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62. 知ることは呪い
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そんなムーシュの肩をポンポンと叩き、ニッコリとサムアップすると、蒼は二人の間に颯爽と立った。
いきなりやってきた蒼を二人はけげんそうににらむ。
蒼は大きく息を吸うと、大胆に二人の前で大声で何かを唱えようとする。
「De?」
刹那、まるで氷水を浴びせられたかのように、女神とシアンは冷たい恐怖が背骨を這い上がるのを感じた。それは二人の戦闘意欲をも瞬時に霧散させる。一度味わった即死スキルによる死の記憶は、心の奥底に深く刻まれてしまっている。今はもはやその力を持たないことを知っていても、その根深い恐怖に立ち向かうのは容易ではなかったのだ。
二人は大きく息をつくと、ぎこちなく笑いながら、
「あ、あら、ごめんなさいね」「悪い悪い」
と、バツが悪そうに謝った。
蒼の顔には、ほっと安堵の笑みが浮かんだ。この世界で、圧倒的な力を誇る二大巨頭を仲裁するというのは、命がけである。彼の心臓はまだ高鳴りを覚えていた。
「それは良かったデス」
つい丁寧語を使ってしまう蒼。
直後、女神とシアンは紫色の光に包まれ、苦しそうに宙をもがくと、そのままバタバタっとテーブルに崩れ落ちた。周囲には紫色に輝く微粒子がゆらゆらと舞い、静寂が辺りを包み込む。
「えっ!? ま、まさか」
心乱れ、動揺する蒼。
丁寧語がアウトだとしたらこの先どう生きていったらいいのだろうか?
くぅ……。
また殺神犯である。面倒極まりない事態になってしまったと、蒼は重苦しい気持ちで頭を抱え込む。
しかし、次の瞬間女神とシアンは顔を上げ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ」「騙されてやんのー!」
え……? んもぉ……。
蒼は担がれたことに気がつき、がっくりと肩を落とす。
「はっはっは! 僕たちを殺したお返しさ!」「お返し、お返しぃ」
女神もシアンも蒼のオロオロした姿に笑いを爆発させる。手を打ち鳴らし、彼女たちの楽しげな笑い声が、部屋中に響き渡った。
◇
「蒼ちゃーん! 仲裁ありがとね」
女神たちに吹き飛ばされたのに元気に楽しく飲んでいるオディールがやってきて、蒼のグラスにジョッキをカンと合わせた。
「いやいや、あれくらいは……。でも……。オディールさんって本気出したら余裕であの二人を止められますよね?」
「何言ってんの、僕はただの新入りスタッフ……」
「実は僕、思い出したんです。ヴェルゼウスさんを殺した時、即座にオディールさんにも即死スキルを放ったんですよ。でも死ななかった。上位神すら死んだ即死スキルをキャンセルできる……。これは、そういうことですよね?」
蒼の眼は、オディールの鮮やかな碧眼に固定され、その深遠なる淵を凝視する。
「……。勘のいいガキは……。ふぅ。仲良くなれそうだったのにな……」
オディールの顔から笑みがすっと消え、手のひらを蒼の方に向ける。そこには蒼に対する冷徹な排除の意志がこもっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。大丈夫です。誰にも言いませんから。ただ、少しだけ教えて欲しいことがあるんです」
オディールは小首をかしげ、蒼を見つめる。
「本当です。誰にも言いません」
蒼は手を合わせ、心の奥底から願いを込める。こんなことで未来を失う訳には行かない。
