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37. 心臓を貫け
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レヴィアは必死に広間の隅まで逃げながら叫ぶ。
「このバカやろがぁぁぁ!」
今まさに衝突するその瞬間だった――――。
電子浮岩城のツルっとした漆黒の壁面はまるで液体のように広間を飲みこんでいく。そして、しぶきのように飛び散った漆黒の液体は、くっつきあってイソギンチャクの無数の触手のごとく広間に絡みついた。そして、シュオォォォという音とともに熱気を帯び、消化し始める。
へっ!?
どんどんと飲み込まれ溶かされていく広間……。もう逃げる場所はなかった。
レヴィアは大きく息を吸うと下に広がる大森林を見下ろした。無力となった自分では落ちたら助かるまい。しかし、あんな漆黒の触手につかまり、サイノンに好き放題にされるくらいなら死んでやる。
レヴィアは目をつぶるとそのまま大空に踏み出した。ドラゴンの矜持を貫くため、レヴィアは死を選んだのだ。
真っ逆さまに落ちていくレヴィア。こんな最期になるとは思わなかったが、一つの時代を築いてきた彼女の心は、不思議なほどに穏やかだった。長い年月の疲れが、この落下と共に解き放たれるかのような感覚に身を任せる……。
その時、空気が震えた。
電子浮岩城はその秘めたる力を解放し、漆黒のトゲを放つ。それは瞬時に空気を切り裂きながら、レヴィアの胸を残酷にも貫いた――――。
グホッ!
血しぶきが舞い上がり、その瞬間、すべてが凍りついたような静けさが辺りを包む。
いきなりの攻撃にレヴィアは一体何が起こったかもわからなかった。ただ、胸の奥深くに爆発する灼熱の痛みで意識は徐々に侵食され、炎の海に飲み込まれていくように消えていった。
「勝手に死なれちゃ困るよ、レヴィア君。くくくく……」
串刺しになり、手足をだらんと下ろすレヴィアを見ながら、サイノンは嗜虐的な笑みを浮かべる。
はっはっは!
電子浮岩城のコントロールルームにはしばらく、サイノンの笑い声が響いていた。
◇
サイノンの冷酷な手に落ちたレヴィアは恐ろしい呪いを背負わされた。時間が経つごとに、彼女の頭の中には耐えがたいほどの「殺せ! 殺せ!」という狂気の声が響き渡る。犠牲者が増えれば増えるほど、その声は沈黙し、レヴィアに一時の安息を与える。しかし、その安らぎは一時的なもので、いずれ再び声は甦り、彼女を更なる混沌へと誘っていた。
レヴィアに手を焼いた先代魔王は、呪いを解いて攻撃をやめさせようと奔走したが、解呪はできず、結局、強引に封印という形で極北の氷の山、凍翼山に眠らせたのだった。
本来女神側がフォローすべき話ではあったが、レヴィアは連絡手段を奪われ、サイノンはレヴィアを騙って偽の報告を繰り返していたので気づくのが遅れてしまっていた。
◇
レヴィアがかつての悲劇を静かに語り終えると、彼女の言葉は重い沈黙に取って代わった。その過去の重さに押し潰されそうになりながら、静かにうつむくレヴィア。
「大変だったね。でも僕が解決してあげるから大丈夫……」
蒼の温もりがレヴィアの震えを静めるように、彼女の美しい金髪をやさしくなでた。
蒼が東の空を見上げると、昇ってきた月は血のような赤から清らかな青へと移り変わっていく。
やがて澄み通った空は神秘的な月明かりで満ちた。その光の中で、神霊の月桂銃が煌煌と目覚めるように輝きを増していく……。
拳銃からは黄金に輝く微粒子が立ちのぼり、ふわふわと宙を舞う。幻獣の彫り物も明るく輝きだし、いよいよその時がやってきた。
蒼は大きく息をつき、うなずくと、レヴィアの背中をやさしくトントンと叩いた。
「ではレヴィアこっち向いて」
「あぁ、いよいよ救われるんじゃな……」
レヴィアは、輝くルビーのような瞳に涙をため、蒼を見つめながら微笑みを浮かべた。
蒼はゆっくりとうなずくと、拳銃をそっと持ち上げ、ヨシッと小さくつぶやく。
「ロック解除! はい、息を止めてーー!」
蒼は引き金に可愛い指をかけ、レヴィアの心臓に狙いを定める。
「なるべく痛くないようにな……」
レヴィアは注射を受ける子供のように顔を歪ませてそっぽを向いた。
「はい、痛くないですよーー!」
パン! という衝撃音が荒れ野に響き、刹那、レヴィアが黄金の光に包まれる。それは蒼の時にはなかった展開だった。
蒼とムーシュはハラハラしながら揺れ動くレヴィアを固唾を飲んで見守る。
レヴィアは神聖な光に包まれ、恍惚な表情を浮かべている……。
だが、光が収まってきた時だった。
ぐはぁ!
