時計仕掛

lacconicksou77

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老舗時計店店長雄介

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 チクタクと針の進む音が無数に響く。一時期は呪文のように感じたこの音も、今ではまるで赤子の泣くような愛らしささえ感じる。時間が忘れさせてくれるとはよく言ったものだ。時の流れは人の心さえも変えてしまう。なんと偉大で荘厳な物なのだろう。

 楽しいことをしている時間とそれ以外の時間の流れが、同じだとはどうしても思えなかった幼少時代は、そのカラクリをなんとかして暴こうとしたものだ。いまだに答えは見つかっていない。

 先代から、商店街の一角にあるこの時計店を譲り受けてからもう五年になるだろうか。働き初めてからは十五年。大正時代から続く歴史の深い時計店だが、先代に子供がいなかったことから、アルバイトをしていた俺に話が持ち掛けられ、今に至る。 

 依頼されていた時計の整備の手を止めて、店のシャッターを上げる。扉を開けて、店の外に出て、看板を入口の横に設置した。
 近所の子供達が数人が店の前を勢い良く走っていった。あの子達はどんな大人になるのだろう。 

 店の中に戻って、依頼されていた時計の整備に戻った。 

「おはようございます」

 季節で例えるなら春といった、軽快で爽やかな挨拶と共に開店前の店内に入ってきたスーツ姿の青年は、幼い頃から家族で贔屓にしてくれている涼太だ。
 俺は「おう」右手を上げて返事をする。ニヤニヤした表情の涼太は何か言いたげだ。 

「なにか良いことでもあったのか?」
 待ってましてとばかりに涼太の表情が明るくなる。

「聞いてくださいよ。涼太さんアドバイス通りにしたら、上手く行きましたよ。時計も気に入ってくれました」
 太陽のように瞳を輝かせた涼太を見て俺も笑顔になる。

 好きな女性が出来て、デートの際に告白したいと涼太から相談されたのは一ヶ月ほど前だ。俺は閉店後の店で綿密なプランを組み、女性に流行りの時計を見繕った。

 その結果が功を奏したのだ。まだ生意気だったガキの頃から涼太を見てきた俺にとっては、我が子のことのように嬉しかった。良かったなと、労いの言葉を掛ける。

「ありがとう。今度お礼する。彼女も連れてくるよ。それじゃあ仕事に行ってくるね」
 涼太は来た時と同様、颯爽と店を出て行った。

 今日はいい一日になりそうだ。
 依頼されていた時計の整備に戻る。




 時計の整備が終わった頃、一人の老婆が店に入って来た。いらっしゃいと声を掛けると老婆は優しく微笑む。近所に住む暁美さんだ。
 俺は暁美さんに駆け寄って杖を付いて歩く暁美さんの体を支える。

「だんだんそのエプロン姿も板に付いてきたねえ」
「暁美さん。それ五年前から言ってるよ」 
「あら。そうだったかしら」

 この店の制服であるエプロン姿を何度も褒めてくれる暁美さんに笑って答える。
 暁美さんも先代の頃からこの店を贔屓にしてくれている。亡き夫の形見だといって、同じ時計を何度も修理に出して来ていた。
 修理し終わった時計を暁美さんに手渡す。

「やるじゃない。また、動くようになったのねえ。いつもありがとうね」
「今回は何とかね。でも本当にそろそろ買い替えた方がいいんじゃない?いくら形見だからと言ってもね」
「変えないよ。貴方が匙を投げるまでね」

 暁美さんはずっと優しく笑っている。

「私はこの店に来るのが楽しみでもあるんだよ。時が流れると、町は発展して変わってしまうだろ。商店街も変わってしまった。変わらず残っているのはこの店だけなんだよ」
「先代は引退しちゃったけどね」

 俺は自重気味に笑う。

「良いんだよ。この店があるだけで。貴方がこの店を続けてくれてるというだけで、私は…」

 暁美さんは俺が修理した時計を赤子のように大事に抱えて店を出て行った。

 俺はずっと誰かの何かになりたかった。多くの誰かの、何かになりたかった。
 俺は元々、バンドマンだった。
 その道を諦めて時計屋を継ぐことにした。初めは受け入れられなかった。長針と短針が追い抜き追い抜かれ、毎日が昨日と同じ姿をしている日々に、狂いそうになったこともあった。

 だけど今、十五年店を続けてやっと、俺は暁美さんの居場所になることが出来た。

 それに俺は一つ。どれだけ時が経とうと変わらない。『宝物』を手に入れている。

「そろそろご飯にしまうしょう」

 改装したばかりの店の奥から身重の妻、三好の声がした。俺はすぐに作業の手を止めて、店の奥へと向かった。
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