上 下
151 / 184
第三部 暗殺者編

第151話 暗殺失敗(死棘のマリー)

しおりを挟む
転移が使えるようになったクレイは、戦闘中でも危険な状態になったらいつでもその場から脱出する事ができる。

だが、それもクレイの意識があればこそである。もし、戦闘中に一瞬で意識が奪われるような事態になった場合、離脱もできない。

打撃系の攻撃については不意打ちであっても【自動盾オートシールド】が防いでくれる。だが、例えば絞め技や投げ技には自動盾は反応しない。首を締められたり、あるいは毒や麻痺系の攻撃なども同様である。そのような自動盾が対応できない方法で攻撃を受けた場合の対策として、クレイを心配したエリー(リルディオン)が、苦肉の策として考案したのが自動転移であった。

少々強引な方法であるが、クレイの意識が失われた瞬間、自動的に転移が発動し、リルディオンの寝室に転移させられる。そして自動的にリルディオンによってクレイの身体の健康チェックと治療・修復が行われるのである。

ただ、これは気絶した時だけでなく、毎日の入眠時も発動してしまう。つまり、クレイは実は毎日、リルディオンに用意した自分の部屋のベッドに自動的に転移してそこで眠っているのであった。

毎日眠る度に転移が発動してしまうのは煩わしいようにも思えるが、考えてみればクレイとしても、毎日自分の慣れたベッドで眠れるのはむしろ歓迎であったのでそれを受け入れた。なにせ、リルディオンの用意してくれたベッドは最上質のもので、とても寝心地が良いのである。そして、絶対安全なリルディオンの寝室ならばこそ、外敵を気にせず安心して眠れるというものである。

そのため、眠っている間にクレイを襲うというのは不可能なのである。

奴隷であった時のルルとリリは、クレイを性的に誘惑する行為は禁止されていたのでできなかったが、二人が奴隷から解放された事で、自由になった二人はクレイを襲う事も可能になった。それに気づいた二人は早速、クレイに夜這いを掛けたのであったが…

当然、そこにクレイは居なかったのである。

翌日、クレイにその事を問い詰めた二人。

ルル 「夜、部屋に居なかったにゃ!」
リリ 「どこに行ってたにゃ?」
ルル 「夜遊びにゃ?」
リリ 「女遊びにゃ?」
ルル 「悪い子にゃ?」

クレイ 「違うわ! 俺は枕が変わるとよく眠れないんだよ」

そして、そのような仕掛けがあると聞かされたのである。そうしてルルとリリは夜這いを諦めざるを得ないのであった。

毎日リルディオンに帰って眠るのであれば宿に泊まる必要はない。ルルとリリだけ宿泊させれば良さそうなものであるが、それだとクレイが宿を利用する事ができなくなる。転移は人に見られないようにしたいので、宿の部屋から行う事が多い。(客でもない人間が出入りするのを宿は嫌がるのでルルとリリの部屋を利用させてもらうわけにも行かない。)そのため、クレイも普通に宿泊し、客として宿のサービスを受けられるようにしているのである。

金は十分にあるのでケチる必要もない。それに、本当に眠る時はリルディオンのベッドに戻るにしても、たまには眠らずに宿のベッドでゴロゴロしたい時もあるのだ。



  * * * *



ブレラ 「死棘のマリーが失敗するとはな…」

※クレイの部屋に侵入した刺客、マリーは、【心必中】という特殊なスキルを持っていた。相手の心臓へ攻撃が自動的にヒットするというスキルである。このスキルを発動しながら相手を攻撃すると、自動的かつ正確に相手の心臓を突く事ができるのだ。

ただし、その射程距離は短く、相手にかなり接近しなくてはならない制約があった。近づけば、当然相手からの攻撃を自分が受ける可能性もある。

実はマリーは昔、冒険者をしていたのだが、あまり活躍できていなかった。いくら【心必中スキル】があっても、そもそも危険度の高い魔物の至近距離に踏み込むのは難しかったからである。勇気を持って踏み込めば、相打ちには確実に持っていけるスキルではあるが、それで自分が死んでしまっては意味がない。

試しに、あまり近づかなくて済むよう槍を持ってみたりもしたのだが、長槍の射程ではスキルが発動しなかった。色々試した結果、短剣が刺さる距離まで近づく必要がある事が分かった。だが、身の安全を確保しながらそこまで至近距離に近づく方法がなかなか見いだせず、スキルは宝の持ち腐れとなっていたのだ。

