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山を越えた先の町
しおりを挟む山を下った先の町は学園で同級生の子爵家の領地だった。
「長閑で空気が澄んでいて良いところねぇ」
牧場がある様だった。特産はミルクやチーズなど。
「宿をとらなければなりませんね。先ほど聞いた話によりますと宿場で長距離の馬車を予約できるそうです……っと最短で取れれば良いのだが」
アリスがチラッと睨んだ事により敬語はなしになった。ショーンは執事の癖が抜けないようだ。
「ショーン兄さんお願いしますね」
ショーンが宿を取りに行ってくれたので、子爵領の町を散策する事になった。こじんまりした感は否めないが綺麗に整備されている。朝市では新鮮なミルクなども販売しているそうだ。お洒落なカフェなどはないが、露店でヨーグルトドリンクが販売されていた。
まずはミリーが試飲してみて、問題なければ口にしても良い様だ。ここでも過保護っぷりは健在だ。今はお嬢様ではないのだから普通に生活をしたいと思うのだが、私の身を案じてのことで無理強いは出来ない。
宿が取れたとショーンが呼びにきた。ここでは高級宿などはなく一般的な宿しかない様でショーンが確認したところ、女主人が経営している清潔な宿だという事だ。
宿へ向かう道中に長距離馬車のことも聞いたが、早くてもニ日後の予約になるという。その間はこの子爵領でのんびりしようという事になった。
宿で食事をとったのだが、見たことのない料理で驚いた。パンの上にチーズが沢山載っていてトマトソースやバジルがトッピングされていて、伸びるチーズで口が火傷しそうだった。
しかもフォークやナイフを使わずに手で掴んで口に入れるスタイルだった。
サラダやスープも一緒に出て来て、忙しい。
「悪い事をしているみたいだわ」
笑顔で食事をするアリスフィアを見てホッとする二人。
「アリス、外の世界とはこう言う感じですよ、早く戻りたいですか?」
ミリーに言われたが、知らない世界を見るだけではなく体験できることが楽しい。
「家族に会いたいと言う気持ちはあるけれど、今までの生活とは違って物珍しいし、それに料理も美味しいわね。山登りも初めての経験よ」
平民の服を着ていても分かる優雅で高貴な存在感のアリスフィアに宿の女将は不思議に思い、これは貴族様に違いない。と思った。貴族が子爵領にくる時は領主の家に滞在することが多く町の宿に泊まるなんて有り得ない。
不審に思い領主へと連絡を入れた。平民とは思えない高貴そうな方が宿に泊まっている。お忍びという感じでもない。
すると次の日の朝、視察がてら領主が顔を出して確認しに来た様だ。領主は特に見られて困ることはない領地だが、宿に泊まるという行為が理解できなかった。
長閑な場所とはいえ子爵家での滞在はそれなりに満足してくれるはずだと言う自負がある。貴族が子爵家に滞在する事により情報交換が出来るし、宿泊をして領地の良さを知ってほしいとの思いもある。
「あちらで朝食をとっています」
女将が領主に言った。
「どれどれ? 私が知っている顔か、な……なっ!」
「領主様? どうかされましたか?」
「ブラック伯爵家のお嬢様じゃないか!」
驚く領主と女将。
子爵は王宮のパーティーに顔を出すこともあり、王族の席にいるアリスフィアの事を知っているし、自分の息子の同級生。
「なぜ、こんなところにいるんだっ」
「こんなところとは失礼ですわ。これでもこの町では清潔で美味しい食事を出す宿で有名なんですからねっ!」
「いや、そうではなく、なぜこんな田舎にそぐわないお方がいるのかと言う事だ。女将の宿を貶したわけではない」
この会話を聞く限り、子爵は悪い人ではなさそうだ。
「とにかく、食事を終えたら声をかけさせていただく」
食事を終えたアリス達。
「美味しかったわね。このヨーグルトも美味しいけれど、フルーツのソースも甘酸っぱくて癖になりそうね」
三人で食後のお茶を楽しんでいるときに声をかけられた。
「失礼します。ブラック伯爵家のご令嬢ではないですか? 私はここの領主でウォーカーと申すものです」
子爵家の当主であるウォーカーだが、第五王子の婚約者で伯爵家の令嬢に敬意を表す礼をした。
アリスはここはどうするべきか……と思いショーンを見た。
「ウォーカー子爵、ここは人目につきますので……」
やんわりとここでする話ではないぞ。とショーンは言った。人目につくと言っても、宿泊客は皆慌ただしく旅立つ準備をしている。こちらに目を止めるものは皆無だ。
「申し訳ない。それでは場所を設けたいと思いますので、どうか我が家までお越しいただけませんでしょうか?」
ささやかではあるが息子の同級生で、王子殿下の婚約者をもてなししなければいけないと言う気持ちからの事だった。
アリスは正直言って面倒だと思っているが、正体を知られているから行く。としか言えなかった。ショーンはアリスの気持ちを察して答える。
「いつ頃向かえばよろしいですか? 私たちはニ日後にこの町を出ますので、時間はあまりありません」
「おぉ、そうでしたか。それでは迎えを寄越しますので、ランチは是非我が家でお召し上がりください。準備をしてお待ちしております」
そう言ってウォーカー子爵は出て行った。
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