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白昼夢幻夜の夢はここで潰える(前編)
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太陽が高く上っている真昼の時間。
夏休み中のとある高校のグラウンドに三人の人物がいた。
その内の二人は、今が真夏であるのにも関わらず、コートを着ていた。
「どうしてあんな事をしたの?」
白いコートを着た人物が、目の前の人物に話しかける。
話しかけられた人物は、沈黙を保った。
「私は!あなたの事を信じていた!親友だと思っていた!それなのに……なのに……どうして!」
白いコートを着た人物は、沈黙に耐えれなくなったのか、いきなり目の前の相手を怒鳴りつけた。
ここでようやく、怒鳴られた人物が口を開く。
不気味な笑みをその顔に浮かべて。
「あなたのそういう顔が見たかったからだよ。今のあなた、今まで一番いい顔してる。絶望に打ちひしがれて、苦しんでる人の顔を見るのが、私は一番大好きだからね」
白いコートを着た人物は歯噛みする。
今まで、そんな事を言われたことはなかったし、そんな歪んだ性格の欠片も見たことがなかった。
そのことに気付けなかった自分は、目の前にいる人物と本当に親友同士だったのだろうか?
隣で苦悩する最近のパートナーの姿を 見ながら、黒いコートを着た人物が口を開く。
「白昼夢幻夜、お前の夢はここで潰える」
ことの起こりはニ日前。
「うう、うう………ううううううううう」
星川宇宙は自室で泣き崩れていた。
昨日の夜から、とてつもない寒気がその身を襲い、食事も喉を通らなくなっていた。
宇宙は魔法管理委員会に所属している魔法使いである。
魔法管理委員会は、魔法の存在が知られることによって起こる、社会的混乱を防ぐために、組織に所属していない魔法使いを排除するための組織である。
そして先日、宇宙はパートナーである 黒渦銀河と共に『委員会殺し』の異名を持つ狂戦士、白零無名を撃破することに成功したのだ。
ちなみに、『撃破』というのは柔らかいものの言い方で、正確に言うなら、『撃破』ではなく、『殺した』と表現する方が適切である。
昨日は銀河に送ってもらい、何とか寒気も治まっていたのだが、銀河が帰ってから、再び寒気に襲われたのだ。
「うう………うっ…うっ………」
宇宙がここまで精神的に追い詰められてしまったのには理由がある。
そもそも、宇宙が魔法使いになったのは、父を殺した人物を見つけ出し、殺すためだ。
つまり、宇宙の目的は復讐。
しかし、無名はその復讐の対象ではなかった。
それだけではない。
魔法使いになってから今まで、自分の都合ばかり優先していた宇宙が、始めて相手の事情を気にしてしまった。
宇宙には宇宙の事情が。
無名には無名の事情が。
宇宙には宇宙の正しさが。
無名には無名の正しさがあった。
無名だけではない。
今まで戦ってきた相手、赤石炎火や死滅壊もそうだったのだろう。
そのことに気付いてしまった。
気付くべきことだったかもしれない。
しかし、気付かない方が良かったことだ。
「うううう………ううううううう……」
考えてみれば、無名は宇宙が殺したが、その他は全て、銀河がトドメを刺していた。
宇宙はそれを見ていただけだった。
慢心していたのかもしれない。
人が死ぬ瞬間は近くで見ていたから、大丈夫だと。
しかし、見るのとやるのとでは、全然違う。
そのことにも気付けなかった。
「うううううううううう!」
魔法使いをやっている限り、どこかで人を殺さなければならないのは分かっていた。
分かっていたはずなのに、ここまで取り乱している自分は、本当に復讐を成し遂げられるのか?
「ううう………ううう…ううううう!」
宇宙の中で、様々な想いが押し寄せる。
すると突然、家のインターホンが鳴った。
今日は、母は仕事に出かけてしまっているので、自分が出るしかない。
何とか気持ち悪さを我慢して、ドアを開ける。
そこに立っていたのは、宇宙のパートナー、黒渦銀河だった。
「銀河………」
宇宙は助けを求めるように口を開く。
「………やっぱりこうなっていたか………」
銀河は呆れたような声で呟いた。
その目に映っていたのは、復讐鬼となった魔法使いではなく、殺人の罪に悩まされている一介の女子高生だった。
二人は少しの間、玄関で立ったまま何も言わなかったが、しばらくした後、宇宙の部屋へと場所を移した。
宇宙の部屋では、気まずい沈黙がその場を支配した。
「……今日は何の用?」
先に口を開いたのは宇宙だった。
その声も、相変わらず弱々しいものだったが、最初と比べれば随分とマシになった方だ。
それでも、昨日までの狂気に満ちた雰囲気は残っていない。
そんな宇宙を見ながら、銀河は口を開く。
「今日はお前のことについて話にきた」
「???」
曖昧な答えに首を傾げる宇宙。
自分のこと?
銀河が来たから、てっきり任務のことについてだと思ったけれど………
宇宙は色々なことを考えたが、銀河が
放った言葉は、宇宙にとって予想外のことだった。
「お前はもう、魔法使いをやめろ」
「えっ……?」
想定外のことに戸惑う宇宙。
銀河の言葉を理解するのに、十秒は要した。
「それってどういう意味?魔法管理委員会から抜けろってこと?」
「そういう意味だ」
必要最低限のことを淡々と、機械的に伝える銀河は、いつにも増して冷徹だった。
少なくとも、宇宙にはそう見えた。
『もう宇宙とは関わらない』とでも言うように。
「でも………私まだ、目的を達成してないよ?」
宇宙の目的。
それはつまり、父親の復讐。
宇宙の父親が殺されたとき、その現場には二人の人間がいた。
一人は死滅壊。
そして、もう一人については、未だに何の情報も手に入っていない。
少なくとも、その人物を殺さない限り、魔法使いをやめることはできない。
宇宙はそう考え、銀河に反論しようとしたが、銀河が先に口を開いた。
「人を一人殺したくらいでそこまで取り乱してる奴に魔法使いは務まらない」
銀河の声はどこまでも冷酷で、だからこそ、宇宙の中に突き刺さる。
無名にトドメを刺すとき、銀河は宇宙のことを止めたが、それはこうなることを見越してのことだった。
そのことに宇宙はようやく気付いたのだ。
銀河は更に追い討ちをかける。
「魔法使いを続ける以上、この先も人を殺さなきゃいけないときが必ず来る。それは一度や二度のことじゃないぞ。お前はそれに耐えられのか?」
宇宙は完全に沈黙する。
そして、過去の出来事を思い出す。
『本当に?ありがとう。それなら、私も魔法使いを殺せる?』
『実力的にはできると思うけど、人を殺せるだけのメンタルがあるかどうかは別問題だな』
『できるに決まってるでしょ。私には明確な目的があるんだもん』
これは宇宙が魔法使いになった日に銀河と交わした会話の一部。
思い出してみれば、このときからすでに、銀河は宇宙が人を殺すことができないことを危惧していた様にも思える。
しかし、それでも宇宙は諦めなかった。
銀河に何か言おうとしたが、そこに銀河の姿はなかった。
「はあ」
宇宙は一人になった部屋で、小さなため息を吐く。
銀河と話せたおかげで、かなり落ち着いたが、会話の結果が最悪だった。
仕方ない。
もう少し落ち着いたら、一度銀河の家に行って直談判しよう。
宇宙はそう考えて眠りに落ちた。
次の日の朝。
午前六時、早朝と言って差し支えない時間に目を覚ました宇宙は、出かける支度をしていた。
目的地は言うまでもなく銀河の家。
昨日のことについてきちんと話し合う。
魔法使いをやめるにしても、自分が納得してからだ。
そう思いながら、宇宙は朝を迎えた。
時間的にはかなり早いが、銀河は忙しいので、のんびりしてたら会えないかもしれない。
それを鑑みれば、時間は早いに越したことはない。
大丈夫、気持ち悪さも、もうすっかり治まった。
鏡を見て気持ちを引き締め直した宇宙は、一階に降りていった。
トン…トン…トン…
家の中には宇宙の足音だけが響く。
トン…トン…トン…
玄関にたどり着いた宇宙は、そこで奇妙な違和感を抱く。
家の中から物音がしないのだ。
宇宙の母は、普段五時に起きて、そこから色々な家事をしている。
この時間、普段の母なら何らかの作業をしているはずだ。
そして極め付けは、リビングからテレビの音が聞こえないこと。
体調でも崩したのだろうか?
