玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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第二話

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 ここ数日のデインは、見るからに落ち込んでいた。
 夜の見回りの当番も、昼間の近衛隊入隊志願者に対する特別訓練も、サボりはしないけれどだらだらとこなす。上官に叱られた時はしゃきっとするも、すぐに肩を落としてため息をつく。
 そして休憩になっても喜々としてカチュアを探しに行く姿が見られない日が何日も続くと、デインにあまりいい感情を持っていなかった衛兵たちからも「何があったんだ」「どうしたんだ」という心配する声が上がるようになった。

 デインも、最初から衛兵仲間に受け入れてもらえたわけではなかった。
 栄誉ある近衛隊に特別入隊しておきながら自分から除隊し、わざわざ衛兵になって近衛隊入隊を目指す。──身分がなく実力で入隊するしかない者たちからすればそれは嫌味にしか見えず、はらわたが煮えくりかえるような思いがした者も大勢いるだろう。
 だがデインは、周囲の者たちの視線を気にすることなく衛兵の職務に励み、カチュアを追いかけまわしていてもサボったことは一度もない。
 上級貴族でありながら平民のようにさばさばしていて、気取りがなく誰に対しても同じ態度を取る。……上官に対してもそうであることは問題だけど。
 そんなデインを見ているうちに“こいつはバカなだけで、根はいい奴なんじゃないだろうか”と思う者たちが現れ始め、次第にデインに対する態度が軟化していった。
 そんなところに、仲間の衛兵と王妃付きの侍女との結婚問題が持ち上がる。デインは他の衛兵仲間も巻き込んで彼のために奔走し、やり方は間違っていても本気で彼の力になろうとしていた姿を見て、多くの衛兵たちがデインを認めるようになった。

 そんな風にタイミングがよかったことと、あとデインのほうの身分が上であったために直接的な嫌がらせはなかったこと。そして他人の目を全く気にしない性格のおかげで、デインは大して苦労することなく周囲に溶け込んだ。
 そのためか、デインは自分のしていることがカチュアにどれだけの被害を与えているかわかってない。
 デインの求婚によって起こった騒ぎは、カチュアを敵視する者たちをしばらくの間黙らせた。が、それは表面上のことだけで人の見ていないところで嫌がらせは続いていたし、デインがカチュアを追いかけ回す光景が日常化してくると、侍女たちの嫌がらせも日常化していったことを王城内のほとんどの人間が知っている。
 デインも、そのことにまでは気付いているだろう。でも苦労した経験がないから、カチュアがどんなに苦労してるか理解できない。

 デインと親しくしている同年代の衛兵たちは、カチュアが腹を立てる理由のほうがよっぽどか理解できるので、デインをなぐさめかねていた。
 下手になぐさめが効きすぎてデインがまた調子に乗ったりなんかしたら、多分またカチュアに迷惑をかけるからだ。友人として、二人が仲良くなってくれることを願いこそすれ、煽りたてて仲をぶち壊しにするつもりは毛頭ない。

 それでも、快活なデインに似合わず意気消沈している様子を見ていると、何とかしてやりたいと思ってしまうのが人の情というものだ。
 訓練と訓練の合間の僅かな休憩に、縁石に座って項垂れるデインに二人の衛兵仲間が寄っていって、両隣に座り込んでこそこそと話し始めた。

「あのな、デイン。おまえ、根本的に間違ってるんだよ。おまえが住んでたところではどうだったか知らないけど、王城内じゃ普通あんまりおおっぴらにしないもんだぜ?」

「そうそう。女っていうのはとかく恥ずかしがりだからな。あんな風に追いかけ回されたら逃げるしかないんだって」

 デインはぼんやり顔を上げて、脇を固める二人を交互に見た。

「そういうもんなのか……?」

「ああ、そういうもんなのさ」

「王城内での恋愛作法を教えてやるよ。よーっく覚えておきな」

 久しぶりに目を輝かせたデインは、二人の話に真剣に聞き入った。



「お盛んよねぇ。“鳥籠の君”まで、どうやって手なずけたのかしらぁ」

 一番敵視する侍女のミゼーヌにすれ違いざま言われて、カチュアは久しぶりに言い返したい衝動に駆られた。
 自分のこと(と、あとデインのことも)だけを言われるなら、耐えるのも苦でなくなった。
 でも、セドルのことまで揶揄されてしまっては、平常心を保てない。

