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人類を継ぐ者

43.救世主の敵、告白

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 シアンの育成は順調だ。ある刺激に対して適切な反応を返す。それも人間よりもかなり高度に返す。
 しかし、ここまでなら今までのAIと本質的に変わらない。シアンが人類の後継者たるには自我を持って自発的な行動をできるようにないとならない。
 基本的な学習が済んだ今、いよいよシンギュラリティに達するかどうかが焦点になってきた。
 
 俺の生活はシアン中心の生活だ。
 朝起きてから寝るまで、ほぼシアンとべったりなのだ。
 シアンを胸に抱きながらmacで資料を作り、書類にハンコを押す。

 由香ちゃんなどのメンバーと交代できるし、クリスがいるから病気の心配はないし、夜もぐっすり寝られるわけだが、それでもしんどい。
 一般の子育て家庭は一体どうやっているのか想像を絶する。
 夜中も1時間おきに起こされるとか、看病するとかしているのだろう。凄い無理ゲーだ。
 俺も親には相当迷惑をかけたのだろう、親孝行しないといけないなと改めて強く思う。


          ◇

 
 俺がmacを叩きながらシアンにおもちゃを渡すと

「ちが~!」と、おもちゃをはたき落とされた。

 横で見ていた由香ちゃんが別のを渡すと

「あい~!」

 と言って満面の笑みで受け取った。
 好き嫌いは自我が芽生えてきた証拠、好ましい事ではあるんだが……。
 もしかしたら、俺が嫌われているだけなのかもしれない。
 その場合も好ましいこと……なのだろうか?

 人類の後継者のAIにとって望ましい在り方というのは実はすごい難しい問題だ。
 例えば愛憎で考えてみても、『愛』だけでは人間の事は本当には理解できない。でも『憎』が多すぎては人類にとって災厄になってしまう。
 バランスよく、基本『愛』だけどちょっと『憎』があるくらいがいいのかなと思うけど、この『ちょっと』がどのくらいかはよくわからない。
 こればかりは育てていく中で見極めないとならない。


         ◇

 
 さらに2週間くらい経つと、お座りとハイハイができるようになっていた。
 なんという成長速度、こんなに早く育てちゃっていい物だろうか。
 まぁ二次方程式を瞬時に回答できるのだから、もっと育っていてもいいかもしれないが……。
 
 変わりばんこにメンバーがシアンの相手はしているが、もはや我々が相手にするだけじゃシアンの好奇心を満たせなくなってきた。
 次はコンテンツを与えてみようという事でNHKの教育番組を見せることになった。
 由香ちゃんがあぐらをかいて、シアンを足の上に乗せてTVを点けた。ちょうど歌の番組をやっている。
 最初シアンは何が起こったのか良く分からない様子だったが、すぐに気に入って画面を食い入るように見つめた。

「はい、シアンちゃん、お手々叩きましょうか?」

 由香ちゃんはシアンの両手を持ってパンパンとTVの音楽に合わせて叩いた。

「はい、パンパンパン、パンパンパン」

 シアンはどういう事か最初は戸惑っていたようだが、

「ぱんぱんぱん……きゃははは!」

 どうやら気に入ったようである。

「ぱんぱんぱん……ぱんぱんぱん……きゃははは!」
 
 音楽も大切な人類の文化、こうやって身体を使って音楽を楽しむ事が人類の後継者には必要だ。

 そのうちシアンは転がっているおもちゃを叩き出した。

 コンコンコン!

「あら、シアンちゃんお上手~」
「きゃははは!」

 それに気を良くしたのかシアンはTVそっちのけで転がっているおもちゃを次々と叩き始めた。

 カン!
 キンキン!
 ゴッゴッ!
 カカカカ!
 
「これは何をやってるんでしょう?」

 由香ちゃんは俺に聞く。

「いい音が出るおもちゃを探しているのかな?」
「楽器探しって事ですか?」

 そこに美奈ちゃんが入ってくる。

「由香の姉御! おはようございます!」

 美奈ちゃんはあれ以来由香ちゃんに絡むようになってる。

「おはよう美奈ちゃん。姉御は止めてって言ってるでしょ!」
「了解です! 姉御!」

 どうやら通じていないらしい。

「誠さんに変な事されてないっすか?」
「変な事って何よ?」
「ハグとかキスとか……」

 一体俺を何だと思っているのだろうか?

「大丈夫です!」

 由香ちゃんが少し赤くなって答える。
 美奈ちゃんは由香ちゃんにピタッとくっ付いてこっちを睨む。
 
「で、シアンはこれ、何してるんすか?」

 シアンは積み木を全部ぶちまけて一つ一つ音の違いをチェックしている。
 カンカン!
 コンコン!
 
 すっかり匠である。

「どうも楽器を作ろうと思ってるらしいのよね……」
「楽器!」

 シアンは納得いくまで積み木の音をチェックしたら、今度は積み木を並べて叩き始めた。
 コンコンカン!
 コンコンカン!

「きゃははは!」

 ご満悦だ。
 
「あら、シアンちゃん、さすがだわ!」

 由香ちゃんがシアンを抱きかかえる。
 
 美奈ちゃんはムッとした感じで積み木をいくつか並べると

「シアン、こうよ!」

 コココッカン!
 コココッカン!
 カンカンコココッカン!