だとしたら宇宙が母の世話をしなくてはならない。
そう思い、母の部屋へと向かった。
しかし、そこに母はいなかった。
一体どうしたのだろうか?
宇宙が起きる前に仕事に行ったのだろうか?
となれば、リビングに置き手紙でもしているのだろう。
そう考えた宇宙はリビングへと足を運ぶ。
今すぐにでも出かけたいが、何かしらの指示がされているのかもしれない。
だとすれば、おざなりにもできない。
そもそも今日の宇宙は、『早く出かけたい』という気持ちが強すぎて、朝ご飯すら食べていない。
ならば、ついでに朝ご飯を食べて一回落ち着くのも悪くない。
宇宙はそう考えた。
呑気にも、そう考えてしまった。
リビングのドアを開けたときに宇宙を襲ったのは、恐ろしいまでの腐臭。
「うっ……」
宇宙は思わず呻き、鼻を押さえ、目を閉じる。
この匂いは何だ?
宇宙は必死に考えるが結論は出せなかった。
これは宇宙の現実逃避である。
なぜなら、宇宙の頭脳を駆使すれば、こんなのは考えるまでもなく分かることなのだから………
しかし、そんな現実逃避も一瞬で終わる。
宇宙は目を開けた瞬間、
走り出した。
慌てて靴を履き、全力で銀河の家へと向かった。
まるで、自分の家から逃げて行くように………
十分後。
宇宙は銀河の部屋の前に到着した。
ドアノブを回してみるも、鍵が掛かっていて開かなかった。
宇宙は夢中でインターホンを押した。
すると、インターホンに備え付けてあるスピーカーから声が聞こえた。
『何の用だ?』
スピーカーから聞こえた銀河の声は、いつも通りに落ち着いていて、どこまでも機械的だった。
「銀河に聞いて欲しいことがあるの………」
宇宙の声が昨日と同様に弱々しくなっているが、その理由は昨日のときとは全く違う。
『何の話かは知らないが、大人しく帰れ。俺とお前はもう何の関係もない』
銀河はそう言って通話を切ろうとしたが、宇宙は今朝の出来事を銀河に伝えた。
「お母さんが殺されたの!」
その言葉を聞いて、銀河の動きが止まった。
「今朝起きたら、リビングにお母さんが倒れてた!昨日までは確実に生きてた!昨日の夜から今朝の間に殺されたの!」
宇宙は声を荒げていた。
その目に涙を浮かべて。
「お母さんを殺したのは多分魔法使い!その証拠にお母さんの体の、周りには魔力の霧のようなものができてた!」
銀河はこの言葉を聞いて驚いていた。
宇宙の言う通り、魔法を使えば魔力の一部は周りに漂う。
しかし、それは一時的なもので、すぐに周りに散って分からなくなる。
これを『魔力の欠片』という。
ちなみに、『魔力の欠片』は相当薄く、よほど注意しなければ気付くことはできない。
しかし、銀河はこのことを宇宙に教えていない。
つまり宇宙は、これまでの経験から自分で学んだということになる。
宇宙は感情的に見えて、極めて冷静に状況を判断していた。
銀河は黙って扉を開ける。
そこには、殺人の罪に悩まされている一介の高校生の姿はなく、復讐鬼となった魔法使いの姿があった。
銀河は無言で宇宙を部屋へと促す。
宇宙はそれに応じて部屋の中へと入っていった。
銀河もその後に続く。
部屋の中に入った後、先に口を開いたのは、意外なことに銀河だった。
「お前の母が殺されたというのは本当か?」
「うん………」
「魔法使いに?」
「間違いない………と思う…」
宇宙のこの言い方は、普通の人から見れば、信憑性に欠けるものであるだろうが、銀河にとってはそうではなかった。
先述したように、宇宙は銀河が教えていないのにも関わらず、『魔力の欠片』のことを知っている。
宇宙のこの観察眼は信用に足るものである。
少なくとも、銀河はそう判断した。
母を殺されたショックで相当弱っているが、それでも宇宙の目には復讐という名の狂気が潜んでいることは銀河も気が付いていた。
「一応聞くが、俺の次の任務にもついてくるきか?」
「もちろん」
宇宙は復讐の目的を達成するまでは魔法使いをやめる気はない。
そのことを銀河にぶつけて、必死に説得をした。
銀河は宇宙の話を聞き終えた後で、こう言った。
「なら、まずは組織に連絡してお前の母親の死体処理をしてもらえ。話はそこからだ」
「うん、分かった」
そう言って宇宙はポケットから電話を取り出して組織に連絡を入れた。
通話を切ると、銀河に報告をする。
「組織の事後処理班を手配してもらえるって。そんなのがあるなんて知らなかった」
その言葉を無視して銀河は会話に応じる。
「いいだろう。お前を次の任務にも連れて行く」
「本当?ありがとう!」
宇宙は満面の笑みを浮かべてお礼を言った。
そして瞬時に切り替えた。
「次のターゲットは分かってるの?」
銀河は内心で宇宙の切り替えの速さに驚いていたが、そのことを態度に出さずに話を続ける。
「次のターゲットの名前は分かっていない。ただし、そいつの居場所と顔は分かっている」
ちなみに、と銀河は続ける。
「そいつはお前の父親の事件に関与している最後の一人だ」
その言葉を聞いて、宇宙の気が引き締まる。
銀河は一枚の写真を取り出し、机の上に置く。
そこには、ある高校の制服を着た一人の女子校生が写っていた。
その写真を見た瞬間、宇宙の顔が引き攣り、
「えっ………?幻夜…?」
銀河でさえ知らないその人物の名を呟いた。
「知っているのか?」
「うん、小学校の頃からずっと一緒だった親友だよ………名前は幻夜、白昼夢幻夜…」
宇宙の顔には戸惑いの表情が張り付いていた。
無理もないだろう。
親友が父親を殺したと言われれば誰だって気持ちは暗くなる。
「白昼夢幻夜………それがこいつの名前なのか?こいつは女子だろ?そんな男っぽい名前を………」
「幻夜は両親から虐待を受けていた」
宇宙は銀河の言葉を遮って銀河の質問に答える。
それは宇宙の気持ちが焦っている証拠とも言えた。
「ねえ銀河、前から思ってたんだけどこの写真ってどうやって作ってるの?」
質問の意味を図りかねた銀河は質問を仕返す。
「ん……?それはどういう意味だ?」
「いや、この写真って、直接本人のところに行って撮った写真じゃないでしょ?ならどうやって撮ったのかなって思っただけ」
なるほど、つまり宇宙はこれが誤報であることを望んでいるのか………
銀河はそう考えて、宇宙に写真のことを説明する。
「この写真は『占い』の魔法と『現像』の魔法を掛け合わせて作った物だ。まず最初に『占い』でターゲットの姿を確認して記憶する。その次に、『現像』の魔法で『占い』で見た記憶を、紙を媒体として映し出している」
つまりこれは厳密には写真ではなく、誰かの記憶ということになる。
「情報の確証ってどれくらいあるの?魔法は便利な物じゃないってのはこれまでの経験でよく分かったけど………」
「情報の確証は100%だ」
「えっ?そうなの?」
そう、これは多くの人が勘違いしがちなポイントである。
「魔法が便利じゃないってのはそういう意味じゃない。あくまで『扱いづらい』ってだけだ。正しく使えば何の問題もないし、『条件』と『制限』さえ守れば間違いは絶対にあり得ない」
「そうなんだ………そういうものなんだね」
「何か思い当たることはないか?こいつが魔法使いだとしたとき、今までの言動で気になることはなかったか?」
そう言われ、宇宙はしばらく考えた。
そして思い出した。
それは、宇宙の父親が殺された後、始めて学校に行った日のこと。
その日、宇宙は幻夜に事件のことを話していたのだ。
そのときに幻夜は、宇宙の話を聞いて真っ先にこう言ったのだ。
『もしかして、事故じゃなくて事件の可能性が出てきたとか?』
そのときは、この発言を幻夜の勘の鋭さから出てきた言葉だと思っていたが、もし幻夜があの事件に関わっているなら別の可能性も考えられる。
即ち、自分が宇宙の父親を殺したことがバレてないかの確認であった可能性。
宇宙はしばし、思案顔をしていたが、やがてこう言った。
「それなら、幻夜は私が殺す。親友として」
その言葉にはとてつもない決意が込められていた。
すると突然、宇宙の携帯が鳴った。
画面には魔法管理委員会の電話番号が表示されていた。
宇宙は電話に出る。
そして通話を切った宇宙は銀河に要点だけをまとめて話す。
「『今から銀河と一緒に私の家に来て』だってさ」
ところ変わって宇宙の家。
銀河達が宇宙の家に行くと、そこには二人の人物がいた。
一人目は宵闇何処。
魔法管理委員会の副委員長で、宇宙に 魔法を与えてくれた人物だ。
もう一人は背の高い女性だが、宇宙にはそれが誰だか分からなかった。
宇宙がどうすればいいか戸惑っていると、銀河が一歩前に進み出てこう言った。
「先程の電話はあなたがしたものですか?委員長」
その台詞に宇宙はギョッとする。
てっきり魔法管理委員会の委員長は男だと思っていたからだ。
女性が委員長であることは想定の範囲外だった。
しかし、宇宙にとってはその委員長から発せられた台詞の方が驚きだった。
「あら、そんな他人行儀にしないで欲しいんだけどね。銀河ったら相変わらずなんだから………遠慮なく『お母さん』って呼んでいいのよ?」
お母さん⁉
委員長が?
