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閑話2 フィーナのお嫁入り
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昼過ぎから時折落ち込んだ様子を見せるフィーナに、夜遅く部屋に戻ってからカチュアが尋ねると、フィーナは泣きそうになりながらそのことを話した。
「何で!? 貴族を結婚相手に見付けてこいって言ったのはあの親父じゃない! 何の不満があるっていうのよ!?」
カチュアがフィーナの父親のことを悪く言うのはいつものことだ。たとえ父親であっても、フィーナに対し横暴にふるまうあの男を、カチュアは悪く言わないではいられない。
それをわかっているから、フィーナもいつも苦笑して済ます。けれど今日は、今にも伏してしまいそうに弱々しくうつむき、消え入りそうな声で言った。
「……父が言うには、ウチは平民とはいえ子爵家の血筋を引いているから、男爵家では身分が低すぎるっていうの。せめて伯爵家か、それ以上の家柄じゃなくちゃいけないって……」
「はぁ!? 子爵家の血筋を引いてたって所詮平民なんだから、男爵家でも玉の輿でしょうに! 伯爵家以上なんて高望みしすぎだっての!」
カチュアが激昂してすぐ、扉が激しく叩かれる。
「ちょっと! うるさいわよ! またうるさくしたら、侍女長に報告するからね!」
「ご、ごめんなさい!」
フィーナが慌てて扉の向こうに謝る。それをじっと見ていたカチュアは、フィーナが自分に向きなおったのを見計らって言った。
「まさか、高慢ちきな親父の言う通り、ジェイクとやらをあきらめるなんて言わないでしょうね?」
フィーナはうつむいて、唇を震わせながら答えた。
「ウチは、父さまの言うことが絶対だもの。昼休みに手紙を読んだ後、ジェイクに手紙のことを話したの。そうしたら“それなら仕方ないね”って」
危うく怒鳴りそうになったところを、カチュアは寸でのところで飲み下す。
怒鳴りたい相手は、フィーナだけじゃない。
「……考えるのは明日にして、とっとと寝よ」
腹立ちを抱えたまま寝支度を整えると、フィーナのほうを一度も見ないまま、カチュアはさっさとベッドにもぐりこんだ。
ちょっとばかり反対されたくらいですぐにあきらめてしまうのは、フィーナの悪いクセだ。
でもフィーナだけが悪いわけじゃない。
話を聞いて“それなら仕方ないね”とあっさり言った根性無しのジェイクとやらも悪いし、そもそもフィーナに無茶な要求を押しつける高慢ちきな親父が悪い。
その怒りの全てをフィーナにぶつけるわけにもいかず、翌日カチュアはぷりぷりしながらお茶のワゴンを運んでいた。
王城北館──通称王家の館は、王城内でも一番の高台にあるため、食事もお茶も、お風呂のお湯も、普通に運ぶことはできない。正面入り口に続くなだらかな坂の他に、北館東端にある地下に続く道があって、その地階に設置された手動滑車式のエレベーターを使って荷物の上げ下げを行う。お風呂のお湯や洗濯物などは下働きの者たちに頼むことができるが、食事やお茶といった口に入れるものに関しては、万が一のことがあってはいけないので厨房から直接侍女が運ばなければならないことになっていた。
カチュアはワゴンに台車を乗せ、怒りに任せてハンドルを漕ぐ。
「手伝ってやるよ」
「いーの! このハンドルにぶつけどころのない怒りをぶつけてるんだから」
声をかけられ、背後に近付いてきた人物がデインだとわかると、カチュアは振り返って見ることもせずに、渾身の力を込める。
「……なぁ。その怒りって、フィーナが一度はプロポーズをOKしたのに、親に反対されて断ったから? オレ、それがわかんねーんだよな。結婚なんて当人同士が好き合ってればそれでいいじゃん? オレとカチュアみたいにさ」
「誰と誰が好き合ってるって?」
話にかこつけて慣れ慣れしく肩を抱こうとしたデインを、カチュアはすかさず肘鉄で防ぐ。
「いてっ」
「まったく。油断も隙も──」
