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ハロウィーン編

46 器用な悪魔と不器用な魔王

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 3人はカフェに戻った。アイリーンとリジーが向かい合わせに座る。
 サムはアイリーンが目を吊り上げるのもおかまいなしに、平然と彼女の隣に密着して座った。
 アイリーンは少し身体をサムから離すと、口を開いた。

「この前は、関係の無いあなたを巻き込んで、本当にごめんなさい。怖い思いをさせて悪かったわ。今日は来てくれてありがとう」

 アイリーンはリジーの方へ、まっすぐな眼差しを向けた。

「いいえ。アイリーンさんは全然悪くないですから。謝ってもらいたくて来たわけじゃないし。また、会いたいなあって思って」

 リジーは綺麗なアイリーンの緑の目に惹きつけられるようにじっと見てしまい、恥ずかしくなり少し身体を縮こまらせた。

「そう言ってもらえて嬉しいわ」
「良かったら何かのご縁ですし、お友達になって欲しいです」
「喜んで」

 アイリーンに笑顔で返され、リジーは嬉しくなった。
 クスッと隣のサムが笑って、アイリーンはキッとサムを見やる。

「どうして笑うの?」
「あ、ごめん。なんだかちょっときみの笑顔がぎこちなかったかなって。笑い慣れてない?」とサム。
「そんなことないわよ」

「ふたりはすっかり仲良くなったんだね」

 リジーはサムとアイリーンを交互に眺めた。

「そんな……」「そうさ!」

 サムは大袈裟にアイリーンの肩に腕を回す。

「馴れ馴れしくしないでよ」
「あれ? まだそんなこと言う? さっきは抱きついてくれたじゃない」
「あ、あれは意味が違うでしょ!」

 サムとアイリーンは先日のハロウィーンパーティの時、初めてまともに会話をしたようなのに、もうこんなに打ち解けている。
 サムは距離を詰めるのが本当に上手い。すぐ人の垣根を飛び越えてしまう。
 リジーはそんなサムに感心した。


「そういえば、リジー、クリスマスの予定どう? お母さんに聞いてくれた? うちに来てから帰りに実家に寄りなよ。通り道じゃないか。あの堅物のクロウと男ふたりで長距離ドライブなんてつまらないから、頼むよ」
「アイリーンさんも誘ったんでしょ?」
「誘ったんだけど……」

 サムが少し拗ねたような顔でアイリーンを見る。

「クリスマスは家族で集まって過ごす大事な日なの。それに教会の準備が忙しいから」

 アイリーンは目の前のカップに視線を向けながら言った。

「って断られた……つまんないの」

 テーブルに頬杖をつきながら、サムはリジーに視線を戻した。

「あの、母は良いって言ってくれたよ。でも、ジョンは私が一緒に行っても構わないのかな」
「なに言ってんの。あいつはもうリジーがそばにいないとだめなんだから」
「え? な、に……?」

 リジーは戸惑った。

(そんなことあるわけないのに……)

 脳裏にジョンの困惑した表情が甦る。

「あんなに大切にされて羨ましかったわ」

(羨ましい? そんな風に見えるの?)

「俺もアイリーンのことを大切にするけど?」
「はい、ありがとう」

 アイリーンの素っ気ない返事でも、サムは嬉しそうにしていた。

「……」

(ジョンは大切にしてくれている。それははっきりわかる。でも、何かが……)

「あいつもそろそろ限界だろうから、あとでちょっとつついてやるよ」
「え?」
「いやいや、こっちの話」

 サムはコーヒーカップに手を伸ばした。

「彼は何か迷っている感じなの? それならあなたへの気持ちじゃない所に理由があるのかも」
「アイリーンさん……」
「私はもうお友達のつもりだから、さん、は抜きにして。リジー」

 アイリーンに美しい笑顔を向けられ、リジーは見惚れた。
 サムがそのアイリーンの頬を人差し指で軽くつつく。

「ちょっとまだ表情が硬いな~」
「やめてよ。触るの」
「ほっぺたの方は意外と柔らかいんだね」

 今度は膨らんだ頬を摘まんでいる。

「な、本当にお願い。や、め、て」

 手を上げるアイリーンを、サムがいたずらっ子のような笑みを浮かべてかわす。
 サムにかかると、その場の雰囲気が明るくなる。

(本当にサムもアイリーンも素敵。美男美女だし。ふたりはお似合い。私も前を向かなくちゃ。ジョンのことだって、頑張るって決めたんだから。仕事もこれからのシーズンはもっと忙しくなるはずだし。気合を入れないと)

「仲の良いふたりを見てると元気になれるよ。ありがとう、頑張るね、仕事。じゃあ、私、帰ろうかな。クリスマス、サムの家にお邪魔するね。よろしくお願いします」

 リジーは、椅子から立ち上がった。

「お、おう? 頑張るのは仕事?」

 サムとアイリーンは顔を見合わせた。



 <スカラムーシュ>には、まだ灯りが点っている。
 リジーがアパートメントの内玄関に入ると、店のドアがすぐ開いて、

「リジー!」

 ジョンがなぜか焦ったように出てきた。

「あ、ただいま……?」

 なんだかジョンは疲れたような顔をしている。

「おかえり……」
「まだ仕事中だったの?」

「あと少し」
「ちゃんと、眠れてる? ジョン、顔色が悪いよ」
「ああ……」

「じゃあ、おやすみなさ……い。え?」

 手を掴まれる。
 
 ジョンは何か物言いたげに見える。

(ジョンの温もり。嬉しいのに息が苦しい)
 