だがそんなマリーに闇烏のスカウトが目をつけた。貧乏ぐらしをして金に困っていたマリーは闇烏に高額でスカウトされ、隠密活動の訓練を受け、気配を消す事と眠り薬の使い方を学ぶ。暗殺者【死棘のマリー】の誕生である。

マリーのスキルは暗殺向きであった。例えば人混みの中などで、ターゲットを見ずに別の方向を向いていても心臓を暗殺用のピックで刺してしまう事ができるのだ。(それを行わせるために闇烏では鎧も貫ける特殊なピックやナイフを用意してマリーに与えていた。)

マリーも最初は裏の仕事をする事に抵抗があったが、なにせ報酬が良い。お膳立てに乗って一瞬チクリと刺すだけで、数ヶ月暮らせるような報酬が貰えるのである。いまさら、明日の食事を買うお金を必死で稼ぐ冒険者稼業に戻る事はできなかった。

ただ、雑踏の中で一瞬で相手の心臓を突いて離脱するような仕事はそれほど多くない。闇烏としても、リスクの少ない安全な方法をできるだけ取る。例えば相手を眠り薬で眠らせてしまうなどである。眠っている相手を殺すなど、マリーには文字通り目を瞑ってもできる簡単な仕事である。

眠らせてしまえば、別にマリーでなくとも暗殺は可能なのだが、マリーがやれば一瞬で終わるし何より仕損じる事がない。確実に殺ったかどうか確認する必要もないのだ。実際、ここまでのマリーの仕事の成功率は百パーセントであったのだ。

それが、初めて失敗した…。

マリー 「申し訳ありません」

ブレラ 「一体何があったんだ?」

マリー 「それが、いつものように深夜、部屋に忍び込んだのですが、ベッドにターゲットはおらず、もぬけの殻でした」

※スキルによって自動的に急所を刺せるマリーは、相手の事をよく確認せずに攻撃して去るのが癖になっていたのだ。今回もスキルに任せてベッドにナイフを突きたてたらサクッと帰るつもりであったのだ。

ブレラ 「気づかれて逃げられた? 眠り薬は盛ったのだろう?」

マリー 「はい、確かに。眠気に襲われ部屋に戻っていきました。侵入前にも室内に眠り薬を流し込みましたので、その時点で居なかったのだろうと思います。しかしおかしいのです、部屋はずっと見張っていましたが、部屋に入った後、出ていく様子はありませんでした。外から見張っていたベルも、窓から出入りしたような様子も一切なかたっと」

ブレラ 「部屋に隠し通路でもあったか?」

マリー 「それも調べましたが、そのようなモノはありませんでした。まるで密室から煙のように消えてしまったような―――

ブレラ 「待てよ、そうだよ! そいつは転移が使えるという情報だったろうが!」

マリー 「…あ!」

ブレラ 「部屋には入ったが、その後、転移でどこかへ移動したという事か…」

マリー 「たまたまか? あるいはまさか、宿をとっておきながら毎日別の場所で寝ているなんて事は……」

ブレラ 「そこまで用心深い奴もそうは居ないと思うがな」

マリー 「もしそうだとしたら、部屋を襲う方法も使えませんね…」

ブレラ 「まぁ、もしそうだとしたら、どこか、確実に奴がいる場所で襲うしかないという事になるが」

マリー 「あの…でも、仮に正面から襲ったとしても、転移が使えるのなら、それで逃げられてしまうのでは…?」

ブレラ 「…そうだよな。…もしかして、転移ってものすごく厄介な魔法じゃないか?」

マリー 「伝説の魔法ですからねぇ、使いこなせば国が滅ぼせるレベルでは…?」

ブレラ 「……まぁ、侯爵が暗殺を命じる奴だ、手強いのは当然だな…」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

住所不定の引きこもりダンジョン配信者はのんびりと暮らしたい〜双子の人気アイドル配信者を助けたら、目立ちまくってしまった件〜

タジリユウ
ファンタジー
外の世界で仕事やお金や家すらも奪われた主人公。 自暴自棄になり、ダンジョンへ引きこもってひたすら攻略を進めていたある日、孤独に耐えられずにリスナーとコメントで会話ができるダンジョン配信というものを始めた。 数少ないリスナー達へ向けて配信をしながら、ダンジョンに引きこもって生活をしていたのだが、双子の人気アイドル配信者やリスナーを助けることによってだんだんと… ※掲示板回は少なめで、しばらくあとになります。

