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63. 崩れ去る全て

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「観念しろ! オディール。ここじゃお前の【お天気】スキルも使えまい」

 ボスの男が勝ち誇ったように口を開く。その声は忘れもしないオディールの父、公爵の声だった。

「お、お父様……?」

 オディールは驚きのあまり口を開けたまま言葉を失った。

「お前のおかげで王都は今、大騒ぎだ。お前を何とかしないと由緒ある公爵家はおとりつぶし……。親の責任としてお前を処分する」

 公爵は幅広の大きな剣をギラリと光らせながらオディールに向けた。

「な、何を言うんだ! あんたが勝手に追放したんだろ!」

「とは言え俺も親だ。お前に選択肢をやろう。奴隷契約をするか……、今ここで死ぬか……だ。どっちがいい?」

 公爵は傲慢な笑みを浮かべながらとんでもない条件を提示する。しかし、囲まれて逃げられないオディールには他に選択肢などなかった。

 目をギュッとつぶり、しばらくうつむいていたが、絞るように声を出す。

「ど、奴隷になったら……どうなるの?」

「この街は公爵領とする。お前は雨降らし担当としてこき使ってやる」

 ドヤ顔の公爵をにらみながら、オディールはギリッと奥歯を鳴らした。

 奴隷契約は魔法による厳正な契約であり、主人の言うことに逆らうことはできなくなる。一生いいように使われてしまうだろう。しかし、殺されてしまう訳にもいかない。

「ミ、ミラーナはどうなるの?」

「あいつか。奴も同罪だな。性奴隷にしたら高く売れるだろう」

 公爵がいやらしい笑みを浮かべるのを見て、オディールは身体中に怒りの炎が燃え上がるのを感じた。

「ふざけんな! 死んでもお前になど屈しない!」

 金髪を逆立て、鬼のような形相で絶叫するオディール。

 そんなオディールを公爵はつまらない物を見るような目で眺める。

「ほーん、なら死ね」

 公爵はすっと手を上げる。それを見た弓兵たちがクロスボウを構え、ガチャリと安全装置を外した。

 オディールは剣を構えてはみたものの、この距離ではとても避けられない。

 くっ!

 自分の選択は間違っていない。ミラーナを性奴隷にするなど、死んでも選べる選択肢ではないのだ。オディールはギュッと剣を握り、公爵をにらむ。まさに絶体絶命の危機に追い込まれ、早鐘を打つ心臓の鼓動がうるさいほど耳に響いていた。

 公爵はそんなオディールを鼻で笑うと、すっとオディールへ向けて手を降ろす。

 刹那、バシュッ! バシュッ! と弓が鋭く光りながらオディールに向かって無慈悲に光跡を描いた。

 その時だった。

「だめぇ!」

 ミラーナが覆いかぶさるようにしてオディールに抱き着く。

 壁にそっと穴を開け、様子をうかがっていたミラーナは最後の瞬間に飛び出し、身を挺してオディールをかばったのだった。

 ズスッ!

 鈍い音を立て、矢じりはミラーナの背中を貫く。

 ぐふっ!

 血を吐きながらオディールの上で痙攣けいれんするミラーナ。

「ああっ! ミラーナ!!」

 あまりのことに気が動転するオディールのほほに、ミラーナはそっと手を添える。

「約束……守らなくて……ごめんね……」

 息も絶え絶えに言葉を絞り出したミラーナは最後の瞬間にかすかな笑顔を見せ、ガクッと崩れ落ちた。

「ミ、ミラーナ……? ねぇ! ミラーナぁ!」

 オディールはミラーナを揺らすが、ミラーナに力は戻って来ない。

 どうしようもなくあふれてくる涙。

「え……、ちょっと……、嫌だよぉ! ぐわぁぁぁぁ……」

 半狂乱になったオディールの絶叫が部屋に響き渡る。

 オディールにとって、ミラーナと過ごす花の都での幸せな日々こそが全てだった。その大切な全てが失われていく。ミラーナがいない人生には何の価値もない。夢や希望、人生そのものがガラガラと音を立てて崩れ去っていく音が、オディールの中に響きわたった。

「ふん! 馬鹿なメイドだ。そんなことしても結果は変わらんぞ」

 公爵は鼻で笑うと、剣をブンブンと振りまわしてオディールにツカツカと迫る。

「貴様ぁーーーー!」

 オディールはキッと公爵をにらみ、右手を公爵に向けてブツブツと祭詞を唱えた。

「はははっ! 建物の中では【お天気】など何の意味もないぞ」

 公爵は笑ったが、直後、隕石が落ちてきたような激しい衝撃が天井に響いた。

「え?」「は?」

 公爵たちはけげんそうな顔をして天井を見る。

 衝撃はさらに次々と続き、強く激しく天井を穿ち続け、ベキベキと音をたてながら亀裂が広がっていく。

「ま、まずい! 逃げろ!」

 公爵は叫んだが、直後天井は崩落し、一メートルはあろうかという巨大な雹が次々と土砂崩れのように部屋になだれ込んでくる。

 ぐわぁ! ひぃ!

 逃げ惑う公爵たち。

 オディールは混乱の中、必死にミラーナを引きずって崩落してきた屋根のガレキの陰に逃げ込んだ。

 やがて雹は止み、月明かりにグチャグチャになった部屋が照らし出される。
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