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休憩タイム

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 号令と共に令嬢たちが一斉に駆け出して、人気のある騎士達の周りを囲んでいましたわ!


「す、凄いですわね……」

「お嬢様は行かなくてもよろしいのですか?」

「そうね。でも差し入れが無いわ……」

 応援隊? の令嬢達は皆さん差し入れを渡していますのよ? 私ったら気が利かないわね。でも早く声を掛けないとタイミングを逃してしまいますわ。


「普通にお声かけしている令嬢もいますよ。お話だけでも宜しいのでは無いですか?」

「そうね。せっかくここまで来たのに声をかけなくては意味がないわね」

 意を決して声をかけようとしていたら、練習場から離れて行こうとするグレイソン・エル・アルヌール閣下。

 早足で追いかけましたわ。足が長いですのね。あの時もいつの間にか姿が見えなくなっていましたもの。


「あ、あのっ……」

 声をかけるも聞こえていないようでもう一度声をかける。

「あの、すみませんっ」

「……ん?」

 ようやく振り向いてくださいましたわっ!



「あの、失礼ですがグレイソン・エル・アルヌール閣下でお間違いないでしょうか?」

「……あぁ、」

「わたくしリュシエンヌ・モルヴァンと申します」

「……あぁ、」

「あの、そのお急ぎのところ失礼致します。先日閣下にお借りした傘を返しにまいりました」

 もしかして機嫌が悪いのではないでしょうか……急いでいたところに声を掛けてしまったのかもしれませんわ!




「……いや、急いではいない。それにしてもよく私が分かったね」

 急いではいないと言ってくださりました。嘘でも嬉しいですわ。お話をしても良いと言うこと?


「傘に刺繍がありましたので、失礼ながら調べさせていただきました」

 申し訳ないので頭を下げる。

「先日はありがとうございました。その後体調を崩されたりしませんでしたか?」

「君のような(可憐な)令嬢に心配されるようなら私はまだまだという事だな」

 ……何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか? 首を傾げる。


「心配されないように鍛え直すって事だ。それにしても、わざわざ傘を持ってきてくれるなんて律儀なんだな。別に返さなくても良かったんだぞ」


 閣下の顔を改めて見ると優しそうな目をしていた。瞳は薄いグレーで艶があり透き通っていて綺麗で、青みを帯びた短い黒髪は清潔な感じでした。
 練習の後だけあって額に汗をかいている姿は凛々しく思えました。

 汗が目に入りそうになって思わず背伸びをして、ポケットから出したハンカチで汗を拭いてしまいました……

「なっ、」

 驚き一歩下がる閣下の姿を見て……

「あっ、思わず……ごめんなさい、汗が目に入ると痛そうなので。弟に拭いてあげる感覚で……」

 さっと手を引っ込めた。見知らぬ女が近くに寄って、汗を拭くなんて嫌ですよね……それに大人の男性に対して弟とか……恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいです。恥ずかしくて顔が熱いです。


「いや、すまない。汗をかいた身体で話をすべきではなかったな」

「いえ、わたくしが閣下にお会いしたくて来たのですわ! 練習を拝見させていただきましたがとてもお強いのですね」

「……練習を見ていたのか」

「はい、とても迫力があって驚きました。騎士様たちのおかげでこうして平穏に暮らせるのですもの。感謝しておりますわ」

 顔が見れなくてつい下を向いてしまいました。

「すまないがそろそろ休憩が終わる頃だ。傘を(返して)貰うよ。それとそのハンカチも」

 私が手に持っていたハンカチを指差す閣下。ギュッと握っていたのでシワになっているのに……


「え? このハンカチですか?」

 汗を拭くのかと思い素直に渡しました。

「これは洗って返すよ」

 ひょいとハンカチを私の手から取る。


「いいえ、結構ですわ。洗うほどのことではありませんもの。わたくしが勝手に閣下に触れてしまって、」
「令嬢が見知らぬ男の汗を拭いたハンカチを持ち歩くのはどうかと思うぞ。それに今は汗臭いから私に近寄らない方が良い」

 そう言われてしまうと、お側にはいけませんわよね。

「モルヴァン嬢、すまないが時間がない。今度ハンカチを返すよ。それじゃ」

「あ、」


 


「行っちゃった……」

 やっぱり急いでらいしたのね。それなのにお話をしてくださったのね。


 ******

 ……なんだあの可愛さは! 私のことが怖くないのか? まじまじとキラキラとした目で私を見てきた。おかげで変な誤解をしそうになったではないか!

 背伸びをして汗を拭う姿……あんな事をされたら……余計に変な汗が出てしまうではないか!

 

「グレイ!」

「ん?」

 私のことを名前で呼ぶ男。同期で令嬢に人気の副隊長レオンだ。

「あんな綺麗な子といつ知り合ったんだ? 紹介してくれよ」

「お前には紹介なんていらないだろう。応援隊の令嬢達がいるじゃないか」

 こいつは未だ未婚(自分のことは棚に上げておく)令嬢が好みそうなキラキラ騎士と呼ばれていたりする。私とは正反対だ。


「あの子達はキャーキャー言っているのが楽しいだけだ。両親も良い加減に結婚しろ。とうるさいからな」

「どこの家もそうだろうよ。二十七となれば親も怒り出すよな……」

 煩いを通り越して怒ってくる……だからなるべく実家には近寄らないようにしている。

「今年こそは相手を見つけたいと思っている。ところでさっきのあの子は誰だ? 見かけない顔だな」

「誰だって良いだろ」

「綺麗な子だったな」

 ……綺麗? 可愛いの間違いじゃないのか? こいつの感覚がよくわからない。


「強面のお前にも臆さず話が出来るなんて肝がすわっているじゃないか。普通の令嬢ならお前の汗なんて怖くて拭けないだろ」

 ……そこまで見てたのか! 確かに強面で図体も大きい私は令嬢から怖がられて近寄りづらいタイプだと思う。あの子はまっすぐ私の目を見て話してくれたんだよな……心地の良い落ち着いた声だった。騎士達に話しかける応援隊の令嬢達とは違う。
 
 たった一本の傘のためにここまで届けにきてくれるなんて真面目な子なんだろうか、それとも借りを作るのが嫌いなタイプなんだろうか? なんにせよ、いや、やめとこう。

 

 

 
 
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