 “鳥籠の君”とは、人前に滅多に姿を現さないセドルに付けられた二つ名だった。
 罪を重ねた祖父のせいで一人家族から離れて暮らさなくてはならなくなったセドルに対し、人々の同情は薄い。血縁者の罪を償って当然、むしろこの程度では生ぬるいと考えている貴族が多いからだ。そのためか、セドルのことを人質でしかないと思っている者たちの間から、“鳥籠の君”と揶揄する二つ名が生まれ、広まりつつあった。
 なかなか人前に出ようとしないのも二つ名の広まる原因の一つになっているのだから、セドルはシグルドやシュエラの誘いに応じてもっと人前に出るべきだ。けれどセドルは人前に出ることを嫌う──いや、恐れてさえいる。家族と引き離された以上の何かがあったのではとカチュアは感じるけれど、セドルは話そうとしないのでどうしてやることもできない。

 セドルは公爵の嫡男であっても、まだ14歳の少年だ。そんな傷つきやすい年頃の少年を侮辱して何が楽しいと怒鳴ってやりたいが、言い返せば相手の思うつぼで、それを理由に喧嘩をふっかけられて騒ぎを大きくしてしまう。
 セドルのことを大事に思うのなら、ここは黙っておくべきだ。
 カチュアは足早にその場から離れ、ミゼーヌから見えない場所まで来ると立ち止って、腹立ちを鎮めるために深呼吸を繰り返す。

 人目につかないところで会っていたけれど、別にこそこそ隠れてたわけじゃないし、隠さなくちゃいけないようなことなんて何もしていない。

 そう自分に言い聞かせ、気を取り直して仕事を始めたのだけど。

「女官殿も一緒に診察しましょうか」

 医者の他愛もない一言に、カチュアの心は再びかき乱された。

 シュエラが王妃になる少し前から女官見習いになったセシールは、もともと女官に必要な知識を持ち合わせていたこともあって、半年後には正式に女官に採用された。
 結婚していながら特別に女官も務める彼女は現在妊娠中で、もうすぐ出産の予定だ。
 嫌いだった時期もあったけれど、大変な時期を協力し合って乗り越えてきた今は、かけがえのない仲間であり友達だと思っている。
 でも彼女が宿しているのは、カチュアが好きだった人の子ども。
 そのことが心の中でわだかまって、今もまだまともなお祝いが言えていない。

「王妃陛下と一緒に診察していただくなんて、とんでもないことです」

 セシールは慌てて辞退するけれど、医者は引き下がろうとしない。

「まだ働くのならもっと小まめに診察を受けていただきたいのに、なかなか呼んでくださいませんからね。こういう機会にでも診察させていただきませんと。大事な女官殿のためですから、王妃陛下も構いませんよね?」

 シュエラの人柄をよく知っている医者がセシールを案じて力説したため、シュエラも断り切れなかったようで、ためらいがちに指示を出す。

「そ……それではセシールの椅子をわたくしの隣に」

 女官も侍女も、昼間働いている間は通常座ったりはしない。そのため身重のセシールの体にあまり負担をかけないようにと椅子が用意されている。

 侍女たちの中で一番最初に動いて応接室から寝室へと椅子を持ってきたのは、カチュアだった。
 椅子を置くと、その足で再び応接室のほうへ向かう。

「お水が足りなくなってしまうといけないので、汲んできますね」



 カチュアは、シュエラの許可の言葉を待たずに出ていってしまった。それを呆然と見送っていたセシールは、はっと我に返ってシュエラに断りを入れる。

「申し訳ありません。少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 シュエラはためらいがちに微笑んで答えた。

「セシール、追いかけていっても、今のカチュアには何の慰めにもならないんじゃ……」

「でも、放っておけないんです。……今のカチュアを誰かが見ても、わたくしがいれば庇うことができますから」

「……わかったわ。行ってらっしゃい」

「ありがとうございます」

 お腹が大きいながらも膝を折って綺麗な礼をすると、セシールは急いでカチュアの後を追った。
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