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第四話
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そうして到着したのは、ハーネット伯爵領。伯爵邸の近くにあるというイーフェンの街の入り口で厩に馬を預け、街の大通りを進む。するとデインを目ざとく見つけた街の人たちが集まってきた。
「久しぶりだな! 何年ぶりだ?」
デインと近い年頃の男性が、親しげにこぶしを突き出して。それを手のひらで止めながら、デインは苦笑した。
「何年ぶりってことないって。半年くらい前に立ち寄ったろ?」
「あ、そうだったっけ? でも毎回、ホント立ち寄っただけですぐ行っちまうんだもんなぁ」
「で、今回も立ち寄っただけ?」
残念そうに言う別の男性に、デインはにっと笑って答えた。
「いンや。みんなに報告したいことがあってさ」
「そっか。で、お連れさんは誰?」
領主の息子が報告したいと言っているのに、それをさらっと流す住民にカチュアは唖然とする。──間もなく、デインがとんでもないことを言い出した。
「オレの婚約者で、未来の伯爵夫人」
「ちょ……っ」
まだ承諾した覚えはない。文句を言おうと口を開きかけるが、住民たちのどよめきに阻まれてしまった。
「てえことは、デインが伯爵さまの後継に?」
「アルベルトは廃嫡ってことか? 何でまた」
「グレイスが帝国に戻らなくちゃならなくなったんだ。兄ちゃんはそれについてくことにしたから、爵位は継げなくなったんだ」
グレイスが皇帝の名乗りを上げることは、まだ秘密にしておかなければならない。が、それにしたって何ていう適当な説明なんだか。
しかし、住人たちはそれで納得できたようだ。
「ああ、お姫さんについていくのか」
「やっぱり帝国の姫さんが田舎領主の妻になるってのは、無理があったんだねぇ」
「で、デインが次の伯爵様になるって?」
「大丈夫かなぁ?」
住民たちはどっと笑い声を上げる。
「それでこちらのお嬢さんが、デインの婚約者だって?」
彼らのノリについていけなくてひきつった笑みを浮かべていたカチュアは、急に自分の話題になってびくっと体を震わせる。
「婚約者って、デインもそんな年頃になったんだねぇ」
婚約したのは三年近く前になるが、どうやらデインはそのことを報告し忘れていたらしい。中年の女性がしみじみと言う。別の女性も同意するように言った。
「“あの”デインにねぇ。一生子どものままだって思い込んでたよ」
「婚約者さんのこと教えてくれよ」
若者がそうデインに尋ねると、中年の女性が呆れたように言う。
「バカだね。目の前にいらっしゃるんだから、直接お尋ねすりゃあいいのに」
「でも貴族のお嬢さんに直接声をかけるのは、なぁ?」
気後れしている彼に、デインはカチュアの素性をあっさりとバラした。
「カチュアは貴族じゃないよ。商人の娘。家が裕福で、知り合いの伝手で侍女になったんだけど、姉ちゃんの侍女やってたんだ。レース編みのハンカチとかハーブ石鹸とか、他の国に売りだすことを提案してくれたのがカチュアなんだ。今カチュアの実家が中心になって、ここの製品を諸国に売ってくれてるんだ」
「え! このお嬢さんが!?」
「すごいお嬢さんと結婚するんだねぇ」
誰もが感心するばかりで、カチュアが平民出身だということを気にする様子もない。拍子抜けしながら話を聞いていると、デインが得意げに語り出した。
「カチュアがすごいのは、それだけじゃないよ。
愛妾になりたての頃、王城の連中から冷たくされて孤立してた姉ちゃんに、初めて親しく声をかけたのがカチュアだったんだ。
