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ピグマリオンは電気羊の夢を見るか 中編
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心理学に「不気味の谷現象」と呼ばれるものがある。
人形や人型ロボットなどに恐怖や嫌悪感を感じる現象だ。
あれは明らかに人ではなかったが見た目は人のそのものだった。
デジタルなAIのような言動でありながら、肉体には血が通っていた。
そんなものが人知れず存在し、そのような技術が脈々と受け継がれていたのだ。
私は怒涛の不思議な体験に驚きも動揺も隠せなかった。
「じゃあ、状況とやるべきことを纏めようか」
さすがに千鶴さんは落ち着いていた。
彼女の不思議への耐性はただ事ではない。
今は……訂正、何時でもありがたい。
ホムンクルスは使者だった。
その目的は秘密裏な人探しの依頼だった。
〇
ブラーエの一族から一人の錬金術師と一体のホムンクルスが消えた。
彼らは人嫌いで社会嫌いで、必要が無い限り外に出ない。
一族が拠点とするプラハは中世以来、錬金術を追求する理想的な環境が整っている。
よって錬金術以外に興味を持たない一族は外に出る必要が生じない。
その筈だった。
ある日のこと。
ブラーエ一族が居を構える邸宅から、一人の錬金術師が居なくなっていた。
彼が鋳造したホムンクルスも消えていた。
工房として使っていた部屋はもぬけの殻で、生活の痕跡がことごとく消去されていた。
一族の面々はこの出来事をどう解釈していいか解らなかった。
彼らは錬金術以外に興味がない。
生まれながらそう躾られているからだ。
そして、プラハ以上にその目的に沿う土地は無い。
その論法は「外に出る必要が無い」という結論にたどり着く。
一族はこの不可思議な出来事の解釈について話し合った。
そして一つの推論にたどり着いた。
「研究成果の持ち逃げ」だ。
ブラーエの一族にとって各人の出した成果はイコール一族の財産であり、共有しなければならない。
消えた錬金術師はホムンクルスという研究成果そのものと共に消えた。
ならば合理的な解釈は「研究成果の持ち逃げ」一つしかない。
一族はその推論を導き出すとすぐに行動に移った。
チェコは小国で内陸に位置する。
ヨーロッパなら陸路でどこにでも行けるが、まずブラーエ一族は空の玄関口であるヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港をあたった。
中世まで歴史をさかのぼる一族は俗世にもある程度根を張っている。
消えた錬金術師は空港のカウンターで航空券を複数枚購入していたが調査の結果、彼と彼の人形(ホムンクルス)の行先は成田国際空港であると特定された。
逃亡先は日本。
テクノロジーの先端を行く国だ。
もちろん、逃亡した錬金術師とホムンクルスはたっぷりデジタルな足跡を残していた。
成田国際空港から鉄道で東京都へ。
そこから在来線に乗り継ぎ都心を目指した。
人ごみに紛れるのは逃亡において妥当な判断だ。
彼らは世界最大級のターミナル、新宿を目指した。
新宿から京王線のホームに入った。
そこで一人と一体は忽然と姿を消した。
京王線の車両には防犯カメラが搭載されているが、設置箇所は痴漢が多発する車両に限られている。
つまりここで彼らは完全にテクノロジーの死角に入ったのだ。
以後、数日間。
彼らは一切の痕跡を残していない。
彼らは消えたのだ。
〇
「今後の方針だけど」
彼女はいつもながら冷静そのもののサマリーを述べた後、自らの推論を述べた。
「彼らは西新宿のエリアにいると思う。あの辺りは人口密集地で人ごみに紛れ込むには最高の場所だから、新宿駅を最後に姿を消したのもその辺に理由があるんだと思う」
私は「木を隠すなら森、人を隠すなら人ごみってことですね」という冴えない相槌を打った。
新宿区は18㎢に過ぎない面積に34万人以上が住んでいる凶悪なレベルの人口密集地だ。
新宿駅がある中心部の西新宿に至ってはその密度はさらに高くなる。
集めた情報からも妥当な判断に思えた。
彼女は話を聞いている時点からすでに策を練っていたようだ。
話し終えるといそいそと立ち上がり、机の引き出しから糸に球状の物体を吊り下げた道具を持ち出して
私の手に押し付けた。
「何ですか?これ」と私が訪ねる前に彼女は話し出した。
「これはフーチ。『気』を読み取る魔道具で、探し物の近くで垂らすと激しく振れる。東洋版のダウジングだね。これを持って新宿を練り歩く」
彼女の語りは当初の冷静さから熱を帯び始めていた。
