上 下
62 / 87

62. 万事休す

しおりを挟む
 その晩、オディールが眠れぬ夜を過ごしていると、耳をつんざくような非常警報が部屋に鳴り響いた。

 ヴィーーン! ヴィーーン!

 セント・フローレスティーナに深刻な危機が迫っているという知らせだ。見過ごすわけにはいかない。

「よりによって、なんで今晩なんだよぉ……」

 オディールは腫れた目をこすりながら、重いため息をこぼし、ベッドから飛び降りると適当に上着を羽織った。

 部屋を出たが、隣室のミラーナが動いている気配は感じられない。ミラーナには招集義務はないので、問題はないのだが、オディールは寂しい想いを抱えて指令室へと急いだ。


         ◇


 指令室にはすでに自警団たちが集まっており、ケーニッヒとトニオが地図を指さし、深刻そうな顔をしていた。

「何があったの?」

「オディール殿、お休みのところ申し訳ない。東方に赤い狼煙ですが……そっちは延々と砂漠が続きその先は海。そちらから何かが来るとは考えにくいのですが……」

「そう? フローレスナイトを出そうか?」

「何を申されます! 領主殿は前線に出てはなりませぬ。ここは、それがしが見てまいりましょう」

 ケーニッヒはそう言うと、自警団から何名かを連れて、颯爽さっそうとした足取りで出ていった。

 オディールが窓から東を見つめると、遠くのやぐらで炎が燃え盛り、赤い筋が立ち上がっているのが見えた。

 その瞬く炎の明りにオディールはゾクッと寒気を感じる。かつて受けた破滅の予言が言い知れぬ恐怖と共にフラッシュバックしたのだ。オディールはあまりの息苦しさに思わず胸を押さえた。

 こんな時、ミラーナがいつもそばにいてくれたのに今は独りぼっち。心をえぐるような寂しさがオディールの細い胸を貫き、キュッと口を結んだ。

 やはり告白しておけばよかったのかもしれない。オディールの脳裏に後悔の念がよぎるが、同性愛の告白はリスクが高い。受け入れられなければ気持ち悪がられ、逃げられてしまう。そんなことになってしまったらもう生きていけない。そう考えると、どうしても踏ん切りがつかなかったのだ。

 ふぅと、大きく息をついて窓を閉めようとした時、オディールは西の地平線にも狼煙が上がっているのを見つける。

 は、はぁっ!?

 オディールは驚愕した。信じられないが、西からも侵入者が現れている。こんな状況に直面したことは今まで一度もなかった。

「西からも敵襲! た、大変だ!」

 突然直面した深刻な事態にオディールは恐怖に駆られ、声を裏返らせながら叫ぶ。

 作戦室に緊張が走った。ケーニッヒを始めとする主要メンバーは東へと出発してしまっている。西側へはどう対処したらいいのか対策が見つからず、室内はザワザワとし、不安が渦巻いた。