父ちゃんが許されて王城に出入りするようになってから知ったんだけど、姉ちゃんは愛妾時代に、侍女に世話してもらえなくなるほど嫌われたことがあるんだって。そんな時、カチュアだけは城中の反感に真っ向から立ち向かって、姉ちゃんに食事を運んで、仲良くなってくれたんだ。もう一人いたけど、自分から進んで姉ちゃんと話してくれたのはカチュアなんだってさ。
それからも、カチュアはいろんなことを姉ちゃんのためにしてくれた。姉ちゃんが帝国に行かなくちゃならないって話が出た時も、姉ちゃんに暴言を吐く貴族たちに一人だけ反論してくれた。貴族たちを敵に回してまでさ。
すごいよな。平民の出身で女の身で。下手すりゃ不敬罪で酷い罰を受けたかもしれないのに、カチュアは姉ちゃんの名誉のために一人敢然と貴族たちに立ち向かっていったんだ。
その時は、ただかっこいいって思ったよ。
カチュアは“自分の言ったことには自分で責任を持つ”ってポリシーで、自分で自分のことを何とかしていた。カチュアみたいにかっこよくなりたいって憧れもした。──だから王城にいる時は、自然にカチュアの姿を探すようになったよ。
でも姉ちゃんの結婚式の日、他の侍女たちに意地悪を言われてたカチュアが、一人その場に取り残されてこぶし握りしめて佇んでるのを見た時、自分の考えが恥ずかしくなったんだ。
カチュアはかっこよくなりたくて姉ちゃんを守ってくれてたんじゃない。純粋に守りたいって思ってくれて、姉ちゃんの盾になってくれてたんだ。姉ちゃんを守るために自分がどれだけ辛い思いをしてるか、愚痴も言わないしおくびにも出さない。
そんなカチュアの姿に、すごく胸が痛んだんだ。カチュアの辛さを誰も知らないなら、オレだけでも覚えていてあげたい。オレなんかじゃカチュアの助けにならないかもしれない。でも助けてあげたい。誰もカチュアのことを守ろうとしないなら、オレ一人でもカチュアを守ってあげたいって」
「へぇー、デインのくせにかっこいいこと言うじゃないか」
「そう? へへっ」
照れくさそうに後ろ頭をかくデインに、カチュアは感情を抑えた声で呼びかけた。
「デイン……」
「あ、カチュア。どう? ほれなおした?」
馬鹿を言うデインに、カチュアは怒鳴りつける。
「バカ! 何でそういうことを早く言わないのよ!」
「へ?」
「あんた“あたしのどこが好きなの?”って聞いたら、“何でなのかわかんないよ”って答えたじゃない!」
「それは“何でこんなに好きになったのかわからない”ってことで」
「今答えを言ったじゃない! その口で!」
今聞いたことをもっと前に聞いてたら。
デインに本当に好かれているのだろうかと悩むことはなかった。
デインがいつ自分から離れていくかと怯えることはなかった。
デインとの別れの日を恐れて自分から別れを切り出したりはしなかった。
今の話を聞いたからには、デインの気持ちを疑いようがない。
シュエラの結婚式……あれはもう四年以上前のこと。
あの時からこんなにも、カチュアは愛されていたのだ。
「何でもっと早くそれを言わなかったの!」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
とぼけたことを言うデインに、カチュアは腹の底から大声で叫ぶ。
「バカっっ!」
こらえていたものがどっとあふれ出す。
どうにも止められず両手で顔を覆うと、デインがそっと肩を抱き寄せて、途方に暮れた声で言った。
「泣くなよ、カチュア」
「だっ、誰が泣かしてると……」
「何が何だかわからないんだけど、ごめんって」
「わかんないなら謝るなっ」
そんな二人に気を回して、ブリュール子爵やロアル、街の住人たちは忍び足でその場を離れていった。
夕暮れ前、デインに誘われて、カチュアは馬を走らせ近くの丘に登った。