オディールはけげんそうに蒼の瞳の奥を見つめると、軽く指を鳴らした。その小さな音がまるで魔法の呪文のように室内に広がる。
その瞬間、世界はまるで古い白黒写真の一枚に閉じ込められたかのように、色と音を失った――――。
騒がしい笑い声と賑やかな語らいで満ち溢れていた焼肉屋の部屋も、静まり返っている。
見ればみんな止まっている。レヴィアはジョッキを傾けたまま凍りつき、口元からこぼれるビールの泡が空中でキラキラと静止していた。その隣で、シアンの振り回した青い髪は空中で華麗に舞った状態で静止している。
「うわぁ、何、何なの!?」
あまりのことに蒼は慌てる。
「教えて欲しい事って何? つまんないこと聞いたらこのまま消し飛ばすからね?」
周囲が灰色のヴェールで覆われた中、オディールだけが色彩を失わなかった。黄金色のオーラが冷たい笑顔を浮かべる彼女を包み込む。彼女の金髪はサラサラと煌めき、鮮やかな碧眼が青い光を放ちながら蒼を射抜いた。
「け、消し飛ばす!? ……。ふぅ……」
オディールの鋭く突き刺さるような視線に圧倒されながらも、蒼は深く息を吸い込み、内なる不安を静かに鎮めていく。
「オディールさんは、誰よりもこの世界のことを分かっているんですよね? 結局この世界って何なんですか?」
蒼はしっかりとした声でオディールをまっすぐに見ながら聞いた。
「ほう? 世界を知りたい。なるほどね……。でも、『知ることは呪い』。一度知ったらもう元には戻れないよ? それでもいいの? 今なら全ての記憶を消して元に戻るけど……?」
オディールは斜に構えて蒼の反応をうかがった。
「の、呪い……。でも僕は知っておきたい。転生して、呪われて、世界滅ぼして戻ってきた。その背景は知っておかないとうまく生きて行けそうにないんです」
蒼は心の内に秘めた、深く熱い思いを、言葉にして静かに解き放った。
「あ、そう。そしたら……。君はどこまで世界のことを知ってるの?」
「それは……、『この世界は情報で出来てる』ってことくらいです。レヴィアさんが『色即是空、空即是色』だって言ってました」
「あー、なるほどね。でもそれだと本質を捉えそこなうんだな」
オディールは得意満面の表情で、蒼の顔をじっくりと覗き込んだ。
世界が情報で構成されているという事実だけで、蒼にとっては既に驚愕のニュースだった。しかし、それ以上に驚くべき真実が存在するという。
蒼は不安と期待が交錯する中、ゴクリとのどを鳴らした。
いきなりやってきた蒼を二人はけげんそうににらむ。
蒼は大きく息を吸うと、大胆に二人の前で大声で何かを唱えようとする。
「De?」
刹那、まるで氷水を浴びせられたかのように、女神とシアンは冷たい恐怖が背骨を這い上がるのを感じた。それは二人の戦闘意欲をも瞬時に霧散させる。一度味わった即死スキルによる死の記憶は、心の奥底に深く刻まれてしまっている。今はもはやその力を持たないことを知っていても、その根深い恐怖に立ち向かうのは容易ではなかったのだ。
二人は大きく息をつくと、ぎこちなく笑いながら、
「あ、あら、ごめんなさいね」「悪い悪い」
と、バツが悪そうに謝った。
蒼の顔には、ほっと安堵の笑みが浮かんだ。この世界で、圧倒的な力を誇る二大巨頭を仲裁するというのは、命がけである。彼の心臓はまだ高鳴りを覚えていた。
「それは良かったデス」
つい丁寧語を使ってしまう蒼。
直後、女神とシアンは紫色の光に包まれ、苦しそうに宙をもがくと、そのままバタバタっとテーブルに崩れ落ちた。周囲には紫色に輝く微粒子がゆらゆらと舞い、静寂が辺りを包み込む。
「えっ!? ま、まさか」
心乱れ、動揺する蒼。
丁寧語がアウトだとしたらこの先どう生きていったらいいのだろうか?
