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人類を継ぐ者
45.割れた頭、女子高生を倒す
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ミィの相手でしばらく収まっていたシアンの好奇心だったが、最近ぶり返してきていて『遊べ遊べ』とまたうるさく言うようになってしまった。
遊び終わっても10分もしたら
「まこ~、ここ~!」 と、声がかかるようになってしまった。
何しろシアンは寝ない。厳密には記憶の整理などのバッチ処理が夜間に走るため、30分くらい横にはなるんだがその程度だ。疲れ知らずで常に全力で遊びを要求してくるのは本当に疲れる。寝なくていいというのは羨ましくはあるが相手をする方は大変だ。
退屈させるのも本意ではないのでネット情報へのアクセスを許す様にした。
もちろん、子供に有害なページへのアクセスは禁止して、無難なコンテンツだけアクセスできるようにした。
シアンがボーっとして見える時はどうやらネットサーフィンをしているらしい。
部屋のモニターに今シアンがどのページを見ているのかを表示させてみると、写真を次々と追っているようだった。動物やキャラクターや人物や乗り物など無難な物を凄い速さで次々と鑑賞している。
そのうちにWikipediaなど、情報サイトを漁り始めた。
読む速度は異常に速いと言うか、読み終わる前に複数のリンク先ページにどんどん飛んでいてビビる。
後でログを見てみたら、同時並行で数十コンテンツを読んでいるようで、もはや人間の目には追えないようなレベルである。うーん、これはなんだかヤバい予感がする。
俺はみんなを集めてシアンの学習方法についてディスカッションを行った。
自我の発達が十分にしきらない時期に多量の情報を得るのはマズいんじゃないか、との俺の意見に、
マーカス達も同意しつつも、では、代わりに好奇心旺盛なシアンに何を与えたら良いのかで止まってしまった。
由香ちゃんが言う、
「そろそろ外出とかどうですか?」
「うーん、普通の赤ちゃんと違うから、変な人に目をつけられたらいやなんだよね……」
「でも街での体験も学習には必要でしょ?」
「いやまぁ、おっしゃる通り……」
俺はしぶしぶ抱っこひもで胸の所にシアンを固定して、街を歩いてみる事にした。
シアンにとっては生まれて初めての外出。由香ちゃんもついてきてくれるというので3人でお出かけである。
初めて見る外の景色にシアンは凄い興奮気味だ。
頬に当たる風、眩しい太陽、走り過ぎる自動車たち、カラフルな看板のお店、すれ違う人、全てに驚き、興奮し、
「う~!」 と、目をキラキラさせながらあちこちを指さしている。
こんな事ならもっと早く外出させればよかった。
地下鉄を乗り継いでショッピングモールに着いた。
モールの中は吹き抜けになっていて、たくさんの店舗がずらっと並んでいる。
アパレルやカフェ、活気ある店内を覗き込んでは
「う~!」
他の子供連れとすれ違っては
「う~!」
楽しそうである。
ベビー用品店に行き、服を見繕う。
折角の機会なので何着か買っておきたい所だ。
恐竜の着ぐるみみたいなパジャマや、かぶるとクマになるお包みなどいろんな商品に目が移るが、ここは実用重視で行きたい。
と、思ってるそばから由香ちゃんは
「きゃ~! かわいぃ~!」 と、次々手に取ってしまう。
「いやいや由香ちゃん、洗う事考えて実用重視で行こうよ」
「え~~! 折角かわいいのに~~!」
「いやいや!」
由香ちゃんは握りずしのエビを模した服を持ってきてシアンにあてがう。
「ほら、シアン寿司になったよ!」
「えみ”! きゃっ! きゃっ!」
シアンは上機嫌である。
「いやいや、エビを誰が洗うのよ!」
「誠さんノリ悪いわよ!」
「いやいやいやいや」
店員がするすると近づいてきて
「お父さま、こちらは洗濯も簡単ですよ!」
う、返答に困る。
「お母さま、こちらはこういうのもありますよ!」
由香ちゃんは俺と目を合わせて困惑している。
「では、こぇひとつください!」
シアンが勝手に発注する。
「えっ?もうこんなに話せるんですか!?」
驚き固まる店員
俺は冷や汗かきながら、
「あ、オウム返しみたいなものです」
「オウムです! きゃははは!」
目を丸くする店員
「あ、構わなくて大丈夫です、普通のつなぎはどこにありますか?」
と、言ってその場を濁した。
結局つなぎを3着、帽子と靴を買った。
店を出ながらお腹に付けたシアンに言い聞かせる。
「シアン、勝手に他の人に話しかけちゃダメ!」
「だめ! きゃははは!」
「今度やったらメってするよ!」
「メっ! きゃははは!」
分かってんのかな……。
近くのカフェで一休み。
ベビーチェアにシアンを乗せて、パンケーキをつつきながら珈琲を飲む。
「あ~、重かった。結構シアン重いわ」
「おむ~い!」
「そうそう、お前はもう8kgもあるんだ。付けて歩くには重いのだ!」
「はちきろ! はちきろ! きゃっ! きゃっ!」
どこまで認識しているんだろう?
少なくともWikipedia読み込んでいるんだから文章は理解できてるはず。
だから俺の言う事も分かってるはず。
「シアン、ここどこか分かってる?」
「よついふどうさん~! うりあげいっちょ~はっせんおく~!」
いや、ちょっとお前、声でかすぎ!
店員のおねぇさんが怪訝な目でこちら見てるじゃないか!
「シアン、ちょっと声が大きすぎるかも」
「おおきすぎ~! きゃはははは~!」
う~ん、どうしたものか。
人目が気になるので早めに切り上げて、芝生の公園に移動。
◇
シアンを放すと元気にハイハイでどんどん移動していく。
そして今度はごろごろ転がって……
「きゃはははは~!」
と大喜びである。
シアンはせわしなくあちこち移動しながら、最後はよちよち歩きにチャレンジ。
一歩……二歩……あー!
少しだけ歩く事ができるようになった。
筋肉も相当ついてきたようだ。
俺は由香ちゃんとベンチに座りながら言った。
「芝生でこんなに喜んでくれるなら、もっと早く連れてきてあげればよかったね」
「そうですね、赤ちゃんが嬉しそうにしているとこっちも嬉しくなりますね!」
由香ちゃんがニコニコして言う。
「お~! らぶらぶ~!」
シアンがこっちを見ながら言う。
「何言ってんだお前!」
由香ちゃんは赤くなっている。
「らぶらぶ~! きゃはははは~!」
通りすがりの女子高生が怪訝そうな目でこっちを見ている。
「シアン! シーッ!!」
俺は必死に黙らそうとする。
「らぶらぶ~! きゃはははは~!」
「いう事聞かないともう連れてこないぞ!」
俺が怒ると急に真顔になって
「Yes! Sir!(わかりました!)」 と言って敬礼……しながら後ろにコケた。
「あっ!」
コケた拍子で頭のカバーが外れて転がってしまった。
「きゃははは!」
本人は笑ってる。
シアンは無脳症なので顔しかない。だから頭はただのカバーなんだが、そのカバーが外れて転がった。
頭がコロコロと転がってそばを歩いていた女子高生の足元まで行ってしまう。
髪の毛がついたマネキンの頭部みたいなものが足元に来た女子高生は
「うわぁぁぁ」
そして顔だけで笑うシアンを見て
キャ――――――――――!
