1 / 10
1-1. 万華鏡の花火
しおりを挟む
パン!
軽くはじける音がして、ペットボトルの水は純金に変わり、その煌びやかな黄金の輝きを部屋中に放った。
「や、やったぞ! お、大金持ちだ!」
達也はガッツポーズをして叫ぶ。
その四十キログラムに達する純金は二億円になる。もう一生お金に困らなくなったことに達也は狂喜乱舞した。
人類史上数多の錬金術師がありとあらゆる方法で挑戦し、なしえなかった金の錬成を、達也はついにやり遂げたのだ。もちろん、金は原子番号七十九の元素であり、化学合成では作り出せないことは中学生でも知っている。しかし、達也はこの世の理を知り、スマホをいじるだけでそれを実現したのだ。
知ることは力、達也は満面の笑みを浮かべ、何度もガッツポーズを繰り返す。
◇
話は半年ほど前にさかのぼる。
達也は大学での就活のガイダンスを受け、浮かない顔で家路についていた。サークルもバイトもやらず、部屋でパソコン叩いてばかりだった達也にはエントリーシートに書く事が無かったのだ。
「あぁぁぁ、どうしよう……」
髪の毛をくしゃくしゃとかきあげながらトボトボと自宅前まで戻ってきた達也。
すると、ガチャリと隣の家のドアが開く。
「いってきまーす!」
幼馴染の女子高生、陽菜が真っ白なワンピースにつややかな黒髪をゆらしながら出てきた。
久しぶりに見た陽菜はすっかりと大人びて、まつげのすらりと伸びた切れ長の目には色香すら漂っている。
昔は一緒によく遊んだ幼なじみだったが、最近はお互い忙しく、疎遠になっていた。
「こ、こんにちは」
よそよそしく少し上ずった声で挨拶をすると、
「あっ、達兄ぃ……」
陽菜はほっそりとした長い指で黒髪を軽く押さえながら、はにかんだ様子で達也を見る。その女性らしいしぐさに達也は戸惑った。ついこないだまでただの元気な子供だったのに、魔法のように女の魅力をまとい始めている。
「お、おでかけ?」
ドギマギしながら聞いてみる。
「散歩がてら花火を見に行こうかと……」
「あ、今日、花火大会なんだっけ?」
「そう……。い、一緒に……どう……かな?」
陽菜は上目づかいに達也を見て言う。
「いやでも、もういい場所は取られちゃってるんじゃない?」
「ううん、大丈夫! いい場所知ってるの。そこから見ると花火が万華鏡みたいになるのよ」
陽菜はそう言ってニコッと花のような笑顔を見せる。
「万華鏡?」
「そう、花火が目の奥でキラキラってはじけるの」
何を言ってるのか分からず達也は悩む。目の奥ではじける花火など聞いたことが無い。
「ね、行こ?」
小首をかしげる陽菜。
「うーん、じゃ、ちょっと待ってて。準備してくるから」
「わーい! 急いでね。万華鏡に見える場所は一か所しかないんだから」
そう言って陽菜はうれしそうに笑った。
◇
「ここよ、ここ!」
多摩川にかかる大きな青い橋、丸子橋にやってくると、陽菜が何の変哲もない欄干の一点を指さした。
「え? ここに何があるって?」
「去年、この場所から花火見たらすごかったの!」
達也は陽菜の指さす位置から多摩川を眺めたが、特別な事は何もなかった。川は静かに流れ、向こうを東横線が鉄橋を響かせながら通過して行く。
「花火上がったらのお楽しみよ!」
陽菜はニコニコする。
達也はそんな陽菜のまぶしい笑顔に、少しドキッとしながらうなずいた。
「達兄ぃは……、彼女……できた?」
陽菜は伏し目がちに聞く。
「残念ながら、うちの学科男しかいないんだよね」
「ふふっ、良かった」
「よ、良くないよ! 何がいいんだよ!」
達也はそう喚きながら、昔のノリを思い出し、思わずニヤけた。
「だって、彼女いたらこうして一緒に花火も見られないわよ?」
「いや、まぁ、そうかな? そういう陽菜はどうなんだよ」
「うーん、いろいろ言ってくる人は居るけど、でも、私年上の方が……いいみたい」
そう言ってちらっと達也を見る。
「と、年上……ね。まぁ、陽菜くらい可愛いと、よりどりみどりなんじゃないかな?」
「か、可愛い?」
ポッと頬を赤くする陽菜。
「そ、そう思うよ」
「ふふっ、うれしい」
そう言って陽菜は達也の腕にもたれかかった。達也はふんわりと漂ってくる甘酸っぱい香りに思わず息を飲む。
それからしばらく、二人は夕暮れの多摩川を眺めつつ、他愛のない事を話しながら打ち上げ時間を待った。
「あと一分よ!」
陽菜はそう言いながらうれしそうに達也を見つめる。
達也はニコッとしてうなずくと、群青色に染まる空を見上げた。一番星がかすかに輝きだしている。
ボン! ボン!
