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65.城を飛ばすぞ!

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 翌朝、朝食の時間になってもディナは現れなかった。
 俺も合わす顔がないので、それはそれで都合が良かった。

「誠さん、すごいね。よく我慢できたわね」
 サラはそう言ってニヤッと笑う。さすがにちゃんとチェックしていたようだ。

「私には心に決めた女性がいるんです!」
 内心めちゃくちゃ後悔しながら強がる俺。

「ふふっ、そういう誠さん、嫌いじゃないわよ」
 そう言ってサラは俺の目をじっと見つめる。
 美人の姿でこれをやられたらヤバかったかもしれないが、今は男の姿だから大丈夫。


「今日は何したい?」
 サラが朝食のアジの開きをつつきながら聞いてくる。

「イマジナリーを練習したいんですがいいですか?」
「ふぅん、どんな練習?」
「天空の城を浮かべたいなぁって」
「えっ!? 空にお城!?」
「あれ? マズかったですか?」
海王星人ネプチューニアンはそんな事考えないからねぇ」
「私が作ったAIがやってたので、私がもっと良い奴を作ってみたいなって」
「ふぅん、じゃ、太平洋の真ん中でやりますか、誰も見てないし」
「いいんですか? ヤッター!」


          ◇


 食後にもう一度患者を診て、回復してるのを確認し屋敷を出た。
 しばらく行って振り返ると、見送る女の子の姿が見えた。ディナかな?

 大きく手を振って見送りに応えたら、屋敷に引っ込んでしまった。
 ゴメンな。
 俺は大きく後悔しつつも、でも、納得いく人生を選んだ自負はある。
 でも……あぁバカ者だな俺は……。


          ◇


 海岸の人気ひとけのないところでサラは俺の手を取り、南太平洋のピトケアン諸島へと瞬間移動した。

 サンゴ礁のビーチに降り立つと、サラは両手を大きく上げて言った。

「周囲4000kmに人はいないわ、思いっきりどうぞ」

 奇麗な真っ白のビーチ、遠くに見える島々。最高の環境だ。

 俺はまず、城の母体となる島を物色した。城のサイズは200mくらいは欲しいよな。
 深層心理に潜って周囲を衛星写真のような視点で俯瞰する。

 ちょっと行ったところにちょうどいいサイズの島を見つけた。俺は島の地下の材質含め、城としての構造のイメージを固めていく。なるべくカッコよく切り抜きたい。

 イメージが固まると、イマジナリーを使って島の材質の属性に手を入れていく。俺は材質の項目に重力適用度というのがあるのをチェックしていた。そして、島の地下の材質の部分に『-10%』というマイナスの数値を入れてみる。つまり、島は空に向かって落ちるはずだ。
 しかし……何も起こらない。『-20%』に下げてみる……、ダメだ。
 ここは強気に『-100%』。
 すると……

 ゴゴゴゴゴ!!

 と、地鳴りがして島が空へ向かって飛んで行った。
 島を引き抜かれた部分には海水が流れ込み、ドッパーンと激しい水柱が上がって軽い津波を引き起こしている。また、島から剥がれたでかい岩が何個も落ちてきて空襲の様に海面を襲う。

 俺は津波を回避しつつ重力適応度を『5%』に書き換える。すると1km程度の高さまで飛んで行った島は緩やかに下降し始めた。
 その後、うまくバランスを取りながら地上100m位のところに安定させる。
 島の形はダイヤモンドの石の形をイメージして下を尖らせてある。やっぱり丸いよりは尖った方がカッコいいよな。なぜラピ〇タでは丸にしたんだろうかと思ったら、あれは物語上丸い方が都合が良かったからなんだという事に気が付いた。やっぱり自分で作ってみると気が付くこと多いなぁ。

「おぉ、やるわね!」
 様子を見ていたサラも楽しんでくれているようだ。

 このままだと風で流されていくので、カーボンナノチューブの繊維で作ったロープを島の4か所に打ち込み、地上に係留させた。
 これで天空の島の出来上がりだ。ロープで係留する様は銃夢に出てきたザレムみたいだな。

 続いてお城を建てないとならない。

 まずは島に降り立って、整地をする。使えそうな植木を残し、後は全部平らにならす。ならすのはイマジナリーで一発なのだ。
 続いて海王星ネプチューンのデータベースにアクセスし、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城の3Dデータを入手した。やはりお城と言えばこれだよね! この美しい城の尖塔や屋根の形は参考にしたい。それ以外にもめぼしい城の3Dデータを集め、良さげな要素を切り出しては貼り、切り出しては貼りを繰り返す。
 出来上がった3Dデータの床の部分の形状を島の上にマークして、基礎になるコンクリート杭をマークに合わせて打ち込んでいく。
 終わったらいよいよ城の構築である。3Dモデルに白色大理石のデータを流し込んで、重力適応度0%で島の上で実体化させる。