大きな風車が回る丘。風車が汲み上げる水が丘の上に水場を作り、そこから幾筋かのせせらぎが流れる。せせらぎの脇には草が生え、それをヤギが食んでいる。そのヤギたちを、羊飼いが放った牧羊犬が吠えながら集めている。
「ここは綿花を育てるのに適してないから、丘に草を育ててヤギを育ててるんだ。ヤギの乳からチーズを作ったり、毛を刈って毛織物を作ったりして、国内や近隣諸国に広く流通させてる」
「毛織物? 何をどんなふうに織ってるの? 最近思うんだけど、毛足の長い小さな絨毯があったら便利なんじゃないかなって。いろんな使い道がありそうだから、量産できたらバカ売れしそうだなぁって。──って何よ?」
デインが嬉しそうに笑っているのを見て、カチュアは照れ隠しにふてくされてみせる。するとデインは一層嬉しそうに目を細めた。
「すぐ商売を思い付くなんて、さすがはカチュアだな」
「それ、あたしのことを守銭奴ってバカにしてない?」
「してないしてない。純粋にほめてるんだよ」
向けられたほほえみがまぶしくて、カチュアは恥ずかしくてそっぽを向く。
デインはカチュアから数歩離れ、眼下の街や田畑を見渡した。
「この国には、もっと産業が必要なんだ。休耕田の再開墾がほとんど終わって、仕事にあぶれる人が出始めている。全員に食べていけるだけの田畑が行き渡らないんだ。だから、どうしてもそれ以外の働き口が必要だ。レース編み製品は、綿花を栽培できる地域で生産を始めてるよ。ここでよく売れる毛織物製品を作れるようになれば、他の地域にも広めることができる。──オレとカチュアとなら、それが実現できると思うんだ」
そう言ってデインは振り返る。
「カチュアの商人としての才覚で売れそうな商品を提案してもらって、オレが所領内で大量生産の方法を試みる。それが成功したら他の領主たちに声をかけてその方法を伝える。そうやって、オレと一緒に国の発展を支えていくって考えると、何だかわくわくしてこないか?」
「──そうね」
カチュアは目を伏せて苦笑した。
夢物語だ。
商売も産業も、そんなに簡単に成功したら、誰も苦労なんかしない。
それでもデインとなら、何だか成功しそうな気になるのだ。
「その夢を実現させるために、オレは伯爵になりたい。カチュアがいなくちゃ、この夢は実現しない。カチュア──オレと一緒に夢を追いかけてくれないか?」
そう言ってデインは、手を差し伸べてくる。
プロポーズの言葉が「結婚してください」でも愛の告白でもないなんてどうかしてる。
でも、デインらしい。
カチュアは腹をくくった。
「しょうがないわね。付き合ってあげるわよ」
苦笑しながら、カチュアは差し伸べられた手に自分の手を重ねた。
回帰主義──かつて属領・属国から富を絞りとり栄華を極めた帝国を取り戻そう。その主張の下に放棄した反乱軍は、レナード皇帝崩御から一年もしないうちに新皇帝を打ち取った。そして反乱軍に加担した皇族の一人が、皇帝に即位すると宣言する。が、皇帝の住まいであり帝国の中心であった帝宮はもぬけの空で、めぼしい金銀財宝は一切なかったといわれる。
親族の反乱と新皇帝の殺害を予見していたレナードは、年月をかけて金銀財宝を密かにレシュテンの地に運ばせた。残っていた財宝は、新皇帝にすり寄っていた貴族たちによって持ち去られ、反乱軍が帝宮に突入した時には、新皇帝一人しかいなかったという話だ。
新皇帝も多少賢くあれば、生き延びることができたであろう。だが、取り巻きの甘言に溺れ危機から目を背け続けた結果、敵に討ち取られるという不名誉に甘んじることとなった。
新皇帝の在位は、レナードの忠臣たちに有益な猶予を与えた。彼らは早々に新皇帝に見切りを付けて帝宮を去り、各々自分の領土に戻って反乱軍の襲来に備えた。帝宮を守っていた軍もまた、レナードの腹心であったカスティオスによって解体され、反乱軍に対抗する勢力に再編成された。
