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52. 星を渡りし者、結城彰

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「き、貴様どうやって!?」

 男は焦り、叫ぶ。

「目を潰したくらいでは何も変わらんよ」

 ケーニッヒは目をつぶったままホウキの柄を器用にくるっと回し、力強く握りなおすと男に向けた。

「バ、バカにしやがって。目が見えない奴に負ける訳ねーだろ!」

 男はドサッとオディールを転がすと、ポケットから短剣を二本取り出し、静かにケーニッヒを見定めた。

 ケーニッヒはそんな男の動作が分かっているのかどうか、ただ静かにたたずみ、微動だにしない。

 男は額に脂汗を浮かべながらそっと短剣を両手に構える。

 男はフゥフゥと荒い息を立てたが、ケーニッヒは息をしているのかもわからない程静かだった。

 その時、ビュゥと夜の風が吹き抜ける。

 男はグッと下っ腹に力をこめると、ここぞとばかりに目にもとまらぬ速さで腕を振りぬいた。ランプの光をキラリと反射しながら鋭い刃が二筋、正確にケーニッヒめがけて光跡を描く。

『やったぞ!』

 男がニヤリと勝利を確信した瞬間だった。なぜかケーニッヒは男のすぐ隣にたたずんでいるではないか。

 へっ!?

 直後、男はホウキの柄を顔面に叩き込まれ、吹き飛ばされる。

 グハッ!

 気を失い床に転がる男。

 ケーニッヒは【剣聖】スキルの【瞬歩】を使って瞬間移動をしていたのだ。

「この程度に手間取るとは……、鍛え直さねば……」

 ケーニッヒは大きく息をつき、悔しそうに首を振った。


          ◇


 ケーニッヒはもう一発パン! と男を棒でどついて安全を確かめると、かがんでオディールの様子をうかがう。

「お嬢ちゃん、大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ございます……」

 オディールはようやく体の自由が戻ってきて、ゆっくりと起き上がる。血だらけになってしまった顔は腫れあがって痛々しい。

「いやいや、昼にね、船を救ってもらったお礼さ。あのロボットは見事だった」

「あ、お客様でしたか……、助けてもらうなんて本当に申し訳ないです」

「はっはっは、賊を倒すのに客も何もないよ。……。もう大丈夫そうだね、それじゃ失礼……」

 ケーニッヒは目を開けることもなく颯爽と去っていった。


           ◇


 オディールは蹴られたところをさすりながら男の様子を見る。痩せこけて頬骨が出ている陰気な顔には全く見覚えがない。どこかの裏社会の人間かもしれない。

 と、この時いきなり男が体を起こした。

 ひぃっ!

 オディールは身構えたが、男はまるで操り人形みたいにポカンとしている。

 やがて、男の身体が淡い黄金の光に包まれ、目から眩しい光を放ち始めた。

 うわっ!

 そのあまりの異様さにオディールはたじろぐ。

「心して聞け」

 いきなり話し始める男。しかし、その声は今までの声とは全く違う、威厳をたたえた深みのある声だった。

「【星を渡りし者】結城ゆうきあきらよ。審判の時は近い。全てが終わる日、空は血に染まり、湖は炎に焼かれる。愛しきものも輝ける星となって堕ちるだろう」

 オディールは固まった。結城彰は前世の名前、この世界では誰にも言ったことなどなかった名前である。それがいきなり賊の口から出てきたのだ。全身の血が沸騰するような衝撃を感じ、オディールは息を飲んだ。

 破滅を告げるその内容も衝撃的で、オディールはガクガクとひざを震わせながら後ずさる。

 男は預言を言い終わるとまた、元のように気を失って力なくどさりと地面に転がった。

 神からの預言、そう取るしかなかったが、それは女神の持つ優しさとは対極にある預言である。オディールはどう理解したらよいのか皆目見当がつかず、真っ青な顔で震えるばかりだった。

 やがて、ローレンスや自警団の人達が駆けつける。オディールは肩を支えられながら救護室へと運ばれていったが、心の中には破滅の預言が渦巻き、震えが止まらなかった。


          ◇


 衝撃的な夜が空けた――――。

 オディールは預言のショックで寝不足気味であったが、ケガなどは聖水で完治していてもう活動には問題がない。

 襲撃の後始末に目途がつくと、オディールはケーニッヒを応接室に招いた。

 一同ソファーに腰かけ、ローテーブルにお茶を配したオディールとミラーナは深々と頭を下げる。

「昨晩はありがとうございました」「ありがとうございました」

「なに、素晴らしい聖水風呂を作ってくれたお礼ですよ。お気になさらず」

 ケーニッヒは顔色一つ変えずサラッと答え、花びらの浮いたハーブティーを一口すすった。

 昨日は暗がりで良く分からなかったが、この世界では見ることの少ない長く流麗な黒髪、武芸者特有の殺気を含んだ鋭い眼差しにオディールは気おされる。

「何かお礼をしたいのですが……」

 ケーニッヒの謎めいた雰囲気にやや怯えつつ、オディールは切り出した。

「ふむ、そうしたら、私も仲間に加えてもらえんかな?」

 ケーニッヒはティーカップを置いて身を乗り出すと、オディールの碧い瞳をのぞきこんだ。

「な、仲間?」

「この街は素晴らしい。きっと世界の在り方すら変えるだろう。ただの客ではなく、もっと自分ごととして関わって、この街の行く末を見ていきたいんだ」

 ケーニッヒはまっすぐな目でオディールを見た。

「そ、それはありがたいですが……」

 いきなりの提案にオディールは隣のミラーナを見る。しかし、ミラーナもどうしたらいいか分からない様子だった。

「例えばここはセキュリティがおろそかだ。今回のようなことは今後何度でも起こるだろう。自分なら未然に防げる。どうかな?」

 ケーニッヒはにこやかに提案する。

「な、なるほど。治安は確かに大切ですが……」

 助けてはもらったものの、身元も分からない武芸者をいきなり採用することに抵抗のあるオディール。

「何を迷っとる。剣聖が味方についたら百人力じゃろ!」

 レヴィアがパン! とオディールの背中をはたいた。

「け、剣聖!?」

 オディールは目をまん丸に見開き、ケーニッヒを見た。剣聖とは一騎当千、伝説的な人類最高峰の剣の達人である。普通の国なら国賓待遇で招き、国王自ら守護神として剣術指南役をお願いするような超VIPなのだ。

「ははっ、それは昔の話……、今はもう引退ですよ」

 ケーニッヒは鼻で笑うと首を振った。

「いやいや、あの賊だって相当な手練れのはずじゃが余裕で勝っとるじゃろ? まだまだ現役で通用するはずじゃ」

「まあ……あの程度なら負けんですな。それもここの聖水風呂のおかげかと……」

 オディールはガバッと立ち上がるとケーニッヒの手を取る。

「ぜぜぜ、ぜひお願いします!」

 いきなりの手のひら返しにケーニッヒは苦笑しながら静かにうなずいた。

 こうして、オディール達の護衛として剣聖が仲間に加わることになる。今までの素人の護衛からいきなり世界最高水準のセキュリティにアップしたのだった。

 預言で気持ちが沈んでいたオディールは、一筋の光明が見えた気がしてケーニッヒと固い握手をかわし、にこやかに笑った。

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