 ボン!
 と、派手な音がしてフル大理石の巨大な城が出現した。

「うぉぉぉ……」
 現れた巨大な城に思わず驚きの声を出してしまう。マンションサイズの建物がいきなり現れるのは頭では分かっていても圧倒される。

「はっはっは! 誠さん、自分で出したのに驚いてちゃダメよ」
 サラはそう言って笑う。

「こんな大きなもの出したの初めてなんですよ」
「すぐに慣れるわよ。それにしても綺麗なお城ね」

 6階建ての巨大な城は、白い大理石が太陽の光にキラキラと輝いて、ウットリするような質感を醸成している。

「いやぁ、綺麗ですね。自分で作っててビックリですよ!」

 俺は上機嫌で最終工程に入る。
 城を少しずつ動かして基礎の杭の位置に合わせる。
 そしてゆっくりと降ろしてきて、最後は重力適応度を100%に戻す。

 ズーン!

 城はうまく乗った……が、重心がずれていたようで島が回転していく。

 ヤバい、重心の計算忘れてた!

 慌てて大理石の重力適用度を落とすが、動き出した島はすぐには止まらない。
 俺たちの方向に城が倒れてくる。

「ヤバい! 逃げて~!」
 俺はそう叫んで空中に逃げる。
 サラもニコニコしながら俺についてくる。

 島はどんどん回転していって、ついには城は島から振り落とされる感じで海に叩き込まれた。

 ザッバーン!

 凄い音を立てて大きな水柱が上がり、城はバラバラに壊れた。

「ハッハッハ!」
 サラにはバカ受けである。

「笑わないでくださいよぉ……」
 俺は涙目。

 やっぱり島の土台全部に均一のマイナスの重力適用度つけちゃダメだ。やじろべえの様に下や周辺部はプラスに、中心部分は強いマイナスにしてみよう。

 俺は墜落して壊れた城を消去すると、島の組成の調整を行った。

 次に重しを城の各部に置いて城の傾き具合をチェック。十分に復元力があることを確認し、満を持して再度大理石の城を乗せた。

 ズーン!

 一応逃げる準備をしながら様子を見る……。

 今度は傾かないようだ。
 大丈夫……かな?
 今度こそ成功である。

 島がゆっくり沈んでいくので浮力調整して完成!

 うむ!

 サラはパチパチと拍手してくれた。

「ファンタスティック! 折角なら住めるようにしようか?」
「え!? ここに住むんですか?」
「下からは見えないような特殊なフィールドを展開すれば、街の上飛んでても大丈夫よ。この地球に飛行機はないもん」
「なるほど! やりましょう!」

 二人で手分けをして城を本格的に住める場所にする施工を行った。
 しかし、城は6階建て、部屋も何十部屋もある。そう簡単ではない。
 窓ガラスを300か所はめ込み、ドアを80か所設置し、各部屋の内部にはカーペットを貼り、また、テーブル、椅子、ソファーにベッドを整備した。電気、上下水道の配管を通し、蛇口やシンクを取り付け、トイレには便器を設置した。
 配管の先には電気を生むモジュールと水を生むモジュール、排水を消去するモジュールを設置する。
 厳密にいえば海王星人ネプチューニアンには水道も電気も要らないんだが地球人的基準で考えると、無いと不安になるんだよね。まだ地球人根性が抜けてない。

 各部屋にはお城に似合うゴージャスなシャンデリアを取り付け、光を放つライトボールをはめる。

 ライトボールは燃料不要で延々と輝き続ける便利な球。仮想現実空間の地球ではエネルギーの保存則とか意味ないので何でもアリなのだ。ただ、地球人に見つかるような場所で使うのは禁止されている。こんなチートな道具、見つかったら大事件になってしまう。

 お風呂も重要なので、大理石風呂を作り、ライオンの石像からお湯が出るようにした。水道に温度調整モジュールと二酸化炭素添加モジュールを追加しただけだが、立派な炭酸泉が出来上がった。
 一番大変だったのは内装。チープな内装では折角の城が映えない。俺はいろんな城の内装データを見ながら色とデザインのテイストを決め、大理石の壁面に布を張り、また金属をはめ、塗装インクでプリントしていく。

 昼夜休まず作業し続け、三日かけてようやく完成にこぎつけた。大変だったがリアル・マインクラフトやってる感じでとても楽しかった。物を作っていくって楽しいよね!

