玉の輿にもほどがある!

市尾彩佳

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閑話2 フィーナのお嫁入り

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 それから数日後、王城内で働く女性たちの一部で、レース編みのブームが広がった。

 急いで寝支度を整えてベッドの端に座り、レース編みにとりかかるカチュアを、フィーナは不審げに見つめた。

「……ねえカチュア。何で急にレース編みしたくなったの? そういうの好きじゃなかったのに」

 小さい網目にいらいらしながら、カチュアは答える。

「べ、別にいいじゃない。ちょっとやってみたくなっただけ」

 カチュアはレース編みに熱中してしまいしゃべらなくなる。寝支度を整えカチュアと向かい合わせにベッドの端に座ると、フィーナは退屈そうにため息をついた。

「カレンさんやマチルダさんもやってるし、わたしもレース編みしようかな……。ね、カチュア。道具と糸が余ってたら貸してくれない?」

「ダメ!」

「え?」

 フィーナは傷ついたように眉をひそめる。カチュアは「しまった」と内心舌打ちし、慌ててごまかした。

「い、いや、ダメってことはないんだけど、かぎ針が一本しかなくて……」

「それじゃダメよね。もうしばらく編んでる?」

「フィーナがもう寝るならやめるわ」

 カチュアは袋の中に道具をしまい、ベッドの下の道具箱に放り込む。

「おやすみ」

 そう言ってベッドにもぐりこむと、フィーナも自分のベッドに入る。

「……おやすみ」

 その声はまだ少し傷ついていた。
 引っ込み思案で少々どんくさかったために、家族から半ばのけ者のようにされていたフィーナは、仲間外れにされることに敏感だ。
 仲間外れにするつもりなんかなかったし、むしろ逆なのに、今はまだそのことを言い訳できないのがツラい。

 ごめん。あともうちょっとだから……。

 本人に伝えなければ意味のない言葉を頭の中でつぶやきながら、カチュアは眠りに落ちた。



 フィーナが夜番についている夜。
 カレンの部屋では、カレンとカチュアとマチルダが自分たちのを含め、有志によって編み上げられたコースター状のレース編みをベッドの上にぶちまけた。

「みごとにばらばらな大きさね」

 話を持ちかけてみると、最近仲良くしてくれるようになった侍女や、洗濯場、厨房の女性たちが快く引き受けてくれたおかげで、予定していた枚数は一週間余りで揃った。しかし図案を渡しただけだったため、一応これが原寸だと言ってあったにもかかわらず大きさがちぐはぐだ。
 だが、善意で協力してくれたのだから文句は言えない。

「大きさごとにある程度揃えて上手い具合に配置していけば、それ自体が模様になったりしない?」

「あ、それいいアイデア」

 丸く編まれたレース編みを三つの大きさに分け、それをあーでもないこーでもないと相談しながら並べる。大きさが違うということは直径も違い、並べていくとそれぞれの大きさで長さも変わってくる。そうしたことも考慮に入れながら、頭頂部に近いところに大きなものを集め、裾に近付くにつれ小さなものにしていくことで決まる。
 ベッドの上に並べたそれを壊さないように、三人はレース編みの糸でそれらをつなぎ合わせていった。
 協力者を募ったり、休憩を惜しんで作り上げるのは大変だった。街で調達してくるほうがよっぽどか簡単だったことには間違いない。けれどウエディングドレスまでは調達できないから、何か一つでも特別なものを身につけさせてあげたかった。
 そうしてヴェールが出来上がり、翌日いよいよ決行となる。



「ちょっとカチュア。一体どこへ行くの?」

「いーから、いーから」

 お昼休みにカチュアはフィーナを引っ張って、衛兵の練兵場へ急ぐ。
 時間を示し合せてあったため、練兵場にはすでに大勢の人が集まっていた。衛兵が多いけれど、他にも近衛隊士や侍従、顔見知りの侍女や、洗濯場と厨房の女性たちもいる。
 女性たちに歓迎されるように取り囲まれて、フィーナは目を白黒させた。

