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15【僕らの幸せを希う】

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「はい、こぼしちゃだめだよ」
「ありがとうございます姫巫女様」
「リズってよばなきゃ、いや」
「リズ様……」
姫巫女様ではなくなったリズが配るスープを、人狼達は嬉しそうに受け取るのはすっかり日常となっていた。
あれから、少し経って、バーベナ家の屋敷は退院した人狼達の療養に使われている。大人数を受け入れた食堂は毎日賑やかになっている。退院出来たのはヴァンパイアの血によっての狂気化が薄い人狼達だけだけど、これから政府の人狼への対応はどうすべきか保留となっている為、部屋は余っているし、リズの為にも誘って集めたのだ。
「あ、おはようおにいちゃん」
「おはよう、リズ。お手伝いして偉いな」
「うん。これね、わんわんにおしえてもらって、いっしょにつくったの」
「楽しみだな」
食べて食べて、とせがむリズを抱っこして席に着く。それを目の前に座っていた叔父さんが咎めてくれた。
「二人で座るのはお行儀が悪いよ、シュンヨウ。リズベット」
「はぁい、おじさま」
隣へと座り直し、リズはちょこんと叔父さんの方を見る。リズが幼いのもあって心配なのか、叔父さんも顔を出すようになってくれて、まだ日は浅いのに父親のように思ってるのか案外慕っている。
「じゃあオレはこっちだね」
リズとは反対側の隣にチカがやってきた。持ってきてくれたらしい皿を配膳してくれるのを手伝って、あたたかな朝食が並ぶ。いい具合に焦げ目のついたトーストにスクランブルエッグ。厚めのベーコンと、野菜スープ。それに加えて、チカは人差し指を差し出してくる。
「いただきます」
「どうぞ」
指先を甘噛みして、血を吸い出してチカの味を堪能する。チカの血以外を受け付けない身体となってる為に、先に口の中を血の味で満たしておくことで、普通の食事を食べられるようにしているのだ。
『血の契約』を交わしてからというものの、本格的にヴァンパイアの身体へとなってきていて、正直朝起きるのは辛い。けど、ナターシャの作った太陽から防護する服のおかげで、傘を差せば外には出られるから感謝しかない。
「スープのんで!」
「飲むよ。ん、うん。美味しい」
多分本来はもっと美味しいんだろうけど、工夫しても味覚は半減している。研究したらどうにかならないか少し思う。一人選んだ相手の血しか受け付けられないのは美しくはあるけど、勿体無い気がする。チカの料理のお陰で知ったけど、食べることって人生の彩だから。
「全く……恋仲になってはいけないって忠告したのに」
「あはは、ごめんなさい」
手紙で反対していたのに、全く言うことを聞かなかった俺達に対して叔父さんは溜息をつく。『血の契約』で俺が余計に縛られると心配してくれてたんだと思うから、曖昧に笑う。
「はっ!オレにヨウくんをください!」
「あげないと言ったところで奪うだろ、君の執念なら」
「はい!」
「返事だけはいいんだよなぁ、この子は」
俺の知らないところで交流があったというチカと叔父さんだけど、俺と同じく振り回されてるようだった。
「なんていうか、これもまた血なのかな。チカくん、実直なところは兄さんに似てるしね」
「そうなんだ……ていうか、叔父さんにもっと昔の話聞いてもいい?」
「あぁ、今までなんとなく話しにくかったよね。リズベットも親の存在をちゃんと知りたいだろうし、構わないよ」
「おとうさんとおかあさんのおはなし?」
「そうだよ。叔父さんヴァンパイアが苦手みたいだから、聞きにくかったんだよね」
「あ~君達のお母さんが初恋だったからね、そのせいで思春期を拗らせて家出したから、負い目があったっていうか」
「オレの兄貴も好きだったみたいだし、ヨウくんとリズちゃんのママ、モテモテだなぁ」
気まずそうにする叔父さんに、チカはゲラゲラ笑う。母さんは確かに美人だったし、思春期の青少年には毒だったんだろう。それを聞いて、リズは首を横に振った。
「アンファングはリズがすきだからちがうよ」
「あ~そうだね、今はリズちゃんにメロメロだったね」
「アンファングがかえってくるのがおそかったら、いつかリズがむかえにいってあげる
の」
「……早いとこお見合いさせようかな」
どうしてそんな悪い男を、と叔父さんは嘆く。まだリズは幼いし本気でお見合いをさせるわけじゃないと思うけど、叔父さんの味方につきにくい。リズはアンファングのことをかなり気に入ってるようだから、反対して俺もリズに嫌われたくないし。
「で、そのアンファングが吐いた情報で、話が進みそうなんだよね」
昨晩、酒場のおっさんのところで依頼を受けた際に教会が影を使った痕跡を辿っていることを教えてもらった。チカの影の中の残滓が媒体となり、足取りが掴めそうだと聞かされた。チカが死に戻りの際に代償にしたものからして、人間でも、ヴァンパイアでも、人狼でもない存在が使った術だと政府は認定したらしい。
「今うちにいる人狼達や、アンファングが色々話してくれてるから、そう遠くないうちに居場所は分かるんじゃないかな」
実態は明らかになっていないから、どこにどのくらい滞在したとか、細やかに追うしか術はないけど。教会がこの公国に留まっていないというなら、追っかけるのにいつでも出国する準備も進めていた。
「まぁ俺としては今でもハンター業は反対だけど……シュンヨウが自分で決めたことならあまり口に出さないよ。昔は無鉄砲だったから心配だったけど、今は命の重さも分かっているだろう」
薬指に残っている噛み跡には、チカの命も預けられている。屋敷にはリズも多くの人狼達もいるから、簡単に投げ出すなんてことは出来ない。待っている人がいるからこそ、帰ることへの重みを実感している。
「分かってる。大丈夫だよ、叔父さん」
「ヨウくん、今日は任務の事前調査なんだから早めに行かなきゃだよ」
「そうだった、ご馳走様!」
どうやって生きようか、どこまで行けるか、未来は不透明で分からなくて、先の知らない物語を自分の足で決めて進むのは勇気がいる。大好きなチカがいるから、チカといる時の自分は好きだから、無敵な気持ちで歩いて行ける。これからもきっと。
「気をつけて帰ってくるんだよ」
「おにいちゃん、わんわん、行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
リズや叔父さんや人狼達に見送られて、外へと出るとチカが傘を差してくれた。太陽に迂闊に身を晒せることは出来ないけど、眩さはいつでも心地よい。晴れた空に昨日は月が綺麗だったことを思い出す。
「相合傘だね」
「チカはいらないだろ」
「ヨウくんにいるものはオレにも必要」
確かに、一緒に生きるってそういう事かなって苦笑する。その瞳は獲物を捉える為、その牙は肌を貫く為、その耳は声を聞く為に、俺とは何もかも違う生き物。でも言葉は交わせる、触れ合える、想いを交わせる。
あとでない革命を、チカとなら歩いて行ける気がしたから、選んだのだ。チカがいるから、生まれてきた甲斐があった。
だから、俺と息をして、生きて欲しい。
「ヨウくん、行こ」
歩き出すと、証明みたいな薬指が結ばれた。黙ったまま、言葉よりも伝わる体温をそっと返した。


END
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