 最後に城の最上階、ダイニングルームの冷蔵庫にワインとチーズとビールを入れて、準備オッケー。

「これで出来上がりですかね?」
 俺が聞くと、サラは、

「そうね、これなら十分に暮らせるんじゃないかしら?」
 そう言って微笑んでくれた。

「さて! 竣工式を行いましょう!」
 俺は酒が飲みたくて仕方なくなってたので、サラに提案する。

「そうね、じゃぁ乾杯しますか?」
「あ、ちょっと待って!」
 折角なら風光明媚なところがいいよね、という事で、俺は係留のケーブルを外し、城を駿河湾上空に転送させた。
 富士山がバーン! と目の前に現れる。
 あー、やっぱり日本人は富士山だよな!

「あら、素敵な景色ね!」
 サラも気に入ってくれたようだ。

「じゃぁシールド張るわよ!」
 そう言ってサラは城全体にシールドを展開し、同時に城の位置座標を固定した。これで風に流されないし、台風来ても平気だし、下から見ても見つからない。完璧だ。

 俺は城が周りからどう見えるか気になって、自分の体の重力適応度を0にして周りを飛んでみた。

 富士山をバックに浮かんでいる島、そしてそこにそびえる中世のお城……
 庭園の緑の植栽から立ち上がる白亜の宮殿、天を衝く鋭い尖塔が富士山をバックにすごい映える。

 うぉぉぉ、美しい!

 サラも飛んできた。
「うわぁ、凄いわねぇ! まさに空飛ぶお城だわ! 綺麗……」

 俺たちはしばらく、優雅に浮かぶ美しいお城に見惚れていた。

 始めこの世界が仮想現実空間だと聞いた時、絶望しか感じられなかったが、今思うと仮想現実の方がいいんじゃないかとまで思えてしまう。こんな楽しいこと、リアルだったら味わえない……。
 俺は達成感で満たされていくのを感じていた。

「じゃぁここで乾杯!」
 サラはシャンパンを出して俺に差し出す。

「いいですね! お疲れ様!」

「天空の城、竣工に乾杯!」「カンパーイ!」

 俺たちは三日間の苦労を思い出しながら、ゆっくりシャンパンの爽やかな味を楽しんだ。

 どうだシアン、俺のお城の方が美しいぞ!
 お前に見せてやりたいよ。


         ◇


 寒くなってきたのでダイニングに戻り、今度は赤ワインを入れた。

 サラはチーズをつまみながら、窓の向こうにデーンとそびえる富士山に見入っていた。

「誠さんはやっぱりすごいね、才能を感じるよ」
「あはは、お世辞美味いですね、何も出ないですよ」
海王星人ネプチューニアンはサーバントだから主人の命令を淡々と聞くだけしか、やろうと思わないのよ。こういう楽しいこと、やろうという発想がもともとないの」
「その主人の命令って何なんですか?」
「地球の文明文化をどんどん育てろって命令よ」
「地球人を手伝っちゃダメなんですよね?」
「そう、あくまでも地球人が試行錯誤しないとダメね」
「それはなぜなんですか? 手伝ったらすぐにどんどん発展しそうですが」
「多様性ね。今までになかったような文明、文化が欲しいので、私たちの価値観は極力排除して接さないといけないの」
「多様性……ですか。でも、それを評価するご主人たちはもう誰も残ってないんですよね?」
「いや、単に寝てるだけよ。条件が揃ったら起こす手はずになってるわ」
「え? その条件って何なんですか?」
「ふふふ、それは秘密ね。でも誠さんならすぐに気が付くと思うけど」

 クリスも似たようなこと言ってたな……何なんだろう……。

「そうだ、お風呂行こうよ」
 サラは嬉しそうに言う

 確かにお酒がいい感じに回ってきて、今風呂入ったら気持ちいいだろうなと思う。でも……サラって女性だよね? いいのかな……?

「お風呂一つしかないですけど、一緒に入って大丈夫なんですか?」
「あはは、男の体してる時はいいのよ!」
「うーん、そういうもんですか……」
 よく考えたら俺の裸が女性に見られちゃうって事でもある……よね?
 まぁいいか……今は男だし……


        ◇



 着物を脱いで湯船にザブーン!

「うひゃ――――!! 気持ちい――――!!」
 俺が上機嫌ではしゃぐと、サラが思いっきりジャンプして飛び込んできた。

「それ――――!!!」

 バシャーン!!

 思いっきり余波を被る俺。

「うわっ! 頼みますよサラさん!」

「あはは、ゴメンゴメン! 一度やってみたかったんだコレ!!」

 まぁ確かに気持ちはよくわかる。

 湯船につかってそびえる富士山を見る。夕暮れが近づいていい感じに陰影が付いていて美しい。

 あー、幸せだぁ
 由香ちゃんにも見せてあげたいなぁ……このお城とこの風景!
 クリスの地球に持っていけないかなぁ……
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