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グレイソン
体を鍛え直す
しおりを挟む「グレイ帰らなくて良いのか?」
レオンに声を掛けられた。
「明日は休みだから、伯爵家には朝から行くことになっている。こんな時間だし夕食は終わっているころだ。伯爵家に迷惑はかけられん」
ブンブンっと木刀を持ち素振りをする。
「疲れているんなら帰れよ……なんでまた素振りなんか」
ブンッブンっ──
「子供が生まれるからな。今後はリュシエンヌと子供を養い守っていかなきゃならない。最近はデスクワークや視察なんかが増えて体を動かす事が減った。リュシエンヌは私の鍛えられた身体が好きなんだ。がっかりさせたくない」
リュシエンヌは軽いから片手でも持ち上げられるし、腹に子がいてもそんなに変わりはしない。しかし子が大きくなるにつれ私の歳も増えていき衰える。子供が大きくなっても父として持ち上げられるように鍛えてなくてはいけない。
「いや。十分だろ。筋肉量は減ってないって凄いぞ? それでいてあの書類の量だろ? 王太子が凄すぎると嘆いていた」
「なぜ嘆く必要がある? 王太子は王太子で仕事をしっかりこなしているぞ。頭が良い人だし国民にも人気がある」
「グレイのようにあれもこれも出来ないってさ。このままだと王位が変わるかもって、」
「私は王位に興味がない。実家もそうだ。昔はそういう話を持ちかけられた事もあるようだが兄は断固拒否していた。王太子は何を言っているんだか」
「第三子が生まれるから気弱になっているんだろうよ」
「それならうちもそうだ。バカな貴族が何かを企んで出てくるかもしれん。王太子に苦言を呈しておこう。早い方が良いな、レオン王太子に時間があるか聞いてきてくれ」
「お前なぁ……私をなんだと思っているんだよ!」
ブンッブンっ──
「友人であり、隊長であり、侯爵家の嫡男だろ?」
「分かっているのなら良い、聞いてきてやる」
なんだかんだと良いやつなんだよな。そうじゃないと長年付き合ってないか……レオンとの付き合いはもう二十年になるのか。
お互い騎士団に入りたくて切磋琢磨した仲だ。子供の頃からレオンはモテていて私は令嬢よけにされていたな……って、ん?
……その分令嬢から悪く言われることもあった。まぁ今ではそれも笑い話か。レオンが来るまで黙々と木刀を振り下ろした。
ブンッブンっ──
「グレイ、王太子が会うと言っていたぞ」
「そうか、話が早くて助かる。お前はどうする?」
「一緒に行くよ」
レオンと二人揃って王太子の執務室へと行く。
「グレイソン殿、こうやって話をするのは久しぶりですね。いつもレオン殿と陛下から話を聞いています」
「王太子殿下、敬語はやめてください」
「分かっているのですが、つい癖で……」
「ところで今ほどレオンから聞いたのですが、王位がどうのと愚痴っていたとか? そんな事を言ってどこで誰が聞いているか分からないのですから、おやめ下さい。王太子殿下は国民にも人気で、良く頑張っています。ご自分を信じてください。陛下が嘆きますよ」
「グレイソン殿やその兄上である小公爵殿が凄すぎて私なんかより、」
面倒臭い男だな……
「兄は陛下の元で努力をしています。私は私で努力をしています。今は守るべき家族も出来ましたので更に努力を続けます。王太子は何のために頑張れますか? 国民ですか? 家族ですか? 陛下は王太子殿下の才能を認めているから王太子として任命したのでしょう? あの方は優しいが時には残酷です。エリック殿下も本当は国に残したかったでしょうが、リル王国へ行かせる事になったではないですか」
陛下と王妃はエリック殿下を甘やかしてきたと言っていた。その代わり王太子は厳しく教育されていた。その努力を認めていた。だから王太子に任命されたのだから。
「レオンを信用しているからうっかり口を滑らせたのだと思いますが、こんな事を聞かれて他の親戚たちが持ち上げられてあなたの身に何かあったらどうするのです? 王妃やお子の身も危険に晒されるのですからね」
「すまない。子が生まれる事によるプレッシャーもある。うちは王子が二人で、次の子も王子らしい……王族に生まれたからには厳しい教育が待ちかねている。結婚相手も探さなきゃいけないし、誰を後継にするか。それによる確執がないかと不安になって……たまに愚痴りたくなって。レオン殿は話しやすくて、つい」
「単なる愚痴なら良いのです。私も今度付き合いますよ。ストレスが溜まったら体を動かすこともオススメです。最近稽古をしてないようですね?」
「時間がなくて……ってこれは言い訳になりますね」
「帰りが遅くなると心配されますか?」
愛妻家で有名な王太子だからな。
「いや。それは大丈夫。遅くなる時は連絡を入れると納得してくれますし、妻を裏切る行為はしません」
「うん。夫の鏡ですね。グレイもそうなんですよ。似てますね」
ニヤニヤとレオンが私の顔を見てくる。
「グレイソン殿の妻は……モルヴァン伯爵令嬢でしたね」
思い出したかのように声が小さくなる王太子だった。弟の事も思い出したのだろうな。
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