玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

文字の大きさ
上 下
29 / 42
第三話

しおりを挟む
 ヘリオットが早急に調べたところ、セドルが公爵位を継げないという噂はかなり前から密かに広まっていたようだった。その根拠となったのは、前国王の妹で、現ラダム公爵夫人の二男への溺愛ぶり。「公爵家の者として恥じないように」と厳しくしつけている様子を見た者たちの間で、まことしやかにささやかれているという。それが今まで表ざたにならなかったのは、噂が広まっていたのはラダム公爵派の貴族たちの中だけのことだったので、弱体化した派閥が更なるダメージを被らないよう、一様に口をつぐんでいたらしい。
 それが今になって知れ渡ったのは、シュエラの第二子懐妊を聞きつけた誰かが、セドルを哀れんだかららしい。
 王城に入ってから一度も母親が面会に訪れず、父親も滅多なことでは会おうとしない。その上母親の二男の溺愛振りは有名で、今までセドルは公爵位を継げないのではという噂が立たなかったほうが不思議なくらいだった。

 シグルドは早急にラダム公爵を呼び出し、公爵の後継ぎはセドルであるということを確認し合ったが、それでも噂は止まらない。何しろ、現ラダム公爵は王女であった夫人に頭が上がらず、前ラダム公爵イドリックが幽閉されている今、公爵家は夫人の意のままだというからだ。



 噂はセドルの耳にまで届いてしまい、面会の度に向けられる哀れみ同情の目に耐えかねて、面会を断る日が続いた。
 そんなある日の夕方、カチュアはシュエラの私室に呼び出される。人払いをしたシュエラは、セドルに何事もなかったような顔をして面会に応じるよう、カチュアから伝えてほしいと言った。

「こんな時こそ皆さんの前に顔を出さなければ、それこそセドルさんの立場がなくなってしまうわ。……カチュア、あなたも辛いでしょうけど、セドルさんを説得して欲しいの」

 そうカチュアに頼み込むシュエラのほうこそ辛そうだ。
 シュエラは、今回の騒ぎの責任の一端は自分にあると思っている。第二子をこんなに早く懐妊しなければ、セドルも辛い目に遭わなかったのではないかと。
 それは違うとカチュアは思う。単に早いか遅いかの違いしかなく、シュエラが懐妊しなくても、いずれは問題になっていたはずだ。
 人払いがされているのをいいことに、カチュアは椅子に座るシュエラの側に寄って、テーブルの上で握り合わされた手に手のひらを重ねた。

「そんなに気に病まないでください。大丈夫ですよ。セドル様はそんなにやわな方じゃありません。この程度の逆境は、きっと跳ね返してくださいます。お腹の御子に障りますから、どうかシュエラ様は心安らかにお過ごしください」



 励ますだけ励ましてシュエラのもとを辞したカチュアは、思い悩みながら廊下を歩き階段を上がる。
 シュエラには楽観的なことを言ったけれど、セドルを面会の席に引っ張り出すだけでも難しいと感じていた。
 セドルを苦しめるのは、廃嫡の件ばかりではない。
 母親が自分の存在を忘れたかのように弟を溺愛しているという噂と、王城に上がってから一度も母親が面会に訪れないという事実。もうすぐ15歳とはいえ、母親の愛情を失ったことがどれだけセドルの心にかげを落としたか、彼のここ数日の憔悴ぶりを見れば明らかだ。

 セドルの私室の扉を控えめにノックをして、そっと扉を開くと、セドルはカチュアが呼ばれて出ていった時と同じように、ぼんやりとした様子で椅子に座っていた。窓から入ってくる夕日に照らされ、その表情は痛々しいほどに陰鬱だ。
 声をかけられないまま側に寄ると、セドルは顔を上げないまま呟くように言った。

「王妃陛下のご用は何だったの……?」

「それは──」

 カチュアが適当な言い訳を思い付く前に、セドルは皮肉げに口元を歪める。

「面会に応じるよう説得しろって言われたんじゃない? そうだよね。カチュアはそのために僕の侍女になったんだから」

 セドルらしくない投げやりな口調に、カチュアは胸が締め付けられるような思いがする。

 今回の事の起こりは、セドルが王城に上がるずっと以前にさかのぼる。
 ラウシュリッツ王国の王女として生まれたセドルの母は、ラダム公爵家へと降嫁した。それと時を前後して、彼女の兄は侍女の一人と関係し男児──シグルドをもうける。自分は臣下の身に落とされたのに、自分より身分がずっと低い娘が生んだ兄の息子が国王となり、自分はその国王にかしずかなくてはならない立場にある。
 それがよほどの屈辱だったのか、シグルドが即位してからというもの、彼女は一度も王城を訪れたことがないのだという。その決意を、セドルが祖父の罪の代償に王城に上がってからも覆すことはなく、それどころかセドルのことを口にしたある人物に“あれは現国王の意に染まった敵”というようなことをほのめかしさえしたのだという。
 母親に敵意を向けられたことさえ耳にしてしまったセドルを、何と言って慰めたらいいかわからない。

「ごめんね……ホントはセドル様のお母様の首根っこをひっつかんで王城まで連れてきて、“あんたの息子は公爵家のためにこんなにも苦しんでるのに、あんたは息子の助けになってやろうって少しも思わないのか”って言ってやりたい。でも、そんなことしたらセドル様とお母様の仲を悪化させるだけで、何の役にも立たないよね。だから、あたしにはどうしてあげることもできない。ごめんね、力になってあげられなくて……」

 カチュアは涙をこらえ、自らの無力さを噛みしめながら言葉を紡ぐ。

 セドルの側に立ったまま、どのくらいの時間が経ったのか。
 部屋の中を染めていた夕日が暗い影に変わり始めた頃、セドルはかろうじて聞き取れる声で言った。

「……力になってるよ」

「え……?」

 どういう意味かわからなくて、カチュアは思わず呟く。それと同時にセドルはカチュアの手首を掴む。

「カチュアは、力になってくれているよ」

「そ、そう? ならよかった」

 ほっとしてカチュアは顔をほころばす。

「カチュアがいたから、僕はこの部屋の外に出ようと思ったし、カチュアを手に入れるためなら貴族たちとの面会に応じる条件も飲むことができた」

 セドルから注がれる真剣なまなざしを見て、何故か掴まれた手をひっこめたくなって、それを寸でのところで堪える。
 逃げ出したい衝動を覚えるのは何故?
 カチュアの混乱をよそに、セドルは話を続ける。

「カチュアが側にいてくれるなら、僕は公爵になれなくたって構わない。むしろ本望なんだ。──だって、爵位を継いで後継者をもうける義務がなくなれば、カチュアを内縁の妻に迎えることができるから」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...