そう叫ぶと気を失ってその場に倒れてしまった。
ヤバい! 大変な事になってしまった。
急いで俺はシアンの頭を直し、由香ちゃんは介抱。
幸い他の通行人には見られていなかったようだ。
由香ちゃんは女子高生の衣服を整えて、苦しくない姿勢にさせて見守った。
「いやー、まずいねこれは……」
俺は由香ちゃんと目を合わせてため息をつく。
ほどなくして目を覚ます女子高生。
「大丈夫ですかぁ?」
由香ちゃんが優しく聞く。
ボーっとしていた女子高生がハッとなって
「あ、赤ちゃんの頭が!!」
「赤ちゃんがどうしたんですかぁ?」
「コロコロって転がって……」
俺はシアンを抱きかかえて女子高生に見せた。
「赤ちゃんなら大丈夫ですよ」
「いや、でも、コロコロって転がってきたんです!」
「頭転がったら死んじゃうじゃないですか」
そう言ってにっこりと笑って見せた。
「いや……まぁ……そうなんですけど……」
「何か今ストレスを抱えていませんか?」
俺がさり気なく誘導する。
「ストレス? あぁ……志望校を決めないといけないんです……」
「あー、受験、大変ですねぇ。それで何か錯覚を見たのかもしれませんね」
錯覚という事にしないと……
「ちなみにどういう大学が候補なんですか? お手伝いできることもあるかも」
由香ちゃんがなるべく話を別の事に引っ張ろうとする。
「MARCHなんですが……応京とかも……」
「あ、私、応京ですよ」
由香ちゃんがにっこりとする。
「え!? 応京生ですか!?」
憧れのまなざしで由香ちゃんを見る女子高生。
「そう、文学部。あなたは理系? 文系?」
ちょっと自慢気な由香ちゃん。
「私は数学苦手なので……文系です」
「文学部なら数学いらないから大丈夫よ」
シアンが横から口をはさむ
「しゃかぃ、えぃご、しょーろんぶん!」
目を丸くする女子高生
「シアンはいいの!」
俺はシアンを抱きあげて、これ以上余計な事を言わせないように距離を取る。
由香ちゃんは引きつった笑顔で
「ちょ、ちょうど彼と入試の話をしていた所だったんで、横から聞いて覚えていたんですね……」
「赤ちゃんって……こんなに良く話すんですか?」
「こ、この子は早熟みたいですね」
冷や汗が浮かぶ由香ちゃん。
「失礼ですがお母さま……ですか?」
「いや、この子は親戚の……」
由香ちゃんがそう言いかけると
「ママー! ママー!」
シアンが設定をぶち壊して叫ぶので由香ちゃんの額に怒りの色が浮かぶ。
「わ、私が産んだ子ではないんですが、ママとして育てているんです」
「ママー! ママー!」
「ちょっと! 大人しくしなさい!」
俺が言い聞かすが聞かない……。
「ママー! ママー!」
仕方ないので一旦由香ちゃんに戻す。
由香ちゃんはシアンを抱っこして必死に冷静を保ちながら頭をなでなでした
「言う事聞かなくて困るんですが……可愛いんです」
「じんこうしきゅう で うまれたの!」
またシアンが余計なことを言い出した。
女子高生が怪訝そうな顔で言う。
「人工子宮……?」
「し、親戚の不妊治療でできた子なんです」
由香ちゃんの必死のフォロー。
「そのまえ は マウス だったの!」
そう言って両手で掴んだ餌を食べるしぐさをして、左右をキョロキョロ警戒する真似をした。
「うまいうまい! 前世がネズミだったのね!」
女子高生はなぜかウケている。
「にじほうていしき おぼえて たたかったの!」
「二次方程式?」
怪訝な顔をする女子高生
「ママがもんだい みないで かったの!」
女子高生が混乱する。
「くりす がね! ぱーって きせき やったの!」
ここまで言うともはや安心の妄言である。
「クリス? あー、キリストが奇跡起こして前世のマウスの時代に二次方程式おぼえてママと戦ったのか? 凄いな君は!」
女子高生は楽しそうにシアンの言葉を整理する。
「きゃははは!」
全部実話だがどれ一つとして実話には思えない。すごいな。ここまで突き抜けていれば子供のたわごとで済ませられそうだ。
「あー、そろそろ我々は行かないとなので……」
俺はそう言ってシアンを抱っこひもでお腹に付けた。
「受験、頑張ってくださいね! 応京いい所ですよ!」
由香ちゃんも励まして荷物を整理する。
「はい、シアン、バイバイして」
「ばいばーい!」
こうして無事女子高生と別れた。
「シアン、他の人と話しちゃダメだよ、怪しまれたら連れてかれちゃうぞ!」
「Yes! Sir! (わかりました!)」
と言って敬礼して、
「きゃははは!」
と笑った。
絶対理解してないなこいつ。
確かに外出は人間社会を理解させるうえで重要なのは分かった。でも、相当に危険だという事も思い知らされた。
さて、どう教育をしていきましょうかね……
帰りのタクシーの中で一人思い悩むのであった。
遊び終わっても10分もしたら
「まこ~、ここ~!」 と、声がかかるようになってしまった。
何しろシアンは寝ない。厳密には記憶の整理などのバッチ処理が夜間に走るため、30分くらい横にはなるんだがその程度だ。疲れ知らずで常に全力で遊びを要求してくるのは本当に疲れる。寝なくていいというのは羨ましくはあるが相手をする方は大変だ。
退屈させるのも本意ではないのでネット情報へのアクセスを許す様にした。
もちろん、子供に有害なページへのアクセスは禁止して、無難なコンテンツだけアクセスできるようにした。
シアンがボーっとして見える時はどうやらネットサーフィンをしているらしい。
部屋のモニターに今シアンがどのページを見ているのかを表示させてみると、写真を次々と追っているようだった。動物やキャラクターや人物や乗り物など無難な物を凄い速さで次々と鑑賞している。
そのうちにWikipediaなど、情報サイトを漁り始めた。
読む速度は異常に速いと言うか、読み終わる前に複数のリンク先ページにどんどん飛んでいてビビる。
後でログを見てみたら、同時並行で数十コンテンツを読んでいるようで、もはや人間の目には追えないようなレベルである。うーん、これはなんだかヤバい予感がする。
俺はみんなを集めてシアンの学習方法についてディスカッションを行った。
自我の発達が十分にしきらない時期に多量の情報を得るのはマズいんじゃないか、との俺の意見に、
マーカス達も同意しつつも、では、代わりに好奇心旺盛なシアンに何を与えたら良いのかで止まってしまった。
由香ちゃんが言う、
「そろそろ外出とかどうですか?」
「うーん、普通の赤ちゃんと違うから、変な人に目をつけられたらいやなんだよね……」
「でも街での体験も学習には必要でしょ?」
「いやまぁ、おっしゃる通り……」
俺はしぶしぶ抱っこひもで胸の所にシアンを固定して、街を歩いてみる事にした。
シアンにとっては生まれて初めての外出。由香ちゃんもついてきてくれるというので3人でお出かけである。
初めて見る外の景色にシアンは凄い興奮気味だ。
頬に当たる風、眩しい太陽、走り過ぎる自動車たち、カラフルな看板のお店、すれ違う人、全てに驚き、興奮し、
「う~!」 と、目をキラキラさせながらあちこちを指さしている。
こんな事ならもっと早く外出させればよかった。
地下鉄を乗り継いでショッピングモールに着いた。
モールの中は吹き抜けになっていて、たくさんの店舗がずらっと並んでいる。
アパレルやカフェ、活気ある店内を覗き込んでは
「う~!」
他の子供連れとすれ違っては
「う~!」
楽しそうである。
ベビー用品店に行き、服を見繕う。
折角の機会なので何着か買っておきたい所だ。
恐竜の着ぐるみみたいなパジャマや、かぶるとクマになるお包みなどいろんな商品に目が移るが、ここは実用重視で行きたい。
と、思ってるそばから由香ちゃんは
「きゃ~! かわいぃ~!」 と、次々手に取ってしまう。
「いやいや由香ちゃん、洗う事考えて実用重視で行こうよ」
「え~~! 折角かわいいのに~~!」
「いやいや!」
由香ちゃんは握りずしのエビを模した服を持ってきてシアンにあてがう。
「ほら、シアン寿司になったよ!」
「えみ”! きゃっ! きゃっ!」
シアンは上機嫌である。
「いやいや、エビを誰が洗うのよ!」
「誠さんノリ悪いわよ!」
「いやいやいやいや」
店員がするすると近づいてきて
「お父さま、こちらは洗濯も簡単ですよ!」
う、返答に困る。
「お母さま、こちらはこういうのもありますよ!」
由香ちゃんは俺と目を合わせて困惑している。
「では、こぇひとつください!」
シアンが勝手に発注する。
「えっ?もうこんなに話せるんですか!?」
驚き固まる店員
俺は冷や汗かきながら、
「あ、オウム返しみたいなものです」
「オウムです! きゃははは!」
目を丸くする店員
「あ、構わなくて大丈夫です、普通のつなぎはどこにありますか?」
と、言ってその場を濁した。
結局つなぎを3着、帽子と靴を買った。
店を出ながらお腹に付けたシアンに言い聞かせる。
「シアン、勝手に他の人に話しかけちゃダメ!」
「だめ! きゃははは!」
「今度やったらメってするよ!」
「メっ! きゃははは!」
分かってんのかな……。
近くのカフェで一休み。
ベビーチェアにシアンを乗せて、パンケーキをつつきながら珈琲を飲む。
「あ~、重かった。結構シアン重いわ」
「おむ~い!」
「そうそう、お前はもう8kgもあるんだ。付けて歩くには重いのだ!」
「はちきろ! はちきろ! きゃっ! きゃっ!」
どこまで認識しているんだろう?
