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銃弾の行方

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「まずは写真を見てほしい」

 そう言うと、エディはファイルから何枚か写真を取り出した。
 写真には男がどこかの室内で、後ろ向きになって頭から血を流している姿が映っていた。

 他の現場写真には、麻薬を使うとき以外の用途が考えられないような道具がずらりと並んでいた。心温まる光景だ。
 少なくとも従妹のジェシカには見せたくない。

「壁にひざまずかせて頭を1発、処刑スタイルだな」
「最近3か月の間に同様の手口で5人が殺害されている。
これが被害者のリストだ」

 エディの渡したメモに2人で眼を通す。

「ヤクの売人に強姦魔にギャング、クズのフリーマッケットみたいな被害者リストだね」
「そして現場には必ずこのメッセージが残されていた」

 写真に写っていたのは破られた聖書の1ページだった。
 その中の一文がペンでマーキングされている。

 "Listen! I am coming soon, and I will bring my reward with me , and I will repay each one of you fou what you have done."
(見よ。わたしはすぐに来る。わたしは報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる)

 ――なかなか趣味のいい引用だ。

 父が口を開く。

「口ぶりからして、あんたはその5件の殺人が同一犯によるものと思ってるんだよ
な?
その根拠は?模倣犯ってことは考えられないのか?」
「現場に聖書の1ページが残されていたことはマスコミに公開していない。
同一犯と考えるのが妥当だろう」
「成程。アンナ、お前はどう思う?」
「そうだね、こういう芝居がかったのは好きじゃないけど、悪い奴じゃないんじゃない?親父はどう思う?」
「そうさな。これだけゴミ掃除に熱心なボランティアがいちゃ、清掃業者が商売あがったりだろうけどな」
「2人とも本気で言っているのか?」

 ジョークが通じない相手だという事を忘れていた。
 父はため息をついて言った。

「悪人だからぶっ殺していいなんていう理屈は通用しねえよ。見くびらねえでほしいな」
「そうだね。この世界にキーン条例は無いけど、
このロールシャッハがやってることはどう見ても違法だ」
「それを聞いて安心した。では、話の続きだが」

 といってエディが今度は地図を取りだした。
 アメリカの地図で数か所が赤いペンでマーキングされている。
 事件が発生した場所らしい。

「ニューヨークで2件、ヨンカーズで1件、ジャージーシティとニューアークで1件ずつ。巧みに各市警の管轄を超えながら犯行を重ねた挙句、州を越えたことでめでたくFBIの管轄になったってことか。
……それにしても忙しい正義の味方だね」
「事件がFBIの管轄になってまず、私はすべての犯行を洗いなおした。
そして、最初の1件の犯行に違和感を感じた。
その最初の事件が発生したのがここ――」

 捜査官は地図の一点を指さして言った

「ブルックリンか。じゃあ、ここに犯人の"何か"があるとあんたは踏んでるわけか」
「その通りだ、マシュー。
私は一人の人物にたどり着いた」
「ジュリアス・プロファー。
元海兵隊のMPで、現在は警備の仕事をしている」

 エディは一枚の写真を取り出した。
 男は40台の半ばぐらいで浅黒い肌をしていた。
 資料によるとオランダ領のキュラソー出身らしい。

「元MPで魔術師?そんな希少な存在なら魔術対策ユニットも1度は声をかけていたんじゃないのかい?」
「その通り。過去に同僚がリクルートを試みている。家庭の事情で断られているが、おかげですぐに身辺のことがわかった」
「プロファーの妻は、1件目の被害者ケネス・マクレモアの被害者だ。
一人で自宅近くの夜道を歩いていたところ、運悪くマクレモアの通り魔強盗に会い、抵抗の末、頭部に38口径を被弾して即死。
マクレモア自身は、証拠の収集が違法であったため無罪放免になっている」
「じゃあ、あんたの推理では、動機は怨恨ってことか。
確かに妥当な根拠に思えるけど、その根拠は証拠にはならないようにおもえるけど?
――それに、"こちら側"の世界と何の関係が?」
「それはこれから説明する。
――ガイシャは全員銃殺されている。ガイシャには焦げ付いた銃創があり、恐らく1フィート以内の距離から撃たれたという事も分かっている。
 だが、それらの現場では弾丸や空薬莢はおろか、発射残差すら検出されなかった。その代わり、魔力の残滓があった」

 話がキナ臭くなってきた。
 発砲すると、弾丸の発射に伴い、銃身や弾丸の金属はわずかに削り取られて
周辺に飛び散る。

 丁寧に掃除すれば痕跡を消すことは可能だが、空薬莢を拾い、
被害者の頭をぶち抜いた弾丸を回収して、発射残差を綺麗に掃除する?
 とてもそんなことが可能とは思えない。

 魔術を使わない限りは。

「私は、操作の過程で、マクレモアに恨みを持つ人間に片っ端から当たった。
 そしてその中に1人、魔力を持つ者がいた。それがプロファーだ。
 我々FBIはそれを偶然とは呼ばない」

「私たち魔術師もそれを偶然とは呼ばないね」

 さらに、エディはその黒い瞳で私たちをしっかりと見据えて言った。

「私たち魔術対策ユニットは、扱う事件の特殊性ゆえに各個人にある程度以上の裁量が認められている。君たちには民間のコンサルタントとして協力してもらいたい。多額ではないが、顧問料の支払いも約束しよう。
どうか協力してほしい」

