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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情
27、問題山積 前編
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窓の外に朝靄が広がっているというのに、あたしの心は黄昏れていた。
またやっちゃったよ。陛下と結婚するつもりないのにさ。
背後から抱きしめてくる陛下が、あたしの後頭部にすりすりしてくる。
「ずっとこうしていたい……」
満足げなため息も聞こえてくる。あたしはいらっとして仰向けになり、両手に精一杯の力を込めて陛下を押し退けた。
「部屋に帰してほしいと寝間着を着せてほしいとは言ったけど、ベッドに入ってきてとは言ってません!」
陛下とまたこういうことになったなんて、誰にも知られたくない。
陛下は素直にベッドから出てくれたけど、ベッドの端に座ってぐずぐず居座り続けた。あたしの手を取って頬ずりしてくる。
「この手を離したら、舞花がこの世界からいなくなってしまいそうで怖いのだ」
「そんなこと言ってたら国王のお務めができないでしょ」
「舞花がずっと隣にいてくれれば不可能ではない。婚約しているのだから不自然なことでもないだろう」
「あたしは婚約したつもりもなければ、結婚する気もないんですが」
白けて言えば、陛下は悲壮な声を上げる。
「何故だ!? 昨夜はあんなに──」
あたしは枕を投げつけて、陛下がそれ以上しゃべるのを妨害する。
「ちょっとした気の迷いよ! 忘れて!」
受け止めた枕から顔を覗かせた陛下は、あたしの怒りを意に介さずにこにこしていた。
「舞花は相変わらず照れ屋さんだな」
「照れてるんじゃない! 陛下のそのデリカシーのなさを怒ってるの!」
顔が熱かったので説得力がなかったのかもしれない。陛下は真顔になってあたしの怒りをスルーした。
「舞花がこの世界に来た原因を解明して、別の世界に飛ばされないよう対策を講じる。フラックスに調査を急がせよう」
「フラックスさんは最初から頑張ってくれてます! もう! 早く行って! テルミットさんが来ちゃう! あと、結婚するつもりないからね!」
「わかったわかった」
その返事は絶対わかってない!
でもそのことを追及してる時間はない。
「舞花様、おはようございます。起きてらっしゃいますか?」
ノックのあとにテルミットさんの声。
「早く行って!」
陛下から枕を奪い返して小声で叫べば、陛下は小さな風を起こして消えた。
ほっと一息間を入れてから、あたしは頭の下に枕を敷いて扉の向こうに声をかける。
「おはようございます! 起きています!」
「失礼いたします」
と言って入ってきたテルミットさんは、きょろきょろと室内を見回した。
「話し声が聞こえたように思ったのですが」
ドキッ
「え? そう?」
空とぼけてみせると、テルミットさんは何やら思案したあとうなずいた。
「わたくしの気のせいだったみたいですわ」
ごまかされてくれたのでひとまずほっとしたけれど、すぐにまた困った事態に陥った。
「舞花様、ベッドからお出になられませんの?」
「えっと、その……」
起き上がれませんなんて言えないよ~!
