俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ

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第4章 藤越の妹「愛良ちゃん」

愛良ちゃん(2)

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 藤越は先に行ってしまったのか、歩いている途中に姿は見なかった。駅のホームについたのは終電が来るぎりぎりで、深夜0時半前だった。終電は乗り換えの関係で結構遅れてくることが多い。ホームで電車を待っていると、2両先で待っている藤越と愛良ちゃんの姿が見えた。そういえば、藤越の実家は俺の家の近くだったのを思い出す。つまり、同じ方向に行くことになるわけだ。
 俺は気付かない振りをして電車を待っていた。あいつらに止められたし、いちいち近づくのも馬鹿馬鹿しい。
 そういうときに限ってあいつは気付くのだった。
「高橋っち?」
 と言って近づいてきた。そのまま待ってればいいのにと思う。
「終電だから」
 といいわけがましく言ってしまう。
「あ、荷物持とうか?」
 愛良ちゃんの鞄らしきものを藤越は腕にかけていた。それで愛良ちゃんを背負っているのだから大変そうだ。
「じゃあ持って」
 藤越から鞄を預かり、俺はため息をついた。
「愛良ちゃんと血がつながってないとかいう落ちはないよな?」
 漫画やドラマじゃあるまいしと思って一応聞く。
「あるわけないじゃん」
「お前はともかく、それで平気なのか?」
「何で俺はともかくなの?」
 なんとなく藤越は兄妹とか気にしなさそうだったから。
「愛良に任せてるよ」
 そう、結局藤越は何よりも愛良ちゃんの気持ちを大事にしているのだった。

 電車に乗ったら、「高橋っちはつつじヶ丘だったよね」と聞かれたので頷く。
 藤越の実家は隣の仙川のようだった。

 明大前での乗り換えの時、愛良ちゃんが薄っすらと目を開けた。
「あ」と俺がつぶやくと、藤越が気付いて、愛良ちゃんを下ろそうとする。
「歩ける?」
「あ、兄貴ここどこ?」
 愛良ちゃんは混乱しているようだった。藤越が鞄から靴を出してはかせる。
「明大前」
「嘘。もしかして私ずっと寝てた?」
「うん」
「重くなかった?」
「重かった」
 愛良ちゃんは正直に言う藤越をどついていた。微笑ましい光景で、俺がここにいるのは場違いな気がした。
「あんまりゆっくりしてると終電行っちゃうんじゃ」
 と俺が言うと、藤越は愛良ちゃんを引っ張って走り出す。俺も仕方なくついていく。

 電車に乗ると、愛良ちゃんに「誰?」と聞かれた。さっきの飲み会では一言も話していなかったから。
「高橋」
 と藤越が一言だけ言うも、俺はどう反応していいか困った。
「高橋さん?」
「小学校の同級生。仲良くなかったけど」
 藤越の言い方が嫌らしい。
「それさ」
「高橋っちが自分で言ったんじゃん」
 確かにそうだけど、いちいち俺が言ったことを覚えているのが気に入らない。
 藤越は愛良ちゃんにつつじ小だと説明していた。愛良ちゃんも当たり前だけど同じ小学校だったようだ。
「梨津さん以外に友達いたの?」
 と愛良ちゃんが聞くと、友達じゃないと藤越は答えるので、俺は立つ瀬がなかった。半ば投げやりで「いじめてたし」と言うと、
「そういうことわざわざ言うのってマゾなの?」
 とか言われるし。別にそういうわけじゃない。返答に困る。
「そういえば兄貴いじめられてたって話してた。本当に?」
 愛良ちゃんに見つめられて俺は本当に困った。なんて言えばいいんだよ。余計なことを言った自分が悪いんだけども。
「って言っても高橋っちは何もしてないから。ほとんど他のやつだから」
 そうやって藤越が補足するのもなんか気に入らない。
「同じことだろ」
「その話は前に終わらせたし、いちいち押し問答したくないんだけど」
 藤越ににらまれたので、さすがにやめた。
「悪かったよ」
「ま、というわけだから高橋っちはほっといていいよ」
 なんだよそれ。愛良ちゃんはポカンとしていた。ちょっと失敗したかもしれない。
 どうも藤越の前だと変なことを口走る癖がある。やっぱり時間をずらして帰れば良かったと後悔した。
「高橋さんも兄貴の手下?」
「さあ」
 藤越は興味がなさそうに答えた。そもそも俺はほとんど集会にも飲み会にも参加していなかった。藤越を透馬さんと呼ぶ気にもなれなかったし、他の奴と一緒にされたくもなかった。だからって自分は一体何なのかと聞かれても困る。
「手下になった覚えはないけど」
「じゃあどうして来てたの?」
 そんなこと答えられるわけない。
「なんとなく」
 としか言いようがなかった。
「中島っちと仲いいの?」
 藤越は見ていないようで見てるんだなと思った。それもなんか違う気がするけど。
「一度終電逃して泊めてもらったことがあって、それからいちいち誘ってくるんだよ。正直うっとうしいんだけど」
「そうなの?」
「今日もあんま来る気なかったんだけど。しつこいから」
 嘘は言っていない。愛良ちゃんが別の意味で気になったのは事実だが。
「ふーん」
 いつもの調子の返答なので今更特に気にしなかった。実はものすごく来たかったとでも言った方が良かったのだろうか。そんなこと言っても逆にわざとらしいか。
「高橋さんって兄貴のことどう思ってるんですか?」
 と、急に話を振られて驚いた。きっと愛良ちゃんは普通に疑問に思って聞いたのだろう。だけど、俺はその質問には答えられなかった。
「答えたくない」
「え?」
「はい。これ鞄。俺行くから」
 電車を降りて別の車両に乗りなおした。俺は一体何をやってるのかと自分に呆れる。

 なんとなく後味が悪かった。そのため、俺もこっそり仙川で降りて、藤越が駅に戻ってくるのを待っていた。なかなか来ないので、すれ違ったんじゃないかと少し不安になり、藤越の家がありそうな方向に歩いていく。すると、ちょっと歩いたら藤越が近付いてくるのが見えた。
「つつじヶ丘じゃなかったの?」
「ここからでも歩いて帰れるから」
「待ってたの?」
「なんかあのまま帰るのもよくないかなって」
 なんとなくばつが悪い。
「愛良気にしてたよ。あんまり変なこと言わない方がいいよ」
「悪かったって。今度会ったら謝っとく」
「そういう話じゃなくてさ」
 藤越はちょっと間を置いて言った。
「俺になんか言うことない?」
 俺はドキッとした。まじまじと見つめられて、目をそらすことができなかった。
「もうちょっと待って」
「わかった」
 自分でも何言ってるのかと思った。でも藤越はそれ以上何も聞かないで、俺たちはそのまま別れた。
 結局俺は何がしたかったのか、自分でもわからなかった。
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