新皇帝殺害の報をレシュテンの地で受け取った皇女グレイスは、レシュテン国内に暫定帝宮を立て、新グラデンヴィッツ帝国建国を宣言。自らを新帝と名乗り、帝国再統一のために進軍を開始する。
グレイスを待ち望み抵抗していた者たちは、グレイスの呼びかけに応じて集結。反乱軍制圧に乗り出した。
新帝国の進軍を支えたのは、ラウシュリッツ王国だった。故レナード皇帝からレシュテンウィッツ王国の全領土を属領として譲り受けた国王シグルドは、レナードから密かに預かり厳重に管理していた金銀財宝を使って、新帝軍の補給物資の調達を担う。一時期はシグルド自らラウシュリッツ王国軍を率いて加勢し、その間王妃シュエラは三公爵をはじめとする彼女を慕う貴族たちの協力を得て、国王不在の国を見事に治めた。
充てにしていた人材財宝を一切得られず、対抗勢力から思わぬ攻勢をかけられた反乱軍は、当初予定していた他国への侵略を一時断念し、グレイス率いる新帝国を退けることに力を注ぐしかなくなる。
事態を見守っていた帝国の周辺諸国は、新帝グレイスの即位とラウシュリッツ王国の新帝支援を歓迎。諸国もまた、ラウシュを通じて新帝の支援を申し出る。攻め入られ自国の軍を動かすよりも、そのほうが得策だからだ。
その動きとは別に、シグルドはかつてレシュテンの地を巡って争った諸国と和睦を結び、新帝国の背後の不安を絶った。
新帝国は、レシュテンウィッツ王国を拠点に帝国の西域を取り戻した。そして残りの地域を掌握した反乱勢力と、その後百年戦いを繰り広げることとなる。
ラウシュリッツ王国は新帝国の戦況がおもわしくない時も手を引くことなく支援を続け、その誠実さから周辺諸国の信頼は厚かった。国家間の調停等、ラウシュに頼る国は数知れず。やがてラウシュの国王は『調停者』の異名を取るようになる。かつて大帝国を支配した皇帝レナードのように。
そして、『調停者』の異名を取るに至った最初の国王の治世を支えた人々の中に、ある伯爵夫婦の名前があった。
その夫婦、夫君は極秘調査官として国中を回り、夫人は領地で産業の発展に務める。その地ではあまたの失敗の中からいくつかの産業が成功し、ラウシュ国内のみならず周辺諸国にまで広まり、人々の暮らしを豊かにした。裕福な商家の生まれとはいえ、当時考えられなかったほどの玉の輿に乗った夫人は、終生夫君と喧嘩するほど仲が良かったという。
玉の輿にもほどがある! 完結
お読みくださってありがとうございました。
「久しぶりだな! 何年ぶりだ?」
デインと近い年頃の男性が、親しげにこぶしを突き出して。それを手のひらで止めながら、デインは苦笑した。
「何年ぶりってことないって。半年くらい前に立ち寄ったろ?」
「あ、そうだったっけ? でも毎回、ホント立ち寄っただけですぐ行っちまうんだもんなぁ」
「で、今回も立ち寄っただけ?」
残念そうに言う別の男性に、デインはにっと笑って答えた。
「いンや。みんなに報告したいことがあってさ」
「そっか。で、お連れさんは誰?」
領主の息子が報告したいと言っているのに、それをさらっと流す住民にカチュアは唖然とする。──間もなく、デインがとんでもないことを言い出した。
「オレの婚約者で、未来の伯爵夫人」
「ちょ……っ」
まだ承諾した覚えはない。文句を言おうと口を開きかけるが、住民たちのどよめきに阻まれてしまった。
「てえことは、デインが伯爵さまの後継に?」
「アルベルトは廃嫡ってことか? 何でまた」
「グレイスが帝国に戻らなくちゃならなくなったんだ。兄ちゃんはそれについてくことにしたから、爵位は継げなくなったんだ」
グレイスが皇帝の名乗りを上げることは、まだ秘密にしておかなければならない。が、それにしたって何ていう適当な説明なんだか。
しかし、住人たちはそれで納得できたようだ。