「何やっとんじゃ! 落ち着けぃ!」

 遅れてやってきたレヴィアは喝を入れる。

「あっ! レヴィちゃん!」

「いいから状況を説明せんかい!」

 説明を受けたレヴィアは地図を眺め、腕を組む。明らかに異常な敵の動き。これをどう考えたらいいのかレヴィアにもピンとこなかった。

「仕方ない、我がちっくら見てこよう」

 どんな敵が来ているかが分からないと対策の打ちようもない。レヴィアはピョンと窓枠に飛び乗ると、そのまま夜空へとダイブしていった。


       ◇


 その頃、卵型ゴーレムに乗り、東のやぐらを目指していたケーニッヒたちは怪しい魔道トラックを見つける。

 魔道トラックは月夜の花畑の中を爆走していたが、ケーニッヒたちを見つけると急に進路を変え、一目散に逃げ始める。

「あ、逃げるぞ!」

 後を追おうとするトニオだったが、ケーニッヒは違和感を覚えた。その姿にはどこか誘っているニュアンスが感じられたのだ。

 ふと、街の方を振り返ったケーニッヒは西の方でも狼煙が上がっているのを見つけ、唖然とする。

 そしてその瞬間、敵の本当の目的に気がついたのだった。

「マズい! 狙いは領主殿だ!」

 ケーニッヒは急いで反転し、全速力でゴーレムを駆って花畑を突っ走った。


       ◇


 同時刻、指令室――――。

 黄金色の淡い光をまといながら西のやぐらへと飛んで行くドラゴンを目で追いながら、オディールは言いようのない不安に包まれていた。

 深夜に東西から同時攻撃、それは手練れの軍師の策略の臭いがする。一体目的は何か……。

 直後、ガシャーン! ガシャーン! と、窓ガラスを割る音が室内に響き渡った。

 屋上から特殊部隊が次々と指令室になだれ込んできたのだ。

 キャァッ! うわぁぁぁ! ひぃぃぃ!

 慌てて逃げようとしたものの、出入り口はすでに剣で武装した黒づくめの男たちに固められ、逃げ場などなくなっていた。

 オディールは顔面蒼白となり、ガタガタと震える。そう、目的はここだったのだ。高度な隠ぺい魔法で屋上に潜み、ケーニッヒたちを引きはがす。それは敵ながらあっぱれな作戦だった。

 オディールは部屋の片隅に放置されていた古びた剣を握りしめ、敵に対峙する。しかし、剣を練習したことすらない彼女にとって、それは単なる虚勢にしか過ぎない。オディールの運命はもはや、風に揺らぐか弱い灯火のように消えかかっていた。

 いきなり訪れた絶望。オディールの心臓は早鐘を打ち、破滅の預言を回避できなかったことに深い無念さが胸を穿うがった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ
ファンタジー
【Remarks】 人々の歴史を残したいと、漠然と心に秘めた思いを初めて人に打ち明けた――あの日、 私はまだ若く、様々な可能性に満ち溢れていた。 職を辞し各地を巡り、そして自身のルーツに辿り着き、河畔の草庵で羽筆を手に取るまでの幾年月、 数多の人と出会い、別れ、交わり、違えて、やがて祖国は無くなった。 人との関わりを極限まで減らし、多くの部下を扱う立場にありながら、 まるで小鳥のように流れていく積日を傍らから景色として眺めていた、 あの未熟でちっぽけだった私の後の人生を、 強く儚く淡く濃く、輝く星々は眩むほどに魅了し、決定付けた。 王国の興亡を、史書では無く物語として綴る決心をしたのは、 ひとえにその輝きが放つ熱に当てられたからだが、中心にこの人を置いた理由は今でも分からない。 その人は《リコ》といった。 旧王都フランシアの南に広がるレインフォール大森林の奥地で生を受けたという彼の人物は、 大瀑布から供給される清水、肥沃する大地と大樹の守護に抱かれ、 自然を朋輩に、動物たちを先達に幼少期を過ごしたという。 森の奥、名も無き湖に鎮座する石柱を――ただ見守る日々を。 全てを遡り縁を紐解くと、緩やかに死んでいく生を打ち破った、あの時に帰結するのだろう。 数多の群星が輝きを増し、命を燃やし、互いに心を削り合う、騒乱の時代が幕を開けた初夏。 だからこそ私は、この人を物語の冒頭に据えた。 リコ・ヴァレンティ、後のミッドランド初代皇帝、その人である。 【Notes】 異世界やゲーム物、転生でも転移でもありません。 クロスオーバーに挑戦し数多のキャラクターが活躍する そんなリアルファンタジーを目指しているので、あくまで現世の延長線上の物語です。 以前キャラ文芸として応募した物の続編更新ですが、ファンタジーカテゴリに変更してます。 ※更新は不定期ですが半年から1年の間に1章進むペースで書いてます。 ※5000文字で統一しています。およそ5ページです。 ※文字数を揃えていますので、表示は(小)を推奨します。 ※挿絵にAI画像を使い始めましたが、あくまでイメージ画像としてです。 -読み方- Archaic Almanac (アルカイクxアルマナク) ぐんゆうりゅうせいぐん

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

処理中です...