 私は、父の表情を見やった。
 父と眼が合う。

 何が言いたいのかはすぐに分かった。
 孝行者とは言えないが、これでも27年間この大柄でむさくるしい中年男と親子をやっている。

 ――仕方がない、これも善良なる市民の義務だ。
 私は、アイコンタクトで父に「どうぞ」と語りかけた。
 アイコンタクトを受けた父は言った。

「まずは現場を見せてもらえるか?エディ」

×××××

 ブラウンズビル。

 ニューヨークで起きる凶悪犯罪の多くはブロンクスかブルックリンで発生している。

 ここはそのブルックリン区でも最も危険なエリアで、
 犯罪者以外は決して積極的に近づこうとしない。

 エディの運転するSUVを降りて、現場まで歩く間、何度か明らかにヤクをやっている眼をしたブラザーたちから、悪意の籠った視線を向けられた。

 ここに第一の犯行現場があった。

「ガイシャのケネス・マクレモアは強盗と暴行の前科持ち、札付きの悪党だ」

 エディは淡々と被害者の基本情報を教えてくれた。

 そこは、ブラウンズビルの古ぼけたアパートの一室だった。
 現場検証はとっくに終わっており、部屋はほぼ片付いていたが、
 壁に残された弾痕と血痕がここで起きた凄惨な出来事を物語っていた。

「アンナ、どうだ?」

 父は部屋を見分しながら、私に言った。

 父はまだ歴史の浅い家系の魔術師で、魔力に関しては
名門だった母方の血を受け継ぐ私のほうがはるかに強い。

「エディ、現場検証はもう済んでるんだよね?」
「ああ」
「じゃあ部屋にあるものに触れても構わない?」
「勿論だ」

 私は魔力のアンテナを開き、部屋を歩き回った。

 微弱だが魔力の痕跡を感じる。
 痕跡の残った場所と、事件のあらましからして考えられるのは1つだ。

「物質化現象だね」
「ああ、そうだな。他に考えられん」
「物質化現象?」

 エディは魔力の物質化を知らなかった。

 魔術対策ユニットの捜査官は、捜査機関での経験がある魔力を持った人物がリクルートされる。
 魔力を持っていることが必要条件であり、術者として優秀かどうかは問題ではない。
 エディの術者としての能力はパトリックと同等か少し劣るというところだろうか。

「文字通り、魔力を使って物質を作り出す魔術だ。
すこしばかり珍しい能力だね」

 父が私の説明を引き継いだ。

「いいか、エディ。魔力っていうのは、一種の流体だ。
そのぐらいは知ってるよな?」
「ああ」
「そうだ。流体であるがゆえに金属なんかの無生物とは相性が悪い。
炎や水を魔術で作り出しやすいのは、炎や水が本来形を伴わないものだからだ。高度な術者ならば、体の欠損部分を魔術で補うことができるが、これは人体が常に新陳代謝で目に見えない変化を続けているからできることだ。
錬金術は魔力を触媒にして金属を編成させる魔術だが、金属を作り出すわけじゃない」

 更に続ける。
 むさくるしい外見と裏腹に、父のする話はいつも筋道が立っている。
 その道に明るくないに人間にはありがたいことだろう。

「だが、ごく稀に魔力で金属なんかの無生物を生成できる特殊な性質を持つ術者がいる。
もっとも、魔力で作った物質は長時間その形を保てないから、魔力を流すのを怠るとすぐに消えちまう。
発射残渣が残ってないのも当然だ。
マクレモアとかいうゲス野郎をぶち抜いた弾丸は、壁に弾痕を残した後、綺麗に消えちまったのさ。
ネヴァダの砂漠に放置したアイスクリームみたいにな」

 私は入り口に向かった。
 ここにも僅かに術を行使した痕跡がある。

「正面から堂々と入ってるね」
「確かに、押し入った痕跡はない。しかし、ピッキングの痕跡はなかったが?」
「それも魔力の物質化で解消できる。
鍵穴に魔力を流し込んで即席の合鍵を作ったんだ。
バイオメトリクス認証や、カードキーなんかのデジタルデータで開く鍵には効果ないけど、昔ながらの錠前には効果覿面の方法だね」
「エクトプラズムって聞いた事あるだろ?
あれは魔力による物質化の出来損ないだ。
攻撃にも防御にも使えんが見世物にはなるからな」
「すると、ジュリアス・プロファーは予想以上に厄介な相手のようだな。
稀有な術を使うことで、物的証拠を残さず、MPとして捜査の経験もある」
「そうだね。仮にプロファーを逮捕できるとしたら、
プロファーに張り付いて現行犯で抑えることだけだろうね。
魔力で作った武器でも術を行使した直後に抑えれば、消える前に確保できる。
裁判まで持たせるには魔力を流し続けなきゃならないけど
FBIの組織力ならばなんとかなるんじゃないかい?」
「それで私からお二人に頼みがある」

 またしても妙な雲ゆきになって来た。
 何を頼まれるのか予測がついているだけに余計に嫌な感じがする。

 私が、気の進まない予測を口にしかけたところで、父が先回りして言った。

「おれたちにプロファーを張り込んでくれっていうのか?」
「そうだ。私は一度プロファーに会い、奴から魔力を感知した。
私が気づいたということは当然向こうも私が感付いたことぐらい気づいているだろう。おまけに、私は面が割れている」

 父が苦笑して言った。

「お前さん、最初からそれが狙いだったろ?」
「回りくどい真似をして済まない」

 私も溜息をついて行った。

「まったく大した狸だね」
「その点は謝罪しよう。どうか改めて協力してほしい」

 私は父を見て言った。

「どうする?」
「お前は自分が善良な市民だと思うか?」
「思うよ。勿論」
「じゃあ、善良な市民の義務は果たさないとな」
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