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《第二章》あなたを守りたい
第十八話
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「……あの方はどなたです?」
立ち去る元夫の背中を、ぼう然としながら眺めていたら別所の声が耳に入った。我に返り別所に目をやると不安げな顔をしている。遼子は、どうしたものか立ち尽くしたまま考えた。が、
「と聞きたいところですがやめときます。ところで岡田たちは? 御一緒していたはずですが」
急に話の矛先を変えられてしまい、遼子はうろたえる。
「え……、あの……、先に行くよう……」
ビルから出た直後のことだった。別れた夫が近づいてきたのは。
急なことだったから一瞬思考が停止してしまったけれど、深雪たちから向けられるいぶかしげな目線に気づき気持ちを無理やり立て直し、行く予定の料理屋に先に行くよう彼らに言ったのだった。それを説明しようにも言葉がうまく出てこない。しどろもどろに返事をしたら別所の表情が曇った。
「……先日、僕と岡田が帰ろうとしたらあの方が受付にいらっしゃいました。こちらに麻生遼子という弁護士がいるはずですが、会わせてもらえないでしょうか? たしかそうおっしゃられていたと記憶しています」
ということは、岡田が話していた相手だろう。あのときはクライアントだった企業の担当者かもしれないと思ったが、よりにもよって夫だった男だったとは思いもしなかった。
「遼子先生はお帰りになられたあとだったのでその旨伝えたうえで名刺を頂こうとしましたが、また来るからと言い残され帰られました」
「そう、でしたか……」
怪訝なまなざしを向けられ落ち着かない。どうやってこの場を乗り切るか考えながら言葉を返した直後、別所の目がそれた。解放されたような気持ちで別所を見ていると、彼はジャケットの内側から取り出したスマートフォンの画面を真面目な目で見始めた。
「遼子先生、二人が待っているところはどこですか?」
「え?」
唐突に問われ遼子は戸惑いながら返事した。
「……駅前の洋食屋さん、です」
今日はそこのオムライスを深雪たちと食べに行く予定だった。その後はあのたい焼き屋で昨日買ったものとは違う種類を買い求めるつもりでいた。気まずい気分で答えたら、目線の先で別所が顔を上げた。
「じゃあ、そこまで送ります」
「い、いいえ。大丈夫、です」
とは言ったもの本音を言えば不安だった。だがそれを見せるわけにはいかず、遼子は虚勢を張る。しかし、
「僕たちはここで待ち合わせをしていたんです。だから岡田たちがいるところまであなたを送ります。そうすれば先ほど帰られた方はあなたに近づかないと思うから」
元夫の突然の出現のせいでわき上がった不安を言い当てられドキリとした。別所が現れて去ったものの、建物の外で待ち伏せしている可能性が非常に高かったからだ。
別れた夫・高桑が自分に会いに来た理由それは、元の職場に戻ってほしいというものだった。そうすれば顧問契約を打ち切った企業が戻ってくるからという、なんとも身勝手なものだ。おそらく富沢がたきつけたのだろう。そうしなければパートナーから外すとか言って。
富沢が経営している法律事務所もそうだが、都市圏の事務所はパートナーと呼ばれる弁護士たちの共同経営が主体だ。企業で言えばトップである富沢が社長、パートナーたちはさしずめ役員といったところか。
別れた男は自分より早くパートナーになることに固執していた。いろいろな手段を使いようやくつかみ取った席を取り上げられてしまいそうだから、なりふり構わず行動に出たに違いない。そう思い至り、遼子は目線を下げる。
「……お願い、します」
不本意ではあったが今は仕方がない。それに別所に聞きたいこともある。
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
富沢が事務所に戻るよう言ってきたり高桑を自分に差し向けたのは、おそらく別所の会社にいられるのが一ヶ月を切ったからだ。次の職場が決まっていないから誘えば戻ってくるとでも思っているのだろう。こうなったら篠田のパーティーで声を掛けてくれたところに行ったほうがいいのかもしれない。ただどのような事務所なのかわからないから、付き合いがあった別所に聞いてからのほうがいい。そう思い至り遼子は別所とともにビルを出たのだった。
