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第三章:労働編

023:畏怖

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 ……やれやれ、余計な事で余計な奴に余計な力を使っちまった。

 塵はいくら掃こうと毎日積り続けるものだとわかっちゃあいるが、やっぱり面倒である事には変わりがねぇや。
 いっそ誰もいない孤島にでも越すか……いや、それはそれで生活が面倒か。不便さに比べりゃ、面倒臭い人間の相手をする方がまし……いや、どっちもどっちだな。


「いいぞラグナ!」
「さっすが裏町の支配者だ!」
「あのむかつく野郎を追い出してくれてありがとよ!!」
「素敵よ! 抱いて~!」
「あんたなんかお呼びじゃないのよ!!」


 ……外野の客達が煩くなってきたな。
 あの男、もしかして他の店でも騒ぎを起こして迷惑がられていたのか? あの調子ならありえるな。


 ……というか、本気で煩ぇんだが。
 気分がすっきりしたのはわかるが、それで騒がれても俺は嬉しくともなんともない。むしろ狭い店の中で喚かれてとんでもなく迷惑なんだが。

 まぁ、俺が気にしなきゃいい問題だから何も言わんがね。


「いつも助かってるヨ、ラグナ~。相変わらずあんたの【呪い】は凄いネ~」
「そういう賞賛はもう結構……さっさと飯を作ってくれ」
「ごめんヨ~、今すぐ作るからネ~」


 俺が言うと、店主はさっさと厨房に戻って調理を再開する。とんとんと包丁を鳴らす音が響き始めて、ようやく俺も席に坐り直す。


 さてもう少し待つか……と思っていたのだが。
 席に放置したままだった三人娘のことを思い出し、俺はあ、と声を漏らして餓鬼共の方へ振り向いた。

 そこで平然と俺を見つめているシェスカとルル、シェスカの背後に身を隠して震えているアリアの姿に気がつく。


「……どうした、何をそんなに怯えている」


 そんな化け物でも見るような目を向けて……まぁ、理由はわかるが。


「あ、あんた……あの男に何したのよ!? あたし達の体を直した事といい、あ、あんな事ができるって……あんた一体、何なのよ!?」
「うぅ……」


 顔を真っ青にし、声を震わせて俺に指を突きつけてくるアリア。さっきまで確かに飯に期待を寄せた表情をしていたはずなんだが、シェスカの後ろで子犬のように怯えるばかりだ。
 ルルはあんまり状況がわかってないっぽいな。あの男が勝手に倒れたとでも思ってるんだろうか。

 どうしたもんかな……説明して落ち着くかどうか。いっそのこと記憶を消して……いや、面倒臭いから嫌だな。


 とか考えていたら、アリアに背中に張り付かれたシェスカがアリアの背に手を当て、前へと押し出し始めた。
 


「ほら、アリアちゃん。ちゃんと前に出てください。神様の前で失礼ですよ」
「む、無理よ……だ、だってあんな、あんなの見せられて、平気な顔なんてできないわよ……!」
「……にぃ、こわい?」
「こ、怖くなんてないわよ! 怖くなんて……怖くなんて……!!」


 ……塵掃除しただけでここまで嫌われるとは。
 別にこいつらに嫌われようが恐れられようがどうという事はないんだが、鬱陶しいから今度から掃除は隠れてやるか。

 いや、あれを見て平然としていられるシェスカがおかしいんだろうな。お前、本当に俺のやる事に対して動じなさすぎじゃないのか?


「お前らにあれをする気はない……鬱陶しいからそんな目を向けるな。お前らが何かをしでかさない限りは俺も何もしない」
「……ほ、本当に?」
「俺は約束を破らない。なんならここで〝契約〟に追加してやってもいいぞ」


 俺の唯一つの信条だからな、裏切らないってのは。
 長い俺の生の中で絶対に揺るがない決め事だ。破った時点で俺は俺で無くなる……相手が破った場合は容赦なく報復するがな。

 少なくとも、こいつらが妙な気を起こさない限りは何もしないし何も言わない。


「……〈呪法師〉って、何なのよ。【呪い】なんかでどうしてそこまでの事ができるの。あんた……本当に何なの?」


 アリアは俺の力が普通じゃない事を察してか、警戒心丸出しで俺を見つめてきている。

 まぁ、世間一般的な【呪い】の印象を考えるとその疑問もおかしくないわな。


 他人を呪うなんて事、どう考えても悪党のやる事だ。それを利用しようとは考えても、味方にしようなんて考える奴はそういない。いたらいたで何考えてるのかわかりたくもねぇ危ねぇ連中の事だ。


 その上、術が効いているかどうかなんて後で実感できない場合の方が圧倒的に多い。

 アレスの阿呆然り組合の受付の新人ちゃん然り、【呪い】という力は目に見えず確固たる成果が見えづらい。派手で目立つ仕方もなくはないが、それをするくらいなら効果を重んじた方が遥かに効率がいい。だから多くの術士が使う呪術は目立たず地味なままだ。

 しっかり成果を考えりゃわかるのに、世間の人間は目に見えるものだけを信じて【呪い】を扱う者の努力を評価しない。
 胸糞の悪い構造になってるんだよ、この世界は。



 ……まぁ、おれの〝力〟はそこらの素人とは別物だがな。
 一緒にされちゃ困るんだ……後で面倒事に巻き込まれたくないから最低限まで抑えてたわけだけど。


「何か……って言われてもねぇ。その辺は自分で判断してくれ、説明すんの面倒臭いから」


 アリアは不満げな目を向けてくるが、正直知った事じゃない。何だと聞かれて手短に語れる人生送ってないし。

 俺が俺を語るんじゃ駄目だーーー自分の目で見て自分で判断しなきゃ、人間は自分を納得させられねぇ。
 どうせ、たいした時間を一緒にいるわけじゃないだろうしな。


「俺は〈呪法師〉の〝天職〟を得て生まれてきた、ただそんだけの男だ」


 人を、世界を、この世の全てのものを呪うだけ……そんな下らない力をもって生まれた、ただの男だ。
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