銀河の?
この一瞬だけでも情報量が多すぎて宇宙の脳は情報全てを処理しきれていない。
混乱する宇宙だったが、その混乱はさらに加速する。
「茶化さないで下さい委員長。仕事とプライベートは別です。その辺はマナーの問題です。それより、事後処理班の班長である何処さんはともかく、なんで情報班の班長である委員長がここにいるんですか?」
事後処理班の班長が副委員長⁉
そして情報班の班長が委員長⁉
なんだその大役の掛け合わせは?
何が何だかもうわからない。
お願いだからこれ以上情報を増やさないで下さい……
そんな宇宙の願いも虚しく、新しい情報は次から次へと湧き出る。
「ふふ、何処のことは名前で呼ぶのね。なら、私のことも名前で呼んでほしいものね」
「気に触るのなら訂正します、しかし、質問には答えて下さい。黒渦透子さん、あなたは何しにここに来たんですか?」
苛立ったように言葉を紡ぐ銀河に、透子は面白そうに答える。
「なんでって言われても、そんなの愛する夫と一緒にいるためじゃないの。なんなら何処のことは『お父さん』って呼んでいいのよ?」
「………」
呆れたように沈黙する銀河。
同じく宇宙も沈黙するが、その理由は銀河とは大きく異なる。
ついに宇宙のキャパが限界を超えたのだ。
もはや何にも考えられなくなったために起こった沈黙だった。
そんな宇宙の様子に気づいたのか、銀河が小声で説明する。
「何処さんは俺の二番目の父親で、透子さんとは血も繋がっている本当の家族って感じだな。俺の本当の父親は俺が生まれる前に任務先で殺されたらしい」
それを聞いてかろうじて宇宙は理性を取り戻す。
確かにそれなら色々納得できるが、それでも疑問が一つ残る。
「なんで夫婦別姓なんですか?」
正直これはどうでもいい質問だが、何故か宇宙の口からすんなり出てきた。
それだけ宇宙の頭が限界を迎えていたということだ。
「魔法は名前に大きく関わっているって言っただろ?名前を変えると魔法が変わったりして色々大変なんだよ。下手したら死ぬ」
宇宙のに答えたのは銀河だった。
銀河の回答を聞いて宇宙は納得する。
納得しながら、未だ処理しきれていない情報の処理にかかる。
その間に銀河が口を開く。
「それで、透子さんは一体何しにここに来たんですか?先程の回答が嘘であることは分かってるんです。本当のことを言って下さい」
銀河の苛立ちが頂点に達しかけたとき、透子がようやくまともな返答をする。
「ふふ、やっぱりお見通しなのね。まあ、本当のことをいうとね、あなたたちに教えたいことがあってきたのよね」
教えたいこと?
銀河の中で警戒心が膨れ上がる。
透子はこんな性格のため、真面目な話をしても信じられないときがたまに(というより、よく)ある。
しかし、透子は真面目な話をするとき、それが重ければ重いほど、冗談や軽口を言うのだ。
なぜなら、自身がその話の重みに耐えきれないから。
そのことを知っている銀河は、ここまでのやりとりの長さから、透子が相当重要な話をしようとしていると思っている。
それで警戒心を抱かない方がおかしい。
案の定、透子は表情を曇らせながら言った。
「その、うちの情報係の人が、『近いうちに銀河と宇宙のどちらか、あるいは両方が死ぬ』っていう縁起でもない『占い』の結果を出してきたから気をつけてねって一言だけ言いにきただけなの」
一言だけ言いたかっただけならさっきの電話ですれば良かったのに………とは思わない。
携帯電話もまともに使えない銀河の機械音痴。
家族の遺伝や環境の所為だと考えても何の不思議もないはずだ。
さっきの電話もよほど苦労したのだろう。
何処に電話させなかったのは、何処の喋り方だと、電話越しでは何を言っているのか分からなくなるからか………
宇宙はそう納得し、透子の言った言葉の意味を考える。
次の幻夜との戦いで死ぬ可能性があるなら、しっかり準備しなければならない。
まあ、今までの戦いも余裕で死にかけているので、いつもと変わらないといえば変わらない。
宇宙はその言葉の意味を完全には理解できていないようだったが、銀河にはその言葉だけで何が起こるのか予想できた。
この先の戦いに向けて気を引き締め直す。
すると、横から何かを心配したよう声で宇宙が話かけてきた。
「そういえば、お母さんの死体はどうしたんですか?」
その質問に答えたのは何処だった。
「あなたのお母さんの死体は僕の魔法で消させていただきましたちなみに僕の魔法は『消滅』詳しくお話しさせてもらいますと『条件』が『魔法発動対象が非生命体であること』で『能力』が『対象をこの世から消す』で『制限』が『消滅させられるのは人の大きさまで』というものです自分でいうのもなんですが事後処理班の中では最も優秀な魔法です」
何処の喋り方は相変わらず聞き取りにくかったが、言っていることは理解できた。
魔法によって生まれた死体や不可解なものを跡形も残さずに消す魔法。
それは、魔法管理委員会の機密を守る上で非常に有用な魔法だ。
「あの、透子さんの魔法って聞いてもいいですか?」
これは完全に好奇心からの質問だ。
透子は笑いながら答える。
「ふふ、私の魔法は『現像』よ。銀河から聞いてない?『条件』が『魔法発動対象以外の人間がそばにいないこと』で『能力』が『紙を媒体として他人の記憶を映し出す』で『制限』が『一日に一度しか使えない』っていう魔法なのよね」
記憶の現像。
それはついさっき銀河から聞いた魔法だ。
あれは委員長の魔法だったのか………
通りで銀河が詳しいはずだ。
「それじゃ、何処の仕事も終わったし、言いたいことも言えたから今日はもう帰るわね」
透子はそう言うと、何処と一緒に姿を消した。
「さて、ここからどうする?敵の居場所は分かっているから、今すぐにでも殺しに行くことはできるぞ」
しかし、宇宙は首を振った。
「いや、まずは本当に幻夜があの事件に関わっているのかを確認する。動くのは幻夜が魔法使いである証拠を確認してからでも遅くない」
そう言って宇宙は、銀河にとある提案をする。
「今から幻夜の家に行ってくる。そこで判断するのはダメ?」
「さっきも言ったが、情報に間違いはない。幻夜は確実に黒だ」
宇宙に厳しい言葉を投げかける銀河。
宇宙は完全に沈黙する。
銀河は大きなため息を吐いて、いかにも渋々といったような面持ちで話しかける。
「まあ、お前が確認して気持ちが楽になるならいいんじゃないのか?その場でお前が黒だと判断した場合は、どこかで待ち合わせの約束をしてそこで戦うのも悪くない。今まではずっと敵のフィールドで戦っていたからな。俺たちが指定した場所で戦えれば戦闘も優位に進むはずだ」
銀河が言い終わったときには、すでに宇宙の姿はなかった。
