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クリスマス編

69 クリスマスイブ

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 朝から賑やかなサンタクロース一家の、クリスマスイブ。

 ニコラスは教会のクリスマスイベントの打合せで、すでに出かけていた。
 リジーとジョンは、サムの家族と少し豪華な朝食を済ますと、皆で町の教会を訪れた。

 町の人々も次々と教会へ集まって来ていた。
 教会では2日間、特別なプログラムが組まれていて、その日は礼拝の他に、子供たちがキリスト誕生の劇やハンドベル演奏を行い、全員で賛美歌やクリスマスの歌を歌った。

 最後に、鈴の音が鳴る中、サンタクロースのニコラスが大きな袋を肩に掛けて、ゆっくり現れた。

「わあ、サンタクロースだ!!」

 子供たちが席から飛び上がって歓声を上げる。
 見ているリジーも、子供たちの熱気につられて座っていた椅子から腰を浮かせた。
 立ち上がる寸前に、ジョンにサッと手を押さえられ、我に返る。

「!」

 あたりを見回し、立ち上がっているのは子供たちだけだとわかった。

(わ~、恥をかくところだった。ジョン、私の行動を先読みしてた?)

 リジーは席で縮こまった。握られている温かい手に力がこもったのを感じて、隣にいるジョンを見る。
 教会の天井からの光と共に、どこまでも優しい濃い茶色の瞳があった。

(私が失敗しても、ジョンは呆れたような顔を絶対にしない)

 リジーは小さな声で、ありがとうとジョンに感謝を伝えた。

 クリスマスのプログラムを一生懸命こなした子供たちに、サンタクロースからプレゼントが渡された。



 教会から戻ると、今度は女たちはクリスマスパーティ用の料理の最終準備にとりかかる。

 リジーは、クッキーに模様を描くフロスティングを手伝っていた。
 雪だるまやツリー、星、サンタクロースの絵柄を手際よく描く。
 ブレンダとホリーも一緒に描いていたが、四苦八苦していた。

「上手ね。リジー」
「手先が器用ね」

 ブレンダとホリーがリジーのフロスティングを褒めた。

「ありがとう! 家でよく作ったから。でも、絵を描くのはまるでダメ。本当に下手なの。学校の授業のアートの評価はⅮだったし」
「え~。Ⅾってひどくない?」
「私が描いたカンガルーの絵を見て、先生が<恐竜>って……」
「……嘘」

 ホリーが目を伏せた。

「それは興味深いわ。このクッキーにカンガルー描いて!」

 ブレンダは嬉々として大きめのクッキーをリジーの前に置いた。

「……ブレンダ、やめなよ。リジーが困ってるよ」
「リジー、ごめんごめん。つい興味わいちゃって」

「いいの? <恐竜>でも?」
「それはそれで、ありかな~って」
「じゃあ、これは責任もって私が食べるということで」

 リジーは白いフロスティングで、頭に浮かぶ<カンガルー>を描いた、つもりだ。
 娘3人が描いたフロスティングのクッキーは、大きな白い<恐竜>を中心にデザート皿に載せられた。

 

「ニコラスったら大事な相棒を忘れるなんて珍しい。午後から使うのに困った人ね」

 リンダがトナカイのパペットを持ってうろうろしていた。

「私がお届けしましょうか?」

 フロスティングが終わって、手持無沙汰になったリジーは名乗り出た。

「あら、そんな、お客様に悪いわ。ブレンダかホリー、お願いできる?」
「私たち、これから着替えてお友達の家に行くって言ったでしょ?」
「行く途中に寄れない?」
「公会堂とは逆方向だもん」
「外にいるサムに頼めば? どうせ暇でしょ?」
「それもそうね」

 外へ行こうと、リンダが玄関の方へ向かった。

「あ、リンダさん、私がサムに頼んできます」
「そう? ありがとう、リジー。じゃあ、お願いするわ。ニコラスは公会堂にいるとサムに伝えてね」
「わかりました!」

 リンダからパペットを受け取り、外に行こうとしたリジーはダイアナに呼び止められた。

「リジーちゃん、ちょっと。急ぐとこ悪いわね」
「はい?」
「少しだけ。聞きたいことがあるのよ。ジョンは年齢はいくつ?」

 ダイアナはササっとリジーのそばに寄ると、声をひそめて耳元で聞いて来た。

「え? し、知りません」

(そういえば、ジョンの年齢、知らなかった……)

 なんとなく20代後半かと思っていて、確認したことはなかった。

「誕生日は?」
「!?」

(知らない……!)