「今回は人間ローラー作戦で行こう。人口密集地の新宿とはいえ面積は限られてるし、あの場所に他の魔術師が立ち入ることはそうそうないだろう。彼らが監視カメラに映るようなことがあればミスター・ヒュームからもサポートが受けられる」
千鶴さんはまくし立てるように言い切った。
やはり彼女の口調からは些かの興奮を感じた。
「ずいぶんやる気の感じる言動ですね。何かあったんですか?」
私の問いに彼女はにっこり笑って答えた。
「金払いがいいんだよ。もちろん天明くんにもおすそ分けするから頑張ってね」
〇
それから一週間。
残念ながら結果は出ていなかった。
狙いは問題なかった。
最初の面会を終えた後、私と千鶴さんはまず新宿駅を目指した。
駅に降り立った時点で、早くもフーチは反応を示し始めていた。
方針に間違いはなかった。
しかし、その後がよくなかった。
フーチは対象に近づけば近づくほど反応が強くなる。
私と千鶴さんは西口を中心に連日歩き回って見たが「ここ」というポイントが見つからなかった。
帰宅ラッシュが始める平日の夕刻。
春になり気温の上がった室外で動きまわって大分疲労の蓄積していた我々はビル街の隙間にひっそり佇む昭和風の喫茶店で冷たいドリンクに口をつけていた。
口をつけながらお互いに意見を出し合い考えを纏めていた。
ミスター・ヒュームに情報提供をお願いしていたが残念ながらテクノロジーの目は錬金術師とホムンクルスの姿を捉えていなかった。
足で稼ぐしかない状況ということだ。
「観点だけど、一番重視するのは『人口密集地』だっていうことですよね?」
私は言った。
「そうだね」と彼女は即座の相槌で答えた。
私は児童のような素朴な疑問を口にした。
「結局、新宿で一番人が集まるのってどこなんでしょうか?」
千鶴さんはすぐに相槌を打たなかった。
「それだよ」
代わりに正鵠を射た沈思黙考があり、彼女は一本指を立てた。
「新宿にある設備で、一番人が集まるところ――利用者数が最も多い施設はどこだと思う?」
私は思わず「あっ」と感嘆符を口から漏らし解を述べていた。
「新宿駅ですね!?」
彼女は報酬額の話をした時のようににっこり笑った。
「そう。新宿駅の利用者数は1日で300万人を超える。これは横浜の人口を超える数だ。
近年の観光客の増加で、ヨーロッパ系が駅構内を歩いていても全く目立たない。
おまけに新宿駅の近くには建設途中で破棄された駅がある。その駅は京王線の地下沿線沿いだ。
どう?謎は解けったっていう感じがしない?」
人形や人型ロボットなどに恐怖や嫌悪感を感じる現象だ。
あれは明らかに人ではなかったが見た目は人のそのものだった。
デジタルなAIのような言動でありながら、肉体には血が通っていた。
そんなものが人知れず存在し、そのような技術が脈々と受け継がれていたのだ。
私は怒涛の不思議な体験に驚きも動揺も隠せなかった。
「じゃあ、状況とやるべきことを纏めようか」
さすがに千鶴さんは落ち着いていた。
彼女の不思議への耐性はただ事ではない。
今は……訂正、何時でもありがたい。
ホムンクルスは使者だった。
その目的は秘密裏な人探しの依頼だった。
〇
ブラーエの一族から一人の錬金術師と一体のホムンクルスが消えた。
彼らは人嫌いで社会嫌いで、必要が無い限り外に出ない。
一族が拠点とするプラハは中世以来、錬金術を追求する理想的な環境が整っている。
よって錬金術以外に興味を持たない一族は外に出る必要が生じない。
その筈だった。
ある日のこと。
ブラーエ一族が居を構える邸宅から、一人の錬金術師が居なくなっていた。
彼が鋳造したホムンクルスも消えていた。
工房として使っていた部屋はもぬけの殻で、生活の痕跡がことごとく消去されていた。
一族の面々はこの出来事をどう解釈していいか解らなかった。
彼らは錬金術以外に興味がない。
生まれながらそう躾られているからだ。
そして、プラハ以上にその目的に沿う土地は無い。
その論法は「外に出る必要が無い」という結論にたどり着く。
一族はこの不可思議な出来事の解釈について話し合った。
そして一つの推論にたどり着いた。
「研究成果の持ち逃げ」だ。
ブラーエの一族にとって各人の出した成果はイコール一族の財産であり、共有しなければならない。
消えた錬金術師はホムンクルスという研究成果そのものと共に消えた。
ならば合理的な解釈は「研究成果の持ち逃げ」一つしかない。
一族はその推論を導き出すとすぐに行動に移った。
チェコは小国で内陸に位置する。
ヨーロッパなら陸路でどこにでも行けるが、まずブラーエ一族は空の玄関口であるヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港をあたった。