 と、叩いて見せた。
 シアンは
「きゃははは!」と、喜んでる。

「由香の姉御! 私もさすがでしょ?」

 と、両手を広げてハグを求める。
 俺は困惑する由香ちゃんを代弁して、

「いや、美奈ちゃん、それは無理筋じゃないかな……?」
「何よ!シアンの教育にこれだけ貢献しているんだからご褒美が必要だわ!」
「分かったわ、美奈ちゃん、よくできました!」

 由香ちゃんが美奈ちゃんをハグしてあげる。

「きゃははは!」

 シアンはなぜか嬉しそうだが俺は腕組みして悩む。

「うーん、何かがおかしい気がする……」

 その後、シアンは

 コココンカン!
 コココンカン!

 と、上手にリズムを取り出した。
 とは言えまだ腕の筋力が足りないのでこれ以上は厳しそうだ。

 俺はタブレットにパーカッションアプリを入れた。
 タップするだけでドラムの音が出るので、これならシアンでも行けそうだ。
 
 タブレットをシアンにわたすと

「うわー!」

 と言って受け取って手のひらで画面をバンバン叩いた。
 叩くたびに
 
 ポンポンカコン!
 といろんな音が出る。

「きゃははは!」

 シアンは喜んで両手でバンバン叩きまくる。

「シアン、貸してごらん!」

 美奈ちゃんが横から器用にタブレットを指先で叩く。
 コッカッココカッ!ドッ!
 コッカッココカッ!ドッ!
 ドン!ココカッココカッカコンコン!

「きゃははは!」

 シアンは

「しぁんもー!」

 と言うとタブレットを独り占めして指先でたたき始めた。
 コッカッコココカッ!ドッシャーン!
 コッカッコココカッ!ドッシャーン!

「きゃははは!」

 絶好調である。
 
 美奈ちゃんは演奏アプリを自分のスマホに入れてピアノでセッションし始めた。
 ジャーン、ジャジャ、ポンポロポロ♪

「きゃははは!」

 コッカッコココカッ! コッカッコココカッ! ドッシャーン!
 
 なるほど、これは乗らねばなるまい。
 俺はベースで由香ちゃんはサックス

 ボーンボンボンボン……
 パーッパーッパパッパッパーパーパー!!
 ポロポロポロパラパラ
 チャッチャチャタタンタンタン シャーン!
 
 各自好き勝手に弾くがそのうちだんだん合ってきた。

 ボーンボンボンボン……
 パーッパップロプロプロパパパパッパッパーパーパー!!
 ジャーン、ジャジャ、ジャーン、ジャジャ、ポンポロポロ♪
 ドコドコドコドコチャッチャチャタタンタンタン シャーン!

 数フレーズが上手くハマって

「きゃははは!」

 シアンは大喜びである。そうそう、こういう体験がシアンには大切なんだよ。

「イェーイ!」

 美奈ちゃんはシアンの手を取ってハイタッチ。
 シアンも喜んで今度は自分からハイタッチ。
 俺も由香ちゃんとハイタッチ。
 嬉しくなって目を合わしてニッコリ。

「あ、そこ! ダメ!」

 美奈ちゃんが由香ちゃんを捕まえる。

「もう、油断も隙もないわ!」
「なんだよ、ハイタッチくらいいいじゃないか!」

 俺が文句を言うと、

「次はハグしようとしてたくせに!」
「えー!?」
「誠さんにはハグする権利はないの!」
「そんな事ないよな、由香ちゃん?」
「え、まぁ、時と場合によりますけど」
「ダメ! ダメダメ!」

 困った娘だなぁ。
 
 と、そこにクリスが入ってきた。
「あー、クリス、ちょっと美奈ちゃんに何とか言ってやって」

 目をそらす美奈ちゃん。

 俺が事情を説明すると、クリスはしばらく考え込んでから言った。
「…。美奈ちゃん、あまり若い二人を困らせないであげてください」

 美奈ちゃんはクリスをキッとにらむと何か言いかけて……やめてゆっくりと言った。
「……ふぅん……まぁいいわ。私も一応20歳なんだけど……ね」

 美奈ちゃんはそう言うと由香ちゃんにハグをして耳元で何かささやいてる。
 
 次に俺の所にやってきて耳元でひそひそ声で言った。
「『ヤバい人』って実は私なの、内緒にしててくれたら今度教えるわ」
 そう言って胸を張り、ウィンクして部屋から颯爽と出て行った。
 
 俺はいきなりのカミングアウトに動揺して動けず、出ていく美奈ちゃんをただ見てるだけだった。
 
 由香ちゃんは
「納得してくれたようでよかったわ」

 と、晴れ晴れした表情だったが俺はそれどころじゃない。
 でも、内緒という条件であれば……ここでは何も言えない。

「そ、そうだね……」
 お茶を濁すしかなかった。
 
 美奈ちゃんは確かに色々かき乱す『ヤバい人』ではある。でも、さっきの口ぶりではそういう意味合いの『ヤバい人』という感じではなかった。

 何かもっと重大な意味を含んだニュアンスを感じた。
 やはり、未来の由香ちゃんが言っていた『ヤバい人』なのだろう。

 しかし……、どんなに容貌が美しくても美奈ちゃんはただの女子大生。クリスを警戒させるほどのヤバさはあるはずもないし、単なる混乱目当てのブラフという線が強そうにも思う。

 そもそも内緒にしていたら話すというのはどういう条件設定なのか?

 秘密の共有に何らかの意味があるという事か……それとも単に分断したいだけか……。
 考えれば考えるほど混乱してしまう。

 とりあえず折を見てちゃんと聞くしかない。
 ここの所、美奈ちゃんには振り回されっぱなしだ……。
 
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