「ああ、お姫さんについていくのか」
「やっぱり帝国の姫さんが田舎領主の妻になるってのは、無理があったんだねぇ」
「で、デインが次の伯爵様になるって?」
「大丈夫かなぁ?」
住民たちはどっと笑い声を上げる。
「それでこちらのお嬢さんが、デインの婚約者だって?」
彼らのノリについていけなくてひきつった笑みを浮かべていたカチュアは、急に自分の話題になってびくっと体を震わせる。
「婚約者って、デインもそんな年頃になったんだねぇ」
婚約したのは三年近く前になるが、どうやらデインはそのことを報告し忘れていたらしい。中年の女性がしみじみと言う。別の女性も同意するように言った。
「“あの”デインにねぇ。一生子どものままだって思い込んでたよ」
「婚約者さんのこと教えてくれよ」
若者がそうデインに尋ねると、中年の女性が呆れたように言う。
「バカだね。目の前にいらっしゃるんだから、直接お尋ねすりゃあいいのに」
「でも貴族のお嬢さんに直接声をかけるのは、なぁ?」
気後れしている彼に、デインはカチュアの素性をあっさりとバラした。
「カチュアは貴族じゃないよ。商人の娘。家が裕福で、知り合いの伝手で侍女になったんだけど、姉ちゃんの侍女やってたんだ。レース編みのハンカチとかハーブ石鹸とか、他の国に売りだすことを提案してくれたのがカチュアなんだ。今カチュアの実家が中心になって、ここの製品を諸国に売ってくれてるんだ」
「え! このお嬢さんが!?」
「すごいお嬢さんと結婚するんだねぇ」
誰もが感心するばかりで、カチュアが平民出身だということを気にする様子もない。拍子抜けしながら話を聞いていると、デインが得意げに語り出した。
「カチュアがすごいのは、それだけじゃないよ。
愛妾になりたての頃、王城の連中から冷たくされて孤立してた姉ちゃんに、初めて親しく声をかけたのがカチュアだったんだ。
父ちゃんが許されて王城に出入りするようになってから知ったんだけど、姉ちゃんは愛妾時代に、侍女に世話してもらえなくなるほど嫌われたことがあるんだって。そんな時、カチュアだけは城中の反感に真っ向から立ち向かって、姉ちゃんに食事を運んで、仲良くなってくれたんだ。もう一人いたけど、自分から進んで姉ちゃんと話してくれたのはカチュアなんだってさ。
それからも、カチュアはいろんなことを姉ちゃんのためにしてくれた。姉ちゃんが帝国に行かなくちゃならないって話が出た時も、姉ちゃんに暴言を吐く貴族たちに一人だけ反論してくれた。貴族たちを敵に回してまでさ。
すごいよな。平民の出身で女の身で。下手すりゃ不敬罪で酷い罰を受けたかもしれないのに、カチュアは姉ちゃんの名誉のために一人敢然と貴族たちに立ち向かっていったんだ。
その時は、ただかっこいいって思ったよ。
カチュアは“自分の言ったことには自分で責任を持つ”ってポリシーで、自分で自分のことを何とかしていた。カチュアみたいにかっこよくなりたいって憧れもした。──だから王城にいる時は、自然にカチュアの姿を探すようになったよ。
でも姉ちゃんの結婚式の日、他の侍女たちに意地悪を言われてたカチュアが、一人その場に取り残されてこぶし握りしめて佇んでるのを見た時、自分の考えが恥ずかしくなったんだ。
カチュアはかっこよくなりたくて姉ちゃんを守ってくれてたんじゃない。純粋に守りたいって思ってくれて、姉ちゃんの盾になってくれてたんだ。姉ちゃんを守るために自分がどれだけ辛い思いをしてるか、愚痴も言わないしおくびにも出さない。
そんなカチュアの姿に、すごく胸が痛んだんだ。カチュアの辛さを誰も知らないなら、オレだけでも覚えていてあげたい。オレなんかじゃカチュアの助けにならないかもしれない。でも助けてあげたい。誰もカチュアのことを守ろうとしないなら、オレ一人でもカチュアを守ってあげたいって」
