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ハロウィーン編

48 遊園地の魔法

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 轟音と共にガタガタと揺れる迫力ある乗り物が、高速スピードで目の前を通り過ぎ、そしてほぼ垂直に上がり、瞬く間に回転して降りて来る。
 人々の叫び声が轟音に消されることなく響き渡る。
 リジーは見ているだけで目が回り、酔いそうだった。

「リジー、大丈夫?」

 アイリーンが気遣いを見せる。

「うん……」

 4人は遊園地の目玉だというジェットコースターの前にいた。
 平日なのでそれほど混んではいないが、それなりの行列ができている。

「そんなわけで、アイリーン、俺とこれに乗ろう!」

 サムはアイリーンの肩を抱いて、促す。

「え? 私もさすがにこれは……」

 アイリーンはサムの手から、逃れようとしている。

「だめ? じゃあクロウ、乗ろう!」
「なんで、おまえと……!」
「だって、ここに来てこれに乗らないで帰れないよ! もしかして、怖いの?」
「怖くはないが、おまえとふたりで乗る気がしない」

 ジョンは冷めた口調だった。

「つれないなあ。じゃあ、リジー、頑張って乗ってみる?」
「え~っ、ムリムリムリ、絶対無理!」

 リジーは青ざめた。

「サム! 私が乗る! まったく、あなたって人は……」

 アイリーンが勇ましく名乗りをあげ、サムはニヤッとする。

「その気になってくれたか。リジーは向こうでクロウと砂金採りでもして来たら?」
「砂金採り?」
「そうそう、メリーゴーラウンドで酔うお子様でもできる体験型アトラクション」
「……」
「それと、<ホーンテッドハウス>は比較的揺れが少ないし、ファミリー向けの内容だからリジーでも大丈夫じゃないかな?」
「へえ、そうなんだ」
「じゃあ、俺たち、このコースターに乗り終わったら、<ホーンテッドハウス>の方へ行くから、それまで別行動ね」

 サムはウィンクしながら、またアイリーンの肩に手を回した。
 眉を寄せるアイリーンに手をつねられながらも、サムは肩を放さず、彼女と共にコースターの行列へ向かった。

♢♢♢

「サムって、懲りない人だよね」
「そうだな、呆れるくらい。でもなんだかいつも憎めない」
「そうだね」
「リジー、砂金採り、する?」
「する!!」

 リジーが目をキラキラさせている。

「そうか」

 思いのほか興味を引かれているようだ。


 <ゴールドラッシュ! 砂金採り放題>と書いてある看板を目指して行ってみると、いい大人たちが泥水の入った広く浅い流れる川のような水槽の中に木枠のふるいを入れ、童心にかえったようにワイワイと砂金採りに興じていた。

 これをやるのかとジョンは傍らにいたリジーの方を見るといない。
 すでに係員にふるいをもらいに駆けて行っていた。
 そのふわふわ栗色の髪が揺れる後ろ姿が微笑ましい。

 その後、何度もふるいを水の中に入れては持ち上げ、砂利に交じった砂金を懸命に探すリジーの姿を、ジョンは飽きることなく眺めていた。

「あった~! 見て、ジョン! またあったよ」

 リジーに花のような笑顔を向けられ、ジョンは胸が締め付けられる。
 ふるいの網から落ちずに引っかかっている砂金を見て、リジーがはしゃいでいる。

「きみはラッキーだ」
「うん!」

 リジーが喜んでいるなら、それだけでも来た甲斐がある。
 掬い取った幸運の砂金を、ガラスの小瓶に入れてもらい、リジーはニコニコしていた。


♢♢♢


「ジョン、ごめんね、また迷惑かけて」

 ホーンテッドハウスの外のベンチで、くたりとしているリジーに、ジョンが飲み物を買って戻って来た。

「ありがとう。酔った時はなぜかコーラがすっきりして、効くんだよね」

 リジーはジョンからコーラを受け取ると、むかむかする胃に流しこんだ。

「ふう」

 リジーは大きく息をはいた。
 ジョンはリジーの隣に座る。

「無理してここに入らなくても良かったのに」
「だって、遊園地に来て何もアトラクションを楽しめないってどう思う?」
「まあ、そうだけど」

 サムから勧められたホーンテッドハウスは、怖くはなかったが、暗い中カートがゆっくり進むにしても微妙な揺れがある。最初はかわいいおばけの襲来が面白かったが、最後は結局酔ってしまった。

