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《第二章》あなたを守りたい
第二十話
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「では改めて挨拶をさせていただきます。高崎法律事務所代表、高崎憲吾と申します」
高崎は、人なつっこそうな笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。
「麻生遼子です。急に連絡を差し上げてしまい申し訳ありませんでした」
心苦しい気持ちで遼子は頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず」
名刺を受け取ろうとしたら、高崎から満面の笑みを向けられた。
「企業法務ができる方が来てくれたらいいなと思っていたので嬉しいです」
ニコニコしている高崎に申し訳ない気持ちになったが、高桑や富沢につけいる隙を与えないためだから仕方がない。そう自分に言い聞かせ遼子は笑みを作る。
「別所さんに引き留められませんでしたか?」
「え?」
満面の笑みを浮かべていた高崎の表情が曇った。なぜここで別所の名前が出ただけでなく、引き留められたかどうか聞かれているのかわからない。遼子は戸惑う。
「だって、お二人はパートナーでしょう?」
言いにくそうに高崎が話す。
「パートナー……、ですか?」
遼子はきょとんとした。パートナーと言われてもピンとこなかったからだ。
「ええ」
にっこりとほほ笑まれたものの、高崎が何を言っているのかわからないからどう返したらいいかわからない。
「たしかに……、別所さんとは仕事上のパートナーといえますが、それだけです。それに当初からもともといた方の代替えとして契約を交わしていますので……」
言われたものを一つ一つ整理しながら事実だけを述べたところ、どういうわけか高崎は戸惑っているような顔をした。
「私が言っているのは、その……、プライベートな関係においてのパートナー、といいますか……」
「はあ!?」
遼子は目を見開いた。
「だ、だって……、会場で別所さんをお見かけしたので挨拶しようと近づいたら長年連れ添っているような女性が側にいるじゃないですか。おそらくあの場にいた人間は皆そう思っていると思いますよ」
「ちっ、違います! わ、わたしと別所さんはそんな関係じゃありません! なりようがありませんし!」
一気にまくしたてたら、高崎がびっくりしたような顔をした。それを目にし、遼子は我に返り、気持ちを落ち着かせるために出されたままのお茶を飲む。
「そ、そうでしたか。それはすみませんでした」
「い、いえ……」
「別所さんも離婚してもう十年になりますし、やっと最後の相手とめぐりあえたんだなって嬉しかったんですが残念です。じゃあ……。気持ちを切り替えて仕事の話をしましょうか」
高崎には何一つ嘘はついていない。それなのに罪悪感を覚えてしまうのは自分自身に嘘をついているからだ。針で突かれているような痛みに苛まれながら遼子は高崎に頷いたのだった。
高崎法律事務所を出たのは昼前だった。晩秋とはいえ温かい日差しが降り注ぐなか帰路についていたら、篠田のパーティーが行われたホテルに近づいていた。
そういえば篠田の妻はどうしているだろう。宴会では姿を見なかったが……。ふいに思い出しバッグからスマートフォンを取り出して電話を掛ける。すると、篠田の妻・富貴子はすぐに出た。
「もしもし、篠田さまでしょうか」
耳を澄まし、相手の返事を待つ。
「遼子先生、どうなさいました?」
聞き慣れた柔らかい声がした。遼子は胸をなで下ろす。
「いえ、先日のパーティーでお見かけしなかったので気になって」
言葉を選んで尋ねた直後、スピーカーの向こうから「カイシンでーす」と女性の元気な声がした。
カイシンと聞いてすぐに浮かんだのは医師が患者たちを見て回る回診だ。もしかしたら篠田の妻は病気で、どこかの病院に入院しているのではないか。心に広がる不安をひた隠し遼子は重ねて質問した。
「奥様、もしかして病院ですか?」
「えっ!?」
「今、回診が始まるような声が聞こえてきたものですから……」
言い終えてすぐ、重いため息が聞こえてきた。
「誰にも……、言わないでほしいの、遼子さん……」
頼りなげな声だった。いても経ってもいられず遼子ははっきりとした口調で言った。
「わたし、今日休みなので今からお見舞いに伺います」
「え?」
「だから病院を教えてください、奥様」
偶然といえばそれまでだが、篠田の妻の現状を知ることができた。だが、何らかの病を得たようで入院していることを隠しているとなれば不穏を感じて当然だ。