直後、レヴィアは苦しそうに叫び、地面に崩れ落ちた。
「ああっ!」「レ、レヴィアぁぁぁ!」
地に伏したレヴィアは、苦悶の表情で胸を押さえ、もう一方の手は空虚に向かってもがく。
「ど、どうしたんだ!?」
駆け寄り、頭を抱き上げる蒼。
「せっ……せ……」
レヴィアは真紅の瞳を見開き、輝かせながら何かを言おうとする。
「な、何だって!?」
一生懸命に聞こうとする蒼。
「成功じゃーー!」
レヴィアは絶叫しながら蒼に抱き着くと立ち上がり、ポーンと空高く蒼を放り投げた。
月夜に高々と宙を舞う蒼。
は……?
蒼は空中で不満を顔に刻む。
「もう! 心配したのよ?」
ムーシュはプリプリと怒りながらレヴィアの背中をパシッと叩いた。
「悪かった、あまりに嬉しかったもんでな!」
レヴィアは胴上げのように何度か蒼を夜空に放り、そしてキュッと抱きしめるとプニプニのほっぺたに頬ずりをする。長きにわたる呪縛から解放されたその顔には、涙が静かに輝いていた。
「このバカやろがぁぁぁ!」
今まさに衝突するその瞬間だった――――。
電子浮岩城のツルっとした漆黒の壁面はまるで液体のように広間を飲みこんでいく。そして、しぶきのように飛び散った漆黒の液体は、くっつきあってイソギンチャクの無数の触手のごとく広間に絡みついた。そして、シュオォォォという音とともに熱気を帯び、消化し始める。
へっ!?
どんどんと飲み込まれ溶かされていく広間……。もう逃げる場所はなかった。
レヴィアは大きく息を吸うと下に広がる大森林を見下ろした。無力となった自分では落ちたら助かるまい。しかし、あんな漆黒の触手につかまり、サイノンに好き放題にされるくらいなら死んでやる。
レヴィアは目をつぶるとそのまま大空に踏み出した。ドラゴンの矜持を貫くため、レヴィアは死を選んだのだ。
真っ逆さまに落ちていくレヴィア。こんな最期になるとは思わなかったが、一つの時代を築いてきた彼女の心は、不思議なほどに穏やかだった。長い年月の疲れが、この落下と共に解き放たれるかのような感覚に身を任せる……。
その時、空気が震えた。
電子浮岩城はその秘めたる力を解放し、漆黒のトゲを放つ。それは瞬時に空気を切り裂きながら、レヴィアの胸を残酷にも貫いた――――。
グホッ!
血しぶきが舞い上がり、その瞬間、すべてが凍りついたような静けさが辺りを包む。
いきなりの攻撃にレヴィアは一体何が起こったかもわからなかった。ただ、胸の奥深くに爆発する灼熱の痛みで意識は徐々に侵食され、炎の海に飲み込まれていくように消えていった。
「勝手に死なれちゃ困るよ、レヴィア君。くくくく……」
串刺しになり、手足をだらんと下ろすレヴィアを見ながら、サイノンは嗜虐的な笑みを浮かべる。
はっはっは!
