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エピローグ  聖霊界再び

     人間界を去って

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 我輩は街村家を後にした。外は夜風が冬の気配を運んでいた。心なしか肌寒そうな空気が、夜の街に吹いている。

 門の回りには、大小の小石や落葉らくようにはまだ早い小枝混じりの緑葉が散乱している。近くの街灯は割れて明かりが消えている。振り返ると、2人の若者がむつみあっているであろう1階の掃き出し窓が、大きくヒビ割れていた。

 我輩は竜巻の壁が作った傷痕を瞳に映すと、妲己ちゃんが待つ市営墓地へと歩みを向けた。

 さようなら、京香にお母さん。人間界に迷い混んで右往左往していた我輩は、2人に拾われて、束の間だったが平穏に過ごすことが出来ました。どうも有り難う。何のお別れの挨拶もしませんが、我輩はこれから仙界へ帰ります。

 天狼星が輝く南天の月夜を眺めていたら、いつの間にか、我輩は市営墓地にたどり着いていた。見上げる夜空に1際大きく光る輝きがあった。妲己ちゃんだ。

 「······あんた、何をボーッと空を眺めてるのよ。あたいが出迎えてあげたんだから、挨拶くらいしなさいよ」

 ものおもいに更ける我輩を現実に引き戻そうと、妲己ちゃんが挑発するように我輩の周囲を舞った。

 「よしよし、クソジジイの入った瓢箪を持っているわね。それ忘れたら、火をつけて焼き肉にするところよ」

 妲己ちゃんは狐火の姿から美少女に姿を変えた。夢幻仙様と対峙していた時に着ていた漢服ではなく、現代の同年代が来ていそうなギャル服だった。

 妲己ちゃんは、お尻の辺りから狐の尻尾を何本も生やしていた。この尻尾は強い霊力を備えており、妲己ちゃんは最大で9本の尻尾を操ることが出来る。ただそれは聖霊界での話であり、物質が支配する人間界では、何本もの尻尾を操れるのはごく短時間に過ぎない。

 「どう、瓢箪の中のジジイは?」

 妲己ちゃんは汚い物でも見たような表情で、瓢箪に顔を近づけた。そこからは、夢幻仙様の叫びが、小さな振動となって空気を伝わってきた。

 「フンッ! あのジジイ、どうやら元気なようね。せいぜい元気でいな。帰ったら直ぐに地獄へ落としてやるんだから」

 そう吐き捨てるようにいうと、妲己ちゃんはポケットから、桃をかたどった小さな翡翠ひすいを取り出した。

 「娘娘様から貰った仙宝だよ。これに霊力を注ぐと娘娘様の所へ行けるんだって。かなりの霊力が必要みたいだから、あたいも本性を出さないと」

 妲己ちゃんは握った仙宝に意識を集中させて霊力を注ぎ込む。何本もの尻尾がピンと強張こわばったように立ち上がった。次の瞬間、海中の海草のように尻尾が揺らめきだした。尻尾の莫大な霊力が、手の中にある翡翠へ吸収されていく。

 「うわぁ~~、力が抜ける~~」

 妲己ちゃんが素っ頓狂な声をあげると、我輩達の周囲に緑色の上昇する霊気の気流が現れた。妲己ちゃんの長い黒髪と我輩の真珠色の毛が、怒髪天のように立ち上がった。

 「いくよー、エロ! 仙境へ戻るよ!」

 上昇気流が少しずつ我輩達を天空へ持ち上げる。それと同時に周囲の視界が揺らぎだし、徐々に実体が失われていった。

 漆黒の闇が辺りを覆う。我輩は真っ暗闇の中を漂っているような、不思議な浮遊感に包まれていた。自分の姿だけは確認できるが、それ以外は何も目にすることは出来なかった。隣にいるはずの妲己ちゃんの姿も確認出来ない。

 「おーい、妲己ちゃーん!」

 「······」

 返事がない。近くにいないのだろうか?

 「妲己ちゃーん、いるのかー?」

 「······」

 我輩はもう1度、妲己ちゃんを呼んだ。が、やはり返事はなかった。我輩は右に左にと頭を動かした。右も左も上も下も、そして、前も後ろも、どこも無限に広がる闇だった。

 

 しばし呆然と自失する中、我輩の意識が徐々に遠のいていく。頭が重い。ボーッとして欠伸が出てくる。思考が途切れ途切れになり、我輩は意識を失った。

 しかし、我輩は聞いた。薄れゆく意識の中で何処かから声が届いて来るのを。それは、我輩を温かく包み込み、記憶の奥底にある懐かしさを感じさせる声だった······

 

 
 
 

 
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