(子供の頃の遊園地の楽しい思い出がないのは、このせいかな)

「僕に寄りかかるといい」

 ベンチの隣に座ったジョンに、頭を優しく撫でられ、引き寄せられた。
 リジーはドキリとしたが、具合が悪いので断る余裕もなく寄りかからせてもらう。

(今だけ……ジョン、あったかい。嬉しい)

「もうずいぶん昔の話だけど、僕の母の再婚相手に、突然、遊園地に連れて行かれたことがある。僕は彼が嫌いじゃなかったけど、母をとられた気がしてよそよそしい態度をとっていた」

 ジョンの話を、リジーは目を閉じ、優しい子守歌のように聞き入った。


♦♦♦♦♦♦


 唯一の遊園地の思い出。
 なかなか彼に心を開かないジョンは、彼に無理やり遊園地に連れて行かれた。

 ジョンは遊園地を馬鹿にしていたが、そこに一歩足を踏み入れた途端、空気が変わった気がした。
 遊園地の不思議な魔法にかかったことを知った。

 気持ちがふと軽くなる。こんなに自分に気を遣っている彼を冷たい目で見ている自分に気づく。いらないというのにポップコーンを押し付けてくる。それも好みがわからないので塩味とチーズ味と両方。コーラも飲めと無理やり渡される。いつもならシャットアウトできるのに、そこではできなかった。彼の行動すべてが優しく思えた。
 彼の言動のすべてが心に沁み込んだ。

『ジョン、短い人生では一握りの人間としか出会えない。少ない確率のなかで、君と出会ったんだから、君を知っておきたいんだ』

 大きな観覧車から、ジェットコースターまで、彼はジョンと共に乗った。
 母に後から教えられた。彼が高所恐怖症でなおかつスピード恐怖症だったということを。

『ジョン、人生って一瞬の夢みたいなものだから、きみには幸せな夢を見て欲しい』

 これからも自分は、ずっと彼を慕うだろう。新しい生き方を教えてくれて、自分を確かに愛してくれた人。それが父親というなら、血が繋がらなくても彼は、フリード・ランザーはれっきとした自分の父親だった。


♦♦♦♦♦♦


 ジョンは、名前を伏せてリジーに話した。

「そんな思い出があるなんて。素敵なお父さんだったね」
「ああ」

(きみのお父さんは素敵な人だった……きみの瞳と髪を持つ。同じ優しい栗色)


♢♢♢


 リジーはジョンの話を聞いているうちに落ち着いて来た。目を開けて、自分にとって特別な人を見上げる。
 何か古い記憶が呼び起こされる感覚に陥る。
 見えない気持ちが交差するようだった。

(どこかで……気のせい? とても懐かしい感じがする)

 一番古い父との記憶。父と散歩をしている。知らない公園や町に、よく連れて行ってもらった。
 写真の顔しか思い出せない。声はどんなだったかも思い出せない。

 母と自分より、他の人を選んだ。
 いつもそこで苦い思いが胸に広がる。


♢♢♢


「きみには幸せになってもらいたい」

(そのためなら、なんだって……)

 リジーの頭を抱く手に自然と力が入る。

「私の幸せが、ジョンのそばにいることだって言ったら迷惑?」

 リジーが見上げて来る。心の奥まで届くような深い眼差しで。
 迷惑なわけがない。本当は自分もそれを望んでいる。

(この柔らかな温もりを手放したくない、ずっと……。だけど)

「僕は…………ごめん……」


♢♢♢


 リジーが望む言葉は返っては来なかった。
 それなのに、自分の頭と肩を支えてくれているジョンの手には力がこもっている。
 ジョンの心の真実はどこにあるのだろう。
 このままではきっといられないと思う自分とこのままでも良いと思う自分がいる。
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