「へぇー、デインのくせにかっこいいこと言うじゃないか」
「そう? へへっ」
照れくさそうに後ろ頭をかくデインに、カチュアは感情を抑えた声で呼びかけた。
「デイン……」
「あ、カチュア。どう? ほれなおした?」
馬鹿を言うデインに、カチュアは怒鳴りつける。
「バカ! 何でそういうことを早く言わないのよ!」
「へ?」
「あんた“あたしのどこが好きなの?”って聞いたら、“何でなのかわかんないよ”って答えたじゃない!」
「それは“何でこんなに好きになったのかわからない”ってことで」
「今答えを言ったじゃない! その口で!」
今聞いたことをもっと前に聞いてたら。
デインに本当に好かれているのだろうかと悩むことはなかった。
デインがいつ自分から離れていくかと怯えることはなかった。
デインとの別れの日を恐れて自分から別れを切り出したりはしなかった。
今の話を聞いたからには、デインの気持ちを疑いようがない。
シュエラの結婚式……あれはもう四年以上前のこと。
あの時からこんなにも、カチュアは愛されていたのだ。
「何でもっと早くそれを言わなかったの!」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
とぼけたことを言うデインに、カチュアは腹の底から大声で叫ぶ。
「バカっっ!」
こらえていたものがどっとあふれ出す。
どうにも止められず両手で顔を覆うと、デインがそっと肩を抱き寄せて、途方に暮れた声で言った。
「泣くなよ、カチュア」
「だっ、誰が泣かしてると……」
「何が何だかわからないんだけど、ごめんって」
「わかんないなら謝るなっ」
そんな二人に気を回して、ブリュール子爵やロアル、街の住人たちは忍び足でその場を離れていった。
夕暮れ前、デインに誘われて、カチュアは馬を走らせ近くの丘に登った。
大きな風車が回る丘。風車が汲み上げる水が丘の上に水場を作り、そこから幾筋かのせせらぎが流れる。せせらぎの脇には草が生え、それをヤギが食んでいる。そのヤギたちを、羊飼いが放った牧羊犬が吠えながら集めている。
「ここは綿花を育てるのに適してないから、丘に草を育ててヤギを育ててるんだ。ヤギの乳からチーズを作ったり、毛を刈って毛織物を作ったりして、国内や近隣諸国に広く流通させてる」
「毛織物? 何をどんなふうに織ってるの? 最近思うんだけど、毛足の長い小さな絨毯があったら便利なんじゃないかなって。いろんな使い道がありそうだから、量産できたらバカ売れしそうだなぁって。──って何よ?」
デインが嬉しそうに笑っているのを見て、カチュアは照れ隠しにふてくされてみせる。するとデインは一層嬉しそうに目を細めた。
「すぐ商売を思い付くなんて、さすがはカチュアだな」
「それ、あたしのことを守銭奴ってバカにしてない?」
「してないしてない。純粋にほめてるんだよ」
向けられたほほえみがまぶしくて、カチュアは恥ずかしくてそっぽを向く。
デインはカチュアから数歩離れ、眼下の街や田畑を見渡した。
「この国には、もっと産業が必要なんだ。休耕田の再開墾がほとんど終わって、仕事にあぶれる人が出始めている。全員に食べていけるだけの田畑が行き渡らないんだ。だから、どうしてもそれ以外の働き口が必要だ。レース編み製品は、綿花を栽培できる地域で生産を始めてるよ。ここでよく売れる毛織物製品を作れるようになれば、他の地域にも広めることができる。──オレとカチュアとなら、それが実現できると思うんだ」
そう言ってデインは振り返る。
「カチュアの商人としての才覚で売れそうな商品を提案してもらって、オレが所領内で大量生産の方法を試みる。それが成功したら他の領主たちに声をかけてその方法を伝える。そうやって、オレと一緒に国の発展を支えていくって考えると、何だかわくわくしてこないか?」