銀河は大して驚きもせずに自分のアパートに戻って行った。
三十分後。
宇宙は幻夜の家に来ていた。
幻夜は親から虐待を受けていた経緯があるので、生活保護を使って、元々空き家であったこの家で一人暮らしをしている。
ちなみに幻夜の成績は非常に優秀で、宇宙とはいいライバル関係でもある。
それが奨学金を受け取るのに仕方ない努力であるとはいえ、上位校でトップクラスの成績を収め続けていることは感嘆に値する。
宇宙がインターホンを鳴らすと、すぐにスピーカーから声が聞こえてきた。
『はーい、どちら様ですか?』
幻夜の家のインターホンにはカメラが付いていないのだ。
宇宙は普段通りの口調で話しかける。
「私だよ。星川宇宙。夏休みで全然会えてないから忘れちゃった?」
いつも通りの軽口を叩きながらの会話。
宇宙はいつも通りの会話に、ものすごい違和感を感じていた。
やがて玄関の扉が開いた。
そこにはいつも通りの幻夜がいた。
そしてその瞬間宇宙は苦悩した。
幻夜の周りには、魔力の気配が漂っていた。
それは、魔法使いなら誰でも持っている気配。
銀河も
宇宙も
今まで戦ってきた魔法使い達も持っていた気配だ。
これで幻夜とは戦わざるを得なくなった。
幻夜が父親の死に関わっていても関わっていなくとも、幻夜が組織の魔法使いではない限り殺さなくてはならない。
この考え方は、宇宙の考え方ではなく、組織の考え方であり、宇宙が無意識の内に組織に取り込まれている証拠とも言えた。
幻夜が宇宙に話しかける。
「宇宙が私の家に来るなんて珍しいね。何かあったの?」
宇宙は内心焦っていた。
ここに来た口実を考えていなかったからだ。
「いや、夏休みになって全然幻夜に会えていなかったから寂しくなって来ただけ」
咄嗟に出た苦し紛れの嘘だったが、幻夜は納得したように話す。
「あはは、なにそれ。連絡してこれば良かったのに………全く…宇宙って本当に可愛いね」
幻夜はそこで言葉を区切り、少し表情を曇らせて言う。
「中に入ってゆっくりしていってね。って言いたいとこだけど、私の家は事情が事情だからね………ごめん…」
本当に申し訳なさそうに幻夜は言った。
そんな幻夜の様子を見た宇宙の中で、罪悪感が芽生え出した。
「いや、別に気にしなくていいよ。私の方こそいきなり押しかけてごめんね」
罪悪感が大きくなれば、宇宙は再び取り乱してしまうだろう。
これ以上幻夜と一緒にいるとまずい。
宇宙はそう考え、会話を切り上げようとした。
しかし、帰る直前でもう一つだけ幻夜に聞かなければならないことがある。
「ねえ、明日学校これる?」
宇宙のこの発言に幻夜は明らかに動揺した。
「えっ………?明日?何で?」
宇宙は慌てて言い訳を考える。
「いや私、学校に行かなきゃいけない用事が出来たから。でも、一人で行くのはちょっと気が引けて………」
宇宙がそう言うと、幻夜は安堵したように言う。
「なるほどね、分かった。いいよ。一緒に行ってあげる。時間は何時ごろ?」
「昼の十二時くらいでお願いできる?」
「分かった。それじゃ、また明日」
「うん、また明日」
そう言って宇宙は幻夜と別れた。
宇宙は銀河のいるアパートに戻ると、先程あったことを全て説明した。
要点は主に二点。
幻夜から魔力の気配が漂っていたこと。
明日、学校で幻夜と決着をつけること。
宇宙から報告を受けた銀河は、呆れ顔で言った。
「お前なあ、確かに日時は指定した方がいいとは言ったが、そんなに急ぐ必要はないだろ。明日の昼って……ろくに準備もできないぞ」
それを聞いた宇宙は、申し訳なさそうな面持ちで弁解する。
「ごめんなさい。でも、幻夜と戦うなら早い方がいいと思ったの。私の情が幻夜に向く前に」
その言葉に込められた決意の大きさを感じ取った銀河は、それ以上何も言わなかった。
宇宙はそのまま家に帰り、次の日に向けて支度を整えていた。
次の日。
午前十一時半。
宇宙は制服に身を包み、学校の校門前で幻夜のことを待っていた。
十分後。
幻夜が姿を現した。
「おはよう宇宙。ギリギリになっちゃってごめんね」
「ううん。私の方こそいきなりこんなことに付き合わせちゃってごめんね」
「別にいいよ。そんなの今に始まったことじゃないし。それで、宇宙の用事って何だったの?」
「一緒に来てもらえれば分かると思うよ」
そう言って宇宙は足を進めた。
そこから宇宙と幻夜は様々な話をした。
夏休み中のこと。
趣味のこと。
学校のこと。
卒業後のこと。
宇宙にとって、これは幻夜と穏やかに話せる最後の機会だった。
しかし、そんな時間もすぐに終わる。
宇宙が向かっていた先はグラウンドだった。
そこにはこの真夏の最中、黒いコート身に纏い、白いコートを手に持っている人物がいた。
幻夜はその人物を見た瞬間に足を止めた。
宇宙は足を止めずにその人物の前まで行き、白いコートを受け取り、それを着る。
幻夜が全てを理解したように話しかける。
「なるほどね。宇宙は組織に入ったって訳ね。きっかけはやっぱりお父さん?」
「ええ、そう。父を殺した奴を殺して復讐するために組織に入った」
「ああ、そういうことかあ。それじゃあ、私が宇宙のお父さんが死んだ事件に関わっているのも知ってるってこと?」
突然の自白に大して驚くこともなく宇宙は会話を続ける。
「その通り。だから私はあなたを殺す。今までのあなたとは親友だったけど、今のあなたとは敵対関係」
宇宙の言葉には、親友に向けるような穏やかさはなく、憎しみと殺意の感情のみが混じっていた。
そんな二人の様子を見ながら、黒いコートを着た人物、黒渦銀河が口を開く。
「お前の夢はここで潰える」
太陽が高く上っている真昼の時間。
夏休み中のとある高校のグラウンドに三人の人物がいた。
その内の二人は、今が真夏であるのにも関わらず、コートを着ていた。
「どうしてあんな事をしたの?」
白いコートを着た人物が、目の前の人物に話しかける。
話しかけられた人物は、沈黙を保った。
「私は!あなたの事を信じていた!親友だと思っていた!それなのに……なのに……どうして!」
白いコートを着た人物は、沈黙に耐えれなくなったのか、いきなり目の前の相手を怒鳴りつけた。
ここでようやく、怒鳴られた人物が口を開く。
不気味な笑みをその顔に浮かべて。
「あなたのそういう顔が見たかったからだよ。今のあなた、今まで一番いい顔してる。絶望に打ちひしがれて、苦しんでる人の顔を見るのが、私は一番大好きだからね」
白いコートを着た人物は歯噛みする。
今まで、そんな事を言われたことはなかったし、そんな歪んだ性格の欠片も見たことがなかった。
そのことに気付けなかった自分は、目の前にいる人物と本当に親友同士だったのだろうか?
