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雨の音

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 ~エリック視点~

「先客、か……」
「えぇ。不思議な男の子、と言ったら失礼かもしれませんね。気品ある感じがしました。黒髪の男の子でした」

「へぇ……」
「はい。うちの馬車が先に迎えに来たのでその後ちゃんと帰れたのかと、勝手に心配していました。雨で濡れていましたから、風邪をひかなかったとか」

「知らない男の子なのに随分と心配していたんだね」
「……ほっとしたんです。大人がいなくなり、街で弟と二人だけになってしまって。先客の同じ年ほどの子とお話ができて、不安だった心が少し安まりましたの。弟にはその気持ちを悟られたくなくて」

「……そっか。そういう気持ちになるんだね。でもその彼が悪い人だったら君たちは誘拐されていたかもしれないよ?」
「そうですね……でも初めて会って、少しお話をしただけですけど、なんとなく楽しくて、あ! 同じ空間を過ごした仲間という感じですね」

「……同じ空間か」
「はい」

 ……同じ空間。と言われて婚約破棄の立会いをした時を思い出した。同じ空間でも全然違う。
 私はなんてバカな事を……

「リュシエンヌ、私はそろそろ戻るよ、それと色々と迷惑をかけてゴメン。ちょっと忙しくなるからもう会うことは、ないと思う。元気で」
「……はい、エリック殿下もお元気で」
 

 少し寂しそうに見える彼女の顔を忘れないだろうね。でも最後にあの雨の日の事を覚えていてくれて、話してくれて嬉しかった。あの雨の日に会ったのは私だったんだよ? と言えれば良かったのだけど君の思い出に残ってくれているならそれで良い。キレイな思い出ではないかもしれないけれど、悪い思い出でもないよね?

 ここにいたら余計な事を言いそうになるから、笑って手を振って背中を向けた。
 “好きだよ”と言ってしまったらリュシエンヌを困らせてしまうかもしれない。リュシエンヌの困った顔を見たいわけじゃないから。君が好きだと縋ってみようかなんてバカな真似をするつもりもない(あったかもしれないけど)

 その後、リュシエンヌは制服の上着を返してくれた。そこには手紙が入っていて【上着を貸していただきありがとうございました。あの時はとても助かりました。リル王国へ行ってもお元気でお過ごしください。ご活躍を心よりお祈りしております】と書いてあった。

 浜木綿ハマユウの絵が書いてあった。リュシエンヌは絵まで上手いんだな……とくすりと笑うと涙が出てきた。花言葉は“どこか遠くへ”浜木綿ハマユウは主に海辺に咲く花で白百合のような花。その種子はコルクのような材質で海に浮かんで何ヶ月も漂流し遥か遠くの地まで繁殖する。その地に根付くように……というメッセージが込められたりする。

 最後までリュシエンヌは優しいんだな……そう思うと胸が熱くなった。

 やっぱりリュシエンヌを好きになって良かったな……惜しい事をした。

 リュシエンヌへの思いは今日胸にしまおう。これからリル王国で生活をすることになるのだから。この国の王子として王女を支えていこう。

 ******

 リル王国王女との対面。

「あら! 絵姿より素敵ね」

 開口一番そう言われた。対するリル王国の王女は美女だと聞いていたが迫力のある美人だ。来月の結婚式に向けて色々と準備を進める中で、少しずつ話をするようになった。大臣達にもテキパキと指示する姿はさすが国を治める王女の貫禄がある。まだ私はなんの役にも立てないが、国民の生活がどんなものかと王都へと視察へと行く。小さな国だか恵まれた環境で、すでに私の顔が知られていて、国民から歓迎ムードのようだった。

「エリック殿下は街で人気だったようですね」

 ただ民と話をしただけだったのだが……歓迎されているようだしこちらとしても悪い気はしない。というのが正直な気持ちだった。

「私ではそうはいきませんから、夫になる人が民に受け入れられるのは嬉しいですわ」

 王女として国の代表としての厳しい一面があるからなのだそうだ。しかし国民は王女を尊敬しているようだった。

「イケメンは得ですわ。特に女性人気が凄まじかったのだとか? ふふっ」

 顔で得をしているのか……まぁ、いいか。私にはこの国でまだ誇れるものがないのだから、顔を売っていこう。

「年上女房の尻に敷かれているだなんて言われているのですって」

 ……イメージとは怖いものだな。しかし女性が活躍するのはこれからの時代必要だと思う。


「私はまだまだ甘い男なので王女からしてみたら頼りないでしょうが、これからビシバシとしごいてください」


「私は厳しいですからちゃんとついてきてきださいね」



 そう言って笑った王女の顔はなんだか可愛く思えた。この国に根を張りいつか花を咲かせようと思った瞬間だった。

 
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