「──そうね」
カチュアは目を伏せて苦笑した。
夢物語だ。
商売も産業も、そんなに簡単に成功したら、誰も苦労なんかしない。
それでもデインとなら、何だか成功しそうな気になるのだ。
「その夢を実現させるために、オレは伯爵になりたい。カチュアがいなくちゃ、この夢は実現しない。カチュア──オレと一緒に夢を追いかけてくれないか?」
そう言ってデインは、手を差し伸べてくる。
プロポーズの言葉が「結婚してください」でも愛の告白でもないなんてどうかしてる。
でも、デインらしい。
カチュアは腹をくくった。
「しょうがないわね。付き合ってあげるわよ」
苦笑しながら、カチュアは差し伸べられた手に自分の手を重ねた。
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新皇帝も多少賢くあれば、生き延びることができたであろう。だが、取り巻きの甘言に溺れ危機から目を背け続けた結果、敵に討ち取られるという不名誉に甘んじることとなった。
新皇帝の在位は、レナードの忠臣たちに有益な猶予を与えた。彼らは早々に新皇帝に見切りを付けて帝宮を去り、各々自分の領土に戻って反乱軍の襲来に備えた。帝宮を守っていた軍もまた、レナードの腹心であったカスティオスによって解体され、反乱軍に対抗する勢力に再編成された。
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グレイスを待ち望み抵抗していた者たちは、グレイスの呼びかけに応じて集結。反乱軍制圧に乗り出した。
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充てにしていた人材財宝を一切得られず、対抗勢力から思わぬ攻勢をかけられた反乱軍は、当初予定していた他国への侵略を一時断念し、グレイス率いる新帝国を退けることに力を注ぐしかなくなる。
事態を見守っていた帝国の周辺諸国は、新帝グレイスの即位とラウシュリッツ王国の新帝支援を歓迎。諸国もまた、ラウシュを通じて新帝の支援を申し出る。攻め入られ自国の軍を動かすよりも、そのほうが得策だからだ。
その動きとは別に、シグルドはかつてレシュテンの地を巡って争った諸国と和睦を結び、新帝国の背後の不安を絶った。
新帝国は、レシュテンウィッツ王国を拠点に帝国の西域を取り戻した。そして残りの地域を掌握した反乱勢力と、その後百年戦いを繰り広げることとなる。
ラウシュリッツ王国は新帝国の戦況がおもわしくない時も手を引くことなく支援を続け、その誠実さから周辺諸国の信頼は厚かった。国家間の調停等、ラウシュに頼る国は数知れず。やがてラウシュの国王は『調停者』の異名を取るようになる。かつて大帝国を支配した皇帝レナードのように。
そして、『調停者』の異名を取るに至った最初の国王の治世を支えた人々の中に、ある伯爵夫婦の名前があった。
その夫婦、夫君は極秘調査官として国中を回り、夫人は領地で産業の発展に務める。その地ではあまたの失敗の中からいくつかの産業が成功し、ラウシュ国内のみならず周辺諸国にまで広まり、人々の暮らしを豊かにした。裕福な商家の生まれとはいえ、当時考えられなかったほどの玉の輿に乗った夫人は、終生夫君と喧嘩するほど仲が良かったという。
玉の輿にもほどがある! 完結
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返信が大変遅くなって申し訳ありません。
(記憶が曖昧になってたので確認してきました)そうなんです。告白は一応しているのですが、プロポーズらしいことは言ってないんです。
ご感想をありがとうございました。