中世まで歴史をさかのぼる一族は俗世にもある程度根を張っている。
消えた錬金術師は空港のカウンターで航空券を複数枚購入していたが調査の結果、彼と彼の人形(ホムンクルス)の行先は成田国際空港であると特定された。
逃亡先は日本。
テクノロジーの先端を行く国だ。
もちろん、逃亡した錬金術師とホムンクルスはたっぷりデジタルな足跡を残していた。
成田国際空港から鉄道で東京都へ。
そこから在来線に乗り継ぎ都心を目指した。
人ごみに紛れるのは逃亡において妥当な判断だ。
彼らは世界最大級のターミナル、新宿を目指した。
新宿から京王線のホームに入った。
そこで一人と一体は忽然と姿を消した。
京王線の車両には防犯カメラが搭載されているが、設置箇所は痴漢が多発する車両に限られている。
つまりここで彼らは完全にテクノロジーの死角に入ったのだ。
以後、数日間。
彼らは一切の痕跡を残していない。
彼らは消えたのだ。
〇
「今後の方針だけど」
彼女はいつもながら冷静そのもののサマリーを述べた後、自らの推論を述べた。
「彼らは西新宿のエリアにいると思う。あの辺りは人口密集地で人ごみに紛れ込むには最高の場所だから、新宿駅を最後に姿を消したのもその辺に理由があるんだと思う」
私は「木を隠すなら森、人を隠すなら人ごみってことですね」という冴えない相槌を打った。
新宿区は18㎢に過ぎない面積に34万人以上が住んでいる凶悪なレベルの人口密集地だ。
新宿駅がある中心部の西新宿に至ってはその密度はさらに高くなる。
集めた情報からも妥当な判断に思えた。
彼女は話を聞いている時点からすでに策を練っていたようだ。
話し終えるといそいそと立ち上がり、机の引き出しから糸に球状の物体を吊り下げた道具を持ち出して
私の手に押し付けた。
「何ですか?これ」と私が訪ねる前に彼女は話し出した。
「これはフーチ。『気』を読み取る魔道具で、探し物の近くで垂らすと激しく振れる。東洋版のダウジングだね。これを持って新宿を練り歩く」
彼女の語りは当初の冷静さから熱を帯び始めていた。
「今回は人間ローラー作戦で行こう。人口密集地の新宿とはいえ面積は限られてるし、あの場所に他の魔術師が立ち入ることはそうそうないだろう。彼らが監視カメラに映るようなことがあればミスター・ヒュームからもサポートが受けられる」
千鶴さんはまくし立てるように言い切った。
やはり彼女の口調からは些かの興奮を感じた。
「ずいぶんやる気の感じる言動ですね。何かあったんですか?」
私の問いに彼女はにっこり笑って答えた。
「金払いがいいんだよ。もちろん天明くんにもおすそ分けするから頑張ってね」
〇
それから一週間。
残念ながら結果は出ていなかった。
狙いは問題なかった。
最初の面会を終えた後、私と千鶴さんはまず新宿駅を目指した。
駅に降り立った時点で、早くもフーチは反応を示し始めていた。
方針に間違いはなかった。
しかし、その後がよくなかった。
フーチは対象に近づけば近づくほど反応が強くなる。
私と千鶴さんは西口を中心に連日歩き回って見たが「ここ」というポイントが見つからなかった。
帰宅ラッシュが始める平日の夕刻。
春になり気温の上がった室外で動きまわって大分疲労の蓄積していた我々はビル街の隙間にひっそり佇む昭和風の喫茶店で冷たいドリンクに口をつけていた。
口をつけながらお互いに意見を出し合い考えを纏めていた。
ミスター・ヒュームに情報提供をお願いしていたが残念ながらテクノロジーの目は錬金術師とホムンクルスの姿を捉えていなかった。
足で稼ぐしかない状況ということだ。
「観点だけど、一番重視するのは『人口密集地』だっていうことですよね?」
私は言った。
「そうだね」と彼女は即座の相槌で答えた。
私は児童のような素朴な疑問を口にした。
「結局、新宿で一番人が集まるのってどこなんでしょうか?」
千鶴さんはすぐに相槌を打たなかった。
「それだよ」
代わりに正鵠を射た沈思黙考があり、彼女は一本指を立てた。
「新宿にある設備で、一番人が集まるところ――利用者数が最も多い施設はどこだと思う?」
私は思わず「あっ」と感嘆符を口から漏らし解を述べていた。
「新宿駅ですね!?」
彼女は報酬額の話をした時のようににっこり笑った。
「そう。新宿駅の利用者数は1日で300万人を超える。これは横浜の人口を超える数だ。
近年の観光客の増加で、ヨーロッパ系が駅構内を歩いていても全く目立たない。
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