上 下
32 / 87

32. 賽は投げられた

しおりを挟む
 困惑している二人に、オディールは固く握った拳をブンブンと振りながら、熱意を込めて語る。

「何言ってるんだよ。街を目指す以上、セント・フローレスティーナには少なくとも十万人が住むことになるんだよ? 最終的には百万人を超えるかも。ショッピングモールは必要さ」

「百万……? 王都ですら二十万人しかいないんですよ?」

 ヴォルフラムは困惑しながら返す。

「百万くらい行くんじゃないの? 一千万人の都市だってあるんだ……。あっ、理屈上はね?」

 オディールはつい東京を思い出しながら言ってしまい、慌てて冷や汗を流した。

「一千万人なんて不可能ですよ! でも……、そんなに人が集まったら凄いことになりそう……。夢みたいですねぇ」

 ヴォルフラムはメトロポリスを夢見て、嬉しそうに笑った。

「ほんと夢みたいだねぇ……」

 オディールは憂いを帯びた瞳でロッソを見つめ、深いため息を零した。そう、東京の暮らしは夢みたいだった。新宿の高層ビルで働いて、夜は渋谷の夜景を眺めながら飲み、ラノベを読んで、アニメを観て笑っていた。ネットではバカな騒動がひっきりなしに起き、みんなでバカ話を書き込んで笑いあう。異世界ではもう想像もつかない刺激と熱情のるつぼだった。

 オディールの胸を一抹の寂しさが吹き抜ける。

 しかし、今、自分には新しい仲間とセント・フローレスティーナがある。オディールはブンブンと首を振って未練を飛ばすと、ここを東京なんかより楽しく活気ある街にするのだと、決意を新たに拳を握りしめた。


          ◇


 二階のフロアも完成し、立体駐車場みたいながらんとした一階の空間に壁を作っていく。当面は住居に、その後商店としても使えるような区分けを考えながら廊下を作り、住めるように壁を張っていった。

「そろそろ夕飯にしませんか?」

 ヴォルフラムがお腹を鳴らし、目を潤ませながらオディールに哀願する。

 その姿があまりに可愛らしいので、オディールはつい笑いそうになった。

「そうだね、続きは明日だ。ミラーナもお疲れ様!」

 張った壁が若干曲がっているのが気になって、ペシペシと岩壁を叩いていたミラーナは振り返り、驚いたように言った。

「え? もう終わり? 私はまだまだいけるわよ!」

「夕飯の準備もしないとだし、ヴォルのお腹がもう限界っぽいよ」

 ミラーナはヴォルフラムの方を向くと口をとがらせ、大きく息をついてうなずく。

 その時だった。バサッバサッと翼のはばたく音が響いてきた。

 急いで広場に行って見上げるとレヴィアが着陸態勢に入っている。背中には人影があり、大きな荷物を足からぶら下げている。どうやら移住者も連れてきたようだった。

 レヴィアは素早く羽ばたいて空中に一旦止まると、荷物を降ろし、自分も広場に降り立つ。

 ズーン! と、重低音が響き渡り、セントラル全体が地震のように揺れた。

「あわわわ。レヴィア! ダメだよ! ここは人間専用!」

 オディールは両手を突き上げ、怒りの叫びを響かせた。

「なんじゃい、もっとしっかりしたもの建ててくれぃ。ガッハッハ!」

 レヴィアは悪びれもせず重低音を響かせながら笑う。

 すると背中からアラサーの赤バンダナ男がピョンと跳びおり、駆け寄ってくる。

「おぉ! お嬢ちゃん。君が領主さんっすか?」

 男はなれなれしくオディールに近づいた。

「りょ、領主……?」

 男に迫られ、気おされるオディール。

「こんな華奢きゃしゃな女の子に街なんて作れるんすかね?」

 男は右から左からオディールをジロジロと眺めまわした。

 直後、女性が慌てふためいて近づいてきて、力強く男の頭をはたく。

「コラァ! あんたはいつもずけずけと失礼なんよ!」

 彼女は赤毛をくくり、藍色の作業服を着て、男と同年代に見える。

「痛ったぁ! 何すんね?」

「『何すんね』じゃないよ! すみませんねぇ、ホント、コイツバカなんよ」

 女性はオディールに深々と頭を下げる。

「あー、皆の衆。紹介しよう! 彼女が我がセント・フローレスティーナの初代領主、【オディール・フローレスティーナ】じゃ。彼女がこの地を見つけ、この地を聖地として花開かせたのじゃ」

 金髪おかっぱになったレヴィアはオディールを紹介した。

「りょ、領主ってどういうこと?」

 オディールは焦ってレヴィアに小声で聞く。

「何言っとる! 移住者を受け入れた時点でここはもう領土。そしてリーダーは領主じゃ。覚悟決めんかい!」

 レヴィアはパンとオディールのお尻をはたいた。

 オディールは改めてやってきた人たちを確認する。先ほどの男女と二つの家族、子供たちを含め、おおよそ十人ほどがオディールの方に静かに視線を注いでいた。彼らの視線には、一抹の戸惑いが見て取れる。華奢な十五歳の金髪少女が領主であることはやはり不安を呼ぶのだ。

 延々と砂漠を数百キロ飛んで、着いたのは何もない花畑であり、領主は少女だという。その困惑は痛いほどわかる。何しろセント・フローレスティーナには夢と希望しかないのだから。

 とは言え、もはや賽は投げられたのだ。オディールは彼らを見回し、ゴクリと唾をのんだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~

はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま) 神々がくじ引きで決めた転生者。 「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」 って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう… まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

処理中です...