土や体液で汚れた衣。顔から足の先まで満遍なく塗りたくられた傷の数々。ふらついた身体の動き――。
未生は薄っぺらい衣の袖をギュッと摘まんで、唇を強く噛んだ。
――どうか、お願い。
この世は地獄ばかりで、天国なんて到底拝めそうにないけれど……。
それでも。
――神様、仏様。どうか私をお救いください。
そう強く願ったとき、曇り空にただ一点、晴れ間が広がった。そこに不意の稲妻が見え、龍の如く悠々と空を馳せていく。
かと思うと今度は、けたたましい音を立てて未生の頭上に落ちてきた。
みなが騒然とし、一人の少女の生存を確かめようと注意が向く。
――未生は奇跡的に無事だった。
不思議なことに落雷があった場所には焼け跡がなく、直撃した未生の皮膚も焦げてはいなかった。
体感も熱いというよりはかえって冷たく、身に覚えのない〝水〟が髪や服から滴っている。
「うわ……」
最悪だ。
頭から結樽の水を被ったみたいに、未生は全身水浸しになった。
「なんで私だけ……」
そう独り言ちたとき、視線の先に背の高い人影を見た。
「落ちどころが悪い」と言って天上に悪態を吐き、黒曜石のような漆黒の髪を乱暴に掻き上げる人物。
彼はすぐさま未生の姿を捉えると――ずぶ濡れになっているのはお構いなしに――「お前も捨てられた身か?」と聞いてきた。
初見の一言にしては打撃が大きい。美しい顔で言われると、余計に惨めさが増した。
でも言われていることは大方的を射ていたので、未生は男の問いかけに何も言い返すことが出来なかった。
「ここの空気は悪いな。肺が腐りそうだ」
彼は大きな声でそう言うと、縦縞模様の入った濃いべっ甲色の袖を傍目かせた。髪の黒とは対照的な白い肌を太陽の光に眩しく反射させている男。
――彼はとても目立つ存在だった。
男のくせに円を描いた大きな耳飾りを身に付けて、腕を袖の中に通しながら、こちらを見下ろしている。
未生は美しい面をした男にじっと目を据えて、
「アンタ何者? 空から雷と一緒に落ちて来るなんてまともじゃない」
と言った。
男はどこか苛立ったような、愁いているような、よく分からない顔をして、「俺はあやかしだ」とだけ答える。
「――アンタも私と一緒? 誰からも相手にされないの」
「馬鹿にするな。俺はお前ほど落ちぶれてはいない」
彼は未生を冷たくあしらった。
「だが捨てられたという点においては、お前と同じかもしれん」
「どうして私が捨て子だって分かるの」
「見れば分かる。いかにも弱そうだ」
彼は裾が汚れるのも構わずにしゃがみこむと、「お前には俺が見えているんだな」と言った。
未生は驚いたように目を丸くする。
「俺はあやかしだ。基本、あやかしが見える奴というのは、死んだ者か、あるいは、現在進行形で生死の狭間を彷徨っている者のうちのどれかだと言われている」
彼は赤く腫れ上がった未生の頰に優しく手を添えると、彼女の耳元でそっと囁いた。
「お前、呪われているな?」
耳から口を遠ざけて、男は不敵に笑って見せた。未生はさらに目を見開く。
「どうして私が死ねないことを知ってるの」
未生が真剣な面差しで尋ねると、彼は「さぁ?」と言って、目を細める。
「それはまだ聞かない方がいい」
「どうして?」
「――質問はまた〝今度〟」
男は未生の唇に冷たい人差し指を押し当てた。
「俺ならその〝呪われた身体〟を手放す方法を見つけてやれる」
「え、ほんとう?」
思わず未生が呟く。彼は一つ頷いたのち、「世の地獄に耐えきれそうにないなら、俺がその手助けをしてやる」と言った。
「でも〝タダで〟ってわけじゃない。俺と一緒に問題解決を手伝ってほしい」
「問題解決って――なんの」
「問題といっても、それほど大それたことじゃない。解決するにあたって、してほしいことは最もシンプルだ。ただ俺の傍にいればいい。
俺は〝ある場所〟で罪を犯した。それは俗にいう大罪と言うやつで、そのために俺は大切な人を失い、故郷を追い出され、その挙句に指名手配書までばらまかれた。
けれど俺はこの判決に納得がいかない。上にいる奴らの意地汚い魂胆が見え見えだからだ」
彼は未生の首筋から顎へと手を滑らせる。彼女は視線を男の指に落とした。
「それでもお前がそばにいてくれるだけで、俺は自ずと力を得られる」
「でも……」
未生が口を開こうとすると、男は彼女の唇を、ひんやりとした白い手でそっと塞いだ。
「べつに取って食ったりはしないさ。お前はただ、俺のそばで、俺に守られながら生きればいい」
そう言って彼は未生の顔をグイッと上向かせ、そっと顔を近づけた。
「さぁ、どうする。お前は生きながらに死ぬのか。それとも俺と一緒に来るのか――。」
未生は彼の美しい顔をまじまじと見つめながら、ホゥと息を吐いた。
――この地獄から……やっと解放される。
未生の迷いはそう長くはなかった。
「いっしょに――いき、たい。」
思いのほか掠れた声で、未生は男の袖を摘まむ。
「わたし、自分が何者なのかずっと分からなくて。記憶に霞がかかっているみたいに何も思い出せない。でもこの身体は死にたくても死なない。それに変な力もあるみたいで、わたし……」
そう言って未生は自分の身体を抱え込む。さっきまでは傷に塗れていたこの身体も、男と話しているうちにすっかり治癒して、今では元通りの白い素肌が陽を浴びて眩しく反射していた。
彼は未生の汚れた服や髪の有様を見て、何かを考えこむように口を結んだ。
「生きているはずなのに生きている実感がわかない。目の前に広がるのは途方もない時間ばかりで、もうとっくに限界だったんだ」
胸の内を久しぶりに打ち明ける。言い出したら止まらなくて、涙がどんどん溢れてきた。
彼は未生の頭を優しく撫でると、「そうか。お前も辛かったんだな」と言って慰めの言葉をくれた。
「名は?」
「未生」
「俺は猩々だ」
未生は彼に手を引かれて立ち上がった。その瞬間、「バチン!」とド派手な音が響いて、手のひらに焼けるような痛みを感じた。
なに――と思う間もなく、手のひらに刻まれた青い光は、血管に沿って手首を伝い、心臓あたりで一つになった。
「これは――」
未生が不思議そうにそれを見る。
猩々はチロッと舌を出すと、未生に刻まれたものと同じ〝刻印〟を彼女に見せた。
「その〝印〟が厄除けになる。これで当分の間は〝狙われる〟というお前の体質も妨害できるだろう。一種のマーキングってやつだな。呪いには効果的だ」
猩々は大きな欠伸をしながら、腕をまた袖のなかに戻した。
「にしても驚いた。白い髪に金色の瞳、それから陽に当たっても焼かれることのない白い肌……。その特徴はかつてこの世に名を馳せた恵みの一柱――ククナの神に瓜二つだ」
To Be Continue…
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