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10. 美しきドラゴン

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 湖は異様な静けさに沈んでいる。ただ清らかな水と青い光、そして、霧が続いていた。人は死んだらこういうところへ来るのかもしれない。和真はそんなことをぼーっと考えながら歩いた。

 しばらく進むと急に遠くから重低音の振動が響く。湖面がさざ波立ち、和真も足を取られてバランス取るのに必死になる。すると、霧の奥に巨大な影が動くのが見えてきた。小さなビル位あるような巨大なものがズーン、ズーンと足音を響かせながら湖面をやってくる。

 和真は青ざめ、思わず後ずさった。

 すると、ニュッと巨大な頭部が現れる、それはティラノサウルスのような恐竜に似た生き物だった。しかし、その頭はマイクロバスほどもあり、恐竜の何倍もデカい。

 うわぁ!

 あまりのことに和真は、近くに突き出ていた一軒家くらいのサイズの巨石へと走り、陰に隠れようとした。



 ブゥン!

 何かが和真の頭をかすめ、巨石を吹き飛ばす。

 ズーン! ドボドボドボ……。

 岩はまるで豆腐みたいにあっさりと粉々にされその破片を湖面に散らす。

 飛んできたのはいかつい鱗に覆われたシッポだった。



 ヒェッ!

 和真はその衝撃にバランスを崩し、しりもちをつき、そのまま水中へと落ちていく。

 慌ててもがく和真。

 冷たい水の中は限りなく透明で、ポコポコと湧き上がる泡の向こうに怪物の影が近づいてきた。

 急いで逃げようとする和真だったが、水中ではどうにもならない。

 直後、黒く巨大な何かが和真の周りを覆う。慌ててもがく和真だったが……。



 ザバァ!

 なすすべなく捕まった和真は一気に水上へとすくい上げられた。

 

 えっ!?

 見回すとなんとそれは怪物の巨大な翼だったのだ。



 巨大な翼に長いシッポ、全身いかつい鱗に覆われ、ぼぅっと金色の光を纏うその巨体に和真は凍り付く。

 とげ状の鱗に覆われた頭部はずいっと和真に近づくと、巨大な真紅の瞳でぎょろりと和真をにらみ、グルルルル! と重低音でのどを鳴らした。

 圧倒されていた和真だったが、その瞳の色を見てそれが誰だかわかってしまった。それはドラゴンの少女、レヴィアの瞳の色だったのだ。そう思えば金色に輝く巨体もどこか気品があり、美しくすらあった。



「こ、こんにちは、正解を見つけてきました」

 髪の毛からポタポタとしずくを落としながら、和真は引きつった笑顔で挨拶をする。

 ドラゴンはちょっと不愉快そうにグワァとのどを鳴らすと、

「小僧……、間違ってたら……食うぞ!」

 と、腹に響く声で吠えた。

 一メートルはあろうかという巨大な牙がキラッと光っている。和真はその恐ろし気な威圧に気おされつつも、カフェオレを飲むような少女が自分なんかを食べるはずがないと思いなおす。

「だ、大丈夫です。ここに来て確信が持てました。世界は仮想現実空間だったんです」

 冷汗をかきながら答える。

「ふん! お主が足を踏み入れる世界はこういう暴力と理不尽の世界じゃ、それでも来たいか?」

「これが真実であると知った以上、逃げても無意味です」

 和真はしっかりとした目で言った。



 すると、ドラゴンはつまらなそうに、

「はぁ~! 脅かしがいのない奴じゃ!」

 そう言うと、和真を解放する。そして、ボン! と爆発を起こすと、中から金髪おかっぱの少女が現れた。

 そして、面倒くさそうな顔で和真をギロっとにらむと、手のひらを和真の額にかざす。

 温かな光に包まれる和真。

 気がつくと服も髪も一気に乾いていた。

 おぉ……。

 和真が驚いていると、レヴィアはあごでくいっと奥を指し、

「ついてこい」

 と、すたすたと歩き出す。



      ◇



 しばらく行くと見えてきたのは、アテネのパルテノン神殿のような白亜の神殿だった。立ち並ぶ大理石でできた優美な石柱には精緻な幻獣が彫られ、炎の明かりが揺れている。



「うわぁ、素敵なところですね」

 階段をのぼりながら和真が話しかけると、

「おだてたってなにも出んぞ」

 ニヤッと笑った。



 階段を上って中へと進むと広大な広間がある。天井にはフラスコに描かれたような荘厳な天井画が広がり、炎の明かりが揺らめいて幽玄な世界を醸し出している。

「うわぁ……」

 和真が天井画に見とれていると、

「天地創造の絵巻じゃ。NFTにして売っちゃダメじゃぞ!」

 と、言って笑う。

 筋肉をあらわにした若い男性がゆったりと星々を生み、それを青い髪をした天使が楽しげに育てている。その脇では金色のドラゴンが火を吹いて邪悪な軍勢と戦っていた。

「これがレヴィア様……ですか?」

「わしの弟子がな、描いてくれたんじゃ……」

 レヴィアは懐かし気にそう言うと、ちょっと寂しそうにほほ笑んだ。

 これが史実だとすると、この若い男性が地球シミュレーターを開発し、天使が運営し、レヴィアがそれらを邪魔するテロリストたちと戦っているということなのだろう。しかし、それはいつからだろうか? 人類の歴史で考えると四、五千年前からだろうか?

 そんなことを考えていると、レヴィアはさらに奥の方へと歩いて行ってしまう。



「あ、待ってください!」

 追いかける和真。



     ◇



 奥の巨大な壁の前まで進むと、レヴィアは何かをつぶやいた。



 ビュヨン!

 電子音が響き、岩肌にドアが浮かび上がってくる。

「話はオフィスでな」

 レヴィアはそう言うとドアを開けた。

 ドアの向こうは光があふれ、和真は思わず目をつぶる。

 目が慣れてくると、そこには広いオフィスが広がり、大きな窓の向こうには赤い東京タワーがそびえているのが見えた。

 へっ!?

 和真が驚いていると、

「いいからついてこい!」

 と、一喝して、レヴィアはすたすたと歩いていく。

 そこはメゾネットづくりのマンションの広大なリビングで、ドアは二階の廊下に繋がっていた。一階を見おろすと、高級な調度品に立派な観葉植物、奥の方にはオフィス机が並び、何人かが仕事をしている。まるで外資系コンサルのオフィスのようなたたずまいだった。

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