国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情

29、問題山積 後編

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 ここ連日ラジアル君と軽食をとっていたので、ヘマータサマと会うのは久しぶりだった。
 それにしても、ヘマータサマとモリブデンサマが連れだってくるなんて珍しい。しかも、ウェルティやコークスさんがいない。初めてなんじゃないだろうか。

「話がある」

「あ、はい」

 あなた方はそうじゃなきゃ来ないってわかってますよ。
 ソファに対面で座り、前のめりになって待ち構えると、長ソファにヘマータサマと並んで座ったモリブデンサマがびっくり発言をした。

「ヘマータと再婚することにした」

「…は? いつの間にお二人の間でロマンスが?」

「そんなものはない」

「そんなものありませんわ」

 異口同音におっしゃってくださる。唐突に言われたあたしは大混乱だ。

「何故そのような話に? でもって何故その話をあたしに???」

 言い方悪いけど、あたし関係ないじゃん。

「フォージはおまえに懐いている。なので、同席してもらえば、フォージも心強かろうと思ってのことだ。あと、フォージが信頼するおまえにも、話を通しておくべきだと思うのでな」

 フォージが一番に信頼すべきは、あたしじゃなくてモリブデンサマでしょうが。聞いてて顔が引きつるわ。
 ヘマータサマが、モリブデンサマの話を次いだ。

「わたくしたちの結婚は何かと都合がよいのです。モリブデン様は以前から、血族より再婚を望まれていましたし、わたくしも妃候補から外れ、新たな結婚相手を必要としていました。それに、モリブデン様とわたくしは家柄がよく、血が近すぎず遠すぎず、【救世の力】を後世に残す上でちょうどよい組み合わせなのです」

「それに何より、ヘマータはフォージを怖れない」

 あー、確かにそれ大事だけど、フォージのいるところでそれ言っちゃう? ……フォージの能力を考えたら、こそこそするよりはっきり口にすべきなのかな?
 まあそれはともかくとして。
 あたしは、隣に座るフォージにちらっと目を向ける。

「フォージは怖れてるみたいですけど?」

 あたしにぴったりくっついて、ぷるぷると震えてる。ヘマータサマ、怖いもんね。フォージを嫌ってないけど、愛情があるようにはとても思えない。……義理の母親になったら違ってくるかもしれないけど。
 モリブデンサマは娘を見てため息をついた。

「フォージ、舞花にばかり依存して生きていくことはできないぞ」

 あたしがいつまでこの世界にいられるかわからないことを考えると、あたしに依存し過ぎるのはよくない。でも、親の再婚という衝撃的な話の最中にしなくてもよくない?

「あまり舞花を独占すると、そのうち陛下が悋気を起こすからな」

「そういう話!?」

 ツッコミを入れたけれど、モリブデンサマは平然と無視して話を続ける。

「ヘマータは、血族の存在意義と使命を教える母親としても理想的だ」

 愛だけが大事なんて言わない。けど、さっきから聞いてると、いかに都合がいいかという話ばっかりで、とてもじゃないけど幸せそうに感じない。だというのに結婚しても大丈夫? モリブデンサマもヘマータサマも、フォージも幸せになれる? ──家族でいることが苦しくなって、不幸になったりしない?
 口出しすべきでないと思いながらも、訊ねずにはいられなかった。

「そんなふうに結婚を決めちゃっていいんですか? もっとよく考えたほうが……」

「残念ながら、あまり猶予はない。血族の重鎮から、我々が結婚しないのであれば、ラジアル様の存在を公にすると脅されている」



 実際にはほのめかされただけだそうだけど、無視すれば確実に実行に移してくる方なのだそうだ。

 ──隠居されているが、今も血族たちへの影響力は大きい。かの方が否定してくださるおかげで、ラジアル様の存在は公になっていないと言っても過言ではない。国の行く末を心から案じておられる数少ない方だ。沈黙を守ってこられた方が腰を上げられたからには、こちらも腹をくくるしかない。