遼子は篠田の妻から病院名を聞いたあと、すぐさま最寄り駅へ向かったのだった。
高崎は、人なつっこそうな笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。
「麻生遼子です。急に連絡を差し上げてしまい申し訳ありませんでした」
心苦しい気持ちで遼子は頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず」
名刺を受け取ろうとしたら、高崎から満面の笑みを向けられた。
「企業法務ができる方が来てくれたらいいなと思っていたので嬉しいです」
ニコニコしている高崎に申し訳ない気持ちになったが、高桑や富沢につけいる隙を与えないためだから仕方がない。そう自分に言い聞かせ遼子は笑みを作る。
「別所さんに引き留められませんでしたか?」
「え?」
満面の笑みを浮かべていた高崎の表情が曇った。なぜここで別所の名前が出ただけでなく、引き留められたかどうか聞かれているのかわからない。遼子は戸惑う。
「だって、お二人はパートナーでしょう?」
言いにくそうに高崎が話す。
「パートナー……、ですか?」
遼子はきょとんとした。パートナーと言われてもピンとこなかったからだ。
「ええ」
にっこりとほほ笑まれたものの、高崎が何を言っているのかわからないからどう返したらいいかわからない。
「たしかに……、別所さんとは仕事上のパートナーといえますが、それだけです。それに当初からもともといた方の代替えとして契約を交わしていますので……」
言われたものを一つ一つ整理しながら事実だけを述べたところ、どういうわけか高崎は戸惑っているような顔をした。
「私が言っているのは、その……、プライベートな関係においてのパートナー、といいますか……」
「はあ!?」
遼子は目を見開いた。
「だ、だって……、会場で別所さんをお見かけしたので挨拶しようと近づいたら長年連れ添っているような女性が側にいるじゃないですか。おそらくあの場にいた人間は皆そう思っていると思いますよ」
「ちっ、違います! わ、わたしと別所さんはそんな関係じゃありません! なりようがありませんし!」
一気にまくしたてたら、高崎がびっくりしたような顔をした。それを目にし、遼子は我に返り、気持ちを落ち着かせるために出されたままのお茶を飲む。
「そ、そうでしたか。それはすみませんでした」
「い、いえ……」
「別所さんも離婚してもう十年になりますし、やっと最後の相手とめぐりあえたんだなって嬉しかったんですが残念です。じゃあ……。気持ちを切り替えて仕事の話をしましょうか」
高崎には何一つ嘘はついていない。それなのに罪悪感を覚えてしまうのは自分自身に嘘をついているからだ。針で突かれているような痛みに苛まれながら遼子は高崎に頷いたのだった。
高崎法律事務所を出たのは昼前だった。晩秋とはいえ温かい日差しが降り注ぐなか帰路についていたら、篠田のパーティーが行われたホテルに近づいていた。
そういえば篠田の妻はどうしているだろう。宴会では姿を見なかったが……。ふいに思い出しバッグからスマートフォンを取り出して電話を掛ける。すると、篠田の妻・富貴子はすぐに出た。
「もしもし、篠田さまでしょうか」
耳を澄まし、相手の返事を待つ。
「遼子先生、どうなさいました?」
聞き慣れた柔らかい声がした。遼子は胸をなで下ろす。
「いえ、先日のパーティーでお見かけしなかったので気になって」
言葉を選んで尋ねた直後、スピーカーの向こうから「カイシンでーす」と女性の元気な声がした。
カイシンと聞いてすぐに浮かんだのは医師が患者たちを見て回る回診だ。もしかしたら篠田の妻は病気で、どこかの病院に入院しているのではないか。心に広がる不安をひた隠し遼子は重ねて質問した。
「奥様、もしかして病院ですか?」
「えっ!?」
「今、回診が始まるような声が聞こえてきたものですから……」
言い終えてすぐ、重いため息が聞こえてきた。
「誰にも……、言わないでほしいの、遼子さん……」
頼りなげな声だった。いても経ってもいられず遼子ははっきりとした口調で言った。
「わたし、今日休みなので今からお見舞いに伺います」
「え?」
「だから病院を教えてください、奥様」
偶然といえばそれまでだが、篠田の妻の現状を知ることができた。だが、何らかの病を得たようで入院していることを隠しているとなれば不穏を感じて当然だ。
遼子は篠田の妻から病院名を聞いたあと、すぐさま最寄り駅へ向かったのだった。
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