くぅ……。
また殺神犯である。面倒極まりない事態になってしまったと、蒼は重苦しい気持ちで頭を抱え込む。
しかし、次の瞬間女神とシアンは顔を上げ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ」「騙されてやんのー!」
え……? んもぉ……。
蒼は担がれたことに気がつき、がっくりと肩を落とす。
「はっはっは! 僕たちを殺したお返しさ!」「お返し、お返しぃ」
女神もシアンも蒼のオロオロした姿に笑いを爆発させる。手を打ち鳴らし、彼女たちの楽しげな笑い声が、部屋中に響き渡った。
◇
「蒼ちゃーん! 仲裁ありがとね」
女神たちに吹き飛ばされたのに元気に楽しく飲んでいるオディールがやってきて、蒼のグラスにジョッキをカンと合わせた。
「いやいや、あれくらいは……。でも……。オディールさんって本気出したら余裕であの二人を止められますよね?」
「何言ってんの、僕はただの新入りスタッフ……」
「実は僕、思い出したんです。ヴェルゼウスさんを殺した時、即座にオディールさんにも即死スキルを放ったんですよ。でも死ななかった。上位神すら死んだ即死スキルをキャンセルできる……。これは、そういうことですよね?」
蒼の眼は、オディールの鮮やかな碧眼に固定され、その深遠なる淵を凝視する。
「……。勘のいいガキは……。ふぅ。仲良くなれそうだったのにな……」
オディールの顔から笑みがすっと消え、手のひらを蒼の方に向ける。そこには蒼に対する冷徹な排除の意志がこもっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。大丈夫です。誰にも言いませんから。ただ、少しだけ教えて欲しいことがあるんです」
オディールは小首をかしげ、蒼を見つめる。
「本当です。誰にも言いません」
蒼は手を合わせ、心の奥底から願いを込める。こんなことで未来を失う訳には行かない。
オディールはけげんそうに蒼の瞳の奥を見つめると、軽く指を鳴らした。その小さな音がまるで魔法の呪文のように室内に広がる。
その瞬間、世界はまるで古い白黒写真の一枚に閉じ込められたかのように、色と音を失った――――。
騒がしい笑い声と賑やかな語らいで満ち溢れていた焼肉屋の部屋も、静まり返っている。
見ればみんな止まっている。レヴィアはジョッキを傾けたまま凍りつき、口元からこぼれるビールの泡が空中でキラキラと静止していた。その隣で、シアンの振り回した青い髪は空中で華麗に舞った状態で静止している。
「うわぁ、何、何なの!?」
あまりのことに蒼は慌てる。
「教えて欲しい事って何? つまんないこと聞いたらこのまま消し飛ばすからね?」
周囲が灰色のヴェールで覆われた中、オディールだけが色彩を失わなかった。黄金色のオーラが冷たい笑顔を浮かべる彼女を包み込む。彼女の金髪はサラサラと煌めき、鮮やかな碧眼が青い光を放ちながら蒼を射抜いた。
「け、消し飛ばす!? ……。ふぅ……」
オディールの鋭く突き刺さるような視線に圧倒されながらも、蒼は深く息を吸い込み、内なる不安を静かに鎮めていく。
「オディールさんは、誰よりもこの世界のことを分かっているんですよね? 結局この世界って何なんですか?」
蒼はしっかりとした声でオディールをまっすぐに見ながら聞いた。
「ほう? 世界を知りたい。なるほどね……。でも、『知ることは呪い』。一度知ったらもう元には戻れないよ? それでもいいの? 今なら全ての記憶を消して元に戻るけど……?」
オディールは斜に構えて蒼の反応をうかがった。
「の、呪い……。でも僕は知っておきたい。転生して、呪われて、世界滅ぼして戻ってきた。その背景は知っておかないとうまく生きて行けそうにないんです」
蒼は心の内に秘めた、深く熱い思いを、言葉にして静かに解き放った。
「あ、そう。そしたら……。君はどこまで世界のことを知ってるの?」
「それは……、『この世界は情報で出来てる』ってことくらいです。レヴィアさんが『色即是空、空即是色』だって言ってました」
「あー、なるほどね。でもそれだと本質を捉えそこなうんだな」
オディールは得意満面の表情で、蒼の顔をじっくりと覗き込んだ。
世界が情報で構成されているという事実だけで、蒼にとっては既に驚愕のニュースだった。しかし、それ以上に驚くべき真実が存在するという。
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