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20. 栄光の中華鍋

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「い、いいのかな? 入っちゃって」

 玲司は恐る恐るドアノブを回し、中へと進んだ。

「このビル使えば生存確率は63%にまで上がるゾ」

「そ、そうなの? ここで何するの?」

「ここからデータセンターまでは四百メートル。ドローンを奪って爆撃するゾ! おーっ!」

 シアンは右こぶしを突き上げて嬉しそうに笑った。

「お、いよいよクライマックスなのだ! いえーぃ!」

 美空も真似して右のこぶしを突き上げる。

「それは、凄いけど、どうやって奪うの? 今飛んでるドローンって爆弾積んだ小型飛行機でしょ?」

「あれを使うのさ!」

 シアンはニヤッと笑ってビルの中華料理店を指さした。

「中華……料理?」

 玲司は首をかしげた。

 人気ひとけのないビル内で電気を落として閉店している中華料理店。なぜ中華でドローンを奪えるのか全く理解できなかったが、玲司は言われるままに店の裏手へと回った。

 そしてSuicaで勝手口を開けて厨房まで行くと、シアンは、

「コレコレ! これをもって上に上がるゾ」

 と言って、デカい中華鍋を指さした。

「これでドローンを奪うの?」

 玲司は半信半疑で持ち上げてみるが、業務用の中華鍋はずっしりとでかく、思わずふらついた。


       ◇


 上層階のどこかの会社のオフィスに侵入した二人は、全面ガラス張りの会議室に陣取った。

「ガムテープ出して、中華鍋の中央部にピンと張って」

 シアンは中華鍋の縁を指さしながら指示する。

 玲司は窓ガラスを割る時に使ったガムテープを出すと、ビビビッと貼ってみた。

「上手、上手。そしたらスマホを真ん中にペタリと付けて」

「え? 俺のスマホ?」

 渋る玲司を見て、美空は、

「判断が遅い! 言われた通りにするのだ!」

 と言いながら玲司の手からスマホをひったくると、ガムテープに貼り付けた。ちょうど中華鍋の真ん中の空中に浮かんだような状態になる。

「上手い上手い。そしたら、鍋をドローンへ向けて」

 そう言ってシアンは遠くから旋回してくる飛行機型ドローンを指さした。

「え? 何? これでドローン奪えるの?」

「そうそう、中華鍋はパラボラアンテナだゾ」

 つまり、スマホから出たWiFi電波をパラボラアンテナで集めてドローンに集中させるということらしい。こうすると地上からの命令をハックして意のままに操れるようになるのだ。

 玲司は重たい中華鍋をお腹に抱えてドローンを狙う。

「ダメダメ、もっと下なのだ!」

 美空が玲司の後ろから見ながら照準を担当する。

「こ、こうかな?」

「ダメ! 行き過ぎ!」

 シアンは逆さまになって浮かび、神妙な顔で目をつぶりながらじっと何かに集中する。

「上手くいってくれよ、命かかってるんだからな」

 玲司はドローンの動きに合わせて中華鍋を動かしながら必死に祈った。

「ビンゴ!」

 シアンはそう叫ぶと嬉しそうにくるりと回る。

 ドローンは急旋回し、向こうのビルの方へと急降下していく。

「え? 奪えたの?」

 玲司がシアンの方を向くと、

「コラコラ! 照準がずれたのだ!」

 と、美空が怒った。

「バッチリ! これでデータセンターを爆撃だゾ! きゃははは!」

 シアンは右こぶしを突き上げ、シャラーン! という効果音と共に黄金の光の微粒をまき散らすエフェクトをかけた。会議室はキラキラとした光に包まれる。

「やったぁ! 勝利! 勝利! 栄光はわが手に!!」

 有頂天になる玲司。

 直後、向こうのビルに閃光が走り、黒煙を吹き上げ、ズン! という衝撃波が届いた。

「イエス! イエ――――ス!」

 玲司は中華鍋を高々と掲げ、絶叫した。

 ずっと命を狙われ続けてきた玲司にとって、攻撃がヒットしたことは人生を取り戻すことであり、喜びを爆発させる。

 しかし、そんな浮かれた玲司に、シアンは冷たい声をかける。

「まだ早いゾ!」

 えっ?

「まだサーバー本体まで届いてない。もう一発必要だゾ」

「くぅ、まだかよ……」

 へなへなと床に座り込む玲司。一回盛り上がってしまった後の肩透かしは辛い。

「はい、はい! 次行くのだ!」

 美空は、そんな玲司を早く立ち直らせようと背中をパンパンと叩く。

 玲司は何度か大きく深呼吸をして、立ち上がると言った。

「わかったよ。次はどこ?」

「あのビルの右側の奴行くゾ」

「オッケー! よいしょっと!」

 玲司はシアンの指先に向けて中華鍋を合わせた。
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