上 下
78 / 100

女の人の声は子爵令嬢だった

しおりを挟む

 失敗したわ。アデールの姿が見えなくてジョニーに探しに行かせた。

 まさか騎士団の練習場でこんな事が起きるなんて……子爵令嬢と人気No.3のシオン様。

 よくもこんな事を……でもレイ様は絶対に助けに来てくれる。



 意識が戻って様子を窺っていた。


『キスでもなんでも良いからしなきゃ、口実が作れないわよ』

『モルヴァン嬢の瞳に私だけを写して唇を塞ぎたい』


 No.3が私の頬に手を当ててきましたわ! 

『寝ている姿も美しい……寝姿を見ているだけで食事が進みそうだ』

 ぞ、ゾッとしますわ! キスをされなくて良かったけれど、寝姿を見られて、しかも私の顔を見て食事が進むだなんて目が覚めたら何をされるか分からない。怖い。


『ほら。モルヴァン嬢の持ってきてたバスケット』


 レイ様への差し入れは無事なようだわ。すごくすごく張り切って作ったのに、レイ様に食べてもらえなかったわ。レイ様が私の用意した食事を食べている姿を見ると幸せな気分になる。あぁ……台無しになっちゃった。No.3が子爵令嬢からバスケットを受け取って歓喜の声を上げた。


『こんな豪華な差し入れは見た事がない。キレイに並んだサンドイッチ、マフィン、フルーツ。くそ……隊長め。いつもこれを独り占めしていたのか』

『はぁっ……なんて美味いんだ。料理が上手なんだね、リュシエンヌ』

 急に私の名前を呼びぱくぱくとサンドイッチを食べ始めた。

『マフィンも手作りなのかな? リュシエンヌから甘い香りがするのはマフィンのせいかも』

 もう、食べないで。例えレイ様が口にしなくても他の人に口にして欲しくないわ。そう思っていたらNo.3が近づいてきて私の匂いを嗅ぎ始めました……

 耳元でNo.3がいろんな事を呟いてきます。気持ちが悪いですわ。


 愛している。
 綺麗だよ。
 僕だけのリュシエンヌ。
 あぁ。ずっと閉じ込めておきたい。
 はやく僕のものになって。
 早く二人きりになりたい。
 もう観念したら?
 もう起きてるよね?
 そんな仕草も可愛いよ。



 耳元でリップ音を立てました。ゾワっとして体が動いてしまいました。
 


『ん、んんっ……』

 意識が回復したのをNo.3は知っていた。でも私は演技をした。もう耐えられませんもの。意識がないまま男の言いなりになんてなりたくありません。

 絶対にレイ様は異変を感じていますわ。助けに来てくれますわ。信じていますわ。


『リュシエンヌ目覚めましたか?』

 No.3が声をかけてきた。にこりと笑うその顔は知っていたのですわ。子爵令嬢は気が付いていないようでした。


『……ここは? 確かわたくしは練習場で……』

 声を発すると息がきれそうになりました。一体何を吹きかけられたのかしら……怖くて知りたくないような気もします。

『あぁ、体調が良くないのですね。無理はしない方が良いですね』

 いいからとっとと手を出せ! ヘタレ!! と子爵令嬢が言った。手を出す? 本当に……いや、絶対に嫌だわ。

 私はレイ様と……レイ様じゃないといやだ。さっきまでの怖さとは違う怖さが込み上げてきた。



『私がリュシエンヌの看病をしますから安心して下さい』

 私の手をぎゅっと握り締める男。

『……やめてください、ここはどこですか、私のメイドと護衛をどこにやったのですか』

『リュシエンヌのメイド達は安全な場所で眠っている。少し大人しくしてもらう必要があったから、もうすぐ解放しますよ』


 何か話をしてこの状態を引き伸ばさなくてはいけないわ。手を離して欲しいけれど、手足を縛られた状態で私は身動きが取れない。これ以上触れられたくない。

 もしこれ以上があるときは……解いてくれるのかしら……その時が逃げるチャンスなの? でも私の様などこにでもいる令嬢が騎士の力に敵うわけがない。

 ここはきっと騎士団内部で間違いない。倉庫のような所。大きな声を出して騒ぎを起こしたらレイ様の責任問題になってしまうかもしれません。だってこの方レイ様の部下だもの。

 子爵令嬢がさっきからにやにやとしながら私の動向を窺っているわ。普通じゃないとは思っていたけれど、彼女は異常者だわ。

 子爵令嬢が伯爵令嬢に向かって暴言を吐いたり、公爵家のレイ様を悪く言ったり、騎士団内部でこのような事をするなんて……異常なまでの副団長様への執着、他の令嬢への嫌がらせ。この事が公になると一番困るのはご自分なのに……ご家族にも迷惑が掛かる……って。あぁ……私もそうね。



 このままこの男に手を出されてしまったら私も全てを失う。

 家族もレイ様も……


 レイ様ごめんなさい。こんな事が起きるなら子爵令嬢の事、この男の事をもっと警戒するべきでしたわ。練習の見学は最後だと思ってスルーした私が悪いのですわ。



 レイ様、私がこの男に手を出されたら悲しい?

 レイ様、私と結婚の話がなくなったら他の令嬢と結婚するの?


 私はレイ様じゃなきゃ嫌なの。私の初めても終わりもレイ様が良い。


 こんな男に手を出されるのなら死んだ方が良い──


しおりを挟む
感想 197

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

処理中です...