立ち去る元夫の背中を、ぼう然としながら眺めていたら別所の声が耳に入った。我に返り別所に目をやると不安げな顔をしている。遼子は、どうしたものか立ち尽くしたまま考えた。が、
「と聞きたいところですがやめときます。ところで岡田たちは? 御一緒していたはずですが」
急に話の矛先を変えられてしまい、遼子はうろたえる。
「え……、あの……、先に行くよう……」
ビルから出た直後のことだった。別れた夫が近づいてきたのは。
急なことだったから一瞬思考が停止してしまったけれど、深雪たちから向けられるいぶかしげな目線に気づき気持ちを無理やり立て直し、行く予定の料理屋に先に行くよう彼らに言ったのだった。それを説明しようにも言葉がうまく出てこない。しどろもどろに返事をしたら別所の表情が曇った。
「……先日、僕と岡田が帰ろうとしたらあの方が受付にいらっしゃいました。こちらに麻生遼子という弁護士がいるはずですが、会わせてもらえないでしょうか? たしかそうおっしゃられていたと記憶しています」
ということは、岡田が話していた相手だろう。あのときはクライアントだった企業の担当者かもしれないと思ったが、よりにもよって夫だった男だったとは思いもしなかった。
「遼子先生はお帰りになられたあとだったのでその旨伝えたうえで名刺を頂こうとしましたが、また来るからと言い残され帰られました」
「そう、でしたか……」
怪訝なまなざしを向けられ落ち着かない。どうやってこの場を乗り切るか考えながら言葉を返した直後、別所の目がそれた。解放されたような気持ちで別所を見ていると、彼はジャケットの内側から取り出したスマートフォンの画面を真面目な目で見始めた。
「遼子先生、二人が待っているところはどこですか?」
「え?」
唐突に問われ遼子は戸惑いながら返事した。
「……駅前の洋食屋さん、です」
今日はそこのオムライスを深雪たちと食べに行く予定だった。その後はあのたい焼き屋で昨日買ったものとは違う種類を買い求めるつもりでいた。気まずい気分で答えたら、目線の先で別所が顔を上げた。
「じゃあ、そこまで送ります」
「い、いいえ。大丈夫、です」
とは言ったもの本音を言えば不安だった。だがそれを見せるわけにはいかず、遼子は虚勢を張る。しかし、
「僕たちはここで待ち合わせをしていたんです。だから岡田たちがいるところまであなたを送ります。そうすれば先ほど帰られた方はあなたに近づかないと思うから」
元夫の突然の出現のせいでわき上がった不安を言い当てられドキリとした。別所が現れて去ったものの、建物の外で待ち伏せしている可能性が非常に高かったからだ。
別れた夫・高桑が自分に会いに来た理由それは、元の職場に戻ってほしいというものだった。そうすれば顧問契約を打ち切った企業が戻ってくるからという、なんとも身勝手なものだ。おそらく富沢がたきつけたのだろう。そうしなければパートナーから外すとか言って。
富沢が経営している法律事務所もそうだが、都市圏の事務所はパートナーと呼ばれる弁護士たちの共同経営が主体だ。企業で言えばトップである富沢が社長、パートナーたちはさしずめ役員といったところか。
別れた男は自分より早くパートナーになることに固執していた。いろいろな手段を使いようやくつかみ取った席を取り上げられてしまいそうだから、なりふり構わず行動に出たに違いない。そう思い至り、遼子は目線を下げる。
「……お願い、します」
不本意ではあったが今は仕方がない。それに別所に聞きたいこともある。
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
富沢が事務所に戻るよう言ってきたり高桑を自分に差し向けたのは、おそらく別所の会社にいられるのが一ヶ月を切ったからだ。次の職場が決まっていないから誘えば戻ってくるとでも思っているのだろう。こうなったら篠田のパーティーで声を掛けてくれたところに行ったほうがいいのかもしれない。ただどのような事務所なのかわからないから、付き合いがあった別所に聞いてからのほうがいい。そう思い至り遼子は別所とともにビルを出たのだった。
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