 彼がいない所では、自分に気持ちを向けてもらえるように頑張ろうと意気込むが、実際会うと、あの時のジョンの顔が頭に浮かんできて、どうしたら良いかわからなくなって、一緒にいるのが苦しくなって、逃げ出したくなるリジーだった。
 
(ジョンのそばにいたくてしかたがないのに。ジョンが手を離してしまう前に、このぬくもりを忘れないように、感じておこう。今度はいつ触れてくれるかわからないから)

「怖かっただろう? 大丈夫?」
「え?」
「サムから電話があった。ハロウィーンパーティの時襲われた男と遭遇したって」
「ああ、大丈夫だよ。平気。普通に話せる人だったから。きちんと謝ってくれたんだよ。もう、心配しないで」

(サムったら余計なことを。だからジョンがこんなに心配してくれて……)

 ジョンはまだ青ざめた顔をしている。

「そうか、大丈夫ならいいんだ」

 ジョンの温かい手はすぐに離れて行った。
 寂しさを感じながら、リジーはジョンに背を向けた。


♢♢♢


 ジョンは複雑な思いでリジーの背中を見送った。
 サムからの電話でリジーがあの時の大男と遭遇したという話を聞いて、背筋が凍った。
 リジーは今は何でもなかったかのように平気そうな顔をしていたが、怖かったに違いない。

 自分が彼女を守れない時もあるという現実が重くのしかかる。
 ジョンは自分の無力感にさいなまれていた。


♢♢♢♢♢♢


 サムはアイリーンと別れると、自分の役目を果たすべく<スカラムーシュ>を訪れた。

(今夜は魔王が凶器を持っていないといいな)

「いるか~、クロウ!」

 店の中に入って行く。
 温かいランプの光に照らされているのに、黒いフードをかぶったかのような不気味な魔王がいる。
 奥の作業テーブルで丸いラインの乳白色のガラスの花瓶を一心に磨いている。
 花瓶が骸骨に見えるのは気のせいか。
 サムは身震いした。

「サム、何か用か?」

 こちらを見ようともしない。

(あの花瓶も凶器になり得るか)

「リジーは?」
「部屋だ。大丈夫だと言ってた。普段と変わりなかった」
「そうかい。リジーはおまえよりよっぽどたくましいぜ」
「そうだな」

 ジョンはまだ顔を上げない。

(ふたりして辛そうな顔しやがって)

「そうだな、じゃない。ふざけるなよ!」

 サムは語気を強めて厳しい顔をする。

(まず、花瓶を置け、花瓶を!)

 花瓶を置いたジョンが、生気のない顔を向けて来た。

(よし、置いた!)

「リジーにあんな顔、いつまでさせとくのか。見ないふりか? 何があるんだよ、おまえの前に。リジーより大切なものがあるのか? この先、リジーの幻だけで良いのか? 満足か? 後悔しないのか? 寂しくないのか? 考えてみろよ。おまえが今、望んで手に入れなきゃ、あの子は離れて行く。いずれは他の男のものになるんだよ。おまえのそばにずっとただ置いておくぬいぐるみとはわけが違う。いくら大切にしても、守っても、手に入れておかなければ、おまえよりずっとろくでもない馬鹿な男に横から攫われて食われるんだ!! おまえはただそれを見てるだけだ!」

「やめろ!!!」

 ジョンはテーブルから立ち上がると、サムの正面に来て胸ぐらを掴んだ。
 その手首をサムががっしりと掴み返し、ふたりは睨み合う。
 ジョンの目つきは鋭かったが、何かに怯えているかのように揺らいでいた。
 
 サムの胸ぐらを掴んでいたジョンの手が、すっと離れた。
 そして、ジョンは視線を落とした。

「リジーの気持ちも考えてみろよ。中途半端にするな。このままで良いとはおまえも思ってないだろ。クリスマス、リジーもうちに来ることになった。それまでにおまえたちの関係をはっきりさせろ。楽しいクリスマス休暇なのに、実家でぎくしゃくされるのはごめんだ」

 サムはジョンに背を向けると、店を出た。

(追いつめるようで悪いな、ジョン。でもおまえを一番幸せな道に導くためだ。シンドバッドさんに頼まれている俺の役目……)

『ジョンは自分には極端に厳しい。自分の幸せを遠ざけてしまうかもしれない。何か大切なものを失おうとする時には、助けてやってくれ。不器用なジョンを導いてくれ』
『わかりました、シンドバッドさん。いざという時は俺が悪魔になって、あいつの石頭をかち割ってでも導いてやりますよ』
『物騒だな。お手柔らかに頼む……』

(魔王相手にお手柔らかになんて無理だよ。手加減してたらこっちが危ない)

 サムは寒空を見上げた。
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