前回みたいに痛いわけじゃないけど、その、気持ちよすぎて腰が抜けちゃったのよ。
「あの……ちょっと体調がすぐれなくて……」
「まあ大変! 舞花様、お顔が真っ赤ですわ。侍医に診ていただきましょうか」
「ううん、そこまでひどくないから。ひと眠りすれば大丈夫だと思う。朝食もいらないんで寝てていいですか?」
「はい、もちろんです。ゆっくりお休みくださいませ。ご用の際はお呼びください」
満面の笑みを浮かべてそう言うと、テルミットさんはすぐに寝室から出て行く。……妙に物分かりがいいところから察するに、やっぱりバレてるかな。テルミットさん、結構鋭いところあるから。でも、気付いたことを口にしてからかってこないでいてくれるだけでありがたい。
昨夜はまともに寝られなかったのに加え最近の寝不足もあって、あたしはあっという間に寝入って、満足いくまで眠りを貪った。
夕方起き出したら、事情を知らないフォージにめちゃくちゃ心配された。ごめん、フォージ。
ええっと、まあ、そんなわけで、陛下の気配につきまとわれる生活が再開したわけなんだけど。
一日ぐっすり寝た日の翌日、フラックスさんが部屋に訪ねてきた。
「今まで何にも言ってこなかった陛下が、昨日僕のところに来て言ったんだよね。『舞花がこの世界に来た謎を究明せよ』って。舞花を元の世界に帰す決心がついたのかなって思ったんだけど、どうもそんな感じじゃないんだよね。陛下はやたらと機嫌がいいし、妙に張り切ってるし。どういうことなのか舞花なら知ってるかなって思ったんだけど、知ってる?」
「ど、どうしてなのかなぁ?」
空とぼけてみせると、フラックスさんはくすくす笑った。
「舞花って嘘が下手だよね。まあいいや。そんなわけで王命により、再度徹底調査を行ってるところなんだ。この世界に来た前後の状況を、もう一度詳しく教えてくれる? 話し直す過程で今まで気にもとめてなかった何かを思い出すかもしれないし」
あたしは一通り話し、フラックスさんの事細かな質問にも答えた。残念ながら、新たな発見はなかった。
話が少しさかのぼりまして。ラジアル君と出会ってから今までの間に、〝舞花様〟のところへ押しかけてくる王子王女はいなくなった。〝視察〟をしてディオファーンの店で買い物をすれば陛下に声をかけてもらえると知れ渡ったせいで、〝視察&購入〟が王子王女たちの間で流行ってるのだという。高価なものを手あたり次第買っていくので城下はかつてないほどの好景気だそうだけど、王子王女たちの国のお財布具合とかディオファーンからの返礼を考えたらいろいろとマズいよね。
バカ王女三人と、友好国の王子王女たちを招く原因を作ったバカ王子は相変わらずだという。他国の王子王女たちから無視され肩身の狭い思いをしているのに、自分たちの非を認めようとしないのだとか。バカ王女のうちの一人の兄ラテライト王子と、バカ王子の妹であるフィラ、二人からそれぞれ話を聞いた。何も悪いことをしてない二人も、身内のせいで孤立してしまっているようだ。本人たちはそんな話はしなかったけど、あとでテルミットさんから教えてもらった。
ヘマータサマとウェルティは、相変わらず血族の女の子たちと反目し合ってるらしい。いや、敵視してるのは女の子たちのほうで、ヘマータサマたちは意に介してないって様子だったけど。
〝舞花様〟におもねる計画はなくなったらしい。面会の申し入れもなければ、部屋に直接来ることもない。
それはそれでいいんだけど、ディオファーンの貴族である血族たちは、友好国の王子王女たちとなかなか交流を持とうとしないらしい。【救世の力】の力を持つ〝選ばれた者〟という意識が高く、王子王女たちを見下す傾向があるのだという。王子王女たちにも自国を背負って立つ矜持があるから、ディオファーンの貴族を敬遠しがちなのだとか。