少なくともWikipedia読み込んでいるんだから文章は理解できてるはず。
だから俺の言う事も分かってるはず。
「シアン、ここどこか分かってる?」
「よついふどうさん~! うりあげいっちょ~はっせんおく~!」
いや、ちょっとお前、声でかすぎ!
店員のおねぇさんが怪訝な目でこちら見てるじゃないか!
「シアン、ちょっと声が大きすぎるかも」
「おおきすぎ~! きゃはははは~!」
う~ん、どうしたものか。
人目が気になるので早めに切り上げて、芝生の公園に移動。
◇
シアンを放すと元気にハイハイでどんどん移動していく。
そして今度はごろごろ転がって……
「きゃはははは~!」
と大喜びである。
シアンはせわしなくあちこち移動しながら、最後はよちよち歩きにチャレンジ。
一歩……二歩……あー!
少しだけ歩く事ができるようになった。
筋肉も相当ついてきたようだ。
俺は由香ちゃんとベンチに座りながら言った。
「芝生でこんなに喜んでくれるなら、もっと早く連れてきてあげればよかったね」
「そうですね、赤ちゃんが嬉しそうにしているとこっちも嬉しくなりますね!」
由香ちゃんがニコニコして言う。
「お~! らぶらぶ~!」
シアンがこっちを見ながら言う。
「何言ってんだお前!」
由香ちゃんは赤くなっている。
「らぶらぶ~! きゃはははは~!」
通りすがりの女子高生が怪訝そうな目でこっちを見ている。
「シアン! シーッ!!」
俺は必死に黙らそうとする。
「らぶらぶ~! きゃはははは~!」
「いう事聞かないともう連れてこないぞ!」
俺が怒ると急に真顔になって
「Yes! Sir!(わかりました!)」 と言って敬礼……しながら後ろにコケた。
「あっ!」
コケた拍子で頭のカバーが外れて転がってしまった。
「きゃははは!」
本人は笑ってる。
シアンは無脳症なので顔しかない。だから頭はただのカバーなんだが、そのカバーが外れて転がった。
頭がコロコロと転がってそばを歩いていた女子高生の足元まで行ってしまう。
髪の毛がついたマネキンの頭部みたいなものが足元に来た女子高生は
「うわぁぁぁ」
そして顔だけで笑うシアンを見て
キャ――――――――――!