遠くの方で大輪の花火が美しく夕空を飾る。それはキラキラと光跡を描きながら青へ赤へと鮮やかに色を変えて行った。
「わぁ!」
陽菜が歓声を上げる。
達也はそんな陽菜に目をやった。
陽菜の瞳には、花火の赤や青の鮮烈な光跡が煌めき、まるで宝石のような輝きを放っている。達也は思いがけず素敵な時間になった幸せをかみしめた。
すると陽菜は達也にニコッと笑い、
「ちょっとここに立って!」
そう言って、達也を自分の立っていた位置に引っ張る。
達也は何のことか分からず、言われるままに立って、花火を見上げた。
直後、大きな花火がズン! ズン! と連続して上がり、その瞬間、達也の目の奥で花火の輝きが万華鏡のように美しい幾何学模様をともなってスパークした。
「はぁ!?」
達也は何が起こったのか分からずに陽菜をみる。
「ね? すごいでしょ? そこに立つとなぜかそうなるのよ」
自慢気な陽菜。
達也は少し顔をずらして花火を見る。すると、万華鏡は消えてしまう。
そして、元の位置に戻ると、右目と左目で違う映像が展開されるような奇妙なサイケデリックな映像に変化して脳の奥がしびれる。
達也は混乱した。理系の大学生として物理は得意だったが、こんな現象全く科学では説明できない。見る場所をちょっと変えるだけで見える映像が変わる。そんな事あってはならないのだ。
達也は自分の目の前に手を伸ばし、何かプリズムでも浮かんでるのではないかとブンブンと手を振ってみるが、そこには何もない。だが、その位置で花火を見ると相変わらず火薬の描く光跡が幾何学模様に複雑な輝きを持って脳髄をゆらした。
「達兄ぃなら理系なんだからこうなる理由わかるでしょ?」
陽菜はニコッと笑って言う。
「うーん、今すぐには分からないけどちょっと調べてみるよ」
「ふふっ、分かったら教えてね。じゃあ交代!」
達也は陽菜と場所を交代する。
そして、うれしそうに万華鏡の花火を楽しむ陽菜を眺めながら悩んでしまった。これは現代物理学を揺るがすとんでもない発見に違いない。しかし、それをどう検証したらいいか……。達也は腕を組み、花火なんてそっちのけで必死に考え込んだ。
軽くはじける音がして、ペットボトルの水は純金に変わり、その煌びやかな黄金の輝きを部屋中に放った。
「や、やったぞ! お、大金持ちだ!」
達也はガッツポーズをして叫ぶ。
その四十キログラムに達する純金は二億円になる。もう一生お金に困らなくなったことに達也は狂喜乱舞した。
人類史上数多の錬金術師がありとあらゆる方法で挑戦し、なしえなかった金の錬成を、達也はついにやり遂げたのだ。もちろん、金は原子番号七十九の元素であり、化学合成では作り出せないことは中学生でも知っている。しかし、達也はこの世の理を知り、スマホをいじるだけでそれを実現したのだ。
知ることは力、達也は満面の笑みを浮かべ、何度もガッツポーズを繰り返す。
◇
話は半年ほど前にさかのぼる。
達也は大学での就活のガイダンスを受け、浮かない顔で家路についていた。サークルもバイトもやらず、部屋でパソコン叩いてばかりだった達也にはエントリーシートに書く事が無かったのだ。
「あぁぁぁ、どうしよう……」
髪の毛をくしゃくしゃとかきあげながらトボトボと自宅前まで戻ってきた達也。
すると、ガチャリと隣の家のドアが開く。
「いってきまーす!」
幼馴染の女子高生、陽菜が真っ白なワンピースにつややかな黒髪をゆらしながら出てきた。
久しぶりに見た陽菜はすっかりと大人びて、まつげのすらりと伸びた切れ長の目には色香すら漂っている。
昔は一緒によく遊んだ幼なじみだったが、最近はお互い忙しく、疎遠になっていた。
「こ、こんにちは」
よそよそしく少し上ずった声で挨拶をすると、
「あっ、達兄ぃ……」
陽菜はほっそりとした長い指で黒髪を軽く押さえながら、はにかんだ様子で達也を見る。その女性らしいしぐさに達也は戸惑った。ついこないだまでただの元気な子供だったのに、魔法のように女の魅力をまとい始めている。
「お、おでかけ?」
ドギマギしながら聞いてみる。
「散歩がてら花火を見に行こうかと……」
「あ、今日、花火大会なんだっけ?」
「そう……。い、一緒に……どう……かな?」
陽菜は上目づかいに達也を見て言う。
「いやでも、もういい場所は取られちゃってるんじゃない?」
「ううん、大丈夫! いい場所知ってるの。そこから見ると花火が万華鏡みたいになるのよ」
陽菜はそう言ってニコッと花のような笑顔を見せる。
「万華鏡?」
「そう、花火が目の奥でキラキラってはじけるの」
何を言ってるのか分からず達也は悩む。目の奥ではじける花火など聞いたことが無い。
「ね、行こ?」
小首をかしげる陽菜。
「うーん、じゃ、ちょっと待ってて。準備してくるから」