ヘマータサマとウェルティは別の理由で非友好的だし、コークスさんが公に顔を出せば血族に囲まれてしまって友好を築くどころではなくなってしまう。そんなディオファーンの貴族たちを見ているせいか、フラックスさんがいくら友好的に近付いても、なかなか距離を縮められないらしい。友好国の王子王女たちの目的が陛下とお近づきになることだから、フラックスさんは眼中にないだけかもしれないけど。
あたしに何ができるわけでもないのに、ついつい情報を拾ってしまう。暇なせいもあるんだろうな。ここでの用事は午前中にフォージから字を教えてもらって、午後はラジアル君に会いに行くだけなんだもん。日本では毎日夜遅くまで働いてたから、付き合ってくれるみんなには悪いけど張り合いがなくて、ついついここに山積する問題を解決するには……なんて考え込んでしまう。
ダメダメ。あたしはいつまでここにいられるかわからないんだから。そのリスクを知りながら手を出せば、それは無責任以外の何物でもないのよ。
そう自分に言い聞かせてはいたんだけど、ガマンはそう長くは続かなかった。
またやっちゃったよ。陛下と結婚するつもりないのにさ。
背後から抱きしめてくる陛下が、あたしの後頭部にすりすりしてくる。
「ずっとこうしていたい……」
満足げなため息も聞こえてくる。あたしはいらっとして仰向けになり、両手に精一杯の力を込めて陛下を押し退けた。
「部屋に帰してほしいと寝間着を着せてほしいとは言ったけど、ベッドに入ってきてとは言ってません!」
陛下とまたこういうことになったなんて、誰にも知られたくない。
陛下は素直にベッドから出てくれたけど、ベッドの端に座ってぐずぐず居座り続けた。あたしの手を取って頬ずりしてくる。
「この手を離したら、舞花がこの世界からいなくなってしまいそうで怖いのだ」
「そんなこと言ってたら国王のお務めができないでしょ」
「舞花がずっと隣にいてくれれば不可能ではない。婚約しているのだから不自然なことでもないだろう」
「あたしは婚約したつもりもなければ、結婚する気もないんですが」
白けて言えば、陛下は悲壮な声を上げる。
「何故だ!? 昨夜はあんなに──」
あたしは枕を投げつけて、陛下がそれ以上しゃべるのを妨害する。
「ちょっとした気の迷いよ! 忘れて!」
受け止めた枕から顔を覗かせた陛下は、あたしの怒りを意に介さずにこにこしていた。
「舞花は相変わらず照れ屋さんだな」
「照れてるんじゃない! 陛下のそのデリカシーのなさを怒ってるの!」
顔が熱かったので説得力がなかったのかもしれない。陛下は真顔になってあたしの怒りをスルーした。
「舞花がこの世界に来た原因を解明して、別の世界に飛ばされないよう対策を講じる。フラックスに調査を急がせよう」
「フラックスさんは最初から頑張ってくれてます! もう! 早く行って! テルミットさんが来ちゃう! あと、結婚するつもりないからね!」
「わかったわかった」
その返事は絶対わかってない!
でもそのことを追及してる時間はない。
「舞花様、おはようございます。起きてらっしゃいますか?」
ノックのあとにテルミットさんの声。
「早く行って!」
陛下から枕を奪い返して小声で叫べば、陛下は小さな風を起こして消えた。
ほっと一息間を入れてから、あたしは頭の下に枕を敷いて扉の向こうに声をかける。
「おはようございます! 起きています!」
「失礼いたします」
と言って入ってきたテルミットさんは、きょろきょろと室内を見回した。
「話し声が聞こえたように思ったのですが」
ドキッ
「え? そう?」
空とぼけてみせると、テルミットさんは何やら思案したあとうなずいた。
「わたくしの気のせいだったみたいですわ」
ごまかされてくれたのでひとまずほっとしたけれど、すぐにまた困った事態に陥った。
「舞花様、ベッドからお出になられませんの?」
「えっと、その……」
起き上がれませんなんて言えないよ~!