隣で苦悩する最近のパートナーの姿を見ながら、黒いコートを着た人物が口を開く。
「白昼夢幻夜、お前の夢はここで潰える」
夏休み中のとある高校のグラウンドに三人の人物がいた。
その内の二人は、今が真夏であるのにも関わらず、コートを着ていた。
「どうしてあんな事をしたの?」
白いコートを着た人物が、目の前の人物に話しかける。
話しかけられた人物は、沈黙を保った。
「私は!あなたの事を信じていた!親友だと思っていた!それなのに……なのに……どうして!」
白いコートを着た人物は、沈黙に耐えれなくなったのか、いきなり目の前の相手を怒鳴りつけた。
ここでようやく、怒鳴られた人物が口を開く。
不気味な笑みをその顔に浮かべて。
「あなたのそういう顔が見たかったからだよ。今のあなた、今まで一番いい顔してる。絶望に打ちひしがれて、苦しんでる人の顔を見るのが、私は一番大好きだからね」
白いコートを着た人物は歯噛みする。
今まで、そんな事を言われたことはなかったし、そんな歪んだ性格の欠片も見たことがなかった。
そのことに気付けなかった自分は、目の前にいる人物と本当に親友同士だったのだろうか?
隣で苦悩する最近のパートナーの姿を 見ながら、黒いコートを着た人物が口を開く。
「白昼夢幻夜、お前の夢はここで潰える」
ことの起こりはニ日前。
「うう、うう………ううううううううう」
星川宇宙は自室で泣き崩れていた。
昨日の夜から、とてつもない寒気がその身を襲い、食事も喉を通らなくなっていた。
宇宙は魔法管理委員会に所属している魔法使いである。
魔法管理委員会は、魔法の存在が知られることによって起こる、社会的混乱を防ぐために、組織に所属していない魔法使いを排除するための組織である。
そして先日、宇宙はパートナーである 黒渦銀河と共に『委員会殺し』の異名を持つ狂戦士、白零無名を撃破することに成功したのだ。
ちなみに、『撃破』というのは柔らかいものの言い方で、正確に言うなら、『撃破』ではなく、『殺した』と表現する方が適切である。
昨日は銀河に送ってもらい、何とか寒気も治まっていたのだが、銀河が帰ってから、再び寒気に襲われたのだ。
「うう………うっ…うっ………」
宇宙がここまで精神的に追い詰められてしまったのには理由がある。
そもそも、宇宙が魔法使いになったのは、父を殺した人物を見つけ出し、殺すためだ。
つまり、宇宙の目的は復讐。
しかし、無名はその復讐の対象ではなかった。
それだけではない。
魔法使いになってから今まで、自分の都合ばかり優先していた宇宙が、始めて相手の事情を気にしてしまった。
宇宙には宇宙の事情が。
無名には無名の事情が。
宇宙には宇宙の正しさが。
無名には無名の正しさがあった。
無名だけではない。
今まで戦ってきた相手、赤石炎火や死滅壊もそうだったのだろう。
そのことに気付いてしまった。
気付くべきことだったかもしれない。
しかし、気付かない方が良かったことだ。
「うううう………ううううううう……」
考えてみれば、無名は宇宙が殺したが、その他は全て、銀河がトドメを刺していた。
宇宙はそれを見ていただけだった。
慢心していたのかもしれない。
人が死ぬ瞬間は近くで見ていたから、大丈夫だと。
しかし、見るのとやるのとでは、全然違う。
そのことにも気付けなかった。
「うううううううううう!」
魔法使いをやっている限り、どこかで人を殺さなければならないのは分かっていた。
分かっていたはずなのに、ここまで取り乱している自分は、本当に復讐を成し遂げられるのか?
「ううう………ううう…ううううう!」
宇宙の中で、様々な想いが押し寄せる。
すると突然、家のインターホンが鳴った。
今日は、母は仕事に出かけてしまっているので、自分が出るしかない。
何とか気持ち悪さを我慢して、ドアを開ける。
そこに立っていたのは、宇宙のパートナー、黒渦銀河だった。
「銀河………」
宇宙は助けを求めるように口を開く。
「………やっぱりこうなっていたか………」
銀河は呆れたような声で呟いた。
その目に映っていたのは、復讐鬼となった魔法使いではなく、殺人の罪に悩まされている一介の女子高生だった。
二人は少しの間、玄関で立ったまま何も言わなかったが、しばらくした後、宇宙の部屋へと場所を移した。
宇宙の部屋では、気まずい沈黙がその場を支配した。
「……今日は何の用?」
先に口を開いたのは宇宙だった。
その声も、相変わらず弱々しいものだったが、最初と比べれば随分とマシになった方だ。
それでも、昨日までの狂気に満ちた雰囲気は残っていない。
そんな宇宙を見ながら、銀河は口を開く。
「今日はお前のことについて話にきた」
「???」
曖昧な答えに首を傾げる宇宙。
自分のこと?
銀河が来たから、てっきり任務のことについてだと思ったけれど………
宇宙は色々なことを考えたが、銀河が
放った言葉は、宇宙にとって予想外のことだった。
「お前はもう、魔法使いをやめろ」
「えっ……?」
想定外のことに戸惑う宇宙。
銀河の言葉を理解するのに、十秒は要した。
「それってどういう意味?魔法管理委員会から抜けろってこと?」
「そういう意味だ」
必要最低限のことを淡々と、機械的に伝える銀河は、いつにも増して冷徹だった。
少なくとも、宇宙にはそう見えた。
『もう宇宙とは関わらない』とでも言うように。
「でも………私まだ、目的を達成してないよ?」
宇宙の目的。
それはつまり、父親の復讐。
宇宙の父親が殺されたとき、その現場には二人の人間がいた。
一人は死滅壊。
そして、もう一人については、未だに何の情報も手に入っていない。
少なくとも、その人物を殺さない限り、魔法使いをやめることはできない。
宇宙はそう考え、銀河に反論しようとしたが、銀河が先に口を開いた。
「人を一人殺したくらいでそこまで取り乱してる奴に魔法使いは務まらない」
銀河の声はどこまでも冷酷で、だからこそ、宇宙の中に突き刺さる。
無名にトドメを刺すとき、銀河は宇宙のことを止めたが、それはこうなることを見越してのことだった。
そのことに宇宙はようやく気付いたのだ。
銀河は更に追い討ちをかける。
「魔法使いを続ける以上、この先も人を殺さなきゃいけないときが必ず来る。それは一度や二度のことじゃないぞ。お前はそれに耐えられのか?」
宇宙は完全に沈黙する。
そして、過去の出来事を思い出す。
『本当に?ありがとう。それなら、私も魔法使いを殺せる?』
『実力的にはできると思うけど、人を殺せるだけのメンタルがあるかどうかは別問題だな』
『できるに決まってるでしょ。私には明確な目的があるんだもん』
これは宇宙が魔法使いになった日に銀河と交わした会話の一部。
思い出してみれば、このときからすでに、銀河は宇宙が人を殺すことができないことを危惧していた様にも思える。
しかし、それでも宇宙は諦めなかった。
銀河に何か言おうとしたが、そこに銀河の姿はなかった。
「はあ」
宇宙は一人になった部屋で、小さなため息を吐く。
銀河と話せたおかげで、かなり落ち着いたが、会話の結果が最悪だった。
仕方ない。
もう少し落ち着いたら、一度銀河の家に行って直談判しよう。
宇宙はそう考えて眠りに落ちた。
次の日の朝。
午前六時、早朝と言って差し支えない時間に目を覚ました宇宙は、出かける支度をしていた。
目的地は言うまでもなく銀河の家。
昨日のことについてきちんと話し合う。
魔法使いをやめるにしても、自分が納得してからだ。
そう思いながら、宇宙は朝を迎えた。
時間的にはかなり早いが、銀河は忙しいので、のんびりしてたら会えないかもしれない。
それを鑑みれば、時間は早いに越したことはない。
大丈夫、気持ち悪さも、もうすっかり治まった。
鏡を見て気持ちを引き締め直した宇宙は、一階に降りていった。
トン…トン…トン…
家の中には宇宙の足音だけが響く。
トン…トン…トン…
玄関にたどり着いた宇宙は、そこで奇妙な違和感を抱く。
家の中から物音がしないのだ。
宇宙の母は、普段五時に起きて、そこから色々な家事をしている。
この時間、普段の母なら何らかの作業をしているはずだ。
そして極め付けは、リビングからテレビの音が聞こえないこと。
体調でも崩したのだろうか?