「出身は?」
「!!?」

(し、知らない……!!)

「好きな娘はいるの?」
「え~っと。ど、ど、どうでしょう?」

(うわ~、私ですなんて、恥ずかしくて言えない)

 パペットを握り締めて、焦るリジー。

「好きな食べ物は?」
「べ、ベーコンとパン、だと思います」
「他は?」
「……」

 ジョンのこと好きなのに何も知らない……という事実に気が付いたリジーは愕然とした。

(なんて疎い、なんて間抜けなんだろう。ジョンについて聞かれても全然答えられないなんて)

 リジーは、自分の顔が引きつるのがわかった。

「あ、急ぐのに色々聞いちゃってごめんなさいね」

 ダイアナはそう言うと、そそくさと行ってしまった。


♢♢♢


 ジョンとサムは、家の外のクリスマスの装飾を行っていた。

 今年は男手があるので、急遽電球を増やすことにしたらしい。
 イルミネーション用の電球は家の軒下にも吊るされ、かなり豪華な装いになりそうだ。

 ジョンは梯子を登り、サムの指示通りにツリーに見立てた庭の木々に電球のコードを巻き付けていた。

 リジーが少し肩を落として、俯きながら外に出てきた。

「あれ、リジー、どうしたの?」サムが声をかける。
「ニコラスさんが午後から使うパペットを忘れてしまったそうなの。サムに公会堂まで届けてほしいって、リンダさんが」
「え、俺が?」

 サムはあからさまに嫌そうな顔をする。

「うん!」
「じゃあ、リジーも届けるの付き合ってよ」

「おまえが頼まれたんだろう? ひとりで届けられないのか?」

 ジョンは梯子から降りた。

「気まずいから嫌だ。わかるだろう?」
「だからってリジーの手を煩わせるな」

「あ、ジョン、私もメインストリートの飾りとか見たいし、ちょっとサムと一緒に行って来るよ」

 リジーの行きたそうな素振りに、ジョンは心に広がった寂しさを隠した。

「……わかった」
「サム、少し待ってて。リンダさんに私も行くって伝えて来る」

 家に入ったリジーは、すぐに赤いコートをはおりながら出て来た。

「じゃあな、クロウ。公会堂は近いし、すぐ戻るよ」

 サムとリジーの後ろ姿を見送ると、ジョンはまた電球の飾りつけ作業に戻った。
 朝は晴れていた空が、どんよりと曇って来ていた。

 この町は、これから雪が降るのだろうか。

 ジョンは雲の向こう側でも見るように、目を凝らした。


♢♢♢


「家の中で何かあった?」

 歩きながら、サムがリジーの横顔を覗き込んで来る。

「あの、……ジョンは何歳なの?」
「は? リジー知らないの?」
「うん」
「たぶん26か7。はっきりはわからない」
「え~? 長い付き合いなのに?」
「なんだよ。年齢を知らなくても何も不便じゃないし、関係ないだろう」
「じゃあ、誕生日がいつか知ってる?」
「知らない」
「出身は?」
「知らない」
「好きな食べ物は?」
「ベーコン? 肉屋でよく買ってるのは知ってる」
「他は?」
「知らねーよ。一緒に飲みに行っても、あいつはビール1杯くらいしか飲まないし、俺が注文した料理を適当に摘まむくらいだしな。食い物には全く関心を示さない」

「……」
「てか、俺に聞かずに本人に直接聞けばいいだろう?」
「そ、そうだよね」

 何をサムに聞いてるんだろう、とリジーは落ち込んだ。

「俺はジョンの年齢がいくつだろうと、どんな食いもんが好きだろうと知ったこっちゃない。別に何も知らなくても友達は友達だ」

 堂々とそう言ってのけるサムを、リジーはハッとして見上げた。
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