前回みたいに痛いわけじゃないけど、その、気持ちよすぎて腰が抜けちゃったのよ。
「あの……ちょっと体調がすぐれなくて……」
「まあ大変! 舞花様、お顔が真っ赤ですわ。侍医に診ていただきましょうか」
「ううん、そこまでひどくないから。ひと眠りすれば大丈夫だと思う。朝食もいらないんで寝てていいですか?」
「はい、もちろんです。ゆっくりお休みくださいませ。ご用の際はお呼びください」
満面の笑みを浮かべてそう言うと、テルミットさんはすぐに寝室から出て行く。……妙に物分かりがいいところから察するに、やっぱりバレてるかな。テルミットさん、結構鋭いところあるから。でも、気付いたことを口にしてからかってこないでいてくれるだけでありがたい。
昨夜はまともに寝られなかったのに加え最近の寝不足もあって、あたしはあっという間に寝入って、満足いくまで眠りを貪った。
夕方起き出したら、事情を知らないフォージにめちゃくちゃ心配された。ごめん、フォージ。
ええっと、まあ、そんなわけで、陛下の気配につきまとわれる生活が再開したわけなんだけど。
一日ぐっすり寝た日の翌日、フラックスさんが部屋に訪ねてきた。
「今まで何にも言ってこなかった陛下が、昨日僕のところに来て言ったんだよね。『舞花がこの世界に来た謎を究明せよ』って。舞花を元の世界に帰す決心がついたのかなって思ったんだけど、どうもそんな感じじゃないんだよね。陛下はやたらと機嫌がいいし、妙に張り切ってるし。どういうことなのか舞花なら知ってるかなって思ったんだけど、知ってる?」
「ど、どうしてなのかなぁ?」
空とぼけてみせると、フラックスさんはくすくす笑った。
「舞花って嘘が下手だよね。まあいいや。そんなわけで王命により、再度徹底調査を行ってるところなんだ。この世界に来た前後の状況を、もう一度詳しく教えてくれる? 話し直す過程で今まで気にもとめてなかった何かを思い出すかもしれないし」
あたしは一通り話し、フラックスさんの事細かな質問にも答えた。残念ながら、新たな発見はなかった。
話が少しさかのぼりまして。ラジアル君と出会ってから今までの間に、〝舞花様〟のところへ押しかけてくる王子王女はいなくなった。〝視察〟をしてディオファーンの店で買い物をすれば陛下に声をかけてもらえると知れ渡ったせいで、〝視察&購入〟が王子王女たちの間で流行ってるのだという。高価なものを手あたり次第買っていくので城下はかつてないほどの好景気だそうだけど、王子王女たちの国のお財布具合とかディオファーンからの返礼を考えたらいろいろとマズいよね。
バカ王女三人と、友好国の王子王女たちを招く原因を作ったバカ王子は相変わらずだという。他国の王子王女たちから無視され肩身の狭い思いをしているのに、自分たちの非を認めようとしないのだとか。バカ王女のうちの一人の兄ラテライト王子と、バカ王子の妹であるフィラ、二人からそれぞれ話を聞いた。何も悪いことをしてない二人も、身内のせいで孤立してしまっているようだ。本人たちはそんな話はしなかったけど、あとでテルミットさんから教えてもらった。
ヘマータサマとウェルティは、相変わらず血族の女の子たちと反目し合ってるらしい。いや、敵視してるのは女の子たちのほうで、ヘマータサマたちは意に介してないって様子だったけど。
〝舞花様〟におもねる計画はなくなったらしい。面会の申し入れもなければ、部屋に直接来ることもない。
それはそれでいいんだけど、ディオファーンの貴族である血族たちは、友好国の王子王女たちとなかなか交流を持とうとしないらしい。【救世の力】の力を持つ〝選ばれた者〟という意識が高く、王子王女たちを見下す傾向があるのだという。王子王女たちにも自国を背負って立つ矜持があるから、ディオファーンの貴族を敬遠しがちなのだとか。
ヘマータサマとウェルティは別の理由で非友好的だし、コークスさんが公に顔を出せば血族に囲まれてしまって友好を築くどころではなくなってしまう。そんなディオファーンの貴族たちを見ているせいか、フラックスさんがいくら友好的に近付いても、なかなか距離を縮められないらしい。友好国の王子王女たちの目的が陛下とお近づきになることだから、フラックスさんは眼中にないだけかもしれないけど。
あたしに何ができるわけでもないのに、ついつい情報を拾ってしまう。暇なせいもあるんだろうな。ここでの用事は午前中にフォージから字を教えてもらって、午後はラジアル君に会いに行くだけなんだもん。日本では毎日夜遅くまで働いてたから、付き合ってくれるみんなには悪いけど張り合いがなくて、ついついここに山積する問題を解決するには……なんて考え込んでしまう。
ダメダメ。あたしはいつまでここにいられるかわからないんだから。そのリスクを知りながら手を出せば、それは無責任以外の何物でもないのよ。
そう自分に言い聞かせてはいたんだけど、ガマンはそう長くは続かなかった。
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