だとしたら宇宙が母の世話をしなくてはならない。
そう思い、母の部屋へと向かった。
しかし、そこに母はいなかった。
一体どうしたのだろうか?
宇宙が起きる前に仕事に行ったのだろうか?
となれば、リビングに置き手紙でもしているのだろう。
そう考えた宇宙はリビングへと足を運ぶ。
今すぐにでも出かけたいが、何かしらの指示がされているのかもしれない。
だとすれば、おざなりにもできない。
そもそも今日の宇宙は、『早く出かけたい』という気持ちが強すぎて、朝ご飯すら食べていない。
ならば、ついでに朝ご飯を食べて一回落ち着くのも悪くない。
宇宙はそう考えた。
呑気にも、そう考えてしまった。
リビングのドアを開けたときに宇宙を襲ったのは、恐ろしいまでの腐臭。
「うっ……」
宇宙は思わず呻き、鼻を押さえ、目を閉じる。
この匂いは何だ?
宇宙は必死に考えるが結論は出せなかった。
これは宇宙の現実逃避である。
なぜなら、宇宙の頭脳を駆使すれば、こんなのは考えるまでもなく分かることなのだから………
しかし、そんな現実逃避も一瞬で終わる。
宇宙は目を開けた瞬間、
走り出した。
慌てて靴を履き、全力で銀河の家へと向かった。
まるで、自分の家から逃げて行くように………
十分後。
宇宙は銀河の部屋の前に到着した。
ドアノブを回してみるも、鍵が掛かっていて開かなかった。
宇宙は夢中でインターホンを押した。
すると、インターホンに備え付けてあるスピーカーから声が聞こえた。
『何の用だ?』
スピーカーから聞こえた銀河の声は、いつも通りに落ち着いていて、どこまでも機械的だった。
「銀河に聞いて欲しいことがあるの………」
宇宙の声が昨日と同様に弱々しくなっているが、その理由は昨日のときとは全く違う。
『何の話かは知らないが、大人しく帰れ。俺とお前はもう何の関係もない』
銀河はそう言って通話を切ろうとしたが、宇宙は今朝の出来事を銀河に伝えた。
「お母さんが殺されたの!」
その言葉を聞いて、銀河の動きが止まった。
「今朝起きたら、リビングにお母さんが倒れてた!昨日までは確実に生きてた!昨日の夜から今朝の間に殺されたの!」
宇宙は声を荒げていた。
その目に涙を浮かべて。
「お母さんを殺したのは多分魔法使い!その証拠にお母さんの体の、周りには魔力の霧のようなものができてた!」
銀河はこの言葉を聞いて驚いていた。
宇宙の言う通り、魔法を使えば魔力の一部は周りに漂う。
しかし、それは一時的なもので、すぐに周りに散って分からなくなる。
これを『魔力の欠片』という。
ちなみに、『魔力の欠片』は相当薄く、よほど注意しなければ気付くことはできない。
しかし、銀河はこのことを宇宙に教えていない。
つまり宇宙は、これまでの経験から自分で学んだということになる。
宇宙は感情的に見えて、極めて冷静に状況を判断していた。
銀河は黙って扉を開ける。
そこには、殺人の罪に悩まされている一介の高校生の姿はなく、復讐鬼となった魔法使いの姿があった。
銀河は無言で宇宙を部屋へと促す。
宇宙はそれに応じて部屋の中へと入っていった。
銀河もその後に続く。
部屋の中に入った後、先に口を開いたのは、意外なことに銀河だった。
「お前の母が殺されたというのは本当か?」
「うん………」
「魔法使いに?」
「間違いない………と思う…」
宇宙のこの言い方は、普通の人から見れば、信憑性に欠けるものであるだろうが、銀河にとってはそうではなかった。
先述したように、宇宙は銀河が教えていないのにも関わらず、『魔力の欠片』のことを知っている。
宇宙のこの観察眼は信用に足るものである。
少なくとも、銀河はそう判断した。
母を殺されたショックで相当弱っているが、それでも宇宙の目には復讐という名の狂気が潜んでいることは銀河も気が付いていた。
「一応聞くが、俺の次の任務にもついてくるきか?」
「もちろん」
宇宙は復讐の目的を達成するまでは魔法使いをやめる気はない。
そのことを銀河にぶつけて、必死に説得をした。
銀河は宇宙の話を聞き終えた後で、こう言った。
「なら、まずは組織に連絡してお前の母親の死体処理をしてもらえ。話はそこからだ」
「うん、分かった」
そう言って宇宙はポケットから電話を取り出して組織に連絡を入れた。
通話を切ると、銀河に報告をする。
「組織の事後処理班を手配してもらえるって。そんなのがあるなんて知らなかった」
その言葉を無視して銀河は会話に応じる。
「いいだろう。お前を次の任務にも連れて行く」
「本当?ありがとう!」
宇宙は満面の笑みを浮かべてお礼を言った。
そして瞬時に切り替えた。
「次のターゲットは分かってるの?」
銀河は内心で宇宙の切り替えの速さに驚いていたが、そのことを態度に出さずに話を続ける。
「次のターゲットの名前は分かっていない。ただし、そいつの居場所と顔は分かっている」
ちなみに、と銀河は続ける。
「そいつはお前の父親の事件に関与している最後の一人だ」
その言葉を聞いて、宇宙の気が引き締まる。
銀河は一枚の写真を取り出し、机の上に置く。
そこには、ある高校の制服を着た一人の女子校生が写っていた。
その写真を見た瞬間、宇宙の顔が引き攣り、
「えっ………?幻夜…?」
銀河でさえ知らないその人物の名を呟いた。
「知っているのか?」
「うん、小学校の頃からずっと一緒だった親友だよ………名前は幻夜、白昼夢幻夜…」
宇宙の顔には戸惑いの表情が張り付いていた。
無理もないだろう。
親友が父親を殺したと言われれば誰だって気持ちは暗くなる。
「白昼夢幻夜………それがこいつの名前なのか?こいつは女子だろ?そんな男っぽい名前を………」
「幻夜は両親から虐待を受けていた」
宇宙は銀河の言葉を遮って銀河の質問に答える。
それは宇宙の気持ちが焦っている証拠とも言えた。
「ねえ銀河、前から思ってたんだけどこの写真ってどうやって作ってるの?」
質問の意味を図りかねた銀河は質問を仕返す。
「ん……?それはどういう意味だ?」
「いや、この写真って、直接本人のところに行って撮った写真じゃないでしょ?ならどうやって撮ったのかなって思っただけ」
なるほど、つまり宇宙はこれが誤報であることを望んでいるのか………
銀河はそう考えて、宇宙に写真のことを説明する。
「この写真は『占い』の魔法と『現像』の魔法を掛け合わせて作った物だ。まず最初に『占い』でターゲットの姿を確認して記憶する。その次に、『現像』の魔法で『占い』で見た記憶を、紙を媒体として映し出している」
つまりこれは厳密には写真ではなく、誰かの記憶ということになる。
「情報の確証ってどれくらいあるの?魔法は便利な物じゃないってのはこれまでの経験でよく分かったけど………」
「情報の確証は100%だ」
「えっ?そうなの?」
そう、これは多くの人が勘違いしがちなポイントである。
「魔法が便利じゃないってのはそういう意味じゃない。あくまで『扱いづらい』ってだけだ。正しく使えば何の問題もないし、『条件』と『制限』さえ守れば間違いは絶対にあり得ない」
「そうなんだ………そういうものなんだね」
「何か思い当たることはないか?こいつが魔法使いだとしたとき、今までの言動で気になることはなかったか?」
そう言われ、宇宙はしばらく考えた。
そして思い出した。
それは、宇宙の父親が殺された後、始めて学校に行った日のこと。
その日、宇宙は幻夜に事件のことを話していたのだ。
そのときに幻夜は、宇宙の話を聞いて真っ先にこう言ったのだ。
『もしかして、事故じゃなくて事件の可能性が出てきたとか?』
そのときは、この発言を幻夜の勘の鋭さから出てきた言葉だと思っていたが、もし幻夜があの事件に関わっているなら別の可能性も考えられる。
即ち、自分が宇宙の父親を殺したことがバレてないかの確認であった可能性。
宇宙はしばし、思案顔をしていたが、やがてこう言った。
「それなら、幻夜は私が殺す。親友として」
その言葉にはとてつもない決意が込められていた。
すると突然、宇宙の携帯が鳴った。
画面には魔法管理委員会の電話番号が表示されていた。
宇宙は電話に出る。
そして通話を切った宇宙は銀河に要点だけをまとめて話す。
「『今から銀河と一緒に私の家に来て』だってさ」
ところ変わって宇宙の家。
銀河達が宇宙の家に行くと、そこには二人の人物がいた。
一人目は宵闇何処。
魔法管理委員会の副委員長で、宇宙に 魔法を与えてくれた人物だ。
もう一人は背の高い女性だが、宇宙にはそれが誰だか分からなかった。
宇宙がどうすればいいか戸惑っていると、銀河が一歩前に進み出てこう言った。
「先程の電話はあなたがしたものですか?委員長」
その台詞に宇宙はギョッとする。
てっきり魔法管理委員会の委員長は男だと思っていたからだ。
女性が委員長であることは想定の範囲外だった。
しかし、宇宙にとってはその委員長から発せられた台詞の方が驚きだった。
「あら、そんな他人行儀にしないで欲しいんだけどね。銀河ったら相変わらずなんだから………遠慮なく『お母さん』って呼んでいいのよ?」
お母さん⁉
委員長が?