電子浮岩城のコントロールルームにはしばらく、サイノンの笑い声が響いていた。
◇
サイノンの冷酷な手に落ちたレヴィアは恐ろしい呪いを背負わされた。時間が経つごとに、彼女の頭の中には耐えがたいほどの「殺せ! 殺せ!」という狂気の声が響き渡る。犠牲者が増えれば増えるほど、その声は沈黙し、レヴィアに一時の安息を与える。しかし、その安らぎは一時的なもので、いずれ再び声は甦り、彼女を更なる混沌へと誘っていた。
レヴィアに手を焼いた先代魔王は、呪いを解いて攻撃をやめさせようと奔走したが、解呪はできず、結局、強引に封印という形で極北の氷の山、凍翼山に眠らせたのだった。
本来女神側がフォローすべき話ではあったが、レヴィアは連絡手段を奪われ、サイノンはレヴィアを騙って偽の報告を繰り返していたので気づくのが遅れてしまっていた。
◇
レヴィアがかつての悲劇を静かに語り終えると、彼女の言葉は重い沈黙に取って代わった。その過去の重さに押し潰されそうになりながら、静かにうつむくレヴィア。
「大変だったね。でも僕が解決してあげるから大丈夫……」
蒼の温もりがレヴィアの震えを静めるように、彼女の美しい金髪をやさしくなでた。
蒼が東の空を見上げると、昇ってきた月は血のような赤から清らかな青へと移り変わっていく。
やがて澄み通った空は神秘的な月明かりで満ちた。その光の中で、神霊の月桂銃が煌煌と目覚めるように輝きを増していく……。
拳銃からは黄金に輝く微粒子が立ちのぼり、ふわふわと宙を舞う。幻獣の彫り物も明るく輝きだし、いよいよその時がやってきた。
蒼は大きく息をつき、うなずくと、レヴィアの背中をやさしくトントンと叩いた。
「ではレヴィアこっち向いて」
「あぁ、いよいよ救われるんじゃな……」
レヴィアは、輝くルビーのような瞳に涙をため、蒼を見つめながら微笑みを浮かべた。
蒼はゆっくりとうなずくと、拳銃をそっと持ち上げ、ヨシッと小さくつぶやく。
「ロック解除! はい、息を止めてーー!」
蒼は引き金に可愛い指をかけ、レヴィアの心臓に狙いを定める。
「なるべく痛くないようにな……」
レヴィアは注射を受ける子供のように顔を歪ませてそっぽを向いた。
「はい、痛くないですよーー!」
パン! という衝撃音が荒れ野に響き、刹那、レヴィアが黄金の光に包まれる。それは蒼の時にはなかった展開だった。
蒼とムーシュはハラハラしながら揺れ動くレヴィアを固唾を飲んで見守る。
レヴィアは神聖な光に包まれ、恍惚な表情を浮かべている……。
だが、光が収まってきた時だった。
ぐはぁ!
直後、レヴィアは苦しそうに叫び、地面に崩れ落ちた。
「ああっ!」「レ、レヴィアぁぁぁ!」
地に伏したレヴィアは、苦悶の表情で胸を押さえ、もう一方の手は空虚に向かってもがく。
「ど、どうしたんだ!?」
駆け寄り、頭を抱き上げる蒼。
「せっ……せ……」
レヴィアは真紅の瞳を見開き、輝かせながら何かを言おうとする。
「な、何だって!?」
一生懸命に聞こうとする蒼。
「成功じゃーー!」
レヴィアは絶叫しながら蒼に抱き着くと立ち上がり、ポーンと空高く蒼を放り投げた。
月夜に高々と宙を舞う蒼。
は……?
蒼は空中で不満を顔に刻む。
「もう! 心配したのよ?」
ムーシュはプリプリと怒りながらレヴィアの背中をパシッと叩いた。
「悪かった、あまりに嬉しかったもんでな!」
レヴィアは胴上げのように何度か蒼を夜空に放り、そしてキュッと抱きしめるとプニプニのほっぺたに頬ずりをする。長きにわたる呪縛から解放されたその顔には、涙が静かに輝いていた。
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