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05 ブーヴィーヌの戦い
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次いで戦場に到達したのはオットー四世である。
彼は、フランドル伯が捕虜となったことを知り、怒り狂った。
「おのれ!」
後続する長剣伯ウィリアムの目がある。
この失態を誤魔化せねばならぬ。
オットーは突撃を命じた。
「フランス王を討て!」
数々の欠点はあるが、少なくとも臆病ではないオットーの突撃は凄まじく、さしものフィリップ二世も落馬を余儀なくされた。
「陛下、ご無事ですか?」
近衛の兵が、フィリップの愛馬の轡を取った。
フィリップは少し首を振ると、「大事ない」と再び馬にまたがる。
「隊列は乱れていないか」
「乱れておりません」
「よし」
この時点で、ブルゴーニュ公は自らの歩兵を増援に寄越した。
「ありがたい」
フィリップは勇躍して、自らオットーへと迫る。
「陛下、お待ちを。危のうございます!」
「ここで退く方が危ない。フランスが食われるぞ!」
フィリップの脳裏に、これからの英仏、そしてヨーロッパの絵図面があった。
そのためにも、負けらない。
「つづけ!」
ブーヴィーヌの戦いは、まだまだ先が読めない。
そして。
「イングランドが来たぞ! ブローニュ伯も!」
勇将で知られるウィリアムと、歩兵に長けたブローニュ伯。
彼らの到着と共に、ブーヴィーヌの戦いは、最高潮に達する。
「国王陛下を守り参らせよ!」
ここで動いたのがフランス軍左翼、ドルー伯である。
彼は、ウィリアムらがオットーを押して、オットーがフィリップを討つことを警戒した。
ならば。
「かの援軍、このドルー伯が相手する」
壁となって立ちはだかるドルー伯の軍に、ウィリアムらも負けじと突撃を敢行した。
「わが長剣を受けて見よ!」
「長剣伯を援護せよ!」
ドルー伯からすると、ここで持ちこたえれば、右翼のブルゴーニュ公と中央のフィリップがオットーを撃破する時間を稼ぐことができる。
ウィリアムらも、逆にドルー伯さえ抜けば、フィリップを討つことができる。
「かかれ!」
「やらせるか!」
ブーヴィーヌの戦いは、今や佳境。
そして、その勝敗の境目は、もう見えて来ていた。
「ブルゴーニュ公に伝えよ」
フィリップは伝令を命じた。
「このまま予はオットー帝を退ける! ゆえに」
その時近づいた敵軍の騎士に、フィリップの剣が一閃する。
「ゆえに、予につづけ! オットーを退け、そのままドルー伯の援護に向かえと!」
「御意!」
一方のブルゴーニュ公も、敵右翼の残兵を一掃したあと、戦場全体を顧みた。
オットーは押されつつある。ここはフィリップの中央と共にオットーの軍を押し返し、そのまま左翼のドルー伯の軍を援護するべきと悟った。
そこへちょうどフィリップの伝令が来た。
「わが意を得たり」
ブルゴーニュ公はフィリップのいる中央へと向かった。
*
「かかれ」
フィリップ二世は、右翼のブルゴーニュ公の合流を受け、その勢いでオットー四世の軍を押した。
強情なオットーであるが、こうして劣勢になると、脆かった。
「馬鹿な」
オットーの脆さは全軍へと伝播し、そのまま後退へと繋がっていった。
「おい、退くな」
オットーの怒号も虚しく、気がつくと、帝国軍旗である鷲の紋章旗すら放り投げ、全軍は潰走を始めていた。
「ま、待て!」
オットーも逃げに出てしまった。
イングランドとブローニュ伯の軍を置いて。
「皇帝が逃げた?」
最後まで戦っていた長剣伯ウィリアムとブローニュ伯の下に、その情報が届いた時には、フランスのドルー伯の軍に、フィリップとブルゴーニュ公の軍が合流したところであった。
「終わった。われら、ドルー伯の前に敗れたようだ」
肩を落とすウィリアムに、ブローニュ伯は答えた。
「いやむしろ、皇帝陛下の強さを見誤ったのが敗因」
こうして、ウィリアムらは捕虜となり、戦いは終わった。
それは同時にフィリップが、プランタジネット朝の大陸領を獲得したことを意味する。
その後プランタジネット朝は諸侯の叛乱に遭う。そしてその叛乱は、やがてジョンに大憲章を認めさせるという運命をもたらした。
それでもプランタジネット朝を守る戦いに身を投じるジョンであったが、最後には病に倒れた。
一方のフランス国王のフィリップは、オットーを帝位から追い、フリードリヒ二世を神聖ローマ皇帝として即位させた。
しかし何よりも。
「シノンの和約、たしかに」
ジョンとの間に成立したシノンの和約。
これによって、フィリップは公的にプランタジネット朝の大陸領をフランス領とした。