銀河の?
この一瞬だけでも情報量が多すぎて宇宙の脳は情報全てを処理しきれていない。
混乱する宇宙だったが、その混乱はさらに加速する。
「茶化さないで下さい委員長。仕事とプライベートは別です。その辺はマナーの問題です。それより、事後処理班の班長である何処さんはともかく、なんで情報班の班長である委員長がここにいるんですか?」
事後処理班の班長が副委員長⁉
そして情報班の班長が委員長⁉
なんだその大役の掛け合わせは?
何が何だかもうわからない。
お願いだからこれ以上情報を増やさないで下さい……
そんな宇宙の願いも虚しく、新しい情報は次から次へと湧き出る。
「ふふ、何処のことは名前で呼ぶのね。なら、私のことも名前で呼んでほしいものね」
「気に触るのなら訂正します、しかし、質問には答えて下さい。黒渦透子さん、あなたは何しにここに来たんですか?」
苛立ったように言葉を紡ぐ銀河に、透子は面白そうに答える。
「なんでって言われても、そんなの愛する夫と一緒にいるためじゃないの。なんなら何処のことは『お父さん』って呼んでいいのよ?」
「………」
呆れたように沈黙する銀河。
同じく宇宙も沈黙するが、その理由は銀河とは大きく異なる。
ついに宇宙のキャパが限界を超えたのだ。
もはや何にも考えられなくなったために起こった沈黙だった。
そんな宇宙の様子に気づいたのか、銀河が小声で説明する。
「何処さんは俺の二番目の父親で、透子さんとは血も繋がっている本当の家族って感じだな。俺の本当の父親は俺が生まれる前に任務先で殺されたらしい」
それを聞いてかろうじて宇宙は理性を取り戻す。
確かにそれなら色々納得できるが、それでも疑問が一つ残る。
「なんで夫婦別姓なんですか?」
正直これはどうでもいい質問だが、何故か宇宙の口からすんなり出てきた。
それだけ宇宙の頭が限界を迎えていたということだ。
「魔法は名前に大きく関わっているって言っただろ?名前を変えると魔法が変わったりして色々大変なんだよ。下手したら死ぬ」
宇宙のに答えたのは銀河だった。
銀河の回答を聞いて宇宙は納得する。
納得しながら、未だ処理しきれていない情報の処理にかかる。
その間に銀河が口を開く。
「それで、透子さんは一体何しにここに来たんですか?先程の回答が嘘であることは分かってるんです。本当のことを言って下さい」
銀河の苛立ちが頂点に達しかけたとき、透子がようやくまともな返答をする。
「ふふ、やっぱりお見通しなのね。まあ、本当のことをいうとね、あなたたちに教えたいことがあってきたのよね」
教えたいこと?
銀河の中で警戒心が膨れ上がる。
透子はこんな性格のため、真面目な話をしても信じられないときがたまに(というより、よく)ある。
しかし、透子は真面目な話をするとき、それが重ければ重いほど、冗談や軽口を言うのだ。
なぜなら、自身がその話の重みに耐えきれないから。
そのことを知っている銀河は、ここまでのやりとりの長さから、透子が相当重要な話をしようとしていると思っている。
それで警戒心を抱かない方がおかしい。
案の定、透子は表情を曇らせながら言った。
「その、うちの情報係の人が、『近いうちに銀河と宇宙のどちらか、あるいは両方が死ぬ』っていう縁起でもない『占い』の結果を出してきたから気をつけてねって一言だけ言いにきただけなの」
一言だけ言いたかっただけならさっきの電話ですれば良かったのに………とは思わない。
携帯電話もまともに使えない銀河の機械音痴。
家族の遺伝や環境の所為だと考えても何の不思議もないはずだ。
さっきの電話もよほど苦労したのだろう。
何処に電話させなかったのは、何処の喋り方だと、電話越しでは何を言っているのか分からなくなるからか………
宇宙はそう納得し、透子の言った言葉の意味を考える。
次の幻夜との戦いで死ぬ可能性があるなら、しっかり準備しなければならない。
まあ、今までの戦いも余裕で死にかけているので、いつもと変わらないといえば変わらない。
宇宙はその言葉の意味を完全には理解できていないようだったが、銀河にはその言葉だけで何が起こるのか予想できた。
この先の戦いに向けて気を引き締め直す。
すると、横から何かを心配したよう声で宇宙が話かけてきた。
「そういえば、お母さんの死体はどうしたんですか?」
その質問に答えたのは何処だった。
「あなたのお母さんの死体は僕の魔法で消させていただきましたちなみに僕の魔法は『消滅』詳しくお話しさせてもらいますと『条件』が『魔法発動対象が非生命体であること』で『能力』が『対象をこの世から消す』で『制限』が『消滅させられるのは人の大きさまで』というものです自分でいうのもなんですが事後処理班の中では最も優秀な魔法です」
何処の喋り方は相変わらず聞き取りにくかったが、言っていることは理解できた。
魔法によって生まれた死体や不可解なものを跡形も残さずに消す魔法。
それは、魔法管理委員会の機密を守る上で非常に有用な魔法だ。
「あの、透子さんの魔法って聞いてもいいですか?」
これは完全に好奇心からの質問だ。
透子は笑いながら答える。
「ふふ、私の魔法は『現像』よ。銀河から聞いてない?『条件』が『魔法発動対象以外の人間がそばにいないこと』で『能力』が『紙を媒体として他人の記憶を映し出す』で『制限』が『一日に一度しか使えない』っていう魔法なのよね」
記憶の現像。
それはついさっき銀河から聞いた魔法だ。
あれは委員長の魔法だったのか………
通りで銀河が詳しいはずだ。
「それじゃ、何処の仕事も終わったし、言いたいことも言えたから今日はもう帰るわね」
透子はそう言うと、何処と一緒に姿を消した。
「さて、ここからどうする?敵の居場所は分かっているから、今すぐにでも殺しに行くことはできるぞ」
しかし、宇宙は首を振った。
「いや、まずは本当に幻夜があの事件に関わっているのかを確認する。動くのは幻夜が魔法使いである証拠を確認してからでも遅くない」
そう言って宇宙は、銀河にとある提案をする。
「今から幻夜の家に行ってくる。そこで判断するのはダメ?」
「さっきも言ったが、情報に間違いはない。幻夜は確実に黒だ」
宇宙に厳しい言葉を投げかける銀河。
宇宙は完全に沈黙する。
銀河は大きなため息を吐いて、いかにも渋々といったような面持ちで話しかける。
「まあ、お前が確認して気持ちが楽になるならいいんじゃないのか?その場でお前が黒だと判断した場合は、どこかで待ち合わせの約束をしてそこで戦うのも悪くない。今まではずっと敵のフィールドで戦っていたからな。俺たちが指定した場所で戦えれば戦闘も優位に進むはずだ」
銀河が言い終わったときには、すでに宇宙の姿はなかった。