私の婚約者には、それはそれは大切な幼馴染がいる

下菊みこと
恋愛
絶対に浮気と言えるかは微妙だけど、他者から見てもこれはないわと断言できる婚約者の態度にいい加減決断をしたお話。もちろんざまぁ有り。 ロザリアの婚約者には大切な大切な幼馴染がいる。その幼馴染ばかりを優先する婚約者に、ロザリアはある決心をして証拠を固めていた。 小説家になろう様でも投稿しています。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

追放された低級回復術師が実は最強の賢者候補だった件~最強の相棒を持つ名ばかりのヒーラーは自重を強いられても世界最強……だが女の子には弱い~

詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)
ファンタジー
※完結済み作品なので確実に完結します!! とある理由で無念にもパーティーから追放されてしまったE級冒険者(回復術師)のレギルスには実は異界より転移してきた賢者見習いという裏の顔があった。 賢者の卵でありながら絶大な力を持つレギルスは魔力等を抑制する特殊な刻印を押され、師である大賢者から課せられたある課題を成し遂げるべく、同じく刻印を押された相棒のボルと共に異界での日々を過ごしていた。だがある時、二人との少女との出会いによって彼らの日々は大きく転変していくことに…… これは自重を強いられても、実の力を伏しても最強な回復術師(もとい賢者候補)が目的を達成するべく世を渡り、ときには蹂躙していく物語である。

下剋上を始めます。これは私の復讐のお話

ハルイロ
恋愛
「ごめんね。きみとこのままではいられない。」そう言われて私は大好きな婚約者に捨てられた。  アルト子爵家の一人娘のリルメリアはその天才的な魔法の才能で幼少期から魔道具の開発に携わってきた。 彼女は優しい両親の下、様々な出会いを経て幸せな学生時代を過ごす。 しかし、行方不明だった元王女の子が見つかり、今までの生活は一変。 愛する婚約者は彼女から離れ、お姫様を選んだ。 「それなら私も貴方はいらない。」 リルメリアは圧倒的な才能と財力を駆使してこの世界の頂点「聖女」になることを決意する。 「待っていなさい。私が復讐を完遂するその日まで。」 頑張り屋の天才少女が濃いキャラ達に囲まれながら、ただひたすら上を目指すお話。   *他視点あり 二部構成です。 一部は幼少期編でほのぼのと進みます 二部は復讐編、本編です。

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

【R18】急なリモート会議で女の後輩からWEBカメラの設定を頼まれたので俺のスマホから

箱尻商店
大衆娯楽
世界で蔓延する感染病の対策措置として、うちの会社でも突如導入されたテレワーク。後輩社員・石崎みさとからリモート会議用のカメラの設定を頼まれたのだが、つい悪知恵が働き、石崎には内緒で自分のスマホに専用アプリをインストール! 《リアルタイム視聴》《首振り(水平360°、垂直120°)》《光学5倍ズーム》《動体検知対応》《ナイトビジョンモード》《双方向通話》《約192時間(64GB)録画》《500万画素》《防水》 最高のおうち時間を手に入れた主人公・桜木旬は葛藤の中でリモート盗撮ライフにどっぷりハマッていく。 ※2021年に私が〈桜木旬〉名義で某体験談投稿サイトに投稿した内容を元に執筆しなおしたリメイク作となります。

ごめんなさい、全部聞こえてます! ~ 私を嫌う婚約者が『魔法の鏡』に恋愛相談をしていました

秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
恋愛
「鏡よ鏡、真実を教えてくれ。好いてもない相手と結婚させられたら、人は一体どうなってしまうのだろうか……」 『魔法の鏡』に向かって話しかけているのは、辺境伯ユラン・ジークリッド。 ユランが最愛の婚約者に逃げられて致し方なく私と婚約したのは重々承知だけど、私のことを「好いてもない相手」呼ばわりだなんて酷すぎる。 しかも貴方が恋愛相談しているその『魔法の鏡』。 裏で喋ってるの、私ですからーっ! *他サイトに投稿したものを改稿 *長編化するか迷ってますが、とりあえず短編でお楽しみください

処理中です...