「わーい! 急いでね。万華鏡に見える場所は一か所しかないんだから」
そう言って陽菜はうれしそうに笑った。
◇
「ここよ、ここ!」
多摩川にかかる大きな青い橋、丸子橋にやってくると、陽菜が何の変哲もない欄干の一点を指さした。
「え? ここに何があるって?」
「去年、この場所から花火見たらすごかったの!」
達也は陽菜の指さす位置から多摩川を眺めたが、特別な事は何もなかった。川は静かに流れ、向こうを東横線が鉄橋を響かせながら通過して行く。
「花火上がったらのお楽しみよ!」
陽菜はニコニコする。
達也はそんな陽菜のまぶしい笑顔に、少しドキッとしながらうなずいた。
「達兄ぃは……、彼女……できた?」
陽菜は伏し目がちに聞く。
「残念ながら、うちの学科男しかいないんだよね」
「ふふっ、良かった」
「よ、良くないよ! 何がいいんだよ!」
達也はそう喚きながら、昔のノリを思い出し、思わずニヤけた。
「だって、彼女いたらこうして一緒に花火も見られないわよ?」
「いや、まぁ、そうかな? そういう陽菜はどうなんだよ」
「うーん、いろいろ言ってくる人は居るけど、でも、私年上の方が……いいみたい」
そう言ってちらっと達也を見る。
「と、年上……ね。まぁ、陽菜くらい可愛いと、よりどりみどりなんじゃないかな?」
「か、可愛い?」
ポッと頬を赤くする陽菜。
「そ、そう思うよ」
「ふふっ、うれしい」
そう言って陽菜は達也の腕にもたれかかった。達也はふんわりと漂ってくる甘酸っぱい香りに思わず息を飲む。
それからしばらく、二人は夕暮れの多摩川を眺めつつ、他愛のない事を話しながら打ち上げ時間を待った。
「あと一分よ!」
陽菜はそう言いながらうれしそうに達也を見つめる。
達也はニコッとしてうなずくと、群青色に染まる空を見上げた。一番星がかすかに輝きだしている。
ボン! ボン!
遠くの方で大輪の花火が美しく夕空を飾る。それはキラキラと光跡を描きながら青へ赤へと鮮やかに色を変えて行った。
「わぁ!」
陽菜が歓声を上げる。
達也はそんな陽菜に目をやった。
陽菜の瞳には、花火の赤や青の鮮烈な光跡が煌めき、まるで宝石のような輝きを放っている。達也は思いがけず素敵な時間になった幸せをかみしめた。
すると陽菜は達也にニコッと笑い、
「ちょっとここに立って!」
そう言って、達也を自分の立っていた位置に引っ張る。
達也は何のことか分からず、言われるままに立って、花火を見上げた。
直後、大きな花火がズン! ズン! と連続して上がり、その瞬間、達也の目の奥で花火の輝きが万華鏡のように美しい幾何学模様をともなってスパークした。
「はぁ!?」
達也は何が起こったのか分からずに陽菜をみる。
「ね? すごいでしょ? そこに立つとなぜかそうなるのよ」
自慢気な陽菜。
達也は少し顔をずらして花火を見る。すると、万華鏡は消えてしまう。
そして、元の位置に戻ると、右目と左目で違う映像が展開されるような奇妙なサイケデリックな映像に変化して脳の奥がしびれる。
達也は混乱した。理系の大学生として物理は得意だったが、こんな現象全く科学では説明できない。見る場所をちょっと変えるだけで見える映像が変わる。そんな事あってはならないのだ。
達也は自分の目の前に手を伸ばし、何かプリズムでも浮かんでるのではないかとブンブンと手を振ってみるが、そこには何もない。だが、その位置で花火を見ると相変わらず火薬の描く光跡が幾何学模様に複雑な輝きを持って脳髄をゆらした。
「達兄ぃなら理系なんだからこうなる理由わかるでしょ?」
陽菜はニコッと笑って言う。
「うーん、今すぐには分からないけどちょっと調べてみるよ」
「ふふっ、分かったら教えてね。じゃあ交代!」
達也は陽菜と場所を交代する。
そして、うれしそうに万華鏡の花火を楽しむ陽菜を眺めながら悩んでしまった。これは現代物理学を揺るがすとんでもない発見に違いない。しかし、それをどう検証したらいいか……。達也は腕を組み、花火なんてそっちのけで必死に考え込んだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
お題小説
ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
ある時、瀕死の状態で助けられた青年は、自分にまつわる記憶の一切を失っていた…
やがて、青年は自分を助けてくれたどこか理由ありの女性と旅に出る事に…
行く先々で出会う様々な人々や奇妙な出来事… 波瀾に満ちた長編ファンタジーです。
※表紙画は水無月秋穂様に描いていただきました。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる