51 / 56
エピローグ 聖霊界再び
人間界を去って
しおりを挟む
我輩は街村家を後にした。外は夜風が冬の気配を運んでいた。心なしか肌寒そうな空気が、夜の街に吹いている。
門の回りには、大小の小石や落葉にはまだ早い小枝混じりの緑葉が散乱している。近くの街灯は割れて明かりが消えている。振り返ると、2人の若者が睦あっているであろう1階の掃き出し窓が、大きくヒビ割れていた。
我輩は竜巻の壁が作った傷痕を瞳に映すと、妲己ちゃんが待つ市営墓地へと歩みを向けた。
さようなら、京香にお母さん。人間界に迷い混んで右往左往していた我輩は、2人に拾われて、束の間だったが平穏に過ごすことが出来ました。どうも有り難う。何のお別れの挨拶もしませんが、我輩はこれから仙界へ帰ります。
天狼星が輝く南天の月夜を眺めていたら、いつの間にか、我輩は市営墓地にたどり着いていた。見上げる夜空に1際大きく光る輝きがあった。妲己ちゃんだ。
「······あんた、何をボーッと空を眺めてるのよ。あたいが出迎えてあげたんだから、挨拶くらいしなさいよ」
ものおもいに更ける我輩を現実に引き戻そうと、妲己ちゃんが挑発するように我輩の周囲を舞った。
「よしよし、クソジジイの入った瓢箪を持っているわね。それ忘れたら、火をつけて焼き肉にするところよ」
妲己ちゃんは狐火の姿から美少女に姿を変えた。夢幻仙様と対峙していた時に着ていた漢服ではなく、現代の同年代が来ていそうなギャル服だった。
妲己ちゃんは、お尻の辺りから狐の尻尾を何本も生やしていた。この尻尾は強い霊力を備えており、妲己ちゃんは最大で9本の尻尾を操ることが出来る。ただそれは聖霊界での話であり、物質が支配する人間界では、何本もの尻尾を操れるのはごく短時間に過ぎない。
「どう、瓢箪の中のジジイは?」
妲己ちゃんは汚い物でも見たような表情で、瓢箪に顔を近づけた。そこからは、夢幻仙様の叫びが、小さな振動となって空気を伝わってきた。
「フンッ! あのジジイ、どうやら元気なようね。せいぜい元気でいな。帰ったら直ぐに地獄へ落としてやるんだから」
そう吐き捨てるようにいうと、妲己ちゃんはポケットから、桃を象った小さな翡翠を取り出した。
「娘娘様から貰った仙宝だよ。これに霊力を注ぐと娘娘様の所へ行けるんだって。かなりの霊力が必要みたいだから、あたいも本性を出さないと」
妲己ちゃんは握った仙宝に意識を集中させて霊力を注ぎ込む。何本もの尻尾がピンと強張ったように立ち上がった。次の瞬間、海中の海草のように尻尾が揺らめきだした。尻尾の莫大な霊力が、手の中にある翡翠へ吸収されていく。
「うわぁ~~、力が抜ける~~」
妲己ちゃんが素っ頓狂な声をあげると、我輩達の周囲に緑色の上昇する霊気の気流が現れた。妲己ちゃんの長い黒髪と我輩の真珠色の毛が、怒髪天のように立ち上がった。
「いくよー、エロ! 仙境へ戻るよ!」
上昇気流が少しずつ我輩達を天空へ持ち上げる。それと同時に周囲の視界が揺らぎだし、徐々に実体が失われていった。
漆黒の闇が辺りを覆う。我輩は真っ暗闇の中を漂っているような、不思議な浮遊感に包まれていた。自分の姿だけは確認できるが、それ以外は何も目にすることは出来なかった。隣にいるはずの妲己ちゃんの姿も確認出来ない。
「おーい、妲己ちゃーん!」
「······」
返事がない。近くにいないのだろうか?
