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リリアンにあった事。

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 トビアス・マテス伯爵とクラウディア王女の話をした。


「なにそれ! マテス伯爵といえば公子様と同じ学年で……そう言えばリリーの事をよく見てたわ」


 そうなの? 全然知らなかった。フレデリックの顔を見ると、頭を押さえてため息を吐かれた。


「変な男が誤解しそうだって思っていたけれど、やっぱり誤解されたのね……もっと警戒しておくべきだったわ。ごめんね、リリー」


 涙目で謝るマデリーン。


「なんでマデリーンが謝るのっ。悪いのは私なのに。ぐすっ、意地を張ってリックから逃げていたから、こんなことになったの。ぐすん」


「そうね。殿下が悪いのね。責任を取って結婚してもらいなさいね」


「うん。そうする、もう私の事を貰ってくれる人がリックしかいないもの。リックがいないと眠れないし。ぐすっ」


「どう言う意味かしら?」


「目が覚めたらリックがいないと不安なの。あの時目が覚めたら知らない男の人がいて見た事のない天井だったから……起きて目を覚ますのが怖いの。でも最近はリックのぬくもりで安心出来るの」


「……そうなのね。同衾、」

「違う! 添い寝だ!! 誤解を招くような事を言うな!」

 メイド長が微笑みながらフレデリックを睨んでいた。


「リリは1人で眠るのが不安なんだよね。私はそんなリリを見捨てはしない。やましい事はこれっぽっちもない! 我慢に我慢を重ねて、」

 メイド長が青筋を立てて微笑んでいる。フレデリックは何も言わなくなった。


「マデリーンの言う通りにしておけば良かったの。私は悪役令嬢になれなかったの。ぐすっ」


「たしかに、リリーは悪役というかヒロインっぽいわね。おっちょこちょいで愛らしくて……私が男でも惚れるわ」

「マデリーンが子息だったらマデリーンが良かったかも」

「ちょっと、リリ! それは聞き捨てならないよ」


「ホホホホホっ。わたくしの勝ちですわね」

 扇子を出してきて高笑いするマデリーンは悪役そのもの。


「強くなりたかったのに……ぐすっ」


「リリはリリなんだから、人と比べる必要はないよ」


「そうよ。リリーは今まで通りで良いのよ。ちょっと人の話を聞かないところは直した方がいいけれど、学園で久しぶりに見たリリーは気品があって気高く見えたわ。更に王宮で磨かれたのね。学園でも今まで以上に声をかけられないわよ。私も一緒にいるから」



「リリ、学園に行きたい? 怖い思いをしているんじゃないのか?」


「行きたい。でもマデリーンに迷惑をかけるのは嫌だから慣れていかなきゃ……」


「学園に護衛が入る事は出来ない。いくら王族に嫁ぐと言っても規則は規則だからね。リリの護衛をしているソフィアの親戚が他校にいるのだけれど、彼女も騎士を目指していてリリと同じ歳なんだ。転校しても良いと言っていて、学力テストを受けたら学園側から転入を許可すると返事が来た。リリと同じクラスになれるよう学園長に話を通したから、二年からは彼女に学園でリリを見てもらうつもりなんだ」


「えっ!」


 知らなかった。そこまで考えてくれていたなんて。


「王太子の権力を使ったんですね!」

 マデリーンが言うと、罰の悪そうな顔でフレデリックが言った。


「学園側も面倒事は避けたいだろうから、すぐに返答が来たよ」

「あら。よかったわね。これで安心して学園に通えるじゃない。クラスのみんなはリリーが王太子妃になるのを喜んでいるし、害はないわ。嫌味や悪口は私も対応できるけれど、それ以外……例えば腕力では敵わないものね」


「……そう言う事。でも嫌味なんかはリリも案外うまく対処できるんだよね。本人は気づいてないけれど」

 ボソッと最後の方は小さな声で言った。


「なんとなくわかる気がしますわ」


 ……2人揃ってなんのことを言っているのかしら?


******


 それからある日の王宮での出来事。

 とても晴れた日のことだった。王太子妃教育の合間に王宮の庭園にリリアンはいた。




「あら! また王太子妃気取りの方がゾロゾロと後ろに護衛なんてつけていますわ」

「あら。本当に。しかも王太子殿下の住居に図々しく居座っているんだそうですわ」


 ……面倒だから無視をしよう。とリリアンは思った。こう言う時は聞こえないふりをして直接対決をしないほうが良い。この令嬢たちからは見えないのかしら? たくさんの貴族がいるのに。はぁっ。と、ため息を漏らした。

 酷いようなら家に抗議をすればいいわね。こんな事はよくある事。


「ほら。お人形さんだから何にも言えないのよ。聞こえないのかも」

 キャッキャっと楽しそうにリリアンをバカにする様子だった。流石に目に余ったようで、これには侍女やメイド、護衛達も殺気だってきた。


 それにリリアンの中でお人形さんと言うワードは禁句であった。例の事件を思い出す。


「王太子殿下がいないと何にも出来ませんものね」

「侯爵子息様もお守りが大変です事。あの方のせいで結婚が遠のいているとか……?」

「そうですわよ。公子様もあのお顔に騙されたんですわよ。お可哀想に」

「少しばかり身分が高いだけで、何も言わぬ方ですものね」


 むかっ! とした。でも感情を面に出してはいけない。



「ほら、もうじきお人形さんの目から涙が流れるかしら。これくらいで泣くなら王太子妃なんてつとまりませんわよね」


 クスクスクス……





「失礼ですわ。お嬢様のことをっ!」

「あら。いいのよ、マリー放っておきなさいな」

 耐えきれずマリーが口にした。護衛たちもリリーを守るように令嬢たちを睨みつけた。

「でもっ!」

「彼女達はわたくしの事と明言はしてないのよ?」

 もちろんあちらの声が聞こえると言う事はこちらの声も聞こえている。


「その通り……馬鹿ではないみたい」

 クスクスクスと勝ち誇った顔をする令嬢達。



「クラウド伯爵家、ソイル子爵家、ブラウン子爵家のご令嬢はフレデリック王太子殿下と公子様を悪く言ったのよ。まさか王宮でこのような誹謗を聞くとは思いませんでしたわ」

 困ったように頬に手を当てマリーを見る。

「浅はかですね」

 マリーも周りに聞こえるように答えた。


「そうね。それとどちらの侯爵家のご子息のお話かわかりませんけれど全ての独身侯爵家からも彼女たちの家にに、抗議がいくかもしれないわ。ご覧なさいな、わたくし達だけが聞いていたわけではありませんもの」


 チラリとある方向を見るとこちらに王妃様ご一行が来た。


「リリーちゃん! 楽しそうなお話をしているわね」


「王妃様。ご機嫌よう」

 すっと淑女の礼をする。侍女や護衛もそれぞれ礼を。


「どうしたの? 時間があるならお茶をしましょう。今は百合が綺麗に咲いてるわよ」

「お誘いいただきありがとうございます」

「こちらにも聞こえてきたわ。まさか王宮内でこんな事を耳にするなんて、レベルが低いわね」


「王妃様のお耳を汚してしまい申し訳ございません。しかしいつもの事ですわ。放っておきます」

「そう? でも手遅れよ」


「えぇ。穏便に済ませたかったのですが、王宮内にまだこのような方々がいるとは、品位に欠けていますわね。情けない事です」


 王妃の登場や手遅れという言葉にゾッとする令嬢たちだった。









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