そう叫ぶと気を失ってその場に倒れてしまった。
ヤバい! 大変な事になってしまった。
急いで俺はシアンの頭を直し、由香ちゃんは介抱。
幸い他の通行人には見られていなかったようだ。
由香ちゃんは女子高生の衣服を整えて、苦しくない姿勢にさせて見守った。
「いやー、まずいねこれは……」
俺は由香ちゃんと目を合わせてため息をつく。
ほどなくして目を覚ます女子高生。
「大丈夫ですかぁ?」
由香ちゃんが優しく聞く。
ボーっとしていた女子高生がハッとなって
「あ、赤ちゃんの頭が!!」
「赤ちゃんがどうしたんですかぁ?」
「コロコロって転がって……」
俺はシアンを抱きかかえて女子高生に見せた。
「赤ちゃんなら大丈夫ですよ」
「いや、でも、コロコロって転がってきたんです!」
「頭転がったら死んじゃうじゃないですか」
そう言ってにっこりと笑って見せた。
「いや……まぁ……そうなんですけど……」
「何か今ストレスを抱えていませんか?」
俺がさり気なく誘導する。
「ストレス? あぁ……志望校を決めないといけないんです……」
「あー、受験、大変ですねぇ。それで何か錯覚を見たのかもしれませんね」
錯覚という事にしないと……
「ちなみにどういう大学が候補なんですか? お手伝いできることもあるかも」
由香ちゃんがなるべく話を別の事に引っ張ろうとする。
「MARCHなんですが……応京とかも……」
「あ、私、応京ですよ」
由香ちゃんがにっこりとする。
「え!? 応京生ですか!?」
憧れのまなざしで由香ちゃんを見る女子高生。
「そう、文学部。あなたは理系? 文系?」
ちょっと自慢気な由香ちゃん。
「私は数学苦手なので……文系です」
「文学部なら数学いらないから大丈夫よ」
シアンが横から口をはさむ
「しゃかぃ、えぃご、しょーろんぶん!」
目を丸くする女子高生
「シアンはいいの!」
俺はシアンを抱きあげて、これ以上余計な事を言わせないように距離を取る。
由香ちゃんは引きつった笑顔で
「ちょ、ちょうど彼と入試の話をしていた所だったんで、横から聞いて覚えていたんですね……」
「赤ちゃんって……こんなに良く話すんですか?」
「こ、この子は早熟みたいですね」
冷や汗が浮かぶ由香ちゃん。
「失礼ですがお母さま……ですか?」
「いや、この子は親戚の……」
由香ちゃんがそう言いかけると
「ママー! ママー!」
シアンが設定をぶち壊して叫ぶので由香ちゃんの額に怒りの色が浮かぶ。
「わ、私が産んだ子ではないんですが、ママとして育てているんです」
「ママー! ママー!」
「ちょっと! 大人しくしなさい!」
俺が言い聞かすが聞かない……。
「ママー! ママー!」
仕方ないので一旦由香ちゃんに戻す。
由香ちゃんはシアンを抱っこして必死に冷静を保ちながら頭をなでなでした
「言う事聞かなくて困るんですが……可愛いんです」
「じんこうしきゅう で うまれたの!」
またシアンが余計なことを言い出した。
女子高生が怪訝そうな顔で言う。
「人工子宮……?」
「し、親戚の不妊治療でできた子なんです」
由香ちゃんの必死のフォロー。
「そのまえ は マウス だったの!」
そう言って両手で掴んだ餌を食べるしぐさをして、左右をキョロキョロ警戒する真似をした。
「うまいうまい! 前世がネズミだったのね!」
女子高生はなぜかウケている。
「にじほうていしき おぼえて たたかったの!」
「二次方程式?」
怪訝な顔をする女子高生
「ママがもんだい みないで かったの!」
女子高生が混乱する。
「くりす がね! ぱーって きせき やったの!」
ここまで言うともはや安心の妄言である。
「クリス? あー、キリストが奇跡起こして前世のマウスの時代に二次方程式おぼえてママと戦ったのか? 凄いな君は!」
女子高生は楽しそうにシアンの言葉を整理する。
「きゃははは!」
全部実話だがどれ一つとして実話には思えない。すごいな。ここまで突き抜けていれば子供のたわごとで済ませられそうだ。
「あー、そろそろ我々は行かないとなので……」
俺はそう言ってシアンを抱っこひもでお腹に付けた。
「受験、頑張ってくださいね! 応京いい所ですよ!」
由香ちゃんも励まして荷物を整理する。
「はい、シアン、バイバイして」
「ばいばーい!」
こうして無事女子高生と別れた。
「シアン、他の人と話しちゃダメだよ、怪しまれたら連れてかれちゃうぞ!」
「Yes! Sir! (わかりました!)」
と言って敬礼して、
「きゃははは!」
と笑った。
絶対理解してないなこいつ。
確かに外出は人間社会を理解させるうえで重要なのは分かった。でも、相当に危険だという事も思い知らされた。
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