言いかけたところで、不意にカチュアは呆然とする。
「カチュア?」
心配そうに顔を覗き込もうとしたデインに頭突きを食らわさん勢いで、カチュアは顔を上げた。
「そーよっ! あんたのせいよ!」
急に非難されて、デインはたじろいだ。
「え? オレが何?」
「よーやくわかった! あの親父が無茶言い出したのは、あんたのせいだったのよ!」
「だから何で!?」
カチュアはうつむき、親指の爪を噛んだ。
「隠してるつもりなんだろうけど、あの親父はあたしの親父に対抗意識を持ってるの。自分とこのが貴族相手の商売が中心で格式が高いのに、平民相手のウチのほうが繁盛してるから。きっと、あたしとあんたが結婚するって誤解して、“だったらウチのフィーナも同等、いやそれ以上の相手に嫁にやらなければ”って思ったのよ、きっと」
「いや、オレたちが結婚するっていうのは誤解じゃないし」
「話がムダにややこしくなるからその話はしないで! そういうわけだから、あんた責任取りなさいよ」
「どうやって?」
「あたしとあんたが結婚するって噂を消すとかして、何とかあの二人を結婚させるの」
「噂を消すのはゴメンだけど、そういうことなら手っ取り早い方法があるじゃん?」
デインはそう言って、にやっと笑った。
それからわずかな間を置いて、平手打ちの音が響き渡った。
「どうしたの、カチュア? 何だか顔が赤いようだけど」
「いっいいえっ! 何でも──」
動揺して手元が狂い、カップをソーサーに置く際に大きな音を立ててしまう。給仕の際に不用意に大きな音を立てるのは無作法だし、そうした音は耳にした人に不快感を与えることがあるので、カチュアは紅茶は上手に淹れられなくてもそれだけは注意していた。
久しぶりにやってしまった失態に、カチュアは舌打ちしたくなってしまう。
「本当にどうしたの? 体の具合が悪いようなら」
「いえ! ホントに何でもないんです!」
シュエラの言葉を遮ってまで、カチュアは急いで否定する。
「……そう?」
まだ気にした様子を見せながらも、シュエラは面会に来た夫人との話に戻った。
夫人に紅茶を、シュエラにはミルクを出し、ワゴンの傍らに戻ってカチュアはこっそり息をつく。
デインってば、何て事を言い出すんだか……。
耳元にささやかれたデインの声を思い出す度、顔から火を噴く思いがする。
──既成事実を作っちまえばいいんだ。
とっさに頬をひっぱたいてやったけど、既成事実って結婚前に夫婦同然の関係を結ぶってことよね?
庶民の間ではあまり守られているとは言えないが、貴族の令嬢となると結婚初夜まで処女を守り通さなければならない義務がある。初夜に花嫁が処女でないことが発覚すれば、その令嬢はふしだらだということで離縁の理由にもなるからだ。
庶民であるとはいえフィーナが結婚前にそんなことをすれば、父親は怒り狂って相手の男に責任を取らせようとするだろう。相手がジェイクだとわかれば、仕方なく結婚を許すに違いない。
だからって、それを純真無垢なフィーナに勧められる勇気がカチュアにあるわけがない。貴族の令嬢のように躾けられてきたフィーナがそんな背徳に耐えられるとも思えないし、それにカチュア自身も実際の経験はないのだから。
バカなことを考えるなと言い捨ててカチュアは急いで仕事に戻ってしまったけれど、デインはちゃんとわかってくれただろうか? デインは自分が正しいと思い込むと人の話を聞かないところがあるから、もしかするとさっきの話をジェイクにしてしまうかもしれない。
カチュアは、ジェイクがどんな人なのか知らない。頻繁に会ってはいたと思うけれど用件しか話したことがないし、フィーナに尋ねたこともないからだ。フィーナにも言ったように、親友のことを気にしながら人を好きになったり結婚を考えたりするのはおかしい。フィーナが話を聞いてもらいたがったり悩んでいたりするのなら聞くつもりはあるけれど、フィーナとカチュアの友情のためにジェイクの人柄を知る必要はないと感じている。フィーナの人を見る目を信じているからだ。
でももし、カチュアのその認識が誤りだとしたら?
