上 下
37 / 59

3-11. 巻き戻される世界

しおりを挟む
「ここのデータを今度昔の物に全部入れ替えるわ。そこからがあなたの出番よ」
 ヴィーナはニコッと笑って言う。
 この膨大なコンピューターのデータを全部昔のデータに換装するというのだ。
「え……? あ、それをすると昔に戻るってことですか? 時間を巻き戻すわけではないんですね」
「時間は巻き戻せないわ。でも、この星の人たちにとっては巻き戻したのと同じ効果があるのよね」
「なるほど……、そうかも……しれません」
 ユリアは理屈では分かるものの何だか釈然としない思いが残った。
 追放も裏切りも優しさも全て無かったことにされる。自分たちが必死に生きた時間がただのデータとして処理され、昔のデータに書き換えられる。その軽さがモヤモヤとなってユリアにまとわりついた。
 とは言え、亡くなった人もそれで生き返るのなら、そっちの方がいいのは明白ではあるのだが。
 ここまで考えて、ユリアはふと違和感に包まれる。データを入れ替えて亡くなった人が生き返るのなら命とは何なのだろう? 死んでしまった人が生きていた昔の続きを生きるとして、それは同じ人と言えるのだろうか?
 しかし、それは哲学的で答えは出なかった。

 ユリアは周りを見回してみた。何百枚ものブレードが挿さった円筒が、はるか彼方向こうまで延々と並んでいる。なるほど、これが自分たちの星なのだ。そして、これで過去に戻っていく……。
 ユリアは期待と不安の混ざった心持ちで、円筒でチカチカと明滅するランプの群れをボーっと眺めていた。

       ◇

 焼肉屋に戻ってきた一行は、しばらく歓談したのちに解散となった。

「今晩はこのホテル使って」
 ヴィーナはそう言うとカードキーをユリアに渡す。
「ドラゴン、あなた行き方わかるわね?」
「はい、前回もここ泊まりました」
「よろしい。それでは明日十時にオフィス集合ね。熱い夜を楽しんでね! チャオ!」
 ヴィーナはウインクしながら上機嫌に消えていった。

       ◇

 しばらく二人は手を繋いで東京の街を歩く。
 道にはレクサスにテスラにベンツ、そしてタクシー、トラックがひっきりなしに走り、その道の上空には首都高速が通っている。王都の石畳の道をのどかに走る馬車しか見たことのないユリアにはまるで夢の世界だった。
 そして、道の脇にはきらびやかな飲食店にコンビニ、そして夜のお店……。ユリアは思わずため息をつき、ただ圧倒されていた。

 すると、超高層ビルを指さしてジェイドが言った。
「あそこだよ」
 ユリアはビルの間に見えてきたひときわ高いビルに目を奪われる。
「えっ!? あれがホテル?」
 全面ガラス張りのそのビルは上品な照明が窓からのぞき、流れるようなラインを夜空に向かって描き、その威容を誇っていた。
「部屋番号は5001、あのビルの五十階だ」
「五十階!?」
 ユリアはビルを見上げ、自分がそんな所に本当に泊まれるのか心配になった。
 ジェイドはそんなユリアをそっと引き寄せると、
「素敵な部屋だから大丈夫だよ」
 と耳元でささやく。
 ユリアはゆっくりとうなずいた。

        ◇

 部屋のドアを開けると、そこはスイートルーム。豪奢なインテリアで彩られ、リビングのテーブルにはフルーツの盛り合わせが飾ってあった。
 そして、大きな窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
 ユリアは窓に駆け寄り、
「うわぁ……」
 と、圧倒されながら煌びやかな高層ビル群や首都高を走る車の群れを眺めた。
 ジェイドもそっと寄り添って一緒に夜景を眺める。
「ねぇ……、ジェイド?」
「どうした?」
「さっきの話、本当なのかな?」
 ユリアは首をかしげながら言う。
「女神様は嘘などつかない。ここから見える景色もまたジグラートの中で作られたものだ」
「ここに住んでいる人は知ってるの?」
「知らない。でも、たまに気がついちゃう人がいて、いたずらを仕掛けてくるらしいよ。お金儲けに使ったりね」
「いたずら……。ふぅ、私なんて、ジグラートを見せられたって信じられないのに」
 ユリアは眉をひそめてジェイドを見る。
 ジェイドはそっとユリアの髪をなでて言った。
「何はともあれ、二人とも無事でよかった」
 ユリアはニコッと笑って、
「本当によかった……」
 と言うと、ジェイドをハグし、ジェイドの精悍な男の匂いを吸い込む。
 温かな安心感に満たされ、ユリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ジェイド……。もうダメかと思っちゃった……」
「心配かけたね、ありがとう」
 ジェイドはユリアの背に手をまわし、髪に頬よせて言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

処理中です...