 モリブデンサマの発言からは、その方への信頼が感じられた。
 ヘマータサマも信頼してるようで、ため息をつきながらも言う。

 ──かの方の心配もごもっともです。わたくしたちのような濃い血を持つ者が子をなさないのでは、血族は先細りする一方ですもの。それに、わたくしたちの婚姻は、目先の欲得に踊らされている血族たちへの牽制になるかもしれませんわ。

 ヘマータサマ、それにモリブデンサマも。そんな理由で結婚なんかしたら、きっと後悔するよ。だいたい、そんなに冷めてて子どもつくれるの? ──なんて話できるわけもなく。
 そもそもあたしは部外者だ。極力関わらないようにさえしてる。そんなあたしに何が言えるというの?



 翌々日の午前中、モリブデンサマだけがまたやってきた。

「おまえたち、ラジアル様のところへ通っているそうだな」

 あ、バレちゃった。

「あたしがフォージにお願いして連れていってもらってるの。ラジアル君の存在をバラすような真似はしてないわよ」

 モリブデンサマは額に手を当てて渋い顔をする。

「……陛下とラジアル様のご両親が、おまえたちに会いたいとご希望だ」



 フォージの瞬間移動で、“奥”の庭に移動する。すると、いつもはひと気のないそこに侍女のお仕着せを着た女性が立っていて、あたしたちを建物の中へ案内してくれた。
 二階にある、壁や天井の半分以上がガラス張りになった部屋──サンルームって言うべきなんだろうな──に通される。その窓際にしつらえられたテーブルには、すでに三人着席していた。

「ホントに来た!」

 ラジアル君が立ち上がりながら叫ぶと、隣に座る上品な女性が彼をたしなめる。

「これ、お行儀の悪い」

 叱られたというのにまるで気にした様子なく、ラジアル君はテーブルに手をついてあたしとフォージに話しかける。

「午前中は忙しいって言ってたじゃん」

「午前中はあたしもお勉強の時間なの。今日はめったにないお誘いがあったから来たのよ」

 テーブルの近くで立ち止まると、あたしは挨拶をした。

「はじめまして。成宮舞花といいます。今日はお招きありがとうございます。──さ、フォージ」

「……フォルゼーリ・ヒーレンスと申します。お招きありがとうございます」

 するとラジアル君は驚いた声を上げた。

「ホントに仏頂面宰相の娘なのかよ!? 信じらんねぇ!」

「ラジアル、行儀よくしなさい」

 陛下によく似た壮年の男性が注意する。この男性が陛下とラジアル君のお父上だということは一目でわかった。女性のほうも、よく見ればどことなく二人の面影がある。
 お二人から自己紹介があって、やはり陛下たちのご両親とのことだった。
 さっきの侍女さんがお茶とお茶請けになるような軽いお菓子を持ってきてくれて、それらを囲んで当たり障りのない会話をする。

「舞花様、フォルゼーリ嬢。ラジアルの相手をしてくれてありがとう」

「すみません。勝手なことをして。あと、あたしは様付けされるほどたいそうな者ではないので、呼び捨てにしていただければと思うのですが」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

「あたしたちに、いつから気付いてらっしゃったんですか?」

 なあんて訊いてみたけど、実は知ってる。どんなに能力を閉じていても、フォージは感じ取らずにはいられなかったそうだ。息子に友達ができた喜び。そっとしておいてくれるようだとフォージから聞いて、あたしも知らないふりをしてきていた。
 あたしたちが気付いていたことを知ってか知らずか、お父上は上品な笑みを浮かべながら答えてくれる。

「多分最初からだよ。ここから庭はよく見えてね」

「わあ、本当ですね。周囲をよく確認していたつもりだったんですが、全然気付きませんでした」

「ここのガラスは特殊で、中から外は見えても、外からは中が見えないようになっているんだ」

 見たところ、何のへんてつもないガラスだった。外からも、光を反射するようなガラスは見た覚えがないから、日本で見かけた目隠し効果のある加工がされていたり、フィルムが張られていたりといったものではなさそうだ。【救世の力】なんてものがある世界だもん。他にも不思議なものがあってもおかしくないよね。
 他にも二、三個話をしたところで、お父上がラジアル君に話しかけた。

「フォルゼーリ嬢に建物の中を案内してあげなさい」

「うん! 行こうフォージ! 案内したいところがいっぱいあるんだ」

 ラジアル君はフォージの手をつかんで、出口のほうへ走って行く。引きずられるようにしてついていくフォージに助けを求める視線を送られたけど、あたしはにこにこしながら手を振って見送った。ごめん、フォージ。知りたいことがあればあとで何でも話すから、しばらくラジアル君を引きつけておいて。
 椅子を勧められて着席すると、モリブデンサマがさっそく話を切り出した。

「要件をお伺いしましょう」

 あたしも話を聞く体勢を取る。
 ずっと見守るだけにしていたご両親が、急に呼び出すんだもん。話がないわけないよね。

「他でもない、ラジアルのことだよ」

 内容はだいたい予想通りだった。ラジアル君の将来を考え、近いうちに彼を外に出してほしいと。
 予想外だったのはここからだった。

「モリブデン。再婚しなければラジアルの存在を公にすると、かの方から脅されているそうだね。だが、そんな脅しに屈することはない」

「シャーリンと幸せな結婚生活を送っていたあなたが、そんな結婚で幸せになれるとはとても思えないの。ヘマータ嬢もフォルゼーリ嬢も、みんな不幸になるわ」

「今回のことは、ラジアルを国外に行かせるちょうどいい機会になる。早ければ早いほど、あの子も新天地になじみやすいだろう。だが、私と妻もいずれは脅しの材料にされかねない。だから、いっそのこと私たちも国外に出したらいいと思うんだ。三人とも同じ場所に移住したら、悪目立ちする危険があるだろう。三人別々の国に移住することになってもかまわない。どのようにするかは、陛下と君たちの判断に任せよう」



 それからほどなく話は終了し、ラジアル君とフォージを呼び戻して別れを告げた。
 フォージの瞬間移動で部屋に戻ってすぐ、モリブデンサマは部屋から出て行く。

「陛下に報告してくる」

 モリブデンサマを見送ってからフォージに説明しようとすれば、フォージは悲し気に首を横に振った。

「扉の外で聞いてたの。ラジアル様と一緒に……」

 フォージの目から涙がほろりとこぼれる。
 このとき気付いた。感受性が強いから泣いてるだけじゃない。ラジアル君は、フォージにとって初めてかつ唯一の同世代のお友達で、彼が国外に行くことになれば、フォージは唯一の友達と別れなければならなくなるんだ。
 話の最後にお母上が言っていた言葉を思い出す。

 ──離れて暮らすことになるなら、互いに行き来するのはもちろん、手紙のやり取りもしません。ラジアルにはかわいそうだけれど、わたくしへの罰になるでしょう。……最愛の夫が亡くなったという演技ができそうにないからともに亡くなったことにしたというのは言い訳にもなりません。わたくしはまだ五歳だったソールを捨てたも同然なのです。


 おかしいよ。いろいろと。
 血筋が大事だ【救世の力】の強さが大事だと騒ぎ立てておきながら、珍しい能力を持つ血族を〝変わり者〟と蔑む貴族たち。
 各国の親交を深めるために集められたはずの王子王女たちは、陛下の寵を求めて競いけん制し合い、他の王子王女を蹴落とそうとする。
 陛下たちのご両親も、いい人たちではあったけど間違ってる。いさぎよく表舞台から姿を消しておきながら、無責任に子どもを作って、その子の将来を考えもせず手元に置きたがって。そのせいでラジアル君は閉じ込められて育ち、今度は逆に国外へ追いやられようとしている。
 そんな状況を打破することができない、陛下をはじめとしたこの国の人たち。

 どいつもこいつもどいつもこいつも!
 もう我慢も限界だ。無責任になろうが、深く関わってやろうじゃないの!
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