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ハロウィーン編

37 サンタクロースのいる故郷

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 リジーはベイエリアに向かう車の中から、仮装した子供たちや付き添いの大人、若者たちを見ていた。

 子供たちのはしゃいだ様子を見ると、手に提げたかぼちゃお化けのランタンには、既にお菓子が一杯に違いない。子供から大人まで、楽しそうな笑顔が街には溢れていた。

「もともとは悪霊を追い出す祭りらしいのになあ、この浮かれよう。完全に楽しく騒いだり、お菓子をタダでもらう祭りだな」

 サムが本来の説を口にした。

「そうだね。でも、子どもの頃はお友達の家やご近所を回って、お菓子をたくさん、それこそ1年分くらい貰って嬉しかったな。私の家は雑貨屋で、お菓子も置いてるから、ハロウィーンが近くなると、お客さんがつめかけて、お母さんは大変そうだった。当日は当日で、近所の子どもたちが次から次へとやって来るの。大きくなってからは私も手伝いにまわって大量のクッキーを焼いたり袋菓子を詰めたり、てんてこ舞い」

 昨年のことなのに、懐かしく思えるリジーだった。

(お母さん、ハロウィーンの準備、今年は私がいなくて大丈夫だったかな。連絡しようと思ってて、最近してなかったし、心配してるかな。ごめんね)

「へえ、リジーの家は雑貨屋なんだ。俺なんかさあ、ハロウィーンは姉妹たちの見張りをやらされた。後ろから離れてただついていくだけ。俺と一緒は嫌だとか言われてさ。仮装してても俺が一番顔が良くて目立つからな」

 リジーとジョンが同時に、妙に納得する。

「サムは姉妹がいるんだね?」
「ああ、うるさい姉が1人、生意気な妹が2人」
「私はひとりだから姉妹が3人もいるのは楽しそう!」
「どこがだよ!! 早く家を出たかったよ。煩わしいだけだったぜ」

「ジョンは姉妹はいるの?」
「いないよ」
「そう、同じだね」

(ジョンもひとりっ子なんだ。ジョンはご両親もいないから、どんなにか……)


♢♢♢


 ジョンは無言でハンドルを握っていた。

 サムとリジーが他愛のない会話を続けている。

「これからは、サンクスギビングデイが来て、もうあっという間にクリスマスだね。慌ただしくなるよね」

 ジョンには、ルームミラーの中のリジーがどこか寂しそうに見えた。
 何か遠い記憶を思い浮かべているような。


 ジョンは、リジーと同じ瞳と髪の色のサンタクロースの姿を思い出す。

 あるクリスマスの夜。

『ただいま、ジョン。今仕事から帰ったよ』

(あの日、リジーの家からはサンタクロースが消え、そのサンタクロースはうちにやって来た)

 ジョンの胸は、また痛んだ。



「ちょっと、リジー、俺がクリスマス休暇に実家うちに誘ったこと覚えてる? その口ぶりだと忘れてるよね」
「あ、そうだった。ごめん。お母さんに聞かなくちゃ」
「やっぱりなあ。良い返事頼むよ?」
「うん」

「あのさ、ふたりはサンタクロースを信じてた?」

 サムの唐突な問いかけに、ジョンは息を飲む。

「僕は信じていなかった」

(ただ一度だけ、あの一瞬だけ信じた)

「私は、小学生まで信じてたよ!」

 リジーの受け答えはどこまでも明るい。


「そうか。俺の故郷は特殊でね、サンタクロースは実在するんだ。あたりまえのように町の小さなおもちゃ屋に、普通に住んでるんだよ。一世代前くらい、町おこしのためサンタクロースになってくれと言われたひとりの男が、それ以来町のシンボルになっておもちゃ屋の仕事のほかに、サンタクロース関係のイベントの仕事もこなすようになった。クリスマス近くは駅で赤い衣装を着て観光客の出迎えをしたり、町の公会堂に集まった子どもたちと過ごしたり、忙しくて、大変だ」

「それってもしかしてあなたの家のこと?」
「そう。男は俺だけだから、サンタクロースを継ぐように言われてる」
「すごい! 童話みたい」

「生まれながらにしてサンタクロースか……」

 その話はジョンも初耳だった。

「でも嫌で家を出た。生まれた時から自分の人生が決まってるって嫌じゃないか?」

 サムは素っ気なく言った。

「それもそうだけど、サンタクロースだよ! いいじゃない、夢のある仕事だよ」

 リジーが座席から身を乗り出して、サムの肩越しに顔を覗かせた。

「そうだよな。でも、高校の時は、刺激のないあの町から早く出て、華やかで賑やかな都会で自分が本当にやりたいことを見つけたかった。だけど目的もなく都会に来たって見つからないもんだな」
「好きなこととかは?」
「身体を動かすのは好きだった。だから高校の時は隣町のボクシング教室に通わせてもらって鍛えた。筋が良いと言われ強くなった。この街でも最初はトレーニングジムで働いたんだ」
「ジムの仕事は辞めちゃったの?」
「うん。俺、この容姿のせいで、子供の頃から男なのに妖精みたいだとか言われて、女の子からは言い寄られてベタベタされて、男からは妬まれたり絡まれたりで。結局ジムでもそれが原因で面倒なことに巻き込まれて、……辞めた」
「……綺麗すぎるのも、大変なんだね」
「羨ましいなんて言われるけど、俺にとってはあんまり良いことはなかった」

 サムは黒く汚してはいても、はっきりわかるほど端正な顔を歪めた。

「高校ではそんな状態に疲れて、俺にかまうな、ほっておいてくれ、ちょっかい出すなって、ひねくれて、荒れた。そしたら、みんな離れて行ったから、親には心配かけたけど、ほっとした。ボクシングは真面目にやってたんだぜ。でも、強くなったら別の方から絡まれるようになって、教室に迷惑がかかるようになって辞めた。強くなればすべて跳ね返せると思ってた。でもそうじゃない。親父は立派なサンタクロースなのに息子は……って、よく言われるようになった。俺は売られた喧嘩を買っただけなのにな」

「喧嘩を買うなよ」

 サムの話を静かに聞いていたジョンは、口をはさんだ。

「ははは、この街に来ても、売られた喧嘩はすべて買ってた。おかげでさらに強くなった。変に目立つから俺の方が悪いやつと誤解されて<銀狼>とか呼ばれるし。俺が、自分から手を出したのは、おまえだけだ」

 サムがおもむろに運転席のジョンの方を向いた。

「あの時は、迷惑なやつだと思ったよ」
「悪かったなあ。巷ちまたでよく、<クロウ>という名前を聞いていた。カラスを手なずけた魔法使いのような男がいるって。しかもすごく強いと聞いて、ワクワクしたな~。クロウを初めて見た時、俺とは対照的な黒で、纏ってる空気も重かったし、魔法使いっていうより魔王かと思った。ちゃんと腕にはスペードがいたしな。この街に来て、一番心が躍った瞬間だった」
「……」

(魔王じゃなくて、死神って思ったんだろうが?)

「初めて自分からかかって行きたいと思った。悔しいことに俺の早いといわれたパンチをすべて避けやがって、俺が疲れて自滅するまで、まるで感情の無い機械人間のように息もあげずに避けるから、頭に来たなあ。最後に自分から倒れた時にクロウがはじめて拳を上げるのを見て、あの世に連れて行かれる覚悟をした。シンドバッドさんの声が聞こえて、感情が戻ったクロウの瞳に、深い悲しみが見えた気がした」 

 ジョンは驚いて、横にいるサムを見据えた。

「俺は何をやってるんだろうって、目が覚めた。自分が顔が良いだけのつまらない小さい男だってのがわかったのさ。腕っぷしの強さだけでは心の虚しさは埋められない。この街で生活してるけど、最近は故郷も悪くないなって思える。いずれは故郷に帰ると思う」


 3人は話をしながら、車の窓から薄暗くなってゆく夕焼けの空を見ていた。

 海の潮の香りが近くなって来ている。

「サムの故郷は<虹の都>みたいだね。行ってみたいな。サンタクロースが普通にいるって素敵。そして、未来のサンタクロースがここにいるなんてね」


 かかしは、ルームミラー越しにドロシーの美しくきらめく瞳を見て、心が凍えた。

 もし、ドロシーがサンタクロースのライオンの所へ行ってしまって帰って来なかったら、自分は本当にわらだけの、何も無いただの<かかし>になりさがるに違いない。
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