銀河は大して驚きもせずに自分のアパートに戻って行った。
三十分後。
宇宙は幻夜の家に来ていた。
幻夜は親から虐待を受けていた経緯があるので、生活保護を使って、元々空き家であったこの家で一人暮らしをしている。
ちなみに幻夜の成績は非常に優秀で、宇宙とはいいライバル関係でもある。
それが奨学金を受け取るのに仕方ない努力であるとはいえ、上位校でトップクラスの成績を収め続けていることは感嘆に値する。
宇宙がインターホンを鳴らすと、すぐにスピーカーから声が聞こえてきた。
『はーい、どちら様ですか?』
幻夜の家のインターホンにはカメラが付いていないのだ。
宇宙は普段通りの口調で話しかける。
「私だよ。星川宇宙。夏休みで全然会えてないから忘れちゃった?」
いつも通りの軽口を叩きながらの会話。
宇宙はいつも通りの会話に、ものすごい違和感を感じていた。
やがて玄関の扉が開いた。
そこにはいつも通りの幻夜がいた。
そしてその瞬間宇宙は苦悩した。
幻夜の周りには、魔力の気配が漂っていた。
それは、魔法使いなら誰でも持っている気配。
銀河も
宇宙も
今まで戦ってきた魔法使い達も持っていた気配だ。
これで幻夜とは戦わざるを得なくなった。
幻夜が父親の死に関わっていても関わっていなくとも、幻夜が組織の魔法使いではない限り殺さなくてはならない。
この考え方は、宇宙の考え方ではなく、組織の考え方であり、宇宙が無意識の内に組織に取り込まれている証拠とも言えた。
幻夜が宇宙に話しかける。
「宇宙が私の家に来るなんて珍しいね。何かあったの?」
宇宙は内心焦っていた。
ここに来た口実を考えていなかったからだ。
「いや、夏休みになって全然幻夜に会えていなかったから寂しくなって来ただけ」
咄嗟に出た苦し紛れの嘘だったが、幻夜は納得したように話す。
「あはは、なにそれ。連絡してこれば良かったのに………全く…宇宙って本当に可愛いね」
幻夜はそこで言葉を区切り、少し表情を曇らせて言う。
「中に入ってゆっくりしていってね。って言いたいとこだけど、私の家は事情が事情だからね………ごめん…」
本当に申し訳なさそうに幻夜は言った。
そんな幻夜の様子を見た宇宙の中で、罪悪感が芽生え出した。
「いや、別に気にしなくていいよ。私の方こそいきなり押しかけてごめんね」
罪悪感が大きくなれば、宇宙は再び取り乱してしまうだろう。
これ以上幻夜と一緒にいるとまずい。
宇宙はそう考え、会話を切り上げようとした。
しかし、帰る直前でもう一つだけ幻夜に聞かなければならないことがある。
「ねえ、明日学校これる?」
宇宙のこの発言に幻夜は明らかに動揺した。
「えっ………?明日?何で?」
宇宙は慌てて言い訳を考える。
「いや私、学校に行かなきゃいけない用事が出来たから。でも、一人で行くのはちょっと気が引けて………」
宇宙がそう言うと、幻夜は安堵したように言う。
「なるほどね、分かった。いいよ。一緒に行ってあげる。時間は何時ごろ?」
「昼の十二時くらいでお願いできる?」
「分かった。それじゃ、また明日」
「うん、また明日」
そう言って宇宙は幻夜と別れた。
宇宙は銀河のいるアパートに戻ると、先程あったことを全て説明した。
要点は主に二点。
幻夜から魔力の気配が漂っていたこと。
明日、学校で幻夜と決着をつけること。
宇宙から報告を受けた銀河は、呆れ顔で言った。
「お前なあ、確かに日時は指定した方がいいとは言ったが、そんなに急ぐ必要はないだろ。明日の昼って……ろくに準備もできないぞ」
それを聞いた宇宙は、申し訳なさそうな面持ちで弁解する。
「ごめんなさい。でも、幻夜と戦うなら早い方がいいと思ったの。私の情が幻夜に向く前に」
その言葉に込められた決意の大きさを感じ取った銀河は、それ以上何も言わなかった。
宇宙はそのまま家に帰り、次の日に向けて支度を整えていた。
次の日。
午前十一時半。
宇宙は制服に身を包み、学校の校門前で幻夜のことを待っていた。
十分後。
幻夜が姿を現した。
「おはよう宇宙。ギリギリになっちゃってごめんね」
「ううん。私の方こそいきなりこんなことに付き合わせちゃってごめんね」
「別にいいよ。そんなの今に始まったことじゃないし。それで、宇宙の用事って何だったの?」
「一緒に来てもらえれば分かると思うよ」
そう言って宇宙は足を進めた。
そこから宇宙と幻夜は様々な話をした。
夏休み中のこと。
趣味のこと。
学校のこと。
卒業後のこと。
宇宙にとって、これは幻夜と穏やかに話せる最後の機会だった。
しかし、そんな時間もすぐに終わる。
宇宙が向かっていた先はグラウンドだった。
そこにはこの真夏の最中、黒いコート身に纏い、白いコートを手に持っている人物がいた。
幻夜はその人物を見た瞬間に足を止めた。
宇宙は足を止めずにその人物の前まで行き、白いコートを受け取り、それを着る。
幻夜が全てを理解したように話しかける。
「なるほどね。宇宙は組織に入ったって訳ね。きっかけはやっぱりお父さん?」
「ええ、そう。父を殺した奴を殺して復讐するために組織に入った」
「ああ、そういうことかあ。それじゃあ、私が宇宙のお父さんが死んだ事件に関わっているのも知ってるってこと?」
突然の自白に大して驚くこともなく宇宙は会話を続ける。
「その通り。だから私はあなたを殺す。今までのあなたとは親友だったけど、今のあなたとは敵対関係」
宇宙の言葉には、親友に向けるような穏やかさはなく、憎しみと殺意の感情のみが混じっていた。
そんな二人の様子を見ながら、黒いコートを着た人物、黒渦銀河が口を開く。
「お前の夢はここで潰える」
太陽が高く上っている真昼の時間。
夏休み中のとある高校のグラウンドに三人の人物がいた。
その内の二人は、今が真夏であるのにも関わらず、コートを着ていた。
「どうしてあんな事をしたの?」
白いコートを着た人物が、目の前の人物に話しかける。
話しかけられた人物は、沈黙を保った。
「私は!あなたの事を信じていた!親友だと思っていた!それなのに……なのに……どうして!」
白いコートを着た人物は、沈黙に耐えれなくなったのか、いきなり目の前の相手を怒鳴りつけた。
ここでようやく、怒鳴られた人物が口を開く。
不気味な笑みをその顔に浮かべて。
「あなたのそういう顔が見たかったからだよ。今のあなた、今まで一番いい顔してる。絶望に打ちひしがれて、苦しんでる人の顔を見るのが、私は一番大好きだからね」
白いコートを着た人物は歯噛みする。
今まで、そんな事を言われたことはなかったし、そんな歪んだ性格の欠片も見たことがなかった。
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