上 下
12 / 87

12. 僕ってすごい?

しおりを挟む
 オディールは、軽快な走りで広場を横切り、大きな岩の上にピョンと跳び乗ると、広大な畑が続く大地を見渡した。確かにところどころ黄色くなってしまっていて元気がない。

「よーし、いっちょやってみっか!」

 オディールは自信に満ちた笑顔で、力強くこぶしを握った。

 大きく息をつくと、オディールは目をつぶり、雨のイメージを丁寧に紡いでいく。やりすぎたら洪水になってしまうし、局所に降らしても被害が出る。畑全体に広く潤すような雨のイメージを固めていく。

 よし……。

 オディールは快晴の青空に向けて両手を広げ、神妙な面持ちで祭詞を唱えた。

「【龍神よ、猛き息吹で恵みを降り注げ】」

 詠唱と同時にオディールの全身からは青く光る微粒子がブワッと飛び出し、渦を巻きながら大空へと立ち上っていく。

 それはまるで青く輝く龍が空へと昇っていくように見えた。

 キラキラ光る龍が大空へ吸い込まれていった直後、にわかにき曇り、暗雲がもこもこと立ちこめていく。

 ポツリポツリと天からの恵みは畑へと降り注ぎ始め、やがてザーっと本格的な雨になる。

 久しぶりの雨は乾ききった大地にどんどんと吸い込まれ、ひんやりとした風が雨の香りを運んできた。

 眼を凝らすと、畑の中に点在する家々からは次々と人々が飛び出してくる。彼らは雨に打たれながら口々に神への感謝を叫び、大空に手を広げた。雨はまさに生命の源、干天かんてん慈雨じうはこの上ない恵みだったのだ。

 やがて大人も子供もずぶ濡れになりつつ、溢れんばかりの喜びで踊り出す。

 オディールはその情景を眺めながら、ほろりと涙が零れ落ちた。お前など要らないとバカにされ、王都を追い出されたオディールの心には自身が予想していた以上に深く、切ない傷痕が刻まれていた。どんなに気丈にふるまったとしても、人から否定されることによる心の傷はごまかしきれない。

 しかし、今、目の前で歓喜に包まれる人たちを見て、オディールは全ての呪縛から解放されたのだ。前世でもこんなに人に喜んでもらったことなどなかったのだから。

 もちろん、オディールがこんな奇跡を引き起こせたのは、女神から授けられたチートのお陰である。だが、危険をものともせずに王都を後にした彼女の決断が、それを可能にしたのだ。

 旅に出て良かった……。

 オディールは手の甲で涙をぬぐうと、喜びに舞う人々に両手を広げ、『幸あれ』と願った。

「おぉぉぉ! すごいです!」

 ヴォルフラムは感動して駆け寄ってくると、両手を組んでオディールを崇める。天候を操れるとは聞いていたが、ここまで完璧に雨を降らせるとは思っていなかったのだ。ヴォルフラムにはここまでできるオディールはもはや神と映っていた。

 オディールは急いで涙をぬぐい取ると、ニヤッと笑ってヴォルフラムを見下ろす。

「ふふーん、どう? 僕ってすごいでしょ?」

 少しおどけた調子で腰に手を当てたオディールは、モデルのようにドヤ顔でポーズを取る。

「姐さん! 僕は一生姐さんについていきます!」

 ヴォルフラムのまっすぐな熱い言葉がオディールの涙腺を緩ませた。

「や、やだなぁ、ちょっと重いんだけど……」

 オディールはさりげなく後ろを向いて溢れてくる涙を隠す。

 顛末てんまつを知るミラーナは少し涙ぐみながら、そんなオディールを温かいまなざしで見守っていた。

 雨雲はオランチャの畑一帯を潤しながら風に流され、徐々に山の方へと消えていく。乾いた大地に降り注いだ雨は、畑の作物を緑色に輝かせ、心なしか元気になったように見えた。


        ◇


「あれ、何かしら?」

 ミラーナが眉をひそめ、山の方を指した。

 見ると、巨大な鳥のようなものが稜線を越え、雨の中を優雅に舞い、ゆっくりと羽ばたいている。

「も、もしかして、ドラゴン!?」

 オディールは色めき立ち、鳥とは一線を画すその雄大な姿に釘付けになった。

「あぁ、あれがドラゴンですよ……。でも……、何だか様子がおかしいですね」

 ヴォルフラムは眉をひそめ、首をひねった。

「うぉぉぉ、すごいすごい! イッツ・ファンタジー!」

 興奮に身を任せ、オディールは岩の上でピョンと飛び上がる。

 旅客機に匹敵する大きさを誇る幻想的な巨体が、壮大な山脈を背景に翼を大きくはばたかせ優雅に空を舞っている。それは一幅の絵画のような異世界ならではの光景であり、オディールは目を輝かせ、食い入るようにドラゴンを見つめた。