デインに炊き付けられて、その気になってしまうような人物だったら……。デインと仲がいいみたいだから、類は友を呼ぶということで、その可能性は大いにある。
その可能性に気付き、カチュアはぞっとして身を震わせた。
何とかしてデイン“たち”(←カチュアの思い込み入り)のたくらみを阻止しなくては。
カチュアとしては、フィーナが傷つくことなくしあわせになってくれれば、その過程は気にしない。フィーナが望むなら、駆け落ちでも既成事実でも構わない。
でも、フィーナがそれを望まないことは、カチュアが一番よく知っている。フィーナは父親に横暴を言われても、母親にかばってもらえなくても、それでも両親から離れたいとは言い出さない。両親に好かれようとしておとなしく聞きわけのいい子でいる姿は、いじましいくらいだ。そんなフィーナに両親と縁を切ったり、父親を激怒させ母親を失望させるような真似ができるわけがない。
面会の夫人が帰っていくと、シュエラは心配そうに声をかけてきた。
「本当にどうしたの? さっきから赤くなったり青くなったり。体の具合が悪いのではないなら、何か心配事でもあるの?」
「いえ、本当に何でもないです。あ、お茶のワゴン片付けてきますね」
そう言ってカチュアはテーブルを急いで片付けて、そそくさと退室する。
フィーナのことを相談すれば、シュエラは困ってしまうだろう。シュエラが口添えをしてくれればフィーナの父親も多分折れるけれど、民に平等であるために、その調整に四苦八苦しているシュエラにお願いするのは気が引ける。大きな影響力を持っていても、その使いどころは難しくて、案外行使できないものなのだということだ。
エレベーターの荷台に荷物を乗せて扉を閉め、滑車を回す。荷台を一番下まで下ろすと、螺旋階段を下って地下に降りた。
そこでデインが待っていた。
「あのさぁ、さっきの話だけど」
「“あれ”は絶対ナシだからね。もしジェイクをそそのかしたりしたら一生口利かないから」
カチュアはすかさず言い放ち、エレベーターからワゴンを降ろす。
それにしても、デインはさっきここで会った時からずっとここにいたのだろうか?
……こいつ、ホントに衛兵の仕事してんの? 上官は何も言わないんだろうか。
言えないでいるのかもしれない。何しろデインは伯爵子息で王妃陛下の弟。本来なら衛兵になるはずがない人物だ。上官もデインより身分が下で、扱いに困ってるのかもしれない。
「“あれ”は冗談だって。それよりいいことを思い付いたんだけどさ……」
面談室に戻ってきたカチュアを、シュエラは困惑の表情を浮かべて迎えた。
「どうしたの、カチュア? 今度はやけに嬉しそうだけど……」
「いえっ! 何でもないんです。──あ、そうだ。お時間があったらレース編みを教えていただきたいんですが、いいでしょうか?」
「え、ええ。それは構わないけど……」
「何で!? 貴族を結婚相手に見付けてこいって言ったのはあの親父じゃない! 何の不満があるっていうのよ!?」
カチュアがフィーナの父親のことを悪く言うのはいつものことだ。たとえ父親であっても、フィーナに対し横暴にふるまうあの男を、カチュアは悪く言わないではいられない。
それをわかっているから、フィーナもいつも苦笑して済ます。けれど今日は、今にも伏してしまいそうに弱々しくうつむき、消え入りそうな声で言った。
「……父が言うには、ウチは平民とはいえ子爵家の血筋を引いているから、男爵家では身分が低すぎるっていうの。せめて伯爵家か、それ以上の家柄じゃなくちゃいけないって……」
「はぁ!? 子爵家の血筋を引いてたって所詮平民なんだから、男爵家でも玉の輿でしょうに! 伯爵家以上なんて高望みしすぎだっての!」
カチュアが激昂してすぐ、扉が激しく叩かれる。
「ちょっと! うるさいわよ! またうるさくしたら、侍女長に報告するからね!」
「ご、ごめんなさい!」
フィーナが慌てて扉の向こうに謝る。それをじっと見ていたカチュアは、フィーナが自分に向きなおったのを見計らって言った。
「まさか、高慢ちきな親父の言う通り、ジェイクとやらをあきらめるなんて言わないでしょうね?」
フィーナはうつむいて、唇を震わせながら答えた。
「ウチは、父さまの言うことが絶対だもの。昼休みに手紙を読んだ後、ジェイクに手紙のことを話したの。そうしたら“それなら仕方ないね”って」
危うく怒鳴りそうになったところを、カチュアは寸でのところで飲み下す。