そして、フランス興隆への道を拓いたフィリップは、こう称せられる。
尊厳王、と。
【了】
彼は、フランドル伯が捕虜となったことを知り、怒り狂った。
「おのれ!」
後続する長剣伯ウィリアムの目がある。
この失態を誤魔化せねばならぬ。
オットーは突撃を命じた。
「フランス王を討て!」
数々の欠点はあるが、少なくとも臆病ではないオットーの突撃は凄まじく、さしものフィリップ二世も落馬を余儀なくされた。
「陛下、ご無事ですか?」
近衛の兵が、フィリップの愛馬の轡を取った。
フィリップは少し首を振ると、「大事ない」と再び馬にまたがる。
「隊列は乱れていないか」
「乱れておりません」
「よし」
この時点で、ブルゴーニュ公は自らの歩兵を増援に寄越した。
「ありがたい」
フィリップは勇躍して、自らオットーへと迫る。
「陛下、お待ちを。危のうございます!」
「ここで退く方が危ない。フランスが食われるぞ!」
フィリップの脳裏に、これからの英仏、そしてヨーロッパの絵図面があった。
そのためにも、負けらない。
「つづけ!」
ブーヴィーヌの戦いは、まだまだ先が読めない。
そして。
「イングランドが来たぞ! ブローニュ伯も!」
勇将で知られるウィリアムと、歩兵に長けたブローニュ伯。
彼らの到着と共に、ブーヴィーヌの戦いは、最高潮に達する。
「国王陛下を守り参らせよ!」
ここで動いたのがフランス軍左翼、ドルー伯である。
彼は、ウィリアムらがオットーを押して、オットーがフィリップを討つことを警戒した。
ならば。
「かの援軍、このドルー伯が相手する」
壁となって立ちはだかるドルー伯の軍に、ウィリアムらも負けじと突撃を敢行した。
「わが長剣を受けて見よ!」
「長剣伯を援護せよ!」
ドルー伯からすると、ここで持ちこたえれば、右翼のブルゴーニュ公と中央のフィリップがオットーを撃破する時間を稼ぐことができる。
ウィリアムらも、逆にドルー伯さえ抜けば、フィリップを討つことができる。
「かかれ!」
「やらせるか!」
ブーヴィーヌの戦いは、今や佳境。
そして、その勝敗の境目は、もう見えて来ていた。
「ブルゴーニュ公に伝えよ」
フィリップは伝令を命じた。
「このまま予はオットー帝を退ける! ゆえに」
その時近づいた敵軍の騎士に、フィリップの剣が一閃する。
「ゆえに、予につづけ! オットーを退け、そのままドルー伯の援護に向かえと!」
「御意!」
一方のブルゴーニュ公も、敵右翼の残兵を一掃したあと、戦場全体を顧みた。
オットーは押されつつある。ここはフィリップの中央と共にオットーの軍を押し返し、そのまま左翼のドルー伯の軍を援護するべきと悟った。
そこへちょうどフィリップの伝令が来た。
「わが意を得たり」
ブルゴーニュ公はフィリップのいる中央へと向かった。
*
「かかれ」
フィリップ二世は、右翼のブルゴーニュ公の合流を受け、その勢いでオットー四世の軍を押した。
強情なオットーであるが、こうして劣勢になると、脆かった。
「馬鹿な」
オットーの脆さは全軍へと伝播し、そのまま後退へと繋がっていった。
「おい、退くな」
オットーの怒号も虚しく、気がつくと、帝国軍旗である鷲の紋章旗すら放り投げ、全軍は潰走を始めていた。
「ま、待て!」
オットーも逃げに出てしまった。
イングランドとブローニュ伯の軍を置いて。
「皇帝が逃げた?」
最後まで戦っていた長剣伯ウィリアムとブローニュ伯の下に、その情報が届いた時には、フランスのドルー伯の軍に、フィリップとブルゴーニュ公の軍が合流したところであった。
「終わった。われら、ドルー伯の前に敗れたようだ」
肩を落とすウィリアムに、ブローニュ伯は答えた。
「いやむしろ、皇帝陛下の強さを見誤ったのが敗因」
こうして、ウィリアムらは捕虜となり、戦いは終わった。
それは同時にフィリップが、プランタジネット朝の大陸領を獲得したことを意味する。
その後プランタジネット朝は諸侯の叛乱に遭う。そしてその叛乱は、やがてジョンに大憲章を認めさせるという運命をもたらした。
それでもプランタジネット朝を守る戦いに身を投じるジョンであったが、最後には病に倒れた。
一方のフランス国王のフィリップは、オットーを帝位から追い、フリードリヒ二世を神聖ローマ皇帝として即位させた。
しかし何よりも。
「シノンの和約、たしかに」
ジョンとの間に成立したシノンの和約。
これによって、フィリップは公的にプランタジネット朝の大陸領をフランス領とした。
そして、フランス興隆への道を拓いたフィリップは、こう称せられる。
尊厳王、と。
【了】
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