「な、何だかこっちを目指してますよ。こんなこと今までなかったのに……」

 ヴォルフラムは青い顔をしながら後ずさる。

「え? こっちにやってくるの? すごいじゃん!」

 オディールはのんきにそう言うが、ヴォルフラムは泣きそうになりながら頭を抱える。

「もしかして、雨を降らせたことを怒っているんじゃ? ど、ど、ど、どうしよう……」

「へ? 怒らせちゃった? ど、どうなるの?」

「し、知りませんよ。今までドラゴンを怒らせた人なんて聞いたこともないですから」

 オディールはドラゴンを見つめながらアゴをなで、しばらく考えると、ニヤッと笑って聞いた。

「ドラゴンって……、強い?」

「そりゃぁ全ての生き物の頂点ですからね。口から吐く炎、ドラゴンブレスはありとあらゆるものを焼き尽くすと言われてますよ。そんな攻撃されたら僕らなんて一瞬で炭……、ひぃ!」

 ヴォルフラムは巨体を丸くしてガクガクと震えた。

「ミラーナ、岩壁ロックウォールよろしく!」

「えっ!? ドラゴン相手に戦うの!?」

「売られたケンカは買わなきゃ!」

 オディールはワクワクを押さえきれずに、いたずらっ子の笑みを見せる。

 ミラーナとヴォルフラムは眉をひそめ、顔を見合わせた。

 そうこうしているうちにもすさまじい速度で迫ってくるドラゴン。漆黒の鱗に包まれた巨体はほのかに黄金色の光をまとい、巨大な牙、鋭い爪を光らせながら泰然と大きな翼をはばたかせ、空を駆けてくる。

「総員戦闘配置につけ!」

 オディールはノリノリでこぶしを突き上げるが、ミラーナもヴォルフラムもどうしたらいいか分からずオロオロしている。

「大丈夫だって。ドラゴンって言ったってトカゲの一種でしょ? ガツンと一発ぶちかましてやれば瞬殺だよ。一緒にドラゴンスレイヤーになるぞ! オーッ!」

 のんきに勝つ気満々なオディールに、ヴォルフラムは冷汗を垂らしながら説得する。

「いやいやいや、ドラゴンは神の使いですよ? 人間じゃ勝てませんって!」

 しかし、オディールは逆に燃えてしまう。

「ふふーん、では僕らが人類史上初のドラゴンスレイヤーだぞ。いいから魔法の用意して!」

 二人は渋々、魔法陣の描かれた魔法手袋を取り出すと右手につけた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

Crystal of Latir

ファンタジー
西暦2011年、大都市晃京に無数の悪魔が現れ 人々は混迷に覆われてしまう。 夜間の内に23区周辺は封鎖。 都内在住の高校生、神来杜聖夜は奇襲を受ける寸前 3人の同級生に助けられ、原因とされる結晶 アンジェラスクリスタルを各地で回収するよう依頼。 街を解放するために協力を頼まれた。 だが、脅威は外だけでなく、内からによる事象も顕在。 人々は人知を超えた異質なる価値に魅入られ、 呼びかけられる何処の塊に囚われてゆく。 太陽と月の交わりが訪れる暦までに。 今作品は2019年9月より執筆開始したものです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

婚約破棄ですって!?ふざけるのもいい加減にしてください!!!

ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティで突然婚約破棄を宣言しだした婚約者にアリーゼは………。 ◇初投稿です。 ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

素質ナシの転生者、死にかけたら最弱最強の職業となり魔法使いと旅にでる。~趣味で伝説を追っていたら伝説になってしまいました~

シロ鼬
ファンタジー
 才能、素質、これさえあれば金も名誉も手に入る現代。そんな中、足掻く一人の……おっさんがいた。  羽佐間 幸信(はざま ゆきのぶ)38歳――完全完璧(パーフェクト)な凡人。自分の中では得意とする持ち前の要領の良さで頑張るが上には常に上がいる。いくら努力しようとも決してそれらに勝つことはできなかった。  華のない彼は華に憧れ、いつしか伝説とつくもの全てを追うようになり……彼はある日、一つの都市伝説を耳にする。  『深夜、山で一人やまびこをするとどこかに連れていかれる』  山頂に登った彼は一心不乱に叫んだ…………そして酸欠になり足を滑らせ滑落、瀕死の状態となった彼に死が迫る。  ――こっちに……を、助けて――  「何か……聞こえる…………伝説は……あったんだ…………俺……いくよ……!」  こうして彼は記憶を持ったまま転生、声の主もわからぬまま何事もなく10歳に成長したある日――

処理中です...