「な、何?」

「いーから、いーから」

 フィーナは四方八方から伸びてきた手に髪をほどかれ、くしけずられて、頭にヴェールを取り付けられる。それから背中を押されて向かった練兵場の中央に、フィーナと同じく呆然としたジェイクが立っていた。
 灰色の髪と瞳の、デインより背が高く体格のしっかりした青年は、ヴェールを被ったフィーナを見て目元を染めてうろたえた。髪を下ろしヴェールを被っただけでも、いつものフィーナと雰囲気が違う。髪を下ろしているフィーナを何度も見ているカチュアですら、今のフィーナはキレイだと思った。

「これは一体……」

 戸惑いながらジェイクが振り返った先に立っていたデインは、いつにない真面目な顔をしてもったいぶりながら言った。

「この場にて、ウィンダー男爵嫡男ジェイクとラクサス家のフィーナの結婚が成立したことを宣言します」

 途端、わーっと拍手が巻き起こる。紙吹雪も大量にまかれ、集まった人々はお祝いを口々にした。

「え? どういうこと!?」

 割れんばかりの歓声の中、フィーナはカチュアを捕まえて耳元で叫ぶ。カチュアもフィーナの耳に叫び返した。

「結婚したって噂が広まれば、あの親父もさすがに認めないわけにはいかないでしょ!」

 ラウシュリッツ王国の通常の結婚は、当人たちの親同士の間で約束を交わし、親しい者たちは近隣の人々を集めて結婚式でお披露目をして成立する。親の許可はないけれど、このように大々的に結婚を祝い噂を広めてしまえば、そういう噂のついた女性と結婚したいと思う者はまずいない。そのためフィーナが結婚できなくなるよりかはいいからと、父親はフィーナとジェイクの結婚を認めるしかなくなる。逆にあらゆる手を使ってジェイクと結婚できるようにするだろう。
 カチュアとデインがたくらんだことだから、フィーナとジェイクは両親たちに言い訳が立つ。二人の両親にどんなに憎まれたって、一部の侍女たちの嫌がらせもへっちゃらなカチュアはもちろんのこと、能天気なデインも痛くもかゆくもないに違いない。

 用意してあったお酒がみんなにふるまわれ、お祝いの場はどんどん陽気に騒がしくなっていった。その騒ぎを聞き付けてさらに人が集まり、場はますます盛りあがってくる。
 誰かが「やめんか!」とか「静まれ!」とか叫んでいるような気がするけれど、怒られたってやめるわけにはいかない。何しろフィーナとジェイクの将来がかかっているのだから。
 当の主役二人は、数え切れない人たちからお祝いを言われてもなお、困惑の表情を浮かべていた。

「ここまでお膳立てしてやったんだから、男を見せろよジェイク!」

「親の反対なんか押し切って、フィーナとしあわせになれよな!」

 ジェイクは衛兵仲間たちから遠慮なくからかわれている。
 ここにカレンやマチルダ、シュエラやセシールがいないのが残念だ。どこから計画を阻止されるかわからないのでシュエラやセシールには内緒にしてあったし、そのためカレンとマチルダは当番を抜けられなかった。
 でも、後から祝いの言葉を贈ってくれることだろう。シュエラやセシールは事前に教えてもらえなかったことを残念に思うだろうが、フィーナの新しい門出を喜んでくれるはずだ。

「おめでとう、フィーナ! ジェイクにしっかりついていくのよ!」

 誰かがフィーナに祝いの言葉を投げかける。突然のことに、まだフィーナは混乱しているようだが、そのうち結婚したという実感がわいてきてしあわせを噛みしめることだろう。
 が。
 そんなカチュアの夢見心地は、唐突に打ち砕かれた。

「静粛に!!!!!」

 屋外で反響に乏しい衛兵練兵場を揺るがすほどの大きな声が響き渡る。
 祝い事とお酒に浮かれ騒いでいた人々は、その声に驚きぴたっと口を閉ざした。
 その人物は人込みをかきわけ、迷うことなくまっすぐカチュアたちのところへやってくる。ブルネットの整えられた髪を持つ頭が人ごみの中から突き出ているから、カチュアたちに視線をぴたりと据えて動かさないのがよくわかる。
 カチュアたちのそばまで来たケヴィンは、ヴェールを身に付けたフィーナとフィーナの隣に立つジェイク、それと二人の周囲にいるカチュアを含めた全員を、眉間に大筋を立てて見回した。

「首謀者は?」

 地を這うようなおどろおどろしい声に、カチュアとデインは我こそはと言わんばかりに勢いよく挙手した。
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