怒鳴りたい相手は、フィーナだけじゃない。
「……考えるのは明日にして、とっとと寝よ」
腹立ちを抱えたまま寝支度を整えると、フィーナのほうを一度も見ないまま、カチュアはさっさとベッドにもぐりこんだ。
ちょっとばかり反対されたくらいですぐにあきらめてしまうのは、フィーナの悪いクセだ。
でもフィーナだけが悪いわけじゃない。
話を聞いて“それなら仕方ないね”とあっさり言った根性無しのジェイクとやらも悪いし、そもそもフィーナに無茶な要求を押しつける高慢ちきな親父が悪い。
その怒りの全てをフィーナにぶつけるわけにもいかず、翌日カチュアはぷりぷりしながらお茶のワゴンを運んでいた。
王城北館──通称王家の館は、王城内でも一番の高台にあるため、食事もお茶も、お風呂のお湯も、普通に運ぶことはできない。正面入り口に続くなだらかな坂の他に、北館東端にある地下に続く道があって、その地階に設置された手動滑車式のエレベーターを使って荷物の上げ下げを行う。お風呂のお湯や洗濯物などは下働きの者たちに頼むことができるが、食事やお茶といった口に入れるものに関しては、万が一のことがあってはいけないので厨房から直接侍女が運ばなければならないことになっていた。
カチュアはワゴンに台車を乗せ、怒りに任せてハンドルを漕ぐ。
「手伝ってやるよ」
「いーの! このハンドルにぶつけどころのない怒りをぶつけてるんだから」
声をかけられ、背後に近付いてきた人物がデインだとわかると、カチュアは振り返って見ることもせずに、渾身の力を込める。
「……なぁ。その怒りって、フィーナが一度はプロポーズをOKしたのに、親に反対されて断ったから? オレ、それがわかんねーんだよな。結婚なんて当人同士が好き合ってればそれでいいじゃん? オレとカチュアみたいにさ」
「誰と誰が好き合ってるって?」
話にかこつけて慣れ慣れしく肩を抱こうとしたデインを、カチュアはすかさず肘鉄で防ぐ。
「いてっ」
「まったく。油断も隙も──」
言いかけたところで、不意にカチュアは呆然とする。
「カチュア?」
心配そうに顔を覗き込もうとしたデインに頭突きを食らわさん勢いで、カチュアは顔を上げた。
「そーよっ! あんたのせいよ!」
急に非難されて、デインはたじろいだ。
「え? オレが何?」
「よーやくわかった! あの親父が無茶言い出したのは、あんたのせいだったのよ!」
「だから何で!?」
カチュアはうつむき、親指の爪を噛んだ。
「隠してるつもりなんだろうけど、あの親父はあたしの親父に対抗意識を持ってるの。自分とこのが貴族相手の商売が中心で格式が高いのに、平民相手のウチのほうが繁盛してるから。きっと、あたしとあんたが結婚するって誤解して、“だったらウチのフィーナも同等、いやそれ以上の相手に嫁にやらなければ”って思ったのよ、きっと」
「いや、オレたちが結婚するっていうのは誤解じゃないし」
「話がムダにややこしくなるからその話はしないで! そういうわけだから、あんた責任取りなさいよ」
「どうやって?」
「あたしとあんたが結婚するって噂を消すとかして、何とかあの二人を結婚させるの」
「噂を消すのはゴメンだけど、そういうことなら手っ取り早い方法があるじゃん?」
デインはそう言って、にやっと笑った。
それからわずかな間を置いて、平手打ちの音が響き渡った。
「どうしたの、カチュア? 何だか顔が赤いようだけど」
「いっいいえっ! 何でも──」
動揺して手元が狂い、カップをソーサーに置く際に大きな音を立ててしまう。給仕の際に不用意に大きな音を立てるのは無作法だし、そうした音は耳にした人に不快感を与えることがあるので、カチュアは紅茶は上手に淹れられなくてもそれだけは注意していた。
久しぶりにやってしまった失態に、カチュアは舌打ちしたくなってしまう。
「本当にどうしたの? 体の具合が悪いようなら」
「いえ! ホントに何でもないんです!」
シュエラの言葉を遮ってまで、カチュアは急いで否定する。
「……そう?」
まだ気にした様子を見せながらも、シュエラは面会に来た夫人との話に戻った。
夫人に紅茶を、シュエラにはミルクを出し、ワゴンの傍らに戻ってカチュアはこっそり息をつく。
デインってば、何て事を言い出すんだか……。
耳元にささやかれたデインの声を思い出す度、顔から火を噴く思いがする。
──既成事実を作っちまえばいいんだ。
とっさに頬をひっぱたいてやったけど、既成事実って結婚前に夫婦同然の関係を結ぶってことよね?
庶民の間ではあまり守られているとは言えないが、貴族の令嬢となると結婚初夜まで処女を守り通さなければならない義務がある。初夜に花嫁が処女でないことが発覚すれば、その令嬢はふしだらだということで離縁の理由にもなるからだ。
庶民であるとはいえフィーナが結婚前にそんなことをすれば、父親は怒り狂って相手の男に責任を取らせようとするだろう。相手がジェイクだとわかれば、仕方なく結婚を許すに違いない。
だからって、それを純真無垢なフィーナに勧められる勇気がカチュアにあるわけがない。貴族の令嬢のように躾けられてきたフィーナがそんな背徳に耐えられるとも思えないし、それにカチュア自身も実際の経験はないのだから。
バカなことを考えるなと言い捨ててカチュアは急いで仕事に戻ってしまったけれど、デインはちゃんとわかってくれただろうか? デインは自分が正しいと思い込むと人の話を聞かないところがあるから、もしかするとさっきの話をジェイクにしてしまうかもしれない。
カチュアは、ジェイクがどんな人なのか知らない。頻繁に会ってはいたと思うけれど用件しか話したことがないし、フィーナに尋ねたこともないからだ。フィーナにも言ったように、親友のことを気にしながら人を好きになったり結婚を考えたりするのはおかしい。フィーナが話を聞いてもらいたがったり悩んでいたりするのなら聞くつもりはあるけれど、フィーナとカチュアの友情のためにジェイクの人柄を知る必要はないと感じている。フィーナの人を見る目を信じているからだ。
でももし、カチュアのその認識が誤りだとしたら?
デインに炊き付けられて、その気になってしまうような人物だったら……。デインと仲がいいみたいだから、類は友を呼ぶということで、その可能性は大いにある。
その可能性に気付き、カチュアはぞっとして身を震わせた。
何とかしてデイン“たち”(←カチュアの思い込み入り)のたくらみを阻止しなくては。
カチュアとしては、フィーナが傷つくことなくしあわせになってくれれば、その過程は気にしない。フィーナが望むなら、駆け落ちでも既成事実でも構わない。
でも、フィーナがそれを望まないことは、カチュアが一番よく知っている。フィーナは父親に横暴を言われても、母親にかばってもらえなくても、それでも両親から離れたいとは言い出さない。両親に好かれようとしておとなしく聞きわけのいい子でいる姿は、いじましいくらいだ。そんなフィーナに両親と縁を切ったり、父親を激怒させ母親を失望させるような真似ができるわけがない。
面会の夫人が帰っていくと、シュエラは心配そうに声をかけてきた。
「本当にどうしたの? さっきから赤くなったり青くなったり。体の具合が悪いのではないなら、何か心配事でもあるの?」
「いえ、本当に何でもないです。あ、お茶のワゴン片付けてきますね」
そう言ってカチュアはテーブルを急いで片付けて、そそくさと退室する。
フィーナのことを相談すれば、シュエラは困ってしまうだろう。シュエラが口添えをしてくれればフィーナの父親も多分折れるけれど、民に平等であるために、その調整に四苦八苦しているシュエラにお願いするのは気が引ける。大きな影響力を持っていても、その使いどころは難しくて、案外行使できないものなのだということだ。
エレベーターの荷台に荷物を乗せて扉を閉め、滑車を回す。荷台を一番下まで下ろすと、螺旋階段を下って地下に降りた。
そこでデインが待っていた。
「あのさぁ、さっきの話だけど」
「“あれ”は絶対ナシだからね。もしジェイクをそそのかしたりしたら一生口利かないから」
カチュアはすかさず言い放ち、エレベーターからワゴンを降ろす。
それにしても、デインはさっきここで会った時からずっとここにいたのだろうか?
……こいつ、ホントに衛兵の仕事してんの? 上官は何も言わないんだろうか。
言えないでいるのかもしれない。何しろデインは伯爵子息で王妃陛下の弟。本来なら衛兵になるはずがない人物だ。上官もデインより身分が下で、扱いに困ってるのかもしれない。
「“あれ”は冗談だって。それよりいいことを思い付いたんだけどさ……」
面談室に戻ってきたカチュアを、シュエラは困惑の表情を浮かべて迎えた。
「どうしたの、カチュア? 今度はやけに嬉しそうだけど……」
「いえっ! 何でもないんです。──あ、そうだ。お時間があったらレース編みを教えていただきたいんですが、いいでしょうか?」
「え、ええ。それは構わないけど……」
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