「妲己ちゃーん、いるのかー?」
「······」
我輩はもう1度、妲己ちゃんを呼んだ。が、やはり返事はなかった。我輩は右に左にと頭を動かした。右も左も上も下も、そして、前も後ろも、どこも無限に広がる闇だった。
しばし呆然と自失する中、我輩の意識が徐々に遠のいていく。頭が重い。ボーッとして欠伸が出てくる。思考が途切れ途切れになり、我輩は意識を失った。
しかし、我輩は聞いた。薄れゆく意識の中で何処かから声が届いて来るのを。それは、我輩を温かく包み込み、記憶の奥底にある懐かしさを感じさせる声だった······
門の回りには、大小の小石や落葉にはまだ早い小枝混じりの緑葉が散乱している。近くの街灯は割れて明かりが消えている。振り返ると、2人の若者が睦あっているであろう1階の掃き出し窓が、大きくヒビ割れていた。
我輩は竜巻の壁が作った傷痕を瞳に映すと、妲己ちゃんが待つ市営墓地へと歩みを向けた。
さようなら、京香にお母さん。人間界に迷い混んで右往左往していた我輩は、2人に拾われて、束の間だったが平穏に過ごすことが出来ました。どうも有り難う。何のお別れの挨拶もしませんが、我輩はこれから仙界へ帰ります。
天狼星が輝く南天の月夜を眺めていたら、いつの間にか、我輩は市営墓地にたどり着いていた。見上げる夜空に1際大きく光る輝きがあった。妲己ちゃんだ。
「······あんた、何をボーッと空を眺めてるのよ。あたいが出迎えてあげたんだから、挨拶くらいしなさいよ」
ものおもいに更ける我輩を現実に引き戻そうと、妲己ちゃんが挑発するように我輩の周囲を舞った。
「よしよし、クソジジイの入った瓢箪を持っているわね。それ忘れたら、火をつけて焼き肉にするところよ」
妲己ちゃんは狐火の姿から美少女に姿を変えた。夢幻仙様と対峙していた時に着ていた漢服ではなく、現代の同年代が来ていそうなギャル服だった。
妲己ちゃんは、お尻の辺りから狐の尻尾を何本も生やしていた。この尻尾は強い霊力を備えており、妲己ちゃんは最大で9本の尻尾を操ることが出来る。ただそれは聖霊界での話であり、物質が支配する人間界では、何本もの尻尾を操れるのはごく短時間に過ぎない。
「どう、瓢箪の中のジジイは?」
妲己ちゃんは汚い物でも見たような表情で、瓢箪に顔を近づけた。そこからは、夢幻仙様の叫びが、小さな振動となって空気を伝わってきた。
「フンッ! あのジジイ、どうやら元気なようね。せいぜい元気でいな。帰ったら直ぐに地獄へ落としてやるんだから」
そう吐き捨てるようにいうと、妲己ちゃんはポケットから、桃を象った小さな翡翠を取り出した。
「娘娘様から貰った仙宝だよ。これに霊力を注ぐと娘娘様の所へ行けるんだって。かなりの霊力が必要みたいだから、あたいも本性を出さないと」
妲己ちゃんは握った仙宝に意識を集中させて霊力を注ぎ込む。何本もの尻尾がピンと強張ったように立ち上がった。次の瞬間、海中の海草のように尻尾が揺らめきだした。尻尾の莫大な霊力が、手の中にある翡翠へ吸収されていく。
「うわぁ~~、力が抜ける~~」
妲己ちゃんが素っ頓狂な声をあげると、我輩達の周囲に緑色の上昇する霊気の気流が現れた。妲己ちゃんの長い黒髪と我輩の真珠色の毛が、怒髪天のように立ち上がった。
「いくよー、エロ! 仙境へ戻るよ!」
上昇気流が少しずつ我輩達を天空へ持ち上げる。それと同時に周囲の視界が揺らぎだし、徐々に実体が失われていった。
漆黒の闇が辺りを覆う。我輩は真っ暗闇の中を漂っているような、不思議な浮遊感に包まれていた。自分の姿だけは確認できるが、それ以外は何も目にすることは出来なかった。隣にいるはずの妲己ちゃんの姿も確認出来ない。
「おーい、妲己ちゃーん!」
「······」
返事がない。近くにいないのだろうか?
「妲己ちゃーん、いるのかー?」
「······」
我輩はもう1度、妲己ちゃんを呼んだ。が、やはり返事はなかった。我輩は右に左にと頭を動かした。右も左も上も下も、そして、前も後ろも、どこも無限に広がる闇だった。
しばし呆然と自失する中、我輩の意識が徐々に遠のいていく。頭が重い。ボーッとして欠伸が出てくる。思考が途切れ途切れになり、我輩は意識を失った。
しかし、我輩は聞いた。薄れゆく意識の中で何処かから声が届いて来るのを。それは、我輩を温かく包み込み、